2019/08/11

京都祇園祭~後祭15(浄妙山、鈴鹿山、鷹山)

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カテゴリ:京都
巡行の八番目は浄妙山です。
宵山の日は何度もこの山の近くを通りました。('◇')ゞ




平家物語の宇治川の合戦に三井寺の僧兵筒井浄妙が橋桁を渡り一番乗りをしようとすると、一来法師がその頭上を飛び越え、「悪しゅう候、御免あれ」と前に進み出て先陣をとってしまったという場面を表しています。






黒漆塗の橋桁にも数本の矢が射さっていて、戦いのすごさが表現されています。
胴懸は昭和58年より長谷川等伯原画の柳橋水車図にかえ、前懸・後懸は智積院所蔵の障壁画を原画として平成19年に新調されたそうです。








見送はこの町に住んでいた本山善右衛門が織った雲龍文様の「かがり織」。
浄妙が着用している黒韋威肩白胴丸は室町時代の作で重要文化財に指定されているとのこと。







九番目に来たのは鈴鹿山です。
鈴鹿権現をまつる山。伊勢国鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫尊)を、金の烏帽子をかぶり手に大長刀を持つ女人の姿であらわしているそうです。







鈴鹿山見送り。
この見送りは昭和57年新調の「ハワイの蘭花」です。







十番目は鷹山です。
応仁の乱以前より「鷹つかい山」として巡行した山鉾のひとつだそうです。
山鉾は消失してもご神体の人形三体は消失せず。
今年はじめて町内什物を入れた唐櫃と徒歩での囃子を伴う「唐櫃巡行」として約二百年ぶりに巡行に復帰しました。






鷹山は1826年の巡行時の風雨で懸装品を傷めて以降、巡行に参加せず、1864年の大火では山本体を焼失。
鷹山の巡行の際は、ひときわ大きな拍手が聞かれました。




これが、鷹山の復元図だそうです。
2022年の巡行復帰を目指すと発表されました。
高さ約14メートル、幅約4メートル、全長約6メートルとなる山の基本設計案も明らかにされました。

平成の大船鉾が150年ぶりに、そして令和の鷹山が200年ぶりに復興の運びとなるようです。
大いに期待。(*^-^*)

そんな貴重な鷹山の巡行の様子を動画でご覧ください。




(つづく)





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最終更新日  2019/08/11 06:00:12 AM
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