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2005/07/26
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カテゴリ:読みきり小説
夏らしくホラーでも。っつっても怖くは無いけどね。


黒猫

  人は誰しも一度は奇妙なことを体験するという。それがどんな形がふつうなのか分からないが、もし普通じゃありえないことが奇妙な体験だというのならそれは私にも一度あった。7年も前の話しだが、私はあるアパートに住んでいて、そのアパートは家賃月々5万円、トイレ風呂は共有の駅からは遠い四畳半。ぼろいアパートで西日もあたり、お世辞にも綺麗とは言えず、あちこちきしんでいた。だが何しろ私はそこに五年も住んでいたので、蛇口から漏れる水の止め方、開きづらい扉の開け方、どうやって西日の影響を少なくするかなどといったたいていの生活の知識を、住んでいるうちに身に付けていった。人間というのは面白いもので、狭いところ、汚いところ、物が少ない、何々が足りないとなると、工夫してよくしようとする。私も工夫してそこに住みやすくしたのだが、いつしかそのアパートにいた幽霊とも一緒に住むことになってしまっていた。
  そのアパートに来て三日とたたずにそいつは現れた。夜、横に寝転がっていたときに、すっとそいつは壁からいきなり現れて、きちんと座りなおして背筋を伸ばし、顔をジットこっちに向けていた。窓や穴など無い壁から現れているのだから一瞬でこの世のものじゃないとは思ったのだが、それを見て気味悪くは思ったがまったく怖くは無かった。それは人間の幽霊ではなく黒猫の幽霊だったからだ。
  さすがに最初は黒猫が現れたというのもあって気味悪くも感じたが、毎夜のように寝ているところへ壁からすっと現れて、そこにジット座っていると、どうしても見る羽目になる。だが見ているにつれ、その体のつやや、目の光が、まったく死んだというふうには見えず、ほとんどどこぞから子猫が迷い込んできたような感じだったために、日に日に恐怖は愛着へと変わっていった。
「今日はこないな。どうしたのだろう?」
  壁から現れる黒猫の幽霊に、今日の都合とかというのもおかしいのかもしれないが、あるときは二三日とその猫は姿をあらわさなかったため、私はなぜか心配になった。もともと一人暮らしのためにさびしかったのか、いつしかその猫が壁から現れないことに奇妙な不安さえ抱くようになったのだ。今日は来るだろうか?と思って三日目のとき、そいつはようやくまた壁からすとっと現れた。少し高めの壁から着地するかのように綺麗に現れる。そして黒猫はまた前と同じようにまた座りなおして、つやのある目でじっとこっちを見ていた。
「どうしたの?」
  その日はじめて私はその猫に話し掛けた。むろん幽霊だからといってしゃべるはずは無いのだが、その猫は私の言葉に反応したのかはじめてこっちによってきた。横のままの私の顔に、その猫も顔を近づけてくる。普通そこまでくれば、猫の鼻息などが聞こえてくるはずなのだが、まったく聞こえない。なでてみようと思い手を伸ばしてみたが、案の定というか、期待はずれというか、何の手ごたえもなくすりぬけてしまった。ただ顔の前に何かがいるという感じは、目をつぶってもする。暫くにらめっこを私たちはしていたが、やがてその猫は私の隣で仰向けになり寝始めてしまった。三分もたたないうちに、その猫は小さな寝息を立てて寝てしまったようで、私もまたそれをみながらその日は寝てしまっていたようだ。隣に何かが一緒に寝ているというだけで、不思議と安心できたのか、その日はとてもよく寝れた。
  その日から、その幽霊猫との共同生活が始まった。仕事から返ってくると、猫が夕方でも迎えてくれた。時には靴の中にもぐっていたり、時には布団の上で寝転がっていたり。小さな部屋には似合わないようなテレビをつけ、あぐらをかきながら見ていると、いつのまにか足の上に乗っていたりする。そのぬくもりが気持ちよく、一人だという感じをさせない。そしてその猫と遊んであげたいと思い、なでてやろうとするのだが、どうしても触ろうとするときだけは、さわれなかった。それだけはまるで神が許してくれないかのような、そんな嫉妬を何度となくいだいた。一度皿で牛乳を出してみたのだが、やはりその猫は飲もうとしない。幽霊だからといえば当たり前の事なのだが、足の上から上を向いてこっちを見ている猫を見ると、どうしても幽霊などと感じさせないのだ。
  五年もそんな生活を続けていたため、もはや自分の飼い猫と同じような存在にその猫はなっていたのだが、ついに私も高収入の安定した仕事にありつけたため、いいかげんもっとましなアパートに移ろうと思い引越しを二年前にしたのだった。だがそれを決意した次の日、私はあの黒猫のことを思い出した。引っ越してしまったらあえないのではないのか?幽霊の猫なのだ。ペットみたいに一緒に引越しなんてできるはずが無い。しかしやはり五年も一緒に住んでいると、それがどうしても納得できない。だが私は思い切ってそのことを黒猫に行ったのだが、それを行った次の日から、またその猫は現れなくなってしまった。
  最後くらいは猫相手でも別れを告げたかった。猫が消えてから一週間後、ついに引越しのときが現れた。引越しといっても簡素なものである荷物といえば布団、食器、そして小さめな冷蔵庫とテレビが一つ。引越し矢を頼むほどでもなかったので、私は友人に頼んで車で新しい家に運んでもらうことにしていた。荷物があの狭いか部屋から片付けられると、本当に何もなくなってしまった四畳半の部屋にまた私は横になって、いつもその猫が現れていた壁を見た。そんな風にしていればまたその猫が現れてくれる気がしたのだが、その猫は現れてくれない。西日が部屋を暖かいオレンジに染めていた。
  出発の時。私は階段を下りて友人の来る前とい向かっていった。一歩一歩と階段を踏みしめる。歩く階段に、壁のしみに、さまざまなものに、お別れを告げるためだろうか、知らず知らずのうちに、ゆっくりと歩いてしまっていた。五年も住んで分かれるとなると、何でもかんでも懐かしく見えてしまう。それにひょっとしたらそうすればまたあの黒猫と逢えるかもしれない。だがそんな期待を裏切って、無常にもアパートの出口へと私はついてしまっていた。
  車の前に着き、乗り込もうとしたとき、ふと遠くからにゃ-という猫の鳴き声が聞こえた。思わず振り返ってしまったわたしがみたのは、あの黒猫だった。あの黒猫は、アパートの屋根の上で、かつて夜壁から現れたときのように、またきっちりと座ってこっちを見ていた。そして、普段一度も鳴いたことがなかったというのに、その日に限って何度も何度もその猫は私に向かって鳴いていた。五年間一度も私はその猫が鳴いたところを見たことが無いのだが、不思議と間違いなくその猫だなと思えた。
「さようなら。」
  なんのためらいもなく、その姿を見て私は口からその言葉を漏らす。それが聞こえたのだろうか、少し間を空けてまたその猫は鳴き、最後は霞のようにふっと消えた。それが五年間住んでいたアパートアパート全てへの別れとなった。
  今となってはその猫が何の理由でそこについていたかなど、私には知りようもない。ただ恥ずかしい話しだが、いまでも新しいマンションで横になって寝ていると、その猫が現れてくれる気がして、あえて夜に壁を見ているときがある。もう別れを告げたのだからとは思うのだが、どうしても、一度でいいからその猫を触ってあげたかった。今日もまた横になって寝ているが、最近はよく眠れない。その猫が私の横で寝ていないと思うと、どうしてもよく眠れないのだ。

-終-






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最終更新日  2005/07/27 11:09:53 PM
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