龍泉洞の父へ
tamachiさん美しくてこわい 龍泉洞の地底湖を見た第一印象でした。その青さには、感動と言う軽い言葉は似合わない・・・そんな感じがしました。地底湖は途方もなく深いのか、或いは途中で「長く」伸びているのか謎ですが・・・幾つもの奇岩・奇景を、大した労力も使わずにみられるのは、Ureさんのお父様のお陰だったんですね。改めて有り難うございました・・・なんだか、また訪れてみたくなりました。(Nov 29, 2009 07:06:31 PM) 勇者ひかりさんお話をありがとうございます。大変なご苦労があって、残してくれたものなのですね。私にとってこの龍泉洞は、かれこれ20年以上も前に一度だけ足を踏み入れてから私の中にずーーーっとある青なのです。それはそれは大切な場所です。こうやって残してくださって本当にありがとうございます。ureさんというお名前の由来も素敵ですね。^^本当に本当にありがとうございます。ただただ感謝です。(Jul 7, 2010 12:18:51 AM) ここわんこさん恥ずかしながら、龍泉洞のこと、今回初めて知りました。地底湖のブルーに惹かれます。最初は真っ暗な世界だったのでしょうね。Ureさんのお父さんはなんと勇気があり、心の大きい方でしょう。いつか行ってみたい場所の一つになりました。(Jul 9, 2010 09:58:05 PM)………お父さん、たくさんの皆さんが語りかけてありがとうと言ってくれる。実は私はUreは、ずっとずっと思っていました。はっきりいうと恨みがましい思いです。私の父は、貧しいこの岩手の辺境の地にあって町の人々を豊かにしたい!その思いだけで、家族にも言わず家をたんぽに資金を借りて、龍泉洞開発と観光に命をかけていた。そして町の人たちはそれを変わり者と思っていた。探検隊にも事故があった。それみたことかと言われた。でも探検隊の方々との友情は壊れなかった。父は自分の功績を当時の町長に与えた。町長の銅像は残っている。父、早野隆三の名前はどこにもない。私は父が40歳も半ばになろうとした時の子供だった。不思議なことに私は父の功績をこの世に残さなければといつも思っていた。それは…龍泉洞に名前を記すことなのか?銅像を建てることなのか?とにかくあれほどの情熱が忘れ去られることのないようにしてそれから私が死ぬ、とまで思っていた。だけど、父は生きているときから神様のような人だったから今、何を考えているんだろう…そう思うときがあったしすべては目に見えないものだろうと思うときもあった。こうやって、今インターネットという光の時に地球の裏側の方、多くの方々から「感謝」「ありがとう」「感動」という声をこの画面を通して頂く。お父さん、よかったかなこれでいいかな。私はこれでいいかな。あとは…後を継いでいる姪たちの暮らしをできるだけ楽にしてほしいこれは、どうかな現実三次元は別世界かな。どうかな、おとうさん。