南洋の島から、ゆく年くる年
ことし2022年はわたしのはじめてのサバティカル・イヤー(義務としての仕事から解放される、休養年。休耕地を意味します)でしたが、それもきょうで終わり。3年ぶりに日本へ一時帰国し、3か月半滞在しました。1月後半に東京に着き、またその頃は公共交通機関も使えず10日間の隔離期間がありました。成田からはハイヤーを使い4万円ぐらいかかりました。東ティモールからはまだ月に数便しか、海外への航空便がありませんでした。 ↑ コロナでまだ海外渡航が難し状態が続くだろうと思い、日本では、自分的には切らすととても困る文房具をたくさん買い込んで戻ってきました これだけあれば安心! どれも東ティモールでは入手困難な物ばかりです ↑ 万年筆派のわたしにとっては、赤や緑の万年筆インクがなくなると大変困ります パイロットのデスクペンは中学生時代からの愛用品 しかし愛用品は廃版になっていて型番がことなる新製品を買いました! 色鉛筆の大きいようなのは三菱ダーマトグラフといいます これは小学生の頃からの愛用品 そしてたくさんあるオレンジの小さなチューブは、パイロットの蛍光ペンの補充インク わたしは万年筆やペンシルでの手書き派で、色インクも必需品 原稿を書いたり授業の準備ノートを書いたりします 蛍光ペンやダーマトグラフは本を読んだときに線を引いたりするときにつかいます ↑ 買った文房具は、頂いた(頂いたときには箱の中には当然おかしが入っていました)きれいな小箱に入れて東ティモールに持って帰りました これがないと困る宝物の箱です しかし、ずっと続くと思っていた渡航制限は一気に緩和され、「こんなにたくさん買い込まなくてもよかったのに」とも思います しかし東ティモールでこれらがなくなりかけると、困るなと思い心配になってしまいまうものばかりです ちなみに、ペンシルは0.7㎜か0.9㎜です ↑ 1990年にわたしは右側のクントロ神父さんとまん中で座っているピトヨ神父さんにマニラのアルペ国際神学校で会いました 30余年ぶりにジョグジャカルタで再会し、「インドネシアに来るんだったら」といって修道院に招いてくれて半月間お世話になりました サバティカル・イヤーのもう一つの収穫は、インドネシアに2か月と1週間滞在してインドネシア語を勉強したことです ジャカルタに1か月半、ジョグジャカルタに半月、クパンに1週間滞在しました ↑ そしてことし最後のきょうも、お葬式がありました 2年前まで聖イグナチオ学院で教えておられたフェロミナ先生がご病気で帰天されました お墓で埋葬がおわったとき、2期生の卒業生に会いましたこの学年がわたしが唯一東ティモールで6年間持ち上がった学年です どうぞみなさまもよいお年をお迎えください