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UPUPの名馬達の伝説

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2006.09.25
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カテゴリ:日記
なかなか忙しくて
ナリタトップロードの
菊花賞編を書く暇がありませんよ・・・・。

まぁすぐにまた暇ができると思いますので。

そしたらすぐに書きますね。

みなさん馬券の調子はどうですか?

もぉ秋ですよ。
ということで
やっぱり馬券当てたいですよね。

頑張ってください!!(笑)






Last updated  2006.09.25 20:09:10
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2006.09.20
カテゴリ:名馬伝説
3強によるダービーでの対決

誰もが3強によるデットヒートを期待し待つ。
そこには万全な状態で出走してくる
3強の姿があった・・・・。








皐月賞3着後は日本ダービー直行が決まっていたトップロード

テイエムオペラオーに負けはしたが
やはり恐いのは
アドマイヤベガ

これが渡辺の考えであった。

やはりあの一瞬の切れ味は恐いものがある

テイエムオペラオーに関しては
眼中になく負けただけ
実力はトップロードのほうが上

そう考えていたのである。

実際これはこの時点では間違っていなかったと言って良いだろう。

皐月賞に関して言えば
トップロードは全力で走りきれていない上に
苦手な荒れた馬場

それに比べて力を出し切ったテイエムオペラオー

この差はあまりに大きい。

実力さえ出し切れば
これがトップロード陣営の考えであろう。

テイエムオペラオー
アドマイヤベガ
ナリタトップロード

3頭は共に
皐月賞から日本ダービー直行コースをとる。

いったいどの馬が勝つのか。
ファンもみなが3強の動向に注目していた。

さらに成長の一途をたどるトップロード
貫禄が見えてきたテイエムオペラオー
復調著しいアドマイヤベガ

人気はわれて当然だった。

1番人気は安定しているトップロード
2番人気には体重が戻ったアドマイヤベガ
3番人気にはまだフロック視されていたテイエムオペラオー

この3頭のレースになることはレース前から目に見えていた。

レース直前
1番人気という重圧が渡辺を襲う。
冷静を装っていたが
重圧は相当のものであっただろう。
それは和田も同じである。
この2人の若者が

かたや1番人気で
かたや皐月賞馬で

あの日本ダービーに向かうのだ・・・。

人馬ともに成長させる。

まさにこの2人は発展途上なのだ。
名馬でめぐり合い
大レースに挑み
重圧に耐えながら成長しているのだ。

しかし、アドマイヤベガのジョッキーだけは違った。
そう武豊である。

前年にダービーを制した時に武豊は


「ダービーの勝ち方が分かった気がする。」


こう周りにもらしたという。



レースが始まった。
先頭はこれまた若い幸騎手騎乗の
ワンダーファングが大逃げを目論んだ。

この後ろには岡部騎手騎乗のマルブツタンゴ

かなり縦長の展開
中団につけるのは
テイエムオペラオーとトップロード
トップロードは
テイエムオペラオーの少し後ろで
マークする形になった。

この時渡辺はオペラオーのことで
頭がいっぱいになってしまったのだ。

レース前はあんなにアドマイヤベガに注意していたのに

そのアドマイヤベガは最後方でじっくりと脚をためていた。
弥生賞の時は惜しくも届かなかったが
ダービーでは400mある。

届く

それが武豊の狙いであった。

レースは流れ残り1000mあたりで
前はまだ余力を残している状態であった。

これ以上前に楽をさせていけない。

こういうときに動くのは
マークされる馬の宿命である。
このレースの場合
1番人気はトップロードであったが
事実上レースの鍵はテイエムオペラオーが握っていた。

早めに動いたオペラオー
前を一気に捕まえにいく。
脚が先行していた馬とはまるで違う。
しかし、トップロードはそれを標的に上がっていく。

皐月賞の逆のことをやれれば

渡辺の策は見事にはまった。
オペラオーはあっというまに前の馬全てを捕まえ
先頭に立とうとした瞬間

外からトップロードがやってくる!!

残り100mで見事にオペラオーを差しきる!

その瞬間横にはアドマイヤベガ!!

「ナリタトップロード!ナリタトップロード!先頭はナリタトップロード!
外からアドマイヤ!外からアドマイヤ!ナリタトップロード!
アドマイヤベガ!
アドマイヤだぁ!!!アドマイヤベガです!!
母ベガの2冠達成から6年!またもその息子が輝く一等星に!アドマイヤベガ!!」



忘れていた存在だった。

武豊は虎視眈々と狙っていたのだ。

前2頭は早仕掛けだった。
テイエムオペラオーは前を捕まえるためとはいえ
ナリタトップロードは完全に
オペラオーを標的に上がっていってしまった。

交わしてからの残り100m

粘りに粘ったが

予想外の敵と戦う力は残っていなかった。


またも消えていた存在にゴール直前で勝利を奪われた・・・・。


騎乗ミスなのか・・・。
呆然とする渡辺。

沖師の前で立ちすくむ。

そんな渡辺を見て沖師は一言だけかけた。


「よくやった。実力出し切ったじゃないか。」


こんな師だから。だからこそ
ダービーという称号をあげたかった。

こみ上げてくる悔しさと
自分の未熟さへの怒り

最後の一つ

菊花賞だけはどの馬にも譲れない。

こみ上げてくる気持ちを抑えきれない渡辺がいた・・・・。

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Last updated  2006.09.20 14:20:22
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2006.09.19
カテゴリ:名馬伝説
3強対決といったらなにを思い出しますか?

昔でいうとTTG

テンポイント、トウショウボーイ、グリーングラスが有名です。

しかし、今の若者は

テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、そしてナリタトップロードを思い出す人が
多いでしょう。

今この物語ではまさに3強対決が幕を開けます。



弥生賞


それは、皐月賞へ向けて非常に大切な一戦である。

スペシャルウィークと同じ道をいくナリタトップロードとしても
ここは負けられない一戦であった。

しかし、ここでの本命は決まっていた。


名牝ベガを母に持ち
名種牡馬サンデーサイレンスを父に持つ
超良血

そして鞍上には天才 武豊


そうアドマイヤベガである。

ラジオたんぱ杯でマチカネキンノホシ、オースミブライトといった
注目されている馬に勝ってここにきたアドマイヤベガ

クラシックでは断然の一番人気だった

そして、弥生賞では1倍台という人気っぷり
2番人気トップロードは4倍台の2番人気

しかし、さすがにこの人気の差は大きすぎる。
理由は簡単


鞍上の違いである


かたや、去年ついにダービーを勝った、天才
かたや、デビューしてから今までに60勝ほどしかしてない


この差はしかたないものである。
さらに、トップロードの周りでは
クラシックにいくには渡辺では心もとない。
という意見が多数でていた。
それでも沖師は渡辺を降ろす気はなかった。

これは、渡辺にとって最高のチャンスなのだ。
一人前になる。

実際、渡辺も気にはしていなかった。
なによりも馬の調子がとても良かったのである。


そして迎えた弥生賞も

アドマイヤベガを抑えて勝って見せた。
しかし、これだけは覚えておいてほしい。

決して楽勝ではなく
最後にかなり詰め寄られての1馬身差

これによって渡辺の脳裏にはアドマイヤベガは脅威として
焼き付けられた。


そして、クラシックの季節がついにやってくる。

西では、毎日杯を勝ったテイエムオペラオーが200万払ってまで
急遽クラシックに参戦してくることが決定した。

しかし、ここでアクシデントが襲った陣営があった。
クラシックの絶対的本命
アドマイヤベガ陣営だ。

なんと、突然の熱発によって飼い食いがおちてしまったのだ。

なんとか皐月賞に出走はするものの
噂話は耐えなかった。
果たしてどこまで
体調を戻したのか
本当は出るのもきついのではないか

そんななか
トップロード陣営はいたって順調であった。

弥生賞を勝ったことで
渡辺には自信という言葉が芽生え始めていた。
トップロードも今までの中で一番調子がよい状態であった。

渡辺には自信とともに余裕も見えていた。
しかし、沖師は不安を隠せなかった。
この余裕が悪いほうにでなければいいが・・・・


そんな不安をよそに皐月賞ははじまった

突然の雨だったが良馬場という発表
しかし、内馬場はかなり荒れていた。

そんな中渡辺はトップロードを距離短縮のために内にいれていた。

その外にはアドマイヤベガが見れるところだった。
絶対的1番人気のアドマイヤベガ
そして、前走での末脚

先に仕掛けて標的にされるのがいやだった渡辺は
なかなか仕掛けられないでいた。

残り800mを超えたあたりで
ついにアドマイヤベガが仕掛ける
それにつれて上がってくる
トップロード

しかし、すぐに渡辺は二つのミスに気づく

内の荒れた馬場を走らせたことで
トップロードにはもうスタミナはないということと

アドマイヤベガはやはり体調が悪かったということ

自信が慢心となって、周りが見えなくなっていた渡辺
あまりに痛いミス
このときはすでに直線に入っていた

オースミブライトが抜け出している。

負けるわけにはいかないトップロードと渡辺


届いてくれ!


この一心で追う渡辺

それに応えるトップロード

いつものようないきっぷりはないものの
確実に前と差が縮まる

いける!あと少し!もう少し!


「先頭はオースミブライト!内からシルク!オースミブライトが先頭で
外から8番ナリタトップロード!!!」


あと少し!!


その瞬間に
覇王はやってきた・・・・


「大外からテイエム!大外からテイエムーーーー!大外からテイエムオペラオーーーー!!!!」

あっという間のできごとであった。
残り100mで
加速したナリタトップロードが
前全てをつかまえて勝つはずだった。
その瞬間
まだだいぶ後ろにいたテイエムオペラオーの次元の違う末脚に屈した・・・。
結局、オースミブライトもさせずに2着・・・・。

復調したアドマイヤベガ
開花したテイエムオペラオー
成長し続けるナリタトップロード

この3頭で決まるダービーになるだろう。

そう予感させる皐月賞であった。

3強対決はまだ始まったばかりなのだ・・・・。


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Last updated  2006.09.19 17:55:36
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2006.09.15
カテゴリ:カテゴリ未分類
この話をする前に話せなければならないことがある。
今の競馬のしくみについてである。

昔は、自分の厩舎の馬に専属のジョッキーがのるのは当たり前のことであった。
それは、ジョッキーを育てるために当たり前のことであった。

しかし、今ではどの厩舎でも勝ちにこだわるのが当然になってきてる。
そのために「フリー」のジョッキーが多くいる。

フリー以外のジョッキーをリーディングの上位で見つけるのが
困難になるほどに・・・・。

今から書く物語は
そんな時代の中、そして、サンデーサイレンス絶頂期の中の
サッカーボーイ産駒と
若手ジョッキーの友情と、信頼の物語である。



ナリタトップロード



この馬の名前をあなたは知っているだろうか。

残念ながら「名脇役」というのが正直なところであろう。

アドマイヤベガ

テイエムオペラオー

という2頭と3強に数えられた、強い馬である。

しかし、あまりにテイエムオペラオーが光り輝いてしまったために
脇役として数えられてしまう。
しかし、彼の人生を考えると

名脇役

の一言では収まりきらないものがある。

彼は、佐々木牧場で生まれ育った。
決して大きい牧場ではなかった。しかし、社台ファームに負けないように切磋琢磨していた。
佐々木牧場では、社台に負けないようにも、繁殖牝馬を海外から買って来るようになっていた。
そんななか牧場長の佐々木孝氏はフローラマジックという牝馬を見つけた。

そして、ツルマルガールなどをだして、国内産の種馬の中でもエースになりつつあった
サッカーボーイを相手に選んだ。種付け料が安かったこともあってだろう。

生まれた仔馬は調教師の目にすぐにとまる。

見た目が父似で、馬体も良かったからだ。
声を掛けたのは 沖調教師だった。

そして、ナリタトップロードは佐々木牧場の期待を一身に背負って
沖厩舎へと向かう。

そのころ、もう一人の主人公である渡辺ジョッキーは
沖厩舎の専属ジョッキーをやっていた。
4年間で58勝と、無名な若手ジョッキーでしかなかった渡辺ジョッキーは
沖氏に大切に育てられていた。

初めてのG1挑戦はバンブーピノという馬であった。
この馬を知らないだろうか??

渡辺ジョッキーはこのレースで忘れられない経験をする。

初めてG1で緊張しきっていた渡辺ジョッキーは
バンブーピノがかかっているのに押さえられなかった。
それと一緒にかかってしまったのが一番人気
ファビラスフィンである。
結局、一番人気のファビラスフィンは、その暴走のせいで
14着
バンブーピノは13着
しかもレース後故障

これにより、渡辺ジョッキーはファビラスフィンをつぶした男
として定着してしまったのである。

こんなに苦労していた愛弟子をどうにかしてあげたい
とずっと思っていたのが沖氏である。

そんな中入厩してきたのがナリタトップロードである。

この馬を沖氏は愛弟子に任せた。

3歳(現2歳)時は3戦して1勝と振るわなかったナリタトップロードであるが
沖氏は期待していた。
負けてなお強しという競馬が続いたからである。

「この馬は走る。」

そう感じていた。
その証拠として、沖氏は格上挑戦できさらぎ賞挑戦を試みる。

そしてトップロードはこれに応えて見せた。

500万下の馬がきさらぎ賞に勝つ。
こんな流れを覚えていないだろうか??

そう、トップロードの前の年に、武豊に初めてダービーという称号を与えた
スペシャルウィークと同じローテーションなのである。

この時渡辺ジョッキーは、まだ重賞すら勝ったことなかった。
普通ならここでジョッキーを変えてレースに備えるべきである。
しかし、沖氏は自分の弟子を信じた。
指示も
「好位につけろ。あとはまかせる。」

と鞍上に任せたのだ。

このレース、相手はいなかった。
渡辺がどう乗るか。
まさにそれしだいであった。
しかし、渡辺は好位につけ、そのまま
1番人気のエイシンキャメロンにハナ差だけ先着して見せたのだ。
ここで、一気にクラシックの主役に躍り出る・・・・・。

そしてついに皐月賞トライアルである弥生賞

相手には武豊擁するアドマイヤベガ

3強時代の幕開けである・・・・・

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Last updated  2006.09.16 04:47:41
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2006.09.14
カテゴリ:名馬伝説
変則二冠の厳しさをあなたは分かりますか?

真の最強馬を証明しきれなかった馬の無念さが分かりますか?

確かにそのとき大王は降臨した

キングカメハメハ

父:キングマンボ

母:マンファス

キングマンボはいわずと知れた名種牡馬

母マンファスは、キングカメハメハの後もレースパイロットなどを産んでいる。

馬主もいわずと知れた金子氏

期待されてデビューを迎えた

キングカメハメハ

2003年の京都の新馬戦をなんなく勝って見せると

次にエリカ賞へと出走してくる

このエリカ賞は

出世レースとして有名で

過去に勝った馬には

タヤスツヨシ、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤベガ

クロフネ、エアダブリンなどがいる

そのレースをこれまた完勝してみせる。

年が明けて2004年

ついに陣営は重賞出走に踏み切る

京成杯である。

しかし、フォーカルポイントの3着に敗れてしまう。

初めての敗北であった。

ちなみにこのレースの4着は

天皇賞春を勝つことになる

スズカマンボである。

なんにせよ

初めての敗北である。

しかし、陣営は気落ちするどころか

よりいっそう積極的にレースに使う。

すみれS

毎日杯と

2連勝

ちなみにすみれSの2着はストラタジェム

この2連勝により

順調に賞金を加算したことにより

陣営は

皐月賞回避を決定!そして

NHKマイル→日本ダービー

の「変則二冠」達成を目指すのであった。


変則二冠

この言葉を聞いてまず思いつくのが

松田国英調教師だ。

この調教師が

「芝でならクロフネよりも良い脚を使う。」

とキングカメハメハのことをたたえていた。

これは

キングカメハメハにとって

最高の賛辞だと言えよう。

ついにNHKマイル

しかしG1はそう簡単には勝てないだろう。

だれもがそう思ったが

それはキングカメハメハにとっては

失礼な言葉だった。

完勝

この一言に尽きるレースだったといえよう。

そして

ついに変則二冠達成なるか!!??

タニノギムレットはダービーを制し

クロフネはNHKマイルを制した。

3度目の正直

その夢を背負いキングカメハメハの

勝負が始まった。

レースは1000mを58秒という

ハイペースから始まった。

そして

前を走っていた馬が疲れたところで

大王の降臨

そこからはただただすごいの一言

アイネスフウジンの作ったダービーレコードを

14年振りに更新したとともに変則二冠を達成

ちなみに2着はハーツクライ

夏の間は休養し

秋は天皇賞秋→JCという王道を歩む予定だった。

復帰緒戦の神戸新聞杯を完勝し

天皇賞秋を2週間後に控えた時

競争馬の宿敵

屈腱炎を発症

これにより引退を余技なくされる。

その年の天皇賞秋・JC・有馬記念という王道は

大王なき戦いであった。

善戦マンであったゼンノロブロイの素質が開花し

そして新王者へと上り詰めた。

まさに出世街道であった。

しかし、その道は王が歩くべき道で

出世街道であってはいけない道である。

ゼンノロブロイが歩いた道を

大王が悠々と歩く姿をぜひ見てみたかった。

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これからも応援お願いします!

あさってか、明日にはナリタトップロードをUPする予定です。






Last updated  2006.09.14 16:29:21
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2006.09.13
カテゴリ:日記
最近、とにかくダートについて色々考えています。

元祖のほうにも書いていますが
ダートは本当に血統と少しの知識でとりやすい馬券へと進化します。

だから、ダートのレースのみやってるこのごろです(笑)


血統もただやるだけでなく
色々考えて
さらに、最近はどの血統が走っているかも考えてやっています。

おもしろいものですよ。

ぜひみなさんもやってみてくださいね♪






Last updated  2006.09.14 01:06:01
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カテゴリ:カテゴリ未分類
4回もレコードを更新した馬がいたことをあなたは知っていましたか?

世界最強も夢じゃなかった馬がいたことをあなたは知っていましたか?

日本競馬に一つの伝説を作った馬がいたことをあなたは知っていましたか?

芦毛の怪物

クロフネ

この馬の生まれは海外である。

いわゆる○外である。

アメリカから社台グループの吉田俊介氏が連れてきたのだ。

吉田氏いわく

『絶対に走る、歴史に残る名馬になるかもしれない。』

という期待を抱いていたそうだ。

そんな大きな期待を背に、クロフネは2歳の秋に京都競馬場でデビューを迎えた。

鞍上は松永騎手。

道中は、4,5番手に待機し、直線で抜け出しにかかる。

しかし、進路が狭く、前に抜け出せない。なんとか、馬群の壁をさばいて追い込むも2着。

しかし、最後の追い込みによって、陣営は将来性を感じた。

その期待に、クロフネは次のレースから答える。

長い距離のほうが合うのでは。

と考えた陣営は、2000mのレースに照準を合わせる。

それが実を結んだのか、快勝。

レコードタイムのおまけつき。

そして、3戦目となったエリカ賞で、クロフネは、大いにポテンシャルの高さを見せ付ける!

エリカ賞は、出世レースとして有名で(過去の勝ち馬は、エアダブリン・キングカメハメハ・アドマイヤグルーヴなどである)、このレースに陣営はかけていた。

そして、クロフネは、またもや陣営の期待に

最高の形で答えてみせる。

2戦連続のレコード快勝。そして陣営はついに重賞へ向かうことを決めた。

ラジオたんぱ杯3歳S

今考えるとものすごいメンツである。

クロフネ

ジャングルポケット

アグネスタキオン

この3頭のまさに3強であったといえる。

一番人気、クロフネ、単勝1.4倍

二番人気、アグネスタキオン、単勝4.3倍

三番人気、ジャングルポケット、単勝4.5倍

このメンツの中、ダントツの一番人気のクロフネ

しかし、クロフネにいつものリズムがない。

とても悪いリズムで走る。しかし、いつもどおり先行し、直線に入る前に

外から並びかけ、突き放そうとした。

しかし伸びない。いつものクロフネではない。

その横をスイスイとジャングルポケットと、アグネスタキオンが抜いていく。

結局、

1着アグネスタキオン

2着ジャングルポケット

3着クロフネ

であった。

あけて4歳

どのレースに進むかが問題だった。○外の宿命で

クロフネは皐月賞にはでれなかった(今ではでれる)

そのため、NHKマイルカップを目指して、毎日賞への出走を決めた。

結果は圧勝。あの2頭のいないレースは何の問題もなかった。

そしてついにNHKマイルC

単勝1.3倍、支持率61.9パーセント

圧倒的な支持率。負けるわけにはいけない。

レースも圧勝といくかと思ったらそうはいかない。

まさかの出遅れ。

マイル戦で出遅れ。これほど痛いものはない。

このレースで初めての騎乗となった武豊騎手も

かなり動揺したのではないか。

レースは、単勝150倍のグラスエイコウオーが逃げる展開

直線に入っても

どの馬もグラスエイコウオーを捕まえることができない。

それを必死に追うクロフネ。

さすがのクロフネでも無理かと思われたラスト1ハロン

そこでようやくクロフネにエンジンがかかる。

そこからは異常なほどの末脚。

グラスエイコウオーの騎手も

「あれだけリードしていたから勝てると思ったんですけど・・・。ゴール前では今までに経験したことがないプレッシャーでクロフネが接近してきたのが分かりましたよ。あの馬は普通じゃないです」

とのコメントを残すほどである。

ようやくクロフネは、G1ウィナーの仲間入りを果たす。

これから、クロフネの快進撃が始まるのだ。

そう誰もが信じてやまなかった。

そして、ついに○外にも開かれた日本の頂上への門。

そこに黒船が来航する

いざ決戦、日本ダービー

アグネスタキオンは、皐月賞を快勝した後に引退を表明

相手はジャングルポケットのみと思われた。

しかし、まさかの5着。

重馬場だったから?中2週はきつかった?ハイペースがきいた?

様々な憶測がとびかった。しかし

ジャングルポケットが強かったのは確か。

ここでめげないクロフネは、更なる高み、天皇賞秋を目指して

神戸新聞杯へ向かう。

しかし、ここも勝てずに3着

そして、天皇賞秋へと向かう。

しかし、ここでアクシデントが発生した。

天皇賞秋へと出走できる○外は2頭

メイショウドトウは決定している

もう一頭はクロフネと思われていたが

アグネスデジタルの急な参戦の決定で

クロフネは出走することすらできなくなったのである。

目標を失ったかに見えた。

しかし、陣営は調子の良いクロフネのレース間隔をあけるのきらい

武蔵野Sへ。

非常に苦悩したらしい。しかし、武豊騎手が

『あの馬はダートで走りますよ。』

という一言で参戦が決定。デビュー以来

一度は走りたいと思っていたダート

急に参戦。しかも重賞。不利かと思われた。

まさかここから、クロフネにとって最高のドラマが始まるなんて・・・。

圧倒的な1番人気。

レースがスタート。

うまく折り合っているクロフネは

馬なりで大外をまわって直線を向いたときには

先頭にたっていた。

そこからは一人旅。イーグルカフェなどは存在しないような

はるか後ろ。

そのまま持ったままでゴール

タイムは1分33秒3

2着との着差は実に9馬身

ダートで1分33秒3!?

誰もが度肝を抜かれた。芝ではないんだぞ?しかももったまま?

そしてクロフネの目標は

JCDへと向く

ここでも当然の一番人気

土曜日に、クロフネ見たさに10万人もの観客が競馬場へと足を運んだ。

いざスタート

まさかの出遅れ

場内がざわめく

しかし、クロフネが後方にいたのは最初だけ

その後は馬なりで上がっていくと

直線でなんなく先頭にたち

そのまま突き放すだけ。追うことすら必要ない。

そのまま武蔵野Sに続いての2戦連続のレコードで圧勝。

2着に前年の覇者ウイングアローが入り

これによってクロフネはダート界の覇者となった。

陣営はすぐにドバイ遠征の話を持ち上げる。

しかし、ここでアクシデント発生

右前浅屈腱炎になってしまったのだ。

半年ほどでの回復が見込まれるケガだ。

普通他の馬は現役を続ける。

しかし、クロフネ陣営は引退を選んだ。

これほどの馬に無理はさせたくない。

それが最大の要因。

今クロフネは、種牡馬として順調なスタートをきった。

フサイチリシャールや、フラムドパシオンなど

これからも数々の名馬を輩出することだろう。

しかし、忘れてはいけない。

その息子よりも父は偉大だったということを・・・・。

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Last updated  2006.09.13 14:03:25
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2006.09.10
カテゴリ:日記
最近は、もっぱら血統理論にはまっております。UPUPです。

血統を考える上で大切になってくるのは

やはりイメージだと思います。

簡単なところから言えば

「クロフネといったらダート!芝は早熟気味。」

これにあてはまるのはフサイチリシャールですかね。
まだダートには出走していませんが、近い将来出走するそうです。
楽しみですね。

次に大切なのは


系統


たとえばノーザンダンサー系やミスタープロスペクター系などです。

日本ではもうすぐサンデー系という名前が定着しそうですが
元は、ターントゥ系と考えていいでしょう。

系統にはそれぞれ得意なレース展開、距離、芝、ダートなどが存在します。

たとえば・・・。

ノーザンダンサー系のニジンスキー系は重馬場得意!
とかですね。
これによって
どんどん考えていくとよいでしょう。
血統については今、元祖のほうのブログで詳しくやっているので
ぜひ見てくださいね。
http://blog.livedoor.jp/upupdesu/

しかし・・・・。

血統って、どんどん変わるからデータとるのがとても大変です。

今は、中山と東京に絞ってデータとっているのでまだ楽ですが
この先全てをやろうと考えるとぞっとしますね(笑)

でも頑張りますよ!

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Last updated  2006.09.11 00:47:33
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カテゴリ:名馬伝説
「ナタの切れ味」と評された馬がいたことをあなたは知っていますか?

多くのトラブルを抱えながら三冠を達成した馬がいたことをあなたは知っていますか?

史上初の5冠馬の名前をあなはた知っていますか?

ナタの切れ味をもつ最強馬

シンザン

5冠馬シンザンは北海道の日高に生まれた。

当初は特徴のあった馬ではなく

期待はされていなかった。

武田文吾調教師に預けられ、競走馬としての人生をスタートしたが

調教師本人も、全くといっていいほど期待はしていなかった。

武田厩舎には、期待馬オンワードセカンドがいたため

シンザンはほったらかし。

ウメノチカラという素質馬の調教を見て

シンザンのデビューをわざとずらしたというから

本当に信用していなかったのだろう。

しかし、一人だけシンザンの強さを発見していた騎手がいる。

それは、主戦騎手の栗田勝騎手である。

オンワードセカンドとシンザンどっちにのりたいと聞かれたときに

シンザンです。

と即答したのは有名。

シンザンは武田調教師の期待を裏切り

あれよあれよというまに3連勝

そして年があけた時にアクシデントが発生する

シンザンは飛びが大きいために

後ろと前の足が当たってしまうのだ。

しかし、武田文吾発案のシンザン蹄でこれを防いだ。

その成果もあり

年明けの阪神のマイル戦を完勝(後にシンザン記念と名を変えた)

スプリングSも、阪神3歳S、朝日杯3Sの両方の連対馬が出走してきたことで

6番人気と人気落とすものの

完勝。さらには皐月賞までその調子で勝ってしまうのだから

すごい馬である。

しかし、ここでまた問題が発生する。

日本ダービーに向けて、栗田騎手はレースにでる必要はない

といったのに対して、武田文吾は

レースに使って調子を上げないとダメだ。

と対立が起きたのである。

そして、そこは調教師の意見が通り、オープン戦に出走。

そのときの馬体重まさに+10kg。

そんな馬が勝てるわけもなく、さらには闘志もなく2着に敗れた。

これがシンザンに初めて土がついた瞬間であるから

なにかやるせない。

そしてダービー。

対抗馬は、皐月賞2着のアスカと思いきや

それをNHK杯で破ってきたウメノチカラであった。

人気はウメノチカラが1番人気

シンザンは2番人気。

そしてレースは最後の直線でシンザンが先に抜け出すと

それを内からウメノチカラが差しにくる。

なんとゴール400mほど前でシンザンを差したのだ。

このまま決まるのかと思った瞬間。

なんとそこまでシンザンに鞭は入っていない。

残り200mで鞭が入ると

ゆっくり伸びて1馬身と1/4差したとこでゴール。

これが世に言う「ナタの切れ味」なのである。

シンザンの末脚が遅いわけでは決してないと思われる。

ライバルがいつも、最後まで粘り

それをゆっくり差すから、ナタのような切れ味に見えるのだろう。

ついに菊花賞を目指す事になったシンザン

普通の馬だったら

夏の間は北海道などにいって休養するはずだ

しかし、ここでまた武田文吾は普通と違うことをいう

「残して調教する」

これが最高に裏目にでてしまう

その年はかなりの猛暑で

シンザンは重度の夏バテに陥ってしまうのだ。

そして復帰戦のオープン戦も

京都杯と連敗を喫する

それに対し、ウメノチカラは古馬相手に善戦し

順調に成長していた。

そしてついに菊花賞。

一番人気はウメノチカラ

二番人気はシンザン

前年に、支持率80パーセントを超えて3冠に挑戦してメイズイが負けていたこともあり

シンザンでは3冠無理

という空気が流れていた。

そして菊花賞

このレースで思わぬ伏兵が活躍することになる

カネケヤキである

桜花賞、オークスと連勝して

自信満々で菊花賞に挑んできたのだ。

この馬がまたすごい

まさかの大逃げをうってでたのだ。

しかも、最後の坂のくだりでスパートをしているあたりから

かなりの実力をもっていたことが分かる。

アナウンサーも「シンザン三冠なりません」

と興奮して実況してしまったほどだ。

しかし、シンザンからすれば相手にしていなかったのかもしれない

直線にむいたところであっさりかわすと

後は、ウメノチカラとの一騎打ち

そのウメノチカラも残り200mで引き離し

結局は2馬身つけての三冠達成!

ここに三冠馬シンザンの誕生である。

栗田勝はあまりの嬉しさに

指を3本たてて三冠を誇ったという。

しかし、シンザンは夏の無理もたたってか

長期休養を余儀なくされる

その結果、有馬記念も天皇賞春も出走することができなかった。

天皇賞春に出走しないことにたいしてマスコミが

「強い馬から逃げてるだけでなありませんか?」

といわれた事に対して

「シンザンが走りたくないといっている」

と武田文吾が答えたのはあまりに有名

そして

夏になり

オープン戦を一戦はさんでから

シンザンは宝塚記念へと向かう

この宝塚記念をシンザンは圧勝といってよいだろう

本気ださずして勝ったのだから

しかし、この宝塚記念

出走馬全てが重賞をかったことのある馬だったのだから

今からすれば、とてもレベルの高いレースだったといえよう。

そして今度は最高峰のレース

天皇賞へと向かう

ステップレースには目黒記念を選んだ

ライバルはヤマトキョウダイとブルタカチホ

直線残り200mでヤマトキョウダイをぶっちぎって

圧勝かと思いきや

残り100mでブルタカチホがつっこんでくる

そして交わされ負けたと思われた次の瞬間

シンザンに鞭が入り

あっという間に差し返したのである

まさに圧巻のレース

普通の馬にはできない芸当である

その後天皇賞秋も制し

いざ

有馬記念へ!

しかし、ここでまた問題発生

実はシンザン中山の急坂を体験してことがなかったのだ

そのため武田文吾がまた無理をいいはじめるのだった・・・。

「中山競馬場で調教させろ!」

シンザン一頭のために中山競馬場をあけろと言い出したのだ

もちろん無理である

その結果武田文吾は中山のオープン戦に急遽シンザンを出走

なんと実戦で調教したのであった

それに対し、もちろん栗田騎手が黙っているはずもなく

またもや対立

結果は、調教師の勝ち

そして栗田騎手を背にのせてシンザンは負ける

栗田騎手からすれば

名馬シンザンが格下相手に負けるのが許せないのだ

栗田は街で飲みまくり

次の日のレースをさぼった

その結果、騎乗停止で有馬記念ものれないことに

かわりに松本騎手で最後のレースへ

このレース様々な馬

騎手がシンザンにいろいろなことをしかけた

特に、加賀騎手騎乗のミハルカス

シンザンに荒れたうち枠を通すために

自分は外ラチいっぱいへ

しかし、まさかまさかでシンザンはそのさらに外から走ってきたのだ。

1頭分の隙間もない大外である

その結果、一瞬シンザンが消えたように見え

「シンザンが消えた」

という名実況が生まれた

そのままシンザンは完勝

こうして5冠馬が誕生したのであった。

シンザンは種牡馬としても成功し(ミホシンザン、マイシンザンなどが子供、孫である)

さらには35歳まで生き続け

競走馬の長寿最長記録を更新した

様々な記録をうちたてたシンザン

今までも、そしてこれからも愛され続けるべき馬である。

生涯成績

19戦15勝 2着4回

*グレード制がない当時、八大競走と呼ばれたクラシック5競走に

春秋の天皇賞(1980年までは勝ち抜け制で、天皇賞優勝馬は再度出走することはできなかった)

有馬記念といった主要レースにおいて、牡馬が獲れる全てのレースを制したというもの。

この後シンボリルドルフが現れるまで「シンザンを越えろ!」

は日本競馬の合い言葉になった。現在でもシンザンは

史上最強馬の1頭と考えられる競走馬である。

ダートで勝ちたい人は、ここにヒントあります!

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Last updated  2006.09.10 13:22:54
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2006.09.09
カテゴリ:カテゴリ未分類
これは自信の馬券ですね。当たると思ってました☆






Last updated  2006.09.09 12:50:20
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