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カテゴリ:名馬伝説
昔、怪物であり、アイドルであった馬がいたことをあなたは知っていますか?

引退するときに、曲までできてしまう馬がいたことをあなたは知っていますか?

単なるG2に12万人も観客を集めた馬がいたことをあなたは知っていますか?

大井の怪物

ハイセイコー

それがこの馬の通称だった。

そう。この馬もオグリのように地方出身だ。

しかし、決定的に違うところがある。

オグリが社会現象にまでなるには4レース必要としたが

ハイセイコーが中央に来ると決まった時は

転厩初戦から大騒ぎになったのである。

その数実に12万人という観客を動員したのだから

やはりハイセイコーはすごい。

それだけ期待されるのも当たり前かもしれない。

ハイセイコーは、母が大井出身だったこともあり、大井競馬場でデビューすることに

なったのだが

実は、ハイセイコーが大井で2着の馬につけた6レース合計の着差は

56馬身にも及ぶらしい。これだけの馬だ。期待されてもおかしくない。

もちろんハイセイコーはこの転厩初戦の弥生賞を制した。

そして、スプリングSをも制して、皐月賞に出走。

なんと、その皐月賞までも快勝してしまう。

その後は、ダービーに向けて、NHK杯に出走する。

その単勝支持率は、実に86%と驚異的にな数字であった。

このレース、ハイセイコーは苦戦を強いられる。直線残り200mまでまったく伸びず

もう負けたか?無敗神話は終わりをつげるのか?と思われた瞬間。

真ん中をものすごい勢いで伸びてきて、ラスト100mだけで

前の馬をごぼう抜きして見せたのだ。しかし、実際苦戦を強いられた感は否めない。

アナウンサーも、残り200mのときに

『もうあと残り200しかないよ!ハイセイコー負けるのか?』

と連呼してるあたりから、誰もがハイセイコーの負けを覚悟していた。

それでも勝利したことにより、ハイセイコーはやはり強い!と

誰もが思ったことだろう。

そして、次のレース、日本ダービーで単勝支持率66.6%という

ダービーでは異常な支持率を獲得したがついにハイセイコーの神話は終わりを告げる。

タケホープの登場だ。この馬はハイセイコーの最大、最強のライバルである。

タケホープとハイセイコーは実に9回もの対決をしている。

結果は、ハイセイコーの5勝4敗となっている。

そのタケホープに先着を許しただけでなく、1975年に天皇賞春を制することとなる

イチフジイサミにも先着を許している。

タケホープは人気のない馬であったが、主戦の嶋田騎手は

「ハイセイコーも4つ脚ならおれの馬も4つ脚だぞ」と話していたという。

その後、ハイセイコーは不調に襲われる。

京都新聞杯でも勝つことができず2着。

次の菊花賞では長距離ということもあり、不利であったが

それでもハイセイコーはタケホープに鼻差までつめてみせた。しかし、負けは負けである。

その後の有馬記念でも、タニノチカラをマークしすぎてしまい、結局3着。

AJCCでもタケホープに負けてしまう。しかもこのレース9着という散々な内容であった。

しかし、中山記念に出走するとやはり適距離では実力が違った!

タケホープも逃げずに出走してきたが、2着に2秒差をつける圧勝!

久しぶりの快勝である。

その後、天皇賞春に挑戦するがやはり適距離の問題でタケホープに屈してしまう。

ハイセイコーは宝塚記念に出走する。

中距離では、実力がまったく違う!

この宝塚記念。2着に5馬身差をつけ、レコードを2秒1も縮めてみせたのだ。

さらには、2000m時代の高松宮記念も勝ってみせた。

しかしその後は勝つことができず引退してしまう。

この馬は、まさにタケホープと共に歩んだ馬と言えよう。

引退の年もタケホープと一緒だったため、引退後の繁殖も比較されたが

ハイセイコーはカツラノハイセイコーが、父の悲願、日本ダービーを制覇するなど

数々の名馬を輩出し

名種牡馬の一頭として数えられたが、

タケホープは一頭も活躍馬をだせず、引退後はハイセイコーの完勝だったといえよう。

ハイセイコーは

2000年に31歳で死去した。偶然にも、主戦騎手、増沢末夫氏が北海道を訪れていたその日であった。

その後ハイセイコーの出世レースとなった

大井の青雲賞は

ハイセイコー記念と名前を変えて

レースが行われている。

ハイセイコー

父チャイナロック、母ハイユウ

生涯成績:22戦17勝

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Last updated  2006.08.27 07:53:51
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