000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

追憶

追憶

「初恋の記憶 5」

 秋の寂しさは一面黄金色に実った田園一体が、日に日に稲が刈られ、歯抜けたように土色が目立ち出し、肌寒さとともに、どんどん黄金から土と乾燥したわらだけの風景に変っていくことだ。その風景の変化とともに秋が深まる。
学校の行事も、毎年変らぬように、まだ農作業が忙しくない9月下旬から10月上旬にかけて、小学校、中学校の運動会や文化祭、町民体育会などが、行われるのである。それが済むと、いよいよ秋の作業が本格化する。
秋、稲の刈り入れも、小学校の低学年の頃は近所、家族総出で、今日はここの家、明日は誰々さんとこ、というように近所で協力しながら行っていた。もみすりは、地区(部落)で共同購入したもみすり機が1台しかなかった。大変な人出がかかる作業だから、近所じゅう総出で、日割りで家々を順番に手伝いに回っていた。もちろん子供たちは家族と田んぼに出て、稲の持ち運びを手伝ったりしていたが、低学年の頃は手伝うより、弟や近所の友だちたちと田んぼで遊ぶほうが主であった。用水路でめだかをとったり、おたまじゃくしも、蛙もいたし、いろんな虫がいた。田んぼの土で器を作ったり、粘土細工はいつでもできた。草や花も遊び道具になった。草笛を作ったり、花飾りをつくったり、いろんな田畑のものが対象になる。もっともいいのは夏に用水路に咲き乱れるハスの実を採って食べることである。まだ固くなりきっていないものがおいしい。かといって、花が散ってまもない柔らかいものは実が小さすぎる。程よいものを川縁からなんとかして手繰り寄せて採って食べる。これは夏、学校から帰り道に食べるのである。こんな楽しいことはない。他にも土手に生えているイチジクやら野いちごやらも、オヤツの対象となった。いろんな遊びやいたずらをするので、当時の小学生の帰り道は、15分の道のりが1時間近くになることもたびたびだった。
ところが、だんだんと、稲刈り機、田植え機、もみすり機も量産され始め、各農家が農機具を購入して農作業を行う時代へと、ここ数年のうちに変容してきていた。島の家も稲を刈って束ねるバインダーという機械を買った。脱穀機は前から買ってあったので、束ねた稲の束を吊るして数日間干し、その後、脱穀機にかけて籾を脱穀する。自宅の庭に設置した乾燥機でさらに乾かし、もみすり機にかけて、玄米と籾殻(すくも)に分けるのである。
島は、中学生になると、日ごろは部活動で帰りが遅いので、農作業を手伝うわけにはいかなかったが、秋が本格的に始まると土日には田んぼに出た。父がバインダーの使い方を教えてやる、というので、その週末の土曜日は学校から帰るとさっそくバインダーを使っての稲刈りを始めてやってみた。意外にハンドルが重いが、向きを変えるとき以外は真っ直ぐになっている稲の列を進めば良いだけであり、手で刈っているよりよっぽど楽である。父は横から、いざというときいつでもハンドル操作を代れるように、2歳下で小学校5年の弟は心配そうに後から、それぞれ島についてきていた。もう夕方であり、あらかた稲刈りそのものは終わっていたので、僅かに残った稲を刈っただけで試運転しただけだった。
体育祭、文化祭、二学期の中間試験も終わり、島も一息ついていた。

11月になると、班の組み換えが行われた。 考えてみれば、島は今まで一度も上浦とは同じ班になっていなかった。今度は上浦といっしょになりたいという気持ちが強かった。彼女と一日中近くで話しができたら、どんなにいいだろうと思えた。しかしそう思い通りにはいかなかった。
まず、班長を立候補や推薦で決めることになり、島はいつものように班長に推薦された。ところが宮本も班長に推薦され、黒板に6人の班長の名前が並べられた。他には、水沼や岩井も班長になっていた。 班長の6人が教室に散らばって、他の者がいっせいに行きたいところに集まる形で、班が決まった。 島のところには川辺や、府中小出身の女子たちがすかさず集まってきた。 その中には、転校生の小林という女の子がいた。彼女は、島の小学校のときの主治医で5年生のときに85歳で亡くなられた小林先生の孫だということだった。氏家も島の班に来ていた。
上浦は予想どおり宮本のところに行ったようだ。
この班分けが、上浦と、そして島の恋の行方に大きく影響したことは、後から考えれば確かだった。
宮本の班には、転校生の阿比留宏(あびるひろし)がいた。島は阿比留とも仲良くなっていたが、まだ、彼のほんとうの優秀さには気がついてなかった。ライバル視もしていなかった。しかし彼は実は優秀で、体育も出来た。すらっとした身長で細身の、性格もさわやかな頼もしい少年であった。ただ顔自体は今ひとつで、唇が少し分厚くハンサムという部類ではないように見えた。まだ、彼はこのときはそれほど目だってはなかったようだ。班長にも選ばれてなかった。それで島もそれほど注目してなかったのだ。彼が、上浦の隣の席になっていた。
島の新しい班は、やたら楽しかった。川辺も面白かったが、女子たち、小林と近藤、河原は普段から仲良く、明るさ、うるささは想像以上だった。島もそういう悪乗りにはウマが合い、自分が級長とか班長の立場を忘れて、はしゃぎ過ぎて先生にも時々、しゃべり過ぎ、と注意をもらってしまっていた。彼女らは、島に「ド級長、ド級長」というあだ名をつけて、何でも島を頼りにしてくる。なぜ「ド級長」と言い出したのか、島はよく知らない。たぶん「ドジな級長」または「どんくさい級長」というところから来ているのだろう。それは、けなすものではなく、親しみを込めた愛称の意味合いが強い感じだ。氏家も班に次第に溶け込んで、何でも協力するようになった。 川辺は島らに、前にもまして不可解な推理クイズを出して、島らを降参させた。
班には問題はなかったが、以前より上浦と席が離れ、彼女の顔が見づらくなったのは残念だった。
島は後ろのほうで、その前のほうに彼女はいた。彼女が振り向くには無理がある。
たまには島の班のところに上浦や宮本も集まってきて、はしゃいでいたが、ちょっと距離が遠くなったように感じた。

しばらくして、水沼と約束だった宮本の家への探検を決行した。前と同じように、宮本が帰るところをつけていった。 上浦のときとは違い、宮本は自転車だったので、二人は大分後から自転車で離れてついていった。
そのせいか、最後まで気づかれなかった。 彼女の家は県道沿いを流れる干田川の北側の山の麓にあった。前は棚田になっている。 彼女はそのまま家に入っていった。
水沼と島は、その棚田のあぜ道に自転車を止めて、わざと宮本の家から見えるところで、しゃがんだり、立ったりしながら、宮本の家のほうを覗き込むようにしていた。 
宮本はそれも気づかなかったのか、どうか、しばらく待っても出て来なかった。
「ま、今日はこれまで、せっかく来たから、そこらを探検してから帰ろう」
水沼はさっさとあきらめて、自転車を動かしながら、川沿いにあるポンプ小屋を見てから、引き返した。
次の日に学校で宮本は水沼と島がいるところに来て、
「昨日なにしてたん?」 と聞いてきた。
「なんだ、気づかれてたんか」
「また、探検とかって、やってるんでしょ。」
二人は苦笑した。
「うちの周りには、別になにもないよ。」
「いや、いろいろあったよ」 水沼が言うと
「もう、堂々と来ればいいのに、洋平君、アヤシイよ」 
宮本は笑いながら言った。
後で水沼は、「振られた」と島に泣き付くまねをした。
「何で、別にそうでもないじゃない」
「だって、気づいたなら、出てきてくれればいいのに。」
「いや、何か事情があったんだよ、たぶん」
島は水沼をなぐさめておいた。

上浦とはその後も塾では今までどおり隣で親しく話しかけてきたり、塾が終わるといろんな話をした。ただ、学校では島が彼女のほうを見ると、彼女と隣の席の阿比留が親密に話しているところが何度か目撃された。その光景は、だんだん頻繁になっていくように思え、そのころから、島は多少、阿比留の存在を意識するようになった。
そのうち宮本が島に、
「ちゃんと、ウラに告白した? 今が重要よ」 
というようなことを言った。 
あるとき放課後、部活に行く前に、思い切って上浦が一人になったところを狙って、
「日曜日にまた、家に来る?」 と誘った。
上浦は、すぐに
「うん、ありがとう。ミヤにも聞いてみる。」とだけ答えた。
「じゃ、返事待ってる。」 
島は少し不安を感じたが、突然誘われれば当然のような気もした。部活が終わって柔道部の水沼を待っているところに上浦がやってきて、
「ミヤが用事があるっていうから、私だけだけど、いい?」
彼女は、ちょっと照れたように言った。
島は、胸が高鳴った。始めから二人切りということか。さては宮本が気を利かせてそうさせたのかな。と思った。
阿比留のことは取り越し苦労だと思って安心もした。
「もちろん、いいよ。」
「今度はどんなとこ?」
「う~ん。 ま、楽しみにしといてよ。」

日曜日、都合で塾は休みだった。島は昼に上浦と美杉小学校の前で待ち合わせして、島の家まで彼女を連れて来た。
家には母や祖父母がいて、彼女を迎えた。
島の弟がちょっとクイズしようといったので、3人で遊んだ。川辺に出してやりたいような面白いのもあって彼女もはしゃいでいた。
庭には祖父が作った鉄棒があり、弟が、足掛け回りなどクルクルやってみせた。
島もまだ身長がそれほど伸びてないので、ここで十分回れた。弟に代わってちょっとだけやった。
上浦もそれを見て、やろうとしたが、スカートだったので、
「ちょっとあっちむいててよ」 
などといいながら飛びつき、まわろうとした。弟は悪戯っぽく、そのまま彼女のほうを向いたままで動こうとしない。
「ちょっと、幹夫君。」と上浦が、睨んだ。
「大丈夫、見えない見えない。 それに見えてもいいじゃん。 恋人同士なんじゃろ」
「幹夫、怒るよ」 島も弟を叩く真似をすると。弟は上浦の後ろに逃げて隠れた。逆に上浦に叩かれていた。
島の母が、自分のトレパンを出してきて、これを使ったら、と差し出した。
上浦は会釈してそれを受け取り、下にはいてから、鉄棒をやってみせた。島らより相当うまかった。
「鉄棒なんて、久しぶり」
彼女は、はしゃぎぎみだった。
それから、部落の奥地にある池と、その側にある洞窟に行くことにした。弟も誘ったが、友だちが来るから、とついて来なかった。
池は島の家のある大塚部落をずっと奥に入っていったところにあり、その池が山の麓になって、部落の家はその池の手前で切れている。島の父や祖父は子供のころ、よくそこで泳いでいたそうだ。もうあたりは紅葉が美しかった。池の下までは二人並んで歩いた。島は途中にある同級の女の子で島と同じ姓の島恵美子の家を教えた。おばあさんが玄関先を店にしていて、駄菓子やちょっとした日曜雑貨を売っている。それから、その隣の家を指差しながら、
「ここが『幽霊屋敷』だよ。」 
幽霊屋敷のことは前に上浦に話したことがあった。 主人が亡くなったか何かで引っ越して、もう何年も前から人が住まなくなった家で、蔦やカズラが玄関から屋根までからみついているような不気味な大きな家だ。
「ちょっと行ってみようよ」 
島が顔色を伺うように上浦を見ると、彼女は軽くうなずいて、ついてきた。
庭も草の生え放題、そこを進み、玄関先までくると、二人は立ち止まった。 
「ほんとに、不気味ね。」 
彼女は、あちこち眺めながら言った。
「入ってみたい?」 
島が冗談ぽく聞いた。
「入ったことあるの? 」
「一回あるかな。 何年も前だけど、 別に中は普通だったよ」
「じゃ、入ろう」 
彼女は平然と言った。
「じゃ、どうぞ、お先に」 
島は彼女の手を引っぱって、前に出させた。上浦が不信そうに振り返ると
「僕は遠慮しとく」 
島は悪戯っぽく笑っている。
「もう、カズ、それは許されないからね。言ったからには入ってよ」 
上浦は島を引っぱった。
「ウラちゃんが入ろうって言ったんじゃーー」
と言っているうちに、彼女は笑いながら島を叩いていた。
それから、島が少しだけその重い玄関のドアを、少しだけ開けて中を覗いた。彼女もその後ろからそっと覗き込もうとした。そのとき島が突然、ギャッと言って逃げた。その反応に彼女も一瞬驚いて、逃げようとしたが、すぐ島の芝居とわかって
「何、遊んでるの? そんなことしてもムダよ」
「なんじゃ つまらん」
あらためて二人で中を見ると、暗くほとんど見えなかったが、特に変ったものはなかった。
二人は元の道に引き返した。池の下まで来て、その先の高い堤防を登る。
「ちょっと急だから、気をつけてよ」
島は先に立って登っていった。わずかに段がついている部分もあるので、手と足で掴んで登ることができる。上浦も果敢に登ってきた。上に出ると、そこが、池の縁の土手の上になっている。 
「うわあ。」 
彼女は土手の上に立ち上がるやいなや、声をあげた。
周囲は数1キロメートルくらいであろうか、小さい池の周りを紅葉した木々が取り囲んでいる。この時期、水かさは少なく、紅葉した落ち葉が水面を覆っていて、その間からところどころ見える水面が日の光に反射してきらきらしている。
西洋画にでも出てきそうな、別世界のようである。 
「もうだいぶん葉が落ちてる。」
「でも、素敵よね、こんなとこ、あるんだ」
11月も下旬になると昼間でも寒くなっていたが、この日はそれほど寒さも厳しくはなかった。それでも、堤防の上はけっこう風が冷たく吹きざらしていた。
 島は、向こう側まで行こうと堤防の上の細い道を歩きだした。反対側が山側になっていて、風は強くないのである。
「この上の山はどうなってるん?」
「この上にいくと、そっちの、うちの山があるところと、この前行ったドーナツ山に通じてるよ。」
そっちの山と島が言ったのは、池を裾として、その南にそびえた山である。その中に島家の所有になっているところもあり、年に何回か、手入れや、薪にするための木を切りに行く。反対に、池の北に登って西にいくとドーナツ山の下に出る。
「うちの山って、カズちゃん家の?」
「そう。 大昔しは、その山が全部うちのだったんだって。」
「ふ~ん、 ここでもよく遊んでたん?」
「いや、ここは田んぼに来るときに来るだけ。」
「近くに田んぼがあるの?」
島は池の周りが棚田になってるほうを指差して
「ほら、あそこ、父さんがいるよ」
島の父が田の手入れに来ている姿が下のほうの田に見えた
「ああ、あそこね。」
「でも、ほんとに素敵なところよね。」
彼女はまだ、周りを見回している。
「今頃もいいけど、春にもよく来るよ。春はまた雰囲気がちがってる」
「じゃ、春にもまた見に来る」
「いいよ、また来よう」
島は、彼女が自分と同じようにここを気に入り、また来たいと言ってくれることに喜びを感じた。

二人はその土手の上に池側に足を垂らして座り、水面を見ながら、話をした。
クラスの班のことで、上浦が
「1班は、いつも楽しそうじゃない」 
と島の班のことを言いだした。
「あのメンバーは異常だわ、 うるさ過ぎ。」 
島は呆れたように話した。
「でも、カズちゃんだって、楽しそうじゃない」
「そりゃあまあ、面白いけど。」
「あの子たちって、小学校からあんなん?」
「いや、小林といっしょになってからじゃない。小学校ではおとなしかったと思うけど」
「カズちゃんは、小学校から仲良かった?」
「なんで? 仲いいというより、からかって遊んでたかな。」
「そうかそうか、府中の子はカズちゃんファン多いし」
「また、言ってる。 」
 彼女は笑っていた。
「5班はどうなん?」
島が逆に尋ねた。
「楽しいよ。ミヤや、ナナ(塾でいっしょの福田七重)もいるし、阿比留君とかーー」 
島はちょっと気になっている阿比留のことが、彼女の口から出てきたのでギクッとした。 実際、彼女が阿比留のことを話題にしたのはこのときが初めてだった。
「阿比留君って変な人だよ。 カズちゃんは友だち?」
「友だちだけど、どんなん?」
「頭いいんだけど、普通に変なとこで間違えてるし。 私にもわざと変な答えを教えたり。」
「ふ~ん。」 
島はあまりこの話題は続けたくないような気がした。
「あの人、ナナによく叩かれているんよ。」
「はは、ナナさんはキツいから」
「や、ナナに言っとこうっと」
「冗談だって」
「だけど、班の決め方、変じゃない?」
上浦が言った。
「そりゃそうだ。毎回同じような人が班長にされてるもん」
「そうだよね。 カズちゃんは、洋平君や岩井君とはぜったいいっしょになれないもんね」
「いや、その二人はどうでもいいんだけど。」
島はわざとそっけなく言ったので、上浦が非難するように
「や~、洋平君にいいつけようっと」
と言って、二人とも笑った。
「ほんとは、ウラちゃんとなりたかったんだけど」
内心はドキドキしながら、しかし表面上は、さりげなく言った。
「私も。 でも、親友は裏切れないし。カズちゃんのとこは人が殺到してたし。
 やっぱり、決め方、変よ。」
これで、告白になったのかな? いや、そんなもんではないな。と思った。
「じゃ三学期は先生に頼んで、まだいっしょになってない人を優先するように言おうかな」
上浦はそれに賛成した。
「班ノート、今わたしの番なのよ。」
「もう書いた?」
「ううん、まだ。 みんな変なこと書くし、内容あまりないのよ。私もだけど。 1班はどう?」
「まあ、似たようなものかな。 ウシは変な暗号文書き出すしな。」
「あ、それ見せて、見たい。」
「いいけど、今度回ってきたらね。」
それから、いろんな話をした。
この前宮本の家のあたりまで探検にいったことや、部活のことや、他のクラスのこと、もう間近に迫っている二学期の期末試験のこと。
そういう話題の間に、告白する機会は、後から見れば何度かあったように思われる。このような美しい情景の中に二人で池の辺に腰掛けて、傍から見れば初恋を打ち明ける絶好のチャンスだったろう。しかも彼女も、宮本が来ないにも関わらず一人で来るのは、島に好意があるからであろう。
告白していれば、その後の二人の恋の展開も違っていたかもしれなかった。しかし結局、島は告白はしなかった。今日、二人きりになっても告白しようと決めていたわけでもなかった。
このままの状態がいい、告白してかえって気まずくなるのを恐れていたのかもしれない。
告白しなくても彼女はわかってくれている、と思っていたのかもしれない。

土手の反対側の緩やかなところから棚田づたいに降りて、山すそに入っていくと、この部落が「大塚」と呼ばれる所以である、文字通り、大きな塚があった。 洞窟のように奥まったところに、周囲や天井が石で囲まれた塚が二つある。
大きいほうは、屈まなくてもじゅうぶん中に入れる。大昔の遺跡で横穴式の住居かなにかのようなものらしいが、中にはなにもなかった。
「ここは、これだけで、別に何もないよ」
島はあたりを見回している上浦に言った。
「どんな遺跡なの?」
「よくは知らないけど。弥生時代につくられたものかな? この山自体も古墳かもしれないよ」
「そんな。 古墳だったらもっと調査するでしょ」
「そりゃそうだ」
棚田のほうに戻ると、島の父が田の手入れをしているのが見えた。父が二人に気づくと、上浦も会釈をして、あいさつした。その田のあぜ道を通って、池の下まで戻り、島の家まで、もと来た道を帰って来た。
家の前で、弟たち小学生の男の子が数人遊んでいた。氷おにのようだった。 
二人を見ると、弟がいっしょにやろうと誘った。 彼女は「よし」と乗り気で、島を引っぱりながら加わったが、
すぐオニにされて苦戦していた。それからまた、みんなで鉄棒をして、上浦は小さい小学生たちに模範演技だ、といっていろいろやって見せ、はしゃいでいた。
そうしているうちにもう夕方が来て、島は彼女を自転車で家まで送っていき、神社を過ぎたあたりで、少し話しをしてから、別れた。 

次の日、さっそく昨日のことを水沼に打ち明けると、水沼は、二人でデートまで出来たことを喜び、うらやましい、といった。
島は、デートというようなものではない、と否定しながらも、少し照れ笑いした。
「で、宮本のことは何か言ってた?」 水沼が聞いた。
「いや、特に何も。」 
「ま、仕方ないか。 カズも自分のことで必死だしな。」
「ごめんごめん。」
島は、親友でも他人のことまで気が回らなかったことを少し反省した。
ただ、上浦と、親友の恋愛話を話題にするのは微妙である。必ず、では島自身はどうなのか、上浦はどうなのか、という話題になり、必然的に告白することになるからだ。
逆に、告白しようと思えば、水沼と宮本の話しを出せばいいに違いなかった。
それからすぐ、島と上浦がつき合っている、といううわさがクラスじゅうに広まった。
美杉の男子が、島と上浦を目撃したらしい。しかし前々からうわさにはなっていたので、それほど新鮮味はなく、皆には、やっぱりか、という反応だった。

その後も、授業は班の活動が多く、上浦も島もそれぞれの班で楽しく過ごした。 
学級活動では、島が級長として 「学校の美化運動」や、「人権問題について」など
テーマを決めて、活動内容を決めていった。 島のリーダーぶりは、どことなく滑稽なところがあり、それが「ド級長」とあだ名されているところでもあるが、皆自然に協力しやすくしているところでもあるらしい。
年末、二学期の終わり、塾にいく途中で水沼が、上浦や宮本と、阿比留の仲が心配だとう話を持ち出した。 
島は、あの後、上浦といっしょには過ごしてはなかったが、特別何も変った様子はないと思えた。しかし、水沼は、彼女らが阿比留を好きにならないように気をつけるように言った。
それでまた阿比留と彼女のことが気になりだした。そういえば、今度の期末試験の前には、塾ではいつもの様によく島に質問したり、話しかけてきたが、学校ではあまり話しもしなかった。上浦も宮本も、となりの阿比留になんでも聞いていたようだった。

期末の後の塾で、みな持ってきた試験問題の採点済み答案を出し、皆が間違えているところの復習が行われた。島は数学は満点だったが、英語は1問間違えていた。。いつものように上浦ととなりだったが、様子が気になって仕方なかった。しかし、彼女はいつもと変わりなく、島にも試験結果をいろいろ詳しく話した。
塾が終わると、数学や英語だけでなく他の教科の問題も話しをした。ただ、この問題は、阿比留君はこう書いていた、とか、よく阿比留の話が出てきた。
ここは阿比留君はこういっていたけど、結局私が合っていて、そこだけは勝った。などと話した。宮本もそのことは知っていて、島に二人で阿比留の話をして盛り上がっていた。
「結局、彼は何点だったん?」 
島が聞いた。
「いや、それは、、」 
と上浦は面食らったように黙った。
「え、ほんとに阿比留の点数、知ってるの? 」 
彼女はちょっと照れてたように 
「私の点見られたから、3教科だけ見てやったの」
島はショックを受けた。彼女の話しぶりからしてやっぱり阿比留とかなり親しくなっているようだった。
「大丈夫だって、僕は阿比留とは友だちだから。」 
島は、かろうじて平静に言った。
「そう、じゃ、他の人には言わないでよ。 それとカズちゃんも教えてよ」
「いいけど、ウラちゃんも教えてよ。」
「私は悪いもん。」
「だめ、 どうせ英語と数学はばれてるし。」
彼女は、阿比留の英語、数学、国語、3教科の点を島のノートに薄く書き込んだ。
島より合計で数点悪いが、トップクラスである。
「カズちゃん、勝ってるでしょ。」
「かろうじて。 僕は、国語が」 
島はそういって自分の国語の点を書いて上浦に見せた。
「ふ~ん。さすが。」
そう言われても、すっきりしなかった。彼女は、阿比留のことを平気で話してくる。それはどういうことなのか。
横の宮本が、島と目が合うと、阿比留の話で盛り上がっていることを気にして、ちょっと気まずそうな顔をした。
上浦は観念したように、自分の国語の点数を島のノートに書いた。彼女も平均点では90点をクリアしていた。
「いいねえ。順位、よかったんじゃない?」
彼女はにこりとした。 学年約100人中20番以内といったところだろう。15番くらいかもしれない。島が思っていた以上に良かった。水沼が横からその島のノートを覗き込んで、「負けた」と言った。
彼女はガッツポーズをしてみせた。その笑顔としぐさが限りなくかわいいと思った。この子が阿比留に想いを寄せるようになるのは寂しすぎる。自分だけを見ていてほしい。島は強くそう思った。しかし、それはかなわないかもしれない。

「カズ、大丈夫だよ、たぶん」
塾の帰り、島がちょっと落ち込んでるのに気がついたようで、水沼がなぐさめた。
「なんで?」
「阿比留の話を平気でしているということは、別に意識もしていない、ということだと思う。」
「そうかなあ。」
「そうだって、 意識してたら、そんな話をカズにしないだろう。」
「う~ん」
言われてみれば、そんな気もした。 
「でも、このままほっとくと危ない。」
「どうしろって?」
「難しいとこだな。僕も、宮本にアタックしようかな。」

その日以来、島は上浦と阿比留の様子が気になって仕方なかったが、すぐに冬休みに入ったので、彼女の様子もじゅうぶん確かめることはできなかった。
ただ、2学期の終業式の日の部活が終わるころ、彼女が帰り際、まだ練習している野球部のほうを見ているところを、偶然に島は目にした。彼女の目線の先には、阿比留がいたことは間違いないようだった。
島のショックは大きかった。 実は彼女をまた誘おうと思っていたのだったが、その様子を見て声をかけそびれてしまった。帰ってから、島は誘わなかったことを少し後悔した。
阿比留は、考えてみれば、勉強もできて運動もでき、ユーモアもある、いいやつだ。彼女が阿比留にひかれたとしても不思議ではない、と思った。
それに、今まで島を好きだったとしても、彼女が深く恋するほど自分に惹かれているということではなかったかもしれない。それなら、もっと魅力を感じる人が現れたら、急速にそちらに傾いていくのは当たり前とも思えた。そうなると、いくら自分ががんばっても、告白していたとしても、その想いを止め、向きを変えさせることなどできはしない。
とにかく、もう少し様子を見るしかない。阿比留のことを平気で島にも話すくらいだから、まだ、それほど意識してないのかもしれない。幸いにも今の班はこれで終わりだ。三学期は是非とも上浦と同じ班になろう。 そう考えた。


© Rakuten Group, Inc.