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追憶

追憶

「初恋の記憶 9」

 三学期、三先生が卒業するにあたり生徒会役員の交代時期であり、毎年二年生を中心に立候補を募り、全校生徒(一、二年)による選挙が行われる。島たちのニ年B組でもだれが立候補するかを学級会できめることにした。 普通はクラスで二人を立候補させる。推薦投票では、僅差ながら野田がトップで、島、阿比留がほぼ同票で続いた。三人とも立候補すればいいという意見もあった。ところが、
「野田さん、とアミ兄ィを推薦します。僕は二人を応援し、立候補はしません。」
と島が言った。二人は自分よりもリーダーシップがある。全体を引っぱっていくのはこの二人に任せよう。そう思った。
 「カズがそういうなら二人の立候補でいく? みなさんいいですか?」
学級会司会をしている三島出身の今井という秀才肌の3学期級長が同意を求めた。
異論は起らなかった。結局、阿比留が生徒会長、野田が副会長に立候補することとなった。
次に二人の主張の内容の討議になり、大勢のものが、男子の長髪を認めてもらうように生徒会として働きかけをやってもらいたい、と阿比留に要求した。阿比留も長髪には賛成のようで、
 「では、長髪を求めることを僕の公約にします。」
と言った。大久中は男子の髪型は丸刈りが校則だった。しかし、都会から転校してきた阿比留や、開けた三島地区の生徒は以前からこの校則に不満だったのだろう。皆が拍手を送った。女子も当然丸刈り頭の男子よりは、長髪のほうが見ばえがいいので、賛成であるらしい。島はちょっとこの主張には疑問を感じた。
「校則を変えるのを生徒会の活動にする、というのは生徒会活動の本筋ではないんじゃない?」
「いや、たとえ直ぐには変えられなくても、そういう主張をして当選すれば長髪にしてほしいという人が多いということが先生方にわかってもらえて、校則見直しを早めることができるかもしれない。」
と阿比留は言った。 だめもとでも長髪を主張するというのだ。
担任の橋本先生が、ちょっと心配そうにその討議のゆくえを見ているのに島は気がついた。
「じゃ、長髪に賛成の人どれくらいる」 
島がたずねた。
「賛成の人、挙手してください」 
今井が言うと、多くの者が手をあげた。男子だけでなく女子もである。
「なるほど。」
島はそれ以上、異議を唱えなかった。 
 それから、クラスや学年間の交流を活発にするイベントをやること、など主張の中身を討議した。
 1週間ほどのうちに各クラスで立候補者が決まってきた。A組では水沼が副会長に立候補することになっていた。 成績トップの神坂は3年で転校することが決まっているといって立候補せず、もうひとり、当然立候補すると思われていた、三島小出身の男子では最優秀であり毎年1学期に級長をしているA組の小山淳が、「受験に専念したい」という理由で立候補をやめた、ということが伝わってきた。
「おまえ、ほんとうに立候補しないの? 小山のように受験優先か?」
水沼が帰りにいっしょになったとき島に聞いた。
「まあ、野田とアミ兄ィの最強コンビがいるからな。B組には。 結果的に受験優先でいくかな。」
「でも、このままだとアミ兄ィの株が上って、ますます上浦がアミ兄ィに感心してしまうかもよ」
「そうかな。でも仕方ないじゃない。 ま、僕のことはいいから、洋ちゃんは当選するようにがんばってよ。」
「そうだよね 副会長は野田という強力な敵がいるからなあ」
「ぼくは、その野田の応援メンバーになってるから、実は洋ちゃんの敵だな」
「そうだよ、カズが野田につくか、僕につくかは、僕にとっては大問題だよ。
  何とかならん?」
 島は、そのことは水沼には詫び、状況によっては水沼の応援にまわるつもりであることを告げ、友情を示しておいた。
 副会長はこのままだと、野田、水沼の他に一年生が2人いて、4人の争いになりそうだった。その中で野田の人気が図抜けているのは明らかであった。当選は二人だから、残りの1議席を3人で争うという構図である。会計役も定員2人に対し4人が立候補する予定。書記は1年生3人を含め5人が立候補予定らしい。 ところが、会長は阿比留だけで、他に候補がいなかった。
そんな中で島は立候補受付け日の直前になって、橋本先生に職員室に呼び出された。
何事かと思って行くと、
「島、立候補する気はないか。」
と、先生はいきなり尋ねた。
「え?」
「会長候補が、阿比留一人しかいない。A組の小山にももう一度声はかけたが、出ないという。 あいつが出ないのは誤算だった。」
「―――」
「せっかく年に一度の生徒会選挙をするというのに肝心の会長が無投票ではもったいない。島、おまえしかおらん。 どうだ、頼まれてくれるか?」
生徒会担当でもある橋本先生の心配もわかるが、しかし無理があるような気もした。
「わかりますけど、クラスのみんなは野田さんやアミ兄ィを応援しようと準備してきているのに、今から僕が立候補すると混乱するような気がしますけど。」
「無理はわかっているけどな。まあ、カズなら大丈夫だ。同じクラスで会長を争っても問題ない。阿比留とはもともと仲いいしな。」
「はあ、でも僕は、野田さんの応援メンバーになっているんですけど。」
「おまえ、阿比留じゃなくて野田の応援のほうに回ってるのか。」
先生がちょっと意外いうふりで、言った
「そりゃ都合がいい。阿比留のほうになっているより抜けやすいだろう。 野田は大丈夫だ。」
「 ―― クラスのみんながなんというか。」
「そうか、野田も卓球部だったな。 いいコンビだな、ははは、逆に、野田に応援してもらったらどうだ?」
「はあ ――」
「実は、ここだけの話しだけどな。 阿比留が長髪を求めるのを無投票ですんなり通すわけにはいかない、と校長が言っとってなあ。 対抗馬をたてて、反対者も多いという結果にもっていけないか、というわけだ。」
「はあ? そんな。クラスで決めた主張なのに、僕が今からそんな反対の主張をして、アミ兄ィに対抗できるほど票を集められるとは思いませんけど。」
「う~ん。 ま、カズならやれる。頼んだぞ。」
「―――はあ。」
その日の六校時に学級会が行われた。二日後に立候補受付、一週間の選挙活動を経て、演説会と投票が同日に行われる予定である。学級会で阿比留と野田の応援の準備をする予定である。ところが、その前に橋本先生が切り出した。
「会長候補が一人しかいない。 他のクラスでも募ったがいないようなので、このクラスでももう一回推薦、立候補を募ることにした。」
みな、ざわめいた。
「だれか会長に立候補するものはいないかな?」
島はいきなり来たか。と動揺したが、だれかが、
「B組はアミ兄ィが立候補してるじゃないですか。」 
といった。
「それはそうだが、このままだと無投票になる。主役の会長が無投票というのではもったいないと思わないか? 年一度の選挙活動の意味が半減してしまう。自民党総裁が無投票で決まるようなもんだ。」
「今出ている人が、だれか会長に回ればいいんじゃないですか。」
「いや、それも言ったがだれも会長候補になる者がいない。」
「アミ兄ィは強敵じゃからなあ。」
だれかが言った。
「ではカズが出たらどうかな。 もともと先週、3人とも出たらという話もあったし。」
という声があがった。
「そうじゃ、カズなら、アミ兄ィの対抗馬になるなあ。アミ兄ィには悪いけど。」
「そうか、島、どうだ?」
すかさず、先生が島を見ながら目で合図を送ってきた。出るしかないかと島は覚悟した。
ちょっと野田のほうを見ると、行け行けというような合図をしていた。
島は困った顔をして見せた。 出るとしても、直ぐに出ると答えては阿比留に悪いと思った。
「島、出たらどうだ。」
先生が再び催促した。
「でも。」
島は応えた。
「大丈夫だよ。まだ時間あるし、メンバーの割り振りを考え直せばね。」
今井も言った。思いもしない展開に阿比留がめずらしく、動揺したようだった。
「ちょっとまってよ。カズと争うのはゴメンだよ。カズが出るなら僕はやめようかな」
と、困惑したように言った。
「ちょっとちょっと、今更やめるのはナシ。往生際が悪いよ、アミ兄ィ。
先生の言い分もわかるから、カズが出てもいいというなら二人に堂々と戦ってもらったらいいと思います。」
今井が言った。拍手が起った。
「そんな、僕はまだ出るとは、、」
「いやあ、決まり、決まり。カズオ君は出るって。」
野田がはしゃぐように言った。
「あんたら、お互いを戦わせて、楽しもうとしてない?」
阿比留はしかし冷静になって、最後には同意した。
「もう日がないので、できるだけカズの選挙準備も応援したいと思いますが、
アミ兄ィや野田さんの応援になっていない人で応援できる人、よろしく。」
今井の呼びかけに数人が手をあげた。
「結局、出るわけ?」
島は言った。
「阿比留もそれでいいな?」
橋本先生が言った。
「しかたない。カズとはやりたくないけど、こうなったらやるわ。」
「じゃ二人とも戦線布告の握手をどうぞ」
今井が即すのにつられて、島と阿比留は近づき、互いに手を差し出した。
「では、カズに立候補の表明を」
「え? 何も考えていませんが、アミ兄ィの長髪に対抗して、僕はいままでどおりの丸刈りでいく、ということを主張します。」
 とだけ、とりあえず、言っておいた。みな拍手を送ったが、
「あえて長髪に反対するんか? 不利になるんじゃない?」 
という疑問もあがった。
学級会のあと、橋本先生が島を呼んだ。
「よく決断してくれた。これで面白くなるな。」
「先生、人ごとだと思って。――― これじゃ、丸刈りを主張して相当差をつけられてしまって、長髪の要求を助ける結果になりますよ。」
島がちょっと不満げに言うと、先生が高らかに、
「はははっ、まあ、できるだけ票を集めるようにがんばってくれるか。校長先生の期待がかかっているからな。」
「―― 」
  橋本先生の本心がわからなかった。校長が丸刈り校則にこだわっていることは明白だが、だからといって橋本先生が校長のために対抗馬を立てようとしているとも思えなかったし、長髪賛成票が多いからといって、すぐ校則を変えるわけでもなく、先生がそれほど困るとも思えなかった。なのになぜ会長選挙を無理矢理やろうというのか。やっぱりせっかくの社会経験のチャンスを放棄するのはもったいないということかもしれないし、はやり丸刈りを主張してもらいたいとう心情もあるのだろう。そうとは言え、先生自身が楽しみたいというのが一番の本音としか思えなかった。
「先生は、頭、丸刈りにできますか?」
島は何となく聞いてみた。
「ん? 何言ってる。中学生と大人をいっしょにするな。」
「でも、大人がいやなものは、中学生でもいやでしょう。」
「カズもほんとは反対なのか?」
「そうじゃないですけど。 僕は髪伸ばしても別にかっこよくないし。」
先生は笑っていた。別に先生に義理立てして長髪に反対することもないのだが、成り行き上、阿比留に対抗して丸刈り主張で乗り切るしかないと、島は思った。

B組から二人が会長を争うことがその日のうちに他のクラスにも伝わり、話題となった。
塾にいくと、上浦たちが立候補のことを話題にした。
「まあ、人気は互角かな。 しかし丸刈りか長髪かではかなり不利だよ。」
と水沼は言った。
「カズちゃん、やっぱり丸刈り賛成はやめたほうがいいんじゃない。」
と、宮本も言う。
「いや、アミ兄ィが長髪という限り、丸刈りで対抗することにしたんだよ。」
「たしかに、カズが髪伸ばすと、「坊ちゃん」になるもんなあ。アミ兄ィに今以上に差つけられるからなあ。」
水沼が島と上浦の顔を交互に見ながら冷やかした。
「なにがいいたいの? 洋平君、へんよ。」
上浦がにこりとしていった。島は苦笑いした。
「洋ちゃんこそ、副会長、野田さんに負けないようにせんと。」
「僕は、野田と勝負するつもりはないもん。それより、ウラちゃんは長髪? 丸刈り? どっちに賛成? やっぱりアミ兄ィかな?」
水沼がにやりとして聞いた。
「洋ちゃん、あんた、意地悪ね。親友の前で。」
宮本がたしなめた。
「私は、校則なんだから中学生は丸刈りでいいんじゃないかと思うけど。」
「もう、さすがウラちゃん、やさしい。 そういってくれるのはウラちゃんだけだよ」
島は思わず声をあげ、上浦の手をとって興奮したように握手した。これだけ上浦の手をまともに握ったのは一年の運動会以来だと思った。そのときの柔らかな暖かい感触が戻ってきた。上浦はちょっと驚いていたが、にこりとして握り返してきた。
「でも、丸刈り頭がいや、という男子の気持ちもわかる気がする。部分ハゲとか目立つし。」
と上浦は、一方で島の頭の子供のころにキズ後の小さいハゲを指でつついて、笑いながら言い直した。島はガクっとよろけて、
「あらら、やっぱり。残念、敗北か。 でも僕は、ハゲは全然気にしてないし。」

「や、どさくさに紛れて二人で何してるん?」
宮本が冷やかした。
「ウラちゃんは、アミ兄ィのことはもうあきらめて、カズにしたんかな?」
と冷やかす水沼を、上浦がたたいていた。
それから、ふたたび島のほうに目をやり、
「がんばってね。選挙。 合間に手伝いにいくから。」
にこりとして言った。
「ほんとに? アミ兄ィじゃなくてほんとにいいの?」
島は、ちょっとさぐるように聞き返した。彼女は微笑みながら
「もう、カズ! 私、本気で言ってるのに!」
「ごめん、ごめん。 ありがと、ほんとに助かるわ」
島は幸福を感じた。今度の会長選挙に立候補して、阿比留と争うことを、上浦はどう思っているのか気になっていた。阿比留のほうを応援するだろうと思えたので、そう言ってくれるだけでも喜びを感じたのだ。 ただ、やはりまだ上浦は阿比留を好きなことには変わりないだろう。だから内心は阿比留を応援する気持ちも強いのではないかと思えた。

予想どおりの立候補届出が行われ選挙戦に入った。島は応援をB組に全面的に頼るわけにもいかず、ポスターやタスキ作りなど準備を卓球部中心に進めてもらった。もちろん二年生部員も野田と島、両方の候補を手分けして手伝ったが、1年生男子が7人、女子も8人いて皆よく手伝ってくれた、女子の部長である野田が一年生女子に島に協力するように声をかけてくれたのも相当助かっていた。その中に岩井恵里子という子がいた。 彼女は三島小でも注目される美少女で、中学校入学後も注目の的だった。成績もトップクラスらしかった。 島も時には部活で相手をしてきたが、それほど注目していたわけでもなかった。ただ声が、かわいい割にはしっかりした透き通った印象があった。表情も、幼な顔でふんわりしたようだが、まなざしがしっかりして惹きつけるところのある子ではあった。 野田とは家も近く小学校から仲がよかったらしく、野田は普段から「恵理ちゃん」と呼んで可愛がっていた。島は部活で野田と話すときによくいっしょにいる彼女を、野田と同じように「恵理ちゃん」と呼んでいた。彼女のほうも「島先輩」「カズ先輩」などとよく声をかけてくる。ふんわりした雰囲気の割には活発な子だという印象だった。
彼女は画もうまく島の選挙ポスターのデッサンを担当した。 顔の似顔絵をポスターに描き、
「似てる? かわいいでしょ。」 
と言う。確かに似ている。
「ははっ、ちょっとこの頭、でかすぎるけど。」
と島が言うと、彼女もいたずらっぽく笑っている。
「ひと目で島先輩ってわかるもん。ちょうどいいでしょ。」
「恵理ちゃん、うまいうまい。」
野田も見に来て冷やかした。
「なんといっても頭が丸刈りのところがミソよ。」
皆わらった。
「よし、これで5枚ほど描こう。もう5枚は違うデザイン考えてよ。」
岩井は、また島をひっぱって横を向かせたり、後ろを向かせたりして、別の画を描いた。
少し横を向いた顔に後ろ頭の特徴をデフォルメしたものだ。それをデッサンでさっさと何枚も描いて島に見せた。島は上手いのにはおどろかされたが、面白さについ笑ってしまい、
「恵理ちゃん、あんた、遊んでない?」
岩井はにこりとして、
「これのほうが、似てる。 満足してくれました?」
といってまた次の絵を描くのだが、どんどんおかしなところを強調し出していた。
「こら、まじめにやらんと、うさぎ跳び五往復追加だから。」
島が言うと、周りにいた野田が、
「却下。 女子は私が許可しないとダメだからね~。 恵理ちゃん、やらなくていいよ。
 でもそれ、最高だねえ。 ひと目でわかるわ。」
短足が強調されすぎたものを見て、
「野田っち! もう自分のほうは大丈夫なの? ここで野次馬してるじゃろ」
「せっかく心配して見にきたのに。 じゃ、恵理ちゃん、帰ろうか。」
「いやいや、ちょっと、 わかった、取り消すからお願いします。」
島は、笑いながらあやまった。
「わかればよろしい。」
野田はにこりとした。
「でも、これはあまにもひどいんじゃない。かわいい顔に似合わず、大胆な子じゃ。」
そういう島をわざと無視して、
「いや~! 我ながら、最高のでき。 これに決めた。」
「ちょっとちょっと、恵理ちゃん! それはやめようや」
「もう決めたもん。」
岩井はにこりと島のほうを見て、ポスターの仕上げにとりかかった。
男子部員中心に、B組メンバーや、河原、岡なども来て思ったより人が集まってきた。上浦や宮本も手伝うと当初は言っていたが、C組で会計役に立候補している池端を応援することになったので度々は来られないようだった。 
岩井の書いたポスターの下書きに色をつけたり、鉢巻にデザインしたりときどき手伝いに来てくれ、なんとか次週の選挙運動に間に合った。卓球部の一年生が中心になって校内にポスターを貼って回った。
氏家や安木両番長も応援を手伝うといってきた。彼らや男子卓球部員を引き連れていっしょに朝晩の登下校時に校門のところに立ったり、昼休みに各クラスを回ったりして演説をやった。 
 反応はよかったが丸がり反対の声は強かった。出遅れを差し引いても、それ以上に阿比留に水を開けられているという感じがした。
ニ、三日たったころ、下校時に校門のところで野田の部隊といっしょになると、岩井恵理子が、野田の応援といっしょに、
「島先輩をよろしくお願いします。」
と、島のすぐ横に立って応援をやってくれる。いい声だった。いくら卓球部つながりとはいえ、男子の応援を毅然とできる、なんと度胸のいい子だろう、あらためて岩井を見直した。岩井や野田もいたせいか、多くの男子、女子が立ち止まって演説をきいてくれたような気がした。
その中で、上浦も聞いていた。皆からちょっと離れて、遠くから密かに島を見ているふうに思えた。島と目が合うとちょっと動揺したように目線をそらした。島にひきつづいて、野田も自分の立候補の演説をやった。阿比留もあとからきて演説をやった。上浦を見るとそれほど上気したようでもなく、普通に阿比留の演説を聞いているようだった。
そのあとで水沼の演説になると、宮本といっしょに近づき「洋ちゃん、がんばって。」とはしゃいだ。その後、また島のほうに目を向けたように思えた。島は上浦のことが気になりながらも、目の前に集まっている生徒らにむかって主張を繰り返した。選挙戦はちょっとずつ盛り上がってきて、阿比留ととりあえず勝負ができそうな感じがしてきた。
 水沼に会うと、彼も苦戦しているようだった。副会長は1年生も二人立候補しているが、ニ年生票は野田にかなり集まるので、水沼にとって一年生との勝負は厳しい。
 「カズに応援頼めないのが痛いよ。」
 「悪いなあ、一年の票をどれだけ取れるかだな。 お互い。」
 「そういうことだな。」
水沼は何かいい手はないか、と相談を持ちかけた。 島は、今は島の応援をやっている柔道部主将でもある番長の氏家に頼んで、柔道部の一年生をフル活動させる案を持ち出すと、水沼は島の友情に感謝した。
 「それはそうと、上浦のこと、洋平、どう思う? アミ兄ィに入れるか僕に入れるか。」
「う~ん。わからんな。でももう阿比留のことはあきらめたようだし。最近、カズのこと、けっこう気にしてるよ。」
「なんでわかる?」
「最近、おまえが野田や一年の岩井と仲がいいのも気にしてたぞ。」
「な! 仲がいいって、別にそんなんじゃないけど。 どう気にしてたの?」
「かわいいし、頭も良くて、カズにはお似合いだって。岩井はおまえのことが好きなんじゃないかって。」
「そんな。」
「まあ、上浦を引き付けるには、それくらいライバルがいたほうがいいかも。」
「そんなんじゃないって」
「はいはい。 たぶん上浦はカズに入れると思うよ。」
島は、そういう水沼の話を聞いて以来、上浦のことが気になり、選挙活動や塾で彼女に会うたびに彼女に注目せずにはいられなかった。しかし特別普段とかわらないように見えた。ただ、ちょっと以前より口数が少なかった。島から離れたところで、島を見ていることが多いように思えた。島が話かけると一瞬、驚いたように顔を向け、その後はいつものように明るく応じ、冗談を言いあった。
 選挙戦は終盤に突入した。他の立候補者はクラス中心に全校の演説会での応援演説人も決めているようだったが、島はまだ決まってなかった。立候補が1週間遅れたことはけっこうきつい。だれが応援演説をやるべきか決めようととていたが、だれも全校生徒の前での演説はしり込みしていた。ところが野田の口ぞえもあって、岩井恵理子がやってくれることになったのである。会長の応援演説は二人であり、もう一人は番長の氏家に頼んだ。氏家は「ワシはそういう柄じゃない」と拒んでいたが、島の強い依頼に折れて引き受けた。小学校のときにやってくれた府中の番長、安木でもよかったが、島と同じ出身ではなく美杉の氏家のほうがいいだろうという判断である。氏家も最後にはその意見に同意した。
演説の二日前になってようやく、選挙管理委員会に提出した。最後の追い込みで、二日間、応援演説に決まった岩井と氏家と、卓球部のメンバーといっしょに、各クラスを演説して回った。阿比留のほうも島に追い上げられている危機感が出て、演説に熱が入っているようだった。阿比留陣営は、B組の今井らを中心にして、野球部を加えたメンバーだった。このまま最終日の演説会投票日に突入した。
三年生は投票権はなく受験に忙しいので、一、二年生のみ、午後から講堂でもある体育館に集まって行う。
まず生徒会長の演説を行い、投票して会長を選出したあと、残りの副会長、会計役、書記それぞれの演説と投票を行うのである。
 会長候補は阿比留からだった。応援演説はB組今井と、野球部の者が阿比留のリーダーシップ、面倒見のよさ、正義感の強さなどを強調した。真をついたいい応援だった。
ついで阿比留自身が演説にたった。
 立候補を決意した経緯を言ったあと、
「クラスや全校生徒の一体感を高めるため、学年間の交流を行います。 特に、クラス対抗のイベントを春に企画しようと思っています。大縄跳びとかのような全員での記録つくりや、ドッジボール大会のようなものを考えています。」
というような主張をおこなった。続いて
「今や、丸刈りの学校はほとんどありません。このままだと街中を歩くにも支障があります。 当選したあかつきには男子の長髪許可を求めます。 」
とぶち上げて演説を終えた。大きな拍手があった。
次に島の応援演説である。
「島和男候補の応援演説、1年A組岩井恵理子さんお願いします。」
司会者のこの紹介を皆おどろきをもって見守った。
「私は、卓球部で島候補の後輩です。島先輩と呼んでいますので、今日もそう呼ばせていただきます。」
普段どおりのしっかりとした透き通った声だった。つづいて普段の卓球指導ぶりや、ユーモラスなところがあるというエピソードなどを紹介し、
「なぜか、島先輩は側にいる人を和ませるところがあるのです。それでいていつの間にか島先輩の言うように引っぱられています。このような島先輩なら、卓球部がそうであるように、会長として生徒会全体をもひとつにまとめていってくれると信じています。」
などと持ち上げ、締めくくった。大きな拍手が起った。 思っていたより遥かにしっかりした演説である。 ちらっと橋本先生を見ると、まだ驚きを隠せないように拍手を送っていた。
その後、氏家が紹介された、これまたびっくりの人選にざわめきが起きた。校内一の番長が、柄にもなく、一般的に見るとまったく逆の優等生タイプの島を応援すること自体、絶妙の組み合わせであった。
「僕は、普段、島のことはカズと呼んでいるので、カズで行きます。
 カズとは1年で同じクラスになって知り合い、それ以来の付き合いです。付き合いといっても一方的に僕がカズのファンなのです。なぜかというと、自分の都合よりも人のことを考えてくれるところがあるからです。周囲の人の立場を考えています。それでいて自分の主張は言い、理解させようとします。結局最後には皆がカズについていくようになるのです。 だからこそカズが生徒会のリーダーには最適だと思っています。1年のときも、2年のクラスでも、いじめなどがありましたが、それがなくなっていったのもカズの力です。生徒会にはカズが必要です。みなさん、島和男をよろしくお願いします。」
普段に似合わず、まともな演説が妙に皆を感心させた。
それからいよいよ島が演説した。
「過分な応援を、ありがとうございます。2年B組の島和男です。
 まず立候補を決意した理由ですが、伝統あるこの大久中の校風を引き継ぎ、さらに生徒みんながより楽しい、充実した学校生活が送れるようにできるだけ尽力しようと思ったからです。」
と動機を言ってから、
「私の生徒会活動の方針は
  クラス間、学年間の和親と、明るい環境づくり
 です。」
「具体的な案は、
 一つ目は、図書を充実して、本読みを推進。希望者を募って読書会をするなどで、交流を深める。
二つめは、最大のイベントである秋に体育祭を、クラス対抗ではなくA組なら、1A、2A、3Aをひとまとめにしたチームをつくり、A、B,Cのチーム対応とし、クラスの一体化を図るとともに学年間の親睦も深める。
三つめは、普段できていない校庭の清掃や花壇の手入れなどを、希望者を中心に進め、美化をつとめる。」
 島はもっと大胆な活動(進学活動:進学に対して高校を訪問して回るとか、卒業生ににてもらって高校生活を紹介してもらうとか、授業:理解度にあわせた編成での授業を例えば、数学などの特定科目に導入してもらうなど) をやりたいとも思ったが、現実的にできそうなことを並べたつもりであった。
 そして最後に
「阿比留候補は、丸刈りを廃止して、長髪にしたいと言いましたが、私は中学生の間は今のままの丸刈りでいいと思っています。なぜかというと、中学生はまだ一人前ではなく、修業中の身だからです。坊さんだって丸坊主です。世の中には丸坊主以上に不自由な人はたくさんいます。修業の間は贅沢や華美な身なりは慎むべきだと思います。
 私のやりたいこと、主張は以上です。どうかみなさん、私の考えに賛同いただき、投票をお願いします。必ず充実した学校生活ができるように頑張ります。」
 大きな拍手が起きた。橋本先生を見ると、うなずきながら拍手を送っていた。修業中の者が贅沢や華美を慎むのは当然のことだが、丸刈り頭を廃止することが贅沢や華美にすぐにつながるというのは、どうも自分で言っていて多少無理があるような気がした。しかし無理やり丸刈り頭を擁護するには、そうとでも言わないと成り立たないと自己弁護した。
上浦がどういう反応をしているか気になって見ようとしたが壇上からはわからなかった。 

 会長選挙の投票が行われ、続いて開票が行われた。最後の長髪問題がどう影響するかだが、反対ならあれくらい毅然と言わないと曖昧な態度では好感は得られないと島は判断しての演説だった。 開票は緊迫していたが、互いに100票ほど取り合ったなかで、十票以下の僅差で阿比留の勝ちとなった。
島はふたたび壇上に上がり、落選の挨拶をした。
「みなさんの絶大な応援と、多数の投票をいただき、感激しています。 わずかの差で当選を逃しましたが、せいいいっぱいやったので悔いはありません。新会長に選ばれた阿比留君、普段アミ兄ィと呼んでいるので、ここでもそう呼ばしてもらいます。
 今回は、会長選で戦いましたが、アミ兄ィのリーダーシップや人柄は私も尊敬していて、硬い友情で結ばれています。 今後もこの友情はかわりません。考えの違うところはお互いに議論しながら、できる限りアミ兄ィの力になっていきたいと思います。
みなさんもともに、アミ兄ィを中心に新しい生徒会を作っていきましょう。 ほんとうにありがとうございました。」
 ふたたび大きな拍手が起った。
それから、3年生の現会長が退任と引継ぎのあいさつをして、阿比留が新任の挨拶をした。
阿比留は島のことばへの感謝をしきりに述べて、それから改めてみんなに感謝して今後の協力をもとめる挨拶をした。
 会長の決定のあとは、副会長、会計、書記候補の応援演説と立候補の演説が行われ、一斉に投票、開票が行われた。
 副会長では、予想通り野田が全体の4割の80票あまりを取って圧勝したが、二人めは40票あまり取った水沼が僅差で当選した。
 会計、書記は一年、二年がそれぞれひとりつづ当選となった。新旧役員が壇上にたって引き継ぎのあいさつをひと言づつ述べて、全ての日程が終了した。
 
クラスに帰ると、皆多くを語ろうとしていない。勝者と敗者が両方いることに気遣っているのだ。そうこうしているうちにもう帰りのホームルームの時間になっていた。橋本先生が来て、
「3人ともよくやった。応援してくれたみんなもご苦労さん。」
と言った。
「島や。 感想はどうだ?」
やっぱり無理に頼んだ手前、気にしてくれているのかな、と島は思った。
「はい、みんなよくやってくれたので満足しています。B組のみんなもよく手伝ってくれたし。ありがとう。」
島がそう言うと、みんなが、3人とも良かった。と言い出した。
その中でも特に、島の応援演説の二人が意外であったこと、岩井がかわいかったことを皆が話題にした。
それから阿比留も野田もB組のみんなに感謝を述べた。
「これから頼むぞ。」 
先生も二人を激励した。

後で島は橋本先生に呼ばれた。他のクラスの先生も寄っていた。
「惜しかったな。 それにしても、カズの演説もなかなかだが、応援演説、びっくりしたぞ。」
「―――」
「ああいう隠しだまを持っているとはな。 何年か見てきたけど、あのような組み合わせは初めてじゃ。ははは」
「すごいつながりだねえ」
他の先生も言った。
「よかったなあ、立候補してよかっただろう。」
先生のほうがはしゃいでいる。
「あの、僕は落選したんですけど。 なんで落選したほうを呼んで喜ぶんですか?」
「いや、そうだった。今日はカズのほんとうの実力をみせてもらった。校長も満足しとられたぞ。ごくろうさん。」
「はあ」
別に先生のためにやったわけではなかった。結果的にそういう面もあったが。 “ほんとうの実力”? たぶん氏家や野田、岩井などの人脈を最大限に使って、不利な中でも阿比留と互角の勝負をした、ということを言っているのだろう。それは偶然そうなっただけのように思えた。
その日の卓球部では練習を始める前に、男子、女子が集まったところで、島はもう一度、お礼のあいさつをした。
「演説してくれた恵理ちゃんはじめ、みんなが協力してくれて、おかげでいい選挙ができました。いろいろ迷いましたけど、当選はできなかったけど、立候補してよかったと思います。ほんとうにありがとう。」
と、感謝を述べ、
「では、当選した野田っち! 決意表明をどうぞ」
と野田を即した。野田も部員に感謝のことばを述べた。みな拍手をした。
「さあ、じゃ練習始めようか。」
と島。男女に別れて練習に取りかかったが野田や岩井たち女子が島の回りに集まってきた。
「ねえ、選挙のご苦労さん会をやろうって言ってるんだけど。」
2年の女子のひとりが言った。
「ほんとはね、恵理ちゃんが、カズオ君の残念会やりたいんだって。」
野田が説明した。
「もう、野田ちゃんの祝勝会も兼ねてるの」
 岩井はちょっとはにかんだように言った。
 「いいけど。何をやるの?」
 「グランドかどこかでお弁当食べながら、花見はどう? 先生も呼んで。」
 野田が言った。
「おう、じゃあ、やろうか。 期末が終わった後ぐらいに。」
男子のリーダー石井も乗り気だ。
「まだ3月なのに、寒そうじゃけど。」
島が言うと
「大丈夫、ちょうど梅が咲くころだから。」
「梅なんか、校庭にあったっけ?」
「何いってるの? 校庭の美化に努めます。といった人はだれよ。」
野田が責めた。
「はっは、ごめんごめん。」
「じゃ、OKね。恵理ちゃんと話を進めるから。」
みんなが行った後、岩井は島のところにまだ残っていて、
「私ね、ほんとうにくやしくて。もうちょっとで勝ってたのに。」
「恵理ちゃんにがんばってもらったのにね。仕方ないけど。ありがとうね。」
「うん。でもすごかったです。演説では絶対勝ってました。」
「そう? 恵理ちゃんの応援が効いてたと思うよ。」
「ううん。私、もう少しあれやこれや言おうと思ってたのに、うまく言えなくて。」
「いやいや、よかったよ、すごく。」
「ほんとに? ぜったい残念会やろう。悔しいから。」
「はいはい」
岩井はにこりとして行った。

その日の塾で、副会長に当選した水沼は、普段よりはしゃぎ気味だった。
「つよっさん(氏家)がよく動いてくれたのが効いたかな。カズにも感謝する。 」
「いやいや。 でもよかった。」
「しかしカズは惜しかったな。岩井の応援、かわいかったけど。」
「そう思う? 」
「あの子はすごいわ、 びっくりした。」
「顔に似合わず、度胸いいだろう?」
「あれは、大物になるなあ。」
水沼も意外さに驚いているようだった。
「ほうとうね、絵もうまいし。卓球部って人材豊富よね。 野田さんはいるしね。あの子だって出れば当選よ。」
宮本も言った。島はその話にはあまり乗り気にはなれず、上浦がどう思っているか、気になっていた。上浦は、なぜかだまって宮本や水沼の話しを聞いているだけだった。
「でも、さすがカズちゃん。ウラなんか、もう感心しどうしだったんだから。」
宮本が側にいる上浦を振り向いた。上浦はちょっと島のほうを向いてにこりとした。
「ありがとね。応援してくれて。」
島が言うと、彼女は少し上気したような顔で島を見て、
「ほんとに惜しかったね。」
と上ずったように言った。
塾の帰りに水沼と二人になると、
「上浦は、なんか、おまえを見る目が変わってきたような気がする。」
水沼が言った。
そう言われれば、今日も塾で隣に座っていたとき、ちょっと島が声をかけても
ばんやりしていて、慌てて応えようととしていたような感じもした。しかし、気のせいだとも思った。


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