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非生産活動推進委員会

委員長と所縁のある人々

<非生産活動推進員会の委員長と縁のある方々一覧>

○郷ひろみ
委員長とは日大付属高校桜ヶ丘高校の同級生である。
本名・はらたけひろみ氏は1年3組、委員長は1年5組。
入学して3ヵ月後にはジャニーズ事務所にスカウトされ、すぐに堀越学園に転校して行ってしまった。学友が世紀のアイドルとなっていった夢のサクセスストーリーに、頭のネジが緩んでしまった同級生もいた。
いつか自分もハラタケの後に続くのだ、と信じて疑わなかったガリベン野郎は休み時間に「男の子女の子」を振り付け入りで練習していた。
そして半年後、昼休みの学食パン屋の前で、メモを見ながらおばちゃんにあふれるほどの注文をしている姿があった。
「えーと、カツパン10個とスパゲッティ10個、アンパン5個にそれから・・・・」ヤツが卒業したかどうかは定かではない。

○クールスの市川
一緒に遊んだことはないので名前までは覚えてはいないが、新宿のハイハや渋谷のキャビンには皆でよく行った。
後年、委員長が新宿西口のV-oneというディスコで働き始めた頃、クールスの「紫のハイウェイ」がリリースされた。
「市川がギター弾いて練習したらしいぜ」と昔のダチが知らせてくれた。
「クールスって、原宿の集会に電車に乗って来るんだぜ」とブラックエンペラーの親衛隊に聞かされた。
その頃の委員長はアフロ頭で黒人になりきっていたので、まったく興味がなかったが、市川のことはちょっと気になっていた。
数年後、新宿歌舞伎町のツモローUSAというディスコでDJをしていた委員長は、DJブースにリクエストしに来たちょっとかわいいおねーちゃんを軟派しようとしてからかっていたら、その彼女の後ろからリーゼントのあんちゃんからいきなり「お前、サクラに行ってただろう?」と言われギクっとした。
リーゼント野郎は級友の名前をズラズラ挙げてきた。
ようやく記憶が蘇り、彼の顔を良く見れば確かに市川だった。
同時にそのおねーちゃんがヤツの彼女だと気づいた時、話題をクールスに持ち込んで何とか切り抜けようとしたが、思いのほかヤツの反応はクールだった。
すでに岩城、舘の二人はメージャーへ進出、かろうじてジェームス藤木が残ったクールスでしかなかったからだろう。その後、水口とかも歌手デビューしたが、市川とはこれっきりとなった。どーしてるかな。間違いなくヤツも道楽者の一人だった。

○リューベン
日大桜ヶ丘高校の先輩だった。在学中はまったくお付き合いはなかったが、文化祭の人気者だったので、チャーのバンドでドラムを叩く姿を見たときは、やっぱりプロの道へ進んだのか~、と思った。
数年後、リューベン&カンパニーでサンチャゴラバーをカバーしたとき、たまたまプロモを手伝っていたマイク越谷氏の紹介で、先輩後輩の名乗りを上げた。場所は新宿クレージーホース。委員長はここでDJをしていた。
「先輩、ディスコサウンドやるんですか?」
「しょーがねぇよ、売れなきゃメシ食えないから。毎日かけてくれよな」
「はい」と立派なお返事をした割には、ほとんどかけなかった悪い後輩でした。

○もんた&ブラザースのマーティン・ブレーシー
委員長が新宿のディスコV-oneで働いていた頃、彼は横田基地に勤務していてよく遊びに来ていた。歌舞伎町のブラックシープというディスコにバンドとして出演もしていたりした。当時からドラムの腕はピカいちだった。
除隊後本国に戻り、正式にもんた&ブラザースに就職して再度来日。
その後「ダンシング・オールナイト」で大ブレイク。
横田基地の仲間は沢山いて、そのほとんどのブラザーが日本に住みたがっていたが、実現できたのは非常に少なかった。更に立派に成功したのは彼ぐらいだと思う。

○ジャパニーズ
委員長がツモローUSAというディスコでDJをしている頃、一度だけショータイムを企画してあげたダンサーズがいた。
名前を「インフォメーションズ」といい、SOULとかFUNKとかに翳りが射しはじめたころだったので、一度は華やかな舞台に立たせてやりたいという道楽者気質から、無理やりな企画をでっち上げてイベントを行った。
題して「オカマダンス対ファンキーダンス」。
そのまんま、センスのかけらもない企画だったが、予想外にも一発のステージとはいえ、それなりの手ごたえはあった。
その後、ダンスコンテストあらしみたいなことをしているうちに、ジャニーズ事務所に引っ張られジャパニーズとしてデビューした。
プロデビューに際してメンバーは代わったようだが、リーダーのトミーとボビーは最後まで残ったようだった。確かボビーは事務所に残って振り付け師になったと聞いた。
トミーとは1982年、道楽者のツケが回り始めた委員長が、赤坂TBS前のディスコ・シンデレラの跡にできたゲームセンターで働いていた頃、一度だけ再会した。
プロダクションを始めたと言っていた。今も続いているかどうかはわからないが、いずれにしても道楽者の末路は似たようなものだ。

○ファンキー・タコ
委員長が新宿のディスコでブイブイ言っていた頃、一人の高校生が彗星のごとく現れた。黒いトックリセーターに黒のよれよれ学生ズボン。ズボンを縛る学生ベルトは長く垂れ下がっていた。おまけに頭は丸刈り~タ。どーみてもこ汚い高校生だったが、踊りはやたらとダイナミックだった。そこは深夜の新宿二丁目、ディスコとは名ばかりの、小屋のような中で始発待ちのしょーもない奴らが狂ったように踊っている店だった。
当時、業界ではちょっと名の知れた委員長は、店に入ると同時に客の注目を集めた。
黒ずくめのこ汚い高校生が近寄ってきて、「いつも来てるんですか」と聞いてきた。
「うん、盆と正月には来るよ」と答えると、彼はニヤニヤしてフロアに出て踊り始めた。
一緒にいた連れが耳打ちした。
「あれね、ファンキー・タコっつってここらじゃ有名なダンスバカなんだよ」
フロアの彼の踊りが突然タコ踊りに見えた。
しばらくして、戦友のDJジョイが勤めるインディペンデントハウスで、クリスマスパーティーに呼ばれていってみると、ダンスショーでやたらとリズムにバネのあるダンサーが目に付いた。小奇麗な衣装に身を包み、髪もロン毛だった。
それはまぎれもなく道楽者の道を選んだ「ファンキー・タコ」だった。
数年後、ズーというグループのプロモーションビデオを見ていたら、どうも見覚えのある顔と踊りが目に飛び込んできた。プロファイルをみるとTACOとある。
ひとつの頂点を極めた道楽者に、心からの拍手を贈ったのは言うまでもない。

○ジョー山中
映画「人間の証明」で大ブレイクしたジョー山中氏。
委員長はフラワートラベリングバンドの頃からのファンだった。
確か78年頃だったか、中野サンプラザで行われたジェームス・ブラウンのコンサートで、委員長は興奮のあまり席を立って踊りだしてしまった。
と、後頭部に紙くずが飛んできて誰かの声が聞こえる。
「座れ~!」
委員長はムッとして「ナンじゃい~」と振り返ると、そこにはシートにどかっと腰掛けたジョー山中氏がいた。ちょっと甲高い金属音のような声が、委員長に再び浴びせられた。
「座れ~!」
キョーツケの姿勢からすぐに席に着いたのは言うまでもない。
何せ、ジョー氏は元プロボクサー、ケンカの腕なら間違いなく音楽業界第一位だろう。
その後、委員長とは異常なほどの遭遇率で、アチコチで会うことがあったが、実際に口を聞いたことはない。最近では、4~5年前にサイパンで、しかも委員長の勤務するゴルフ場で遭遇した。
出会いも驚きだったが、ROCKERがゴルフをやるってことの方がもっと驚きだった。
委員長はそれまでゴルフ場に勤めながらも、SOULマンはゴルフなんぞやらない、などと粋がっていたが、この日を境に始めたのは言うまでもない。

○アレックス・イーズレー
これまた、ジョー氏の因縁だろうか?
ジョー山中氏のレパートリーに、I WANNA SEE YOU という曲があり、この曲でディオをとっていたのがアレックス・イーズレー氏だ。
彼は、映画「限りなく透明に近いブルー」にも出演し、挿入歌「クイーン・オブ・イースタン・ブルース」も歌っている。
そんな彼と委員長は78年頃に出会い、彼の企画モノ「ファンキー祭り」というディスコサウンドのプロモーションを手がけたことがあった。
結局は企画倒れだったが、この時の縁で、彼を自由が丘のJAZZ喫茶に紹介したりして友情が芽生えた。もともとJAZZシンガーだった彼の唄は、POPには向いていなかったように思う。ちなみに彼はゲイだったが、委員長とのお付き合いはノーマルだった。
時代はサタデーナイトフィーバー真っ盛りの頃、ディスコでビージーズがかかると、ニヤニヤしながら「キモチワルイネー、コノコエ」と言っていた彼の顔が印象的だった。
彼のVOICEもファルセット系のハイトーンで、いわゆるちりめんビブラート系。
エイズの犠牲になっていなければよいのだが。。。。。。

○兵長
1970年代当時の歌舞伎町の名物おじさん。
今で言う路上生活者の大先輩である。ヨレヨレの兵隊帽子を被って、深夜の歌舞伎町の残飯整理をして歩いていた。
「兵長―!」と声をかけると、キョーツケして敬礼をしてくれた。
時々酔っ払ってご機嫌のよい日は、歌舞伎町の噴水の前で仲間と宴会を催したりもしていた。
ある日、この兵長からなけなしの金をひったくったヤツがいて、歌舞伎町交番のおまわりさんや呼び込みのおにーちゃんたちの協力で、その不届き者を捕まえることができた。
兵長の二千円は無事手元に戻り、ご近所のギャラリーから拍手が起こった。
「よかったなぁ~、おっちゃん」と声もかかり、満面の笑みを浮かべた兵長の顔が懐かしい。夜の歌舞伎町、心温まる出来事だった。


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