うささん通信

2006/04/21(金)13:33

「夢の破片(かけら)」 by モーラ・ジョス(猪俣美江子 訳)

読書(46)

夢の破片(かけら) <あらすじ> 「タウン・アンド・カントリー留守番派遣会社に勤務するジーンは、長期不在の家に住み込み留守番をする仕事をしている、空想癖のある身寄りのない64歳の女性。その五十八番目の家が、コッツウォルドにあるウォルデン・マナーだった。彼女が、ひょんなことから、盗みで生計を立てている無職の中年男マイケルと横暴な恋人から逃げ出した若い妊婦ステラと出会った時、運命の歯車が回りだしたのだった。三人は、「家族」としてウォルデン・マナーで暮らし始めるが、それが悲劇への第一歩になるとは、知る由もなかったのである。」 これは、英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞受賞作。なにしろ、あのP・D・ジェイムズが高く評価したという作品なので、結構、期待して読んでみた。 ジーンがウォルデン・マナーの留守番の仕事に就いたのは、寒い1月。9月までの契約で、留守を預かることになったのです。これが、彼女にとっては最後の仕事。定年を過ぎた人を雇えないというのが解雇の理由です。そして、ティーポットを一つ割ったことをきっかけとして、彼女の運命が変わっていきます。というもの、割れたティーポットの中からいくつもの部屋の鍵が出てきたからです。 今までのジーンは、まじめに留守番の仕事をしていました。しかし、空けてはいけないと言われていた部屋の鍵が出てきた時に、彼女の中で何かがぷつっと切れたようです。自由に部屋の中を出入りし、クローゼットの中の洋服を勝手に引っ張り出し、自分の家のように振舞い始めるジーン。おまけに、自分には仕方なく養子に出した息子がいたとの空想にひたり、いるはずのない息子を探す広告まで載せてしまいます。 彼女の息子として応募してきたのが、盗みで生計を立てている中年男のマイケル。さらに、暴力を振るう恋人から逃げ出してきた身重のステラが加わって、三人で「家族」として暮らし始めるのです。今まで身寄りのなかったジーンにとって、夢のような生活が始まったのが3月のこと。しかし、この屋敷にいられるのは9月まで。偽りの幸福は長続きすることはないのです。この時点で、結末はだいたい予想が付くと思います。 でも、作者がすごいのは、ここからです。登場人物がいかに悲劇に向かって進んでいくかを、克明に描き上げていきます。ここで、思い出したのが、ルース・レンデルの小説。そう、ちょっとした出来事をきっかけに主人公たちの運命が狂いだし、人生が破綻してしまうっていうあの感じです。でも、作者は、ルース・レンデルほどは、意地の悪いっていうか、容赦のない描写はしていません。逆に、作者の主人公たちへの優しいまなざしが感じられます。そのため、読むほうとしては、どうしようもない三人なのだけれど、この偽りの幸福が長く続けば良いのに、とさえ思ってしまうのです。 ところで、この物語はジーンの手記で始まります。書かれたのは、夏真っ盛りの8月です。そう、運命の9月を前にしての彼女の手記が、この物語の中核を成しています。同時に、本書の章立ても、1月、2月と毎月の出来事が、三人の回想を交えてつづられていき、8月で終わっています。読者は、主人公たちの運命をカウントダウンしながら読み進んでいくことになるのですが、果たして、どんな結末が三人を待っているのでしょうか。 読み終わって思うのは、ジーンがティーポットを割らなければ、そして、解雇を言い渡されていなければ、彼女たちの運命は全く違うものになっただろうということです。もちろん、マイケルとステフも同様です。マイケルがあの場所に行かなければ、ステフがあの人物と出会わなければ、今頃は.........。 ちょっと重めの作品かもしれませんが、期待にたがわず面白かったですよ。一度、読んでみてはいかがでしょうか? 人気blogランキングへ

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