000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

追憶

追憶

「初恋の記憶 6」

 正月、島のところには、クラスの友だちから、多くの年賀状が来た。C組の女子からはたいてい「ド級長」と書かれていた。小林や近藤らが広めたあだ名だ。 
学年トップを続けているB組の神坂からも来ていた。阿比留からも、もちろん水沼、宮本、そして上浦も。
上浦は丁寧な字で、
「また今年も探検しよう、楽しみ楽しみ」 
などと書いてあった。 そして最後にかわいく「Yours. Shoko」とサインしている。  
「なんだ、普通に誘っていれば、いっしょに来てくれていたのに。」
今さらながら、終業式の日に彼女を誘えばよかった。 少なくとも彼女は自分に好意をもってくれていると思え、安心もした。 阿比留のことは、取り越し苦労だったのだろうか。
 3学期が始まる前に水沼と島は、宮本と上浦を誘い、公民館で卓球やバレーボールで遊んだ。上浦は卓球で島と対戦したり、ペアになったりしたが、以前とかわらず、屈託なく笑ったり、卓球部で強いはずの島がミスすると島を叩くまねをしたり、はしゃいだ。島はその様子に少し安心した。 そして、帰ってからも上浦のしぐさや笑い声が、目や耳に焼き付いて離れなかった。

 三学期、新しい級長に選ばれたのは、その阿比留だった。そして班決めが行われ、島の訴えもあったのか、今まで一度も同じ班になっていない人優先で決められた。島はそれでも上浦とはいっしょにはなれず、代わりに宮本とそして阿比留といっしょになった。 上浦や水沼は別々だった。 班長も未経験者を優先することになり、島の班は阿比留が班長となった。
 島と阿比留は一学期からそれまで、特別親しいというわけではなかったが、けっこうウマが合う友達となっていた。ところが、いっしょの班になってみると、ますます親しくなった。阿比留はどちらかというと、兄貴肌のスポーツマンタイプで、かつ機転も利く。島は阿比留を「アミ兄ぃ」というあだ名をつけて呼んだ。それで、三学期以降その呼び名が広まった。小学校は神戸のほうで、中学入学と同時に父の転勤で町内の大久駅の東側の新興住宅に引っ越してきた。 二学期になって、次第にクラスのみんなに人気を得て、三学期にはついに級長、班長として、島とはまた違う味を発揮しはじめた。
 
 島の席は阿比留の前だったが、その横方向に上浦がいた。上浦が以前にも増してこちらを向くのが気になった。
島ともよく目が合ったが、彼女はどことなく落ち着かない様子だった。もしかして、阿比留を見ているのだろうか。
そういう気がした。阿比留が上浦を見ているかどうかは後ろなのでよくわからなかった。そうすると二人の様子がますます気になりだした。
たまに廊下や教室でも、上浦は阿比留と何か喋りながらはしゃいでいることがあった。島のところにもよくくるが、それは島の近くに宮本がいるためであるし、もしかしたら、阿比留がいるためかもしれないと思った。来ると、島とよく喋った。 ただ、いつもより幾分上気しているようだった。 そして、阿比留が話しかけたり、島や宮本をからかったりすると、なお余計に上気し、赤い顔に見えた。
 しかし、しばらくすると、上浦はまた普通になり、いつものように明るく、だれとも快活によく喋った。それで、やはり阿比留のことも気のせいかもしれないとも思えた。

 冬の教室はとにかく寒かった。中型の石油ストーブを教室の後ろにひとつ置いてあったが、全体にその温もりが行き渡るわけではなかった。休み時間になると、何人かの生徒がそのストーブの回りに集まって暖をとった。
 島や阿比留はストーブには近づくことは少なく、たいてい班の席のところにいた。島は誰と言わず、友だちをからかって遊ぶのが好きだったが、席が近いものがその対象にされた。それで三学期になると、よく阿比留をからかった。阿比留もその度に「カズ!」と応戦して、馬鹿らしい、幼い遊びに付き合った。そういうところに上浦や宮本も集まっていて、いっしょになってはしゃいでいることが多かった。
「アヒルが水アビとるで。アヒル君」と、美術の絵画などを指しながら、少し下唇を突き出して島が言う。阿比留の下唇がすこし分厚いのを真似ているのだ。いつも似たようなネタを使っているので、阿比留も呆れたように
「これは、白鳥だから、カズ」
その様子をみて女子たちが笑うと、阿比留は反撃に出て、島の帽子を取って自分でわざと深々と被りながら、
「う、ブカブカ。さすが四頭身の頭はちがう。」
これもいつも使っているようなネタなので、島も、またかというように
「サイズ、アビ兄ィといっしょだからね」
「いやいや、カズのは相当伸びとるからな」
そういう馬鹿らしいからかい合いを毎日やって過ごした。
 上浦は学級活動で書記になっていたので、阿比留といっしょによくいることがあった。そこでも阿比留は、上浦にも指示を与え、てきぱきと仕切りながらやっていた。彼女の様子をみると、阿比留に惹かれてるようにも思えた。

三月になって島は水沼に、ちょっと聞いてほしい話がある、と言った。
「上浦は、やっぱり最近変じゃない?」
「―――― なにが?」 
 「やっぱり阿比留をーー」
 「その心配は、当たってるかも」
 水沼はさらりと言ったが、島がショックをうけるのではないか、というのでだいぶ迷っていたらしかった。
実際、島はしばらく何も言わなかった。しかし、しばらくして口を開き、
「やっぱりそう思う?」
「う~ん。 なんなら、宮本にそれとなく聞いてみようか」
「そうしてくれる」
島はしかし、その結果を水沼に聞く勇気がなかった。その後、水沼もそのことを忘れたかのように、話題にしなかった。
ところが、数日後、水沼に聞かないうちに、その結果がおのずとわかってしまう情況に出くわしてしまったのだ。
それは、吸い込まれるように阿比留を見つめる上浦の目だった。それを見た瞬間、彼女の気持ちが全てわかったように思った。阿比留の一挙手一投足に、彼女の全身が反応し、阿比留といっしょに笑い、喜び、緊張し、一体化しているようであった。 彼女は完全に阿比留に恋をしている。だれが見てもあの目を見れば、疑いようがない。
島のショックは大きかった。
「カズ、何かあった?」
その日の帰りに、口数の少ない島を心配するように水沼にが言った。
「宮本に聞いてくれた?」
島が、その気なく尋ねると、水沼は島が悟っている様子を見て、はっきりと言った。
「阿比留を好きらしい。」
島は、覚悟はしていた。今日のあの阿比留を見るときの目があまりにもショックだったため、水沼から失恋を宣告されても、それほど驚かなかったし、それほどショックはなかった。 
「まあ、カズちゃんも、ああいうゲテ者を相手にするより――」
「ゲテもの? ―――」
それ以上、会話が続かなかった。水沼も今までの島の経緯を知っているだけに、慰める言葉もないようだった。
島は、その日は何も手につかなかった。塾があったが、何となくその日は塾に行くのもおっくうだった。上浦ととなり同士になる。どういう顔で話をしろと言うのか。そんな気がした。
が、行ってみると、何もなかったように、皆いつもどおり話をし、ノートと教科書を広げ、問題を解き、教えあったりしている。 上浦もとなりの島にもいつものように話しかける。相変わらず、声も話し方も、笑顔もかわいいと思った。
しかし、島は、話についていきながらも、今までのように乗り気にはなれなかった。この子は阿比留が好きなのに、どういう気持ちで自分と親しげに話すのだろう。人の気持ちのわかる、気遣いのできる子だと思っていたが、島の気持ちをどう考えているのだろう。 もしかしたら無邪気なだけかもしれない。
いや、いくら気遣いができる、といっても恋はどうしようもない。恋は自分勝手になるしかない。彼女を責めるのは筋違いのような気がした。むろん、阿比留に恋していることを島に気づかれている、などとは彼女は知らないはずだ。だったらなおさら、今までどおりなのは当然だろう。
この際、自分も何も知らないことにしよう。今までどおりに、彼女とは普通にしよう。 そう結論づけた。
それで水沼にも、
「上浦のことは、聞かなかったことにする。」
 そう宣言した。水沼は、納得のいかないような顔をしていた。
 数日後 水沼は、自分が宮本に告白して、付き合いだしたということを島に打ち明けた。
島は、いつの間に二人がそういうところまでいっていたのか、全く気づかなかった。
羨ましさもあったが、二人がうまくいくことを祈って祝福した。
 
 阿比留と上浦の噂が流れた。たぶん、学級会活動で仲のいいところを見られての噂であろう。 それ以降、阿比留も上浦のことで冷やかされるので、意識して二人の間もぎこちなくなったように思えた。島は、阿比留と二人になったときに、上浦のことを好きかどうか聞いてみた。阿比留は取り合わないように、
「カズこそ、上浦じゃなかったの?」 
島はそう言われて、ぎくっとした。そういう噂はもう過去のものだったが、阿比留は覚えていた。あるいは自分の行動に、上浦への好意が出つづけているのかもしれない、それをするどい阿比留に見抜かれかもしれないとも思った。
 何度聞いても、阿比留は気のない返事をした。そして上浦が本心を打ち明けられずに意識しすぎていて、阿比留もそれには気づいているのだがどう答えていいかわからないような状態のまま、二人のぎこちない関係がつづいているように思えた。
 その一方で、島は“何も知らなかった”かのように振舞おうとし、そのせいで、比較的上浦とも気軽に喋り、からかい、付き合うことができた。その声や笑顔を自分のために見せてくれる、それだけでいいと思おうとした。
 そういうあいまいな関係のまま、中学一年生の生活は終わりを迎えた。


© Rakuten Group, Inc.