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2005年12月16日
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今日もまたまた古~い写真を1枚ご紹介いたします。
白黒ってトコがかなり良い味出してますネ。
これは確か1977年頃だったと思います。
私が新宿Q&BからトゥモローUSAへダンサーとしてデビューするきっかけとなったイベントです。
写真ではよく見えませんが、後ろのテーブルには新宿のジュリーこと鈴木昇二氏もいます。
イベントはシャイ・ライツのアルバムリリース発表会でした。
レーベル移籍記念としてシャイ・ライツの全アルバムをキングレコードから発売することになり、ラジオ関係者、業界プレス、一般客などを交え、当時ブームになりつつあったソウル・ディスコの雰囲気を味わってもらおうというような企画でした。
結局、これがダンシング・チーム新宿バッドチルドレンのスタートになったわけです。

Bad Children in Big Box '77

左端からトオル、マリ、私、テツ、ヒトミです。
初代メンバーです。
この時、「タッチ」という踊りを作って流行らせようとしたんですけど、まったくウケませんでした。
大体シャイ・ライツってバラード系のコーラスグループでしたから、ダンスナンバーで話題を作るのはちょっと無理がありましたよね。
このあたりの感覚がジュリーとロニーの対立と言うか、最後まで交われなかった溝であった気がします。
踊らない人間に踊る人間のこだわりをいくら言ったところで馬の耳に・・・ですよね。

しかし、みなまだ若かったねぇ。
ヒトミなんざぁ、この時まだ16歳だったからね。
マリも17だったんじゃないかな。
トオルとテツが同い年で18から19になるところで、私はすでに20歳でした。
ヒゲもこの頃から伸ばし始めたんですね。

ファッションも、当時のソウルマンは皆ニットで仕立てた派手なカッコしてたんですけど、「オレ達は新宿の悪ガキ」だぁ~ってことで、ジーンズとかに拘りましたね。できるだけ不良っぽく見せたいって感じですか。
この時のイメージはThe Voices of East Haremでした。
このグループは名前通りイーストハレムのコーラスグループで、全員が粗末なジーンズにTシャツといった見るからにFUNKYな連中でした。
日本ではほぼ無名に近いグループでしたが、映画SOUL TO SOULに出演してタイトルソングを唄ったりしてまして、ホントの黒人好きな方達ならかなりビビッと来るグループです。
ちなみに彼等のデビュー「Right on be free」って曲を、数年前のサンタナのコンサートのトリで演っていたのには驚きました。
もちろんVIDEOで見たのですが、NYのコンサートでサンタナと所縁のあるアーティストが一人ずつ出てきて競演するといった趣向のライブでした。






最終更新日  2005年12月16日 07時57分41秒
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