000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

追憶

追憶

「初恋の記憶 8」

二年生になると各教科とも授業内容が充実して内容も濃くなる。そして受験に向けた準備をするものも出てきて、上位層の争いは一段と激化してした。そんな中でも、一学期の中間テストは島は五教科、三教科ともニ番で一年のときを上回った。野田や阿比留と答案を比べあってお互い一喜一憂したが、島とそれほど差がなかった。A組になった神坂がやはりトップを続けていた。島としては一年のときより成績が上っていた。
 野田とはいいライバルであることを、このテストで改めて意識した。負けるわけにはいかないと思った。阿比留もそうだが、阿比留以上に野田は強敵に思えた。野田は島とのうわさにはかまわず、宿題の解答やら、授業の内容など、島のものを見に来て、いろいろ議論してきた。 納得したときの笑顔がよかった。島の説明を、さすが、というように褒め称えた。 また、島と意見が違うときは、自分のものを丁寧に説明した。 野田の積極さ、熱心さは特別だと思った。
期末では野田のほうが島より良かった。得意の五教科でも野田の勝ちだった。島は野田と、お互いに採点して返って来た答案用紙を交換して見ながら、二学期でのリベンジを決意した。

 一学期のイベントはそれほど多くはないが、夏休みに入る前に、県内の渋川海岸にある研修施設で、二年生全員によるニ泊三日の海事研修が行われる。その準備で学級活動が忙しかった。 中間テストが終わったころから、キャンプの用意や、班ごとの出し物の準備や、部屋割りなどを決め、合宿で使う歌集を作って印刷したりした。もちろん、三クラスの級長、副級長、書記が中心である。B組で島は野田のてきぱきとして、やることが早いのには、ずいぶん助けられ、楽だった。島が迷っていても、あれこれ必要なものを集めてきて、決められるように段取りをしてくれる。しかし自分が先頭に立つというわけではなく、あくまでも島を立てている。島は感心することばかりだった。準備は順調に進み、海事研修もぬかりなく終わった。 島はキャンプファイヤーの始まりで全体の挨拶をやり、野田は、出し物の進行役(司会)を他のクラスの副級長といっしょにやった。司会の野田の声は、マイクを通しても、明るくしっかりした、よく通る声で、機転が利きうまい司会をやった。 
 しかし、島は野田にばかり気をとられているわけではなかった。やはり上浦が気になっていた。上浦とは、ほとんど会わなかったし、いっしょに行動する機会もなかった。ただ夕食後の自由時間に、入浴して部屋に帰るところの彼女らに通り合わせた。濡れて前に垂れた髪と、赤くほてった顔がやけにかわいかった。島たちに気がつくとにこりとして、
 「今からお風呂?」 と言った。
 「うん。 髪、濡れたままだよ。」 島が言うと、
 「ここ、ドライヤーとか、全然ないのよ。」
 そのとき、後から阿比留がやってきた。上浦は阿比留に気づくと、ちょっと動揺するように目線を反らし、改めて島のほうを見た。阿比留もなんとなく意識して彼女らを避け、
「カズ、これから? よし、いっしょにいこう。」
と、島らを急かした。
 「ここ、ドライヤーないんだって。」
島はわざと、阿比留と上浦の二人の接点をつくるように、上浦の濡れた髪を触ろうとしながら、阿比留に言った。上浦は驚いたように、島と阿比留のほうを向いて顔を余計に上気させ、島の手からは逃れるように頭をのけぞらせた。阿比留が側から言った。
 「バスタオルなら、持ってきたけど、使う?」
上浦は思いがけず阿比留に話しかけられたので、どうしていいかわからないような様子だった。 側にいた宮本が、
 「ウラ、借りたら?」
とフォローした。 阿比留が彼女らに向かって自分の頭を指しながら言った。
 「僕らはそれほど必要ないから。」
大久中の男子は規則で頭髪は全員丸刈りだった。みな笑った。
上浦はようやく微笑んだ。
 「ありがとう、でも、部屋に帰って乾かすから。」
やはり、まだ二人とも意識している。上浦は当然、まだ阿比留のことを想っている。島はそう感じた。わかりきったことだが阿比留への嫉妬に似たような意識が自分にあるように思えた。そうなるのを承知で、なぜわざと阿比留と上浦に会話するように仕向けたのか、自分でもよくわからなかった。たぶん、あの気まずい雰囲気を脱し、上浦に後味悪くさせないように、という意識がそれをさせたのだろう。 その狙いどおりにはなった。

風呂は十人くらいは一度に入れる広さだった。さっさと体を洗ってから、湯舟に浸かると、阿比留が、
「カズ、エッチやな、髪さわったりして」
「さわってないって。 」
「さわろうとしただろ。 上浦とは仲いいな。」
「そういうことはないけど。」 
「でも、ああいうのを見ると、かわいいな。」
「はあ? なんだ、しっかり見てるじゃない。そう思うんだったら何で彼女の告白、断ったん?」
「いやいや、僕は女の子一般の話をしてるんだよ。」
「――どうも、煮えきらんな。」
「カズこそ上浦と付き合えよ。 それとも野田か?」
「あのなあ。」
「やっぱり、図星かな?」
島は笑うしかない。野田のことは好きということはなかったが、ライバルという意味では、非常に気になる存在だった。
「でも、B組で女子の人気投票したら、野田はトップだろうね。」
島が、探りを入れるように言った。
「そうかもしれんな。何といっても、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、性格もいいし、リーダーだ。非のうちどころがない。」
「ほう、アミ兄ィが女子のことをそこまで褒めるのは、めずらしい。」
そう言われて阿比留は笑いながら、
「カズ、いっしょに学級会やってて、よかったなあ。」
「まあね。」
「そういえば、野田は部活も卓球でカズといっしょだろ。」
「そうだけど。 でも女子とはほとんど別々だよ。」
しかし考えてみると、阿比留も野田に負けず、“容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、性格もいい、リーダーである” ということが当てはまる。ただ容姿端麗というのは若干難があるが。しかしスタイルはいいし背も高い。 釣り合いという意味では、阿比留と野田がベストと思われた。いずれにしても島にはこの二人は強力なライバルであるにはちがいなかった。
 
夏休みに入ると、部活が、それぞれの地区大会、県大会などで、本格化してくる。島も卓球部で、あちこちの近隣の中学校に試合に行った。地区予選は、男女とも同じ中学校を会場として行われる。その中学校まで、いっしょに電車やバスで出向いていく。 島は郡ではベスト十六には入ったが、地区大会個人戦は大久郡からは十二人しか出られないため、出場を逃した。二年生ながら、野田の活躍はすばらしかった。
大会が終わると、三年生は受験のために引退し、二年生が中心となる。島は石井がキャプテンになると思っていたが、彼は辞退し、皆の推薦で島が選ばれてしまった。卓球の実力はもちろん島は下位である。島は辞退したかったが、それもできず、引き受けるしかなかった。 女子では文句なく野田がキャプテンとなった。
 島も石井も前年までのキャプテンのような指導力はなかった。 それでも島はそれなりに、石井らといっしょになって、一年生を指導しながら練習メニューをこなした。
 上浦や宮本はバレー部の中心メンバーとして、水沼は柔道で、阿比留は野球部のエースになり、それぞれ活躍していた。
一学期も、夏の間も、そして二学期が始まってからも、島は上浦とは学校ではほとんど顔を会わせる機会はなかった。ただ、時折、一年のときと同じように部活が終わってから待ち合わせをして、水沼や、彼女らといっしょに帰った。塾では今までどおり、週ニ回会うことが出来た。それだけが彼女とのつながりだった。特に日曜日には、塾が終わってから、彼女たちとゆっくり話しができるのがよかった。彼女は袖なしの薄いブラウスに短いスカートや短パンなどの軽装でやってきた。普段ほとんど会えないだけに、それが妙に眩しく思えた。
ニ学期のB組の級長は阿比留が選ばれた。 体育会の季節となっても一年のときのように上浦といっしょでないのがやはり寂しい気がした。昨年同様に応援団長を頼まれたが、もう一回経験したからと断り、今年は進行役として、道具やグランドの整備を段取りするリーダー役をやりながら阿比留をささえた。上浦と宮本はやはり今年もC組でチアリーダーになっていた。しかし島は彼女らの練習を見に行く時間もほとんどなく、慌しく体育会、そして文化祭の準備に追われた。
 そんなさなかの九月に島の誕生日があった。その日は体育会のことで遅くなり一人で帰ろうとして自転車を出していると、一人の女子が、駆け寄って来た。 B組の岡美智子という子である。島が驚いている間に、
「誕生日、おめでとう」 
と言って。なにやら入った紙袋を、島の自転車のかごに入れて、
「これ、プレゼント。」 
 島が、あわてている間に、走り去っていった。自転車を両手でささえているので、どうすることもできない間のことである。だれかに見られたのではないか。と島はあたりを見回した。だれもいないようではあった。 袋の中を見ると、プレゼントらしきものと、カードらしきものが入れてあった。 カードには「誕生日おめでとう。 いつまでもあなたを見ています。」と、自筆らしい文字で書いてある。さらにハートマークが書いてあった。
島は彼女を思い浮かべて苦笑するしかなかった。 岡は冷静に見て野田とは正反対、つまり器量も頭も悪く、運動もできず、性格も良くないのである。 美杉小出身で、そのころから、特に男子にいじめを受けてきた。無視されたり、彼女の触れたものは汚いという理由で触らないようにされたらしい。 中学になってもそれは続き、一年でも無視されてきた。2年B組になっても続いていた。島は一学期、それに気づいていたので、そういういじめに反発するように彼女に話しかけるようにした。特に中間テストの後は隣の席で、班も同じになったので、普通に話し相手にした。男子の一部はそれを面白く思わず、島にいちいち反発する者もいたが、さすがに島の毅然とした態度には逆らえず、だんだんいじめは行われなくなった。特に班の活動ではみな普通に彼女に接するようになった。 
 ただ彼女は性格も良くなく自意識過剰で、おだてるとすぐ調子に乗るようなところがあるので、確かにつき合いにくい。それが嫌がられて、いじめの対象にされた理由でもあるのだろう。
 島は、そのこともあったせいか、また級長をしていたこともあり、一学期の通知表の担任通信蘭で評価が高かった。 担任は橋本先生という三十歳前の男性体育教師で、もっとも人気の高い先生である。背が高くハンサムでさわやかであり、厳しさもユーモアもある。ちょっと痩せ型なので、その風貌から「カマキリ」というアダナをつけられていた。島にとっても目標となる存在ではあった。ただ島とはタイプが違う。
 そのことは懇談でもおっしゃられ、「僕とはタイプがちがうが、よくクラスをまとめてくれた。 僕は皆を強制して引っぱっていくことしかできないが、君は、そういうことはしなくても、いつの間にか皆がついてくるようなタイプだな。僕にはそういうことはできん。」
 そんなことを言われた。それは買いかぶり過ぎだと思った。結局は、どこかでは強引に引っぱっていくところがないと、先頭に立ってやっていけるものではないのではないか。その点は阿比留や野田のほうがリーダーシップがある。島はそのことを感じていたが、自分の持ち味でやっていくしかないのもわかっていた。
 それにしても、「いつまでもあなたを見ています。」という文字を見て、岡の不気味な笑い声を思い出しながら、どう対処したものかと困惑した。
しかも、どうやら、その場面をだれかが目撃したようで、たちまち噂が広がった。二学期になって岡とは席や班は離れ、普段、話をする機会はあまりなくなっていたので、余計にわざわざ彼女に近づいてそのことだけ話す機会も作り難い。そのうち阿比留が、そのうわさの真否を島に尋ねてきた。
「プレゼントと、カードをもらったのはほんとうだよ」
「ふーん。 それで、どうした?」
「どうって? ―――まだ何も。」
「なんだ。僕のときには、はやく自分で返事をしろ、と急かしておいて。」
「だけど、ただ、いつまでも見ています。と、それだけだよ。 どうしろと?」
「はっきりしないとだめだよ。あの性格だと、図に乗って付きまとわれるような気がするよ。」
「なるほど。」
「『僕が好きなのは上浦だから、見ていてくれるのはいいけど、何もできない。』とかなんとか言っておけよ。 それとも野田か?」
「あのなあ!」
「それみろ、自分のこととなると難しいだろう」
島は阿比留にそう言われてからもまだしばらく、彼女に話す機会を見出せないでいた。彼女は、毎日のように卓球部の練習を見に来るようになっていた。もちろん島を見に、である。一年のときから、数人の女子がよく島を見に来ていたが、その子たちは今でも来ていた。岡はそういう人達とは少し離れた位置でひとり遠くから見ていた。
 野田が練習の合間に島のところに来て、
「よ! 人気者! またファン増えたな」 
と冷やかした。島は閉口した。
「はやく、サイン会してあげないと」
まだ言っている野田に対して、島はピン球を彼女に投げつける真似をした。
石井に即されて、その話は中断して、島は男子部員に召集をかけ、全員でうさぎ跳びや腹筋のトレーニングに入った。男子が終わると女子がそれにつづいた。
数日して、部活が終わったところの島を河原という女生徒が呼び止めた。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
彼女は府中小のときから島と親しく、いつもからかい相手にしていた、一年でも二学期に同じ班になったが、二年ではクラスが別になっていた。
 「なに? 改まって?」
 「カズオ君、好きな人いるの?」
 「突然なに、びっくりするなあ。」
 「野田さん? それとも 上浦さん? うわさどおり?」
 「そんな、珠美さんてそういうこと聞く人?」
 島は、閉口した、真意がわからなかった。彼女が告白するつもりかとも疑ったが、そういう雰囲気でもないような気がした。
 「ごめん。 岡さんのことなんだけど。 」
そう言われて、やっと何が言いたいか、彼女の目的がわかった気がした。
「岡さんに、誕生日に告白されたでしょ。」
「ああ、あれ? うん。」
「で、 どう? 付き合ってあげる?」
島は彼女が本気で言っているのかどうかわからなかった。しかし顔を見ると一応本気らしい。
「ごめん。岡さんとは付き合えないよ。」
「どうして?」
ブサイクだから、とは女子の前では言えない。
「どうしてって、言われても。」
「やっぱり好きな人、いるから?」
だれにも言わないから、私にだけ教えてと、彼女はしつこく迫る。
「ほんとうに? もし言ったら絶交だからね。」
「絶対言わないから」
島は、彼女らを納得させるには言うしかないと覚悟した。
「一応、好きな子がいる。片思いだけど。」
「そう、片思い? だれよ?」
「それは言えないよ。」
「いいじゃない、絶対言わないんだから。」
「だめ、片思いだし、勘弁してよ。 珠美さんだって僕に言える?」
彼女は少しの間、だまっていた。それから、
「私は言えるよ。小学校のときからずっとカズオ君だもん。 卒業のとき書いたの読んだでしょ。」
と、きっぱりと言った。島は驚いた。何人かが卒業の寄せ書きで、好きです、ファンですとか、あなたといると楽しいとか、書いていた女子がいたが、その一人が彼女だったことは覚えていた。 
「あの、それ、告白ですか?」 
真意を図りかねるように、彼女の顔を見つめながら、島が聞いた。
「はい。一応、告白です。―――告白する前から振られてるけど。」
彼女は、にこりとして答えた。
「―――― なんで、岡さんのこと、聞いたの?」
「ごめん、ほんとは、カズオ君が好きな人を知りたかったから。
―――それで岡さんのことで、本心を聞き出そうと思ったんだけど。」
「―――」
島はまだ彼女が本気でいっているのかどうか、真意がわからなかった。
「う~ん。片思いね。 告白はしないの?」
「しないと思う。 その人の好きなのは僕じゃないのはわかっているから。」
「じゃ、まだ岡さんや私にもチャンスはあるか。でも、カズオ君を好きな人はけっこういるのに、片思いなんて意外ね。うまくいかないもんねえ。」
「それ誰よ?」
「それは言えませんねえ。 プライバシーの問題だから。」
「なんだ、さっきは人に無理やり聞きだそうとしといて。」
「ごめん。まあ、卓球見に行ってる子とか、府中の子とかだいたいわかるでしょ。」
「―― う~ん? 」
「ま、岡さんには、片思いの人がいる、と伝えといてあげるから。」
「ありがとう、助かるよ。 だけど他の人には言わないでよ。」
「OK 、バイバイ」
彼女はどこまでが本音でどこから冗談なのか皆目見当がつかないような態度で、サバサバとしていた。ともあれ、彼女のような気兼ねなく何でも話せる女子がいることは、島にとっては貴重だった。
 
上浦や宮本は、島と岡の事件を水沼から聞いてよく知っているらしかった。河原のこともおおかた知っているようだった。 塾の帰りに、その話題が出た。 美杉小のときはあまりに男子のいじめや無視が激しいので、彼女らも、岡には悪いと思いながらも男子には逆らえなかった、と言った。 島のような存在はいなかったということだ。島は一年のときから、その癖のある美杉の男子達をほとんど懐柔し、いつの間にか、島の協力者に仕たてていた。美杉の番長、氏家からして島のファンであった。そして岡に対するいじめもやめさせた。彼女らと別れると、水沼が、宮本から聞いたということで、上浦が島のことをずいぶん褒めていた、と伝えた。島は今度のことを上浦がどう思っているか気になっていた。岡だけでなく、野田とのこともあるし、河原のこともあったので。 しかし、それを聞いて少し安心し、水沼と宮本に感謝したかった。

 二学期の中間テストでは、島はついに神坂を破り学年トップになった。 いや正確にいうと、一度島がトップとして成績表が渡された。担任の橋本先生が、ついに男子が一位をとった。この学年では初めてだ。と喜んでくれた。 
ところが島の英語に採点ミスがあり、島がそれを自己申告したので、3教科順位では一位から三位に下げられた。それでも五教科は一番のままだった。いつも満点かそれに近い英語が、このときは九十点そこそこだったが、実はそれに採点ミスがあり、さらに八十点台に下がったのだった。三教科ではいつもどおり神坂が一位で、野田がニ位に繰り上げされたらしい。橋本先生は非常に残念がった。五教科のトップも男子初ではあったが。
 しかし、その後の二学期後半に行われた実力テストではついに正真証明の校内一位をとることができたのである。
それは、たぶん失恋の反動で、勉強では阿比留に勝ってやる、というようなライバル心が知らず知らずのうちに島を勉強に向わせたのかも知れなかった。


© Rakuten Group, Inc.