第36回 公衆道徳60歳だから出来たウルムチ新疆大学留学記 (第36回)マンションの入り口に、突然の張り紙である。 「ドロボーの被害があったため、西門は閉鎖します」。鉄製の門扉に、鎖の錠がか けられた。我々、二号楼の住人は、ここを正門にしていただけに不便になった。 通れるつもりでやってくる、外部の人たちも一度は、門扉に手をかけゆすってみ る。しかし、開くはずがない。ぶつぶつ言いながら東門に回る。三日過ぎた。鍵 は掛けられたままであった。 たまたま、窓から下を見ていると、学生風の若者が三人やってきた。 マンションに住む友達を誘いに来たものらしい。 ところが、入れない。ほんの少し、話し合っている風に見えた。 思う間に、一人が柵(高さ2メートル)に取り付いた。忍び返しの上を上手に越 えた。ひらりと内側へ。見定めて、後の二人も続いた。三人は何事もなかったよ うに歩き去った。 それがきっかけになったみたいに、柵を登り越す人が、日に日に増えた。 そのうち女性まで。一週間過ぎて、そこは“通路”になっていた。 手でつかみ、足を掛ける箇所は、柵の黒い塗りが剥げた。 また、門扉と花壇の間、約三十センチの隙間は、子供らの通路になった。 十日過ぎて、隙間の空間に針金が張られた。だが、効果なし。たちまち上に押 し上げられた。保安係が、側に座った。「エイ!ヘイ」。注意の声も高くなった。い よいよ、隙間に鉄板が張られた。鉄板の色も塗り替えられた。そして、やっと、 誰も通らなくなった。張り紙が出て一ヶ月が過ぎていた。 同じ場面を、先に住んでいた新大学術交流センターでも見た。 例の「非典=フェイディエン=サーズ」騒ぎで、大學が正門以外の通行を禁止 した際、学生らは塀に“道”を作った。忍び返しの先を折り曲げた。彼らが飛び 降りる地点は、そこだけ硬く、芝生は剥げていた。 * * 初めてウルムチに来た日本人が、最初に受ける驚きは、やはり、公衆道徳の違 いだと思う。 五分も歩けば、道路につば吐く人に出会うだろう。 バスの窓から飛ばす人さえいる。道路の横断は信号に関係なし。 歩道も車がやってくる。土ぼこりと一緒に紙くずや、ビニール袋が舞う。 真っ青な空である。「たまらんのう」である。 高層ビル街。流行のファッションが行き交う。 サングラス、スタイル満点の美人さんが、シュンと鼻かんだティッシュを、迷いも なくポイと路上へ。その手でハンドバックから携帯電話を取り出して 「ウエイ=もしもし」。興ざめである。 ただ、最近、道路交通法が改正になった。歩行者にも厳しくなった。 「ポイ捨て止めよう」のコマーシャルも目に付く。意識改革が始まっているように思 う。 サオリッシと二道橋へ買い物に行った時のことである。バザール前のゴミ箱に、小 さい子供がビニール袋に入れた食べ残しのクッキーを捨てに来た。入れ損ねてごみが 散乱した。その子供の母はそのまま、子供の手を引いて素知らぬ顔だった。 見ていたサオリッシが 「臓=ザン=汚い」と一言。 そのごみを顔をしかめてゴミ箱に始末した。 |