えー、「カール・ツァイス大口径伝説」の続きです。
既に昨日のコメントに出ていますが、本日の主役は「カール・ツァイス プラナー 50ミリ F0.7(Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm)について語ります。ある意味このレンズは有名ですが、その氏素性に不明な点が多かったので、多方面で調査検索したことをまとめたいと思います。もしかしたら日本語初かも、あるいはこれだけまとめたのは世界初かも(笑)
銀治が「ツァイスが作ったF0.7のレンズがある」という話を知ったとき、心底わくわくしました。そんな超弩級大口径レンズをツァイスは作ったのか、と。しかしある人はそれを「プラナー」と呼び、ある人は「存在だけでどんなレンズがわからない」と書き、焦点距離すらわかりませんでした。ますます気になるじゃん。
その多くは後述する話と絡む訳ですが、その前にこの「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のお姿を拝見することにしましょう。こんな奴でした。

写真に網版がかかっているので、何かの印刷物のスキャンでしょう。残念ながらこの角度以外の写真はまだ見つかっていません。
この写真から読み取れることは、「Planar」であること、「50ミリ」であること、「3番のシャッター」を使っていることであります。手元に同じではないですが、3番のシャッターがあります。3番はレンズシャッターの中でも大きい部類で、開口部はおよそ5センチあり、その前に付いているレンズの大きさが相当大きいものだと想像できます。と思ったら前レンズの口径が76ミリであるという記述を見つけました。大判レンズの360ミリぐらいあるということになります。そしてレンズシャッターの奥にズーンと長く出っ張っているので、相当な長さと重さであることも想像できます。
更に調べてみたら、なんとこの「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のレンズ構成図を見つけることができました!ご覧ください。

6郡8枚です。プラナーの基本である、凸、凸と凹の張合わせを前後対称で持っています。んが、その後ろにきっと凸レンズであろう巨大なガラスの固まりがあります。なんのために巨大なガラスブロックが必要だったのか推測不能ですが、これだけでビビってしまいますよね。
さらに貴重な資料を発見しました。1番後ろのレンズから決像する場所までの距離が、なんとたったの4ミリだったそうです。4ミリのフランジバックをクリアするカメラってどんなものだったのでしょうねー。ま、レンズシャッターが既に付いているので、フィルムガイドの金属がむき出しでも撮影できるわけで、問題なかったのでしょう。
イメージサークルですが、ちゃんとライカ判の24x34ミリでの撮影ができたようです。ただ、このあたりの記述の翻訳にはちょっと自信なし。
「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」として発表されたのは、今から42年前の1966年のフォトキナであることが有力のようです。今年はフォトキナ年。開催は2年に1度で今回が第30回ですから、第9回に発表されたということになります。
そしてこのレンズの目的とクライアントです。クライアントはNASA、アメリカ航空宇宙局です。使用目的は、1968年12月21日出発のアポロ8号による月探査のためだということです。なんでも月の暗部を高感度フィルムの限界を超えて撮影するためにはとにかく明るいレンズが必要だった、が理由のようです。しかしながらこのとき使ったカメラとして広く伝わっているのは、ハッセルブラッド500ELと60ミリ、80ミリ、250ミリと言われています。来る月面着陸の調査のために数百枚撮られた写真の中で、いったいどの写真が「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」による映像なのか、全くわかりませんでした。
ということで、多くの文献や書き込みからまとめあげた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」についての話は以上です。今現在このレンズがどこにあるのか、過去何本作られたのかは、全くわかりません。夢のレンズとして、確かに存在したことは間違いなさそうです。
以上。
じゃ、面白みは半分ですね。
僕は特に映画ファンではないので、かるーく「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」が有名になったもうひとつの逸話も紐解いてみましょう。
あるとき、スタンリー・キューブリック監督は悩んでいました。完璧主義者の彼は「バリー・リンドン」の撮影には18世紀を再現するべくロウソクの炎のみで映画を撮りたい、というとんでもないことに悩んでいました。おそらく当時の映画用カラーフィルムと言えば、コダクロームでしょう。ISO80ぐらいだと思います。1秒に24コマ撮るのですから、写真では当然のシャッタースピードを遅くするという技は使えません。暗い中での撮影をするためにはどうしても明るいレンズが必要になります。
そこでキューブリック監督は当時から最高の映画用レンズを供給していたツァイスへ相談しました。ツァイスの回答は「NASA用に開発した明るいレンズがある」でした。他の話として、どうやらキューブリック監督は、「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」の存在を知っていたようで、ツァイスへ依頼して「バリー・リンドン」のために調達したようです。その後このF0.7をいたく気に入って、後の映画でも使ったそうです。また、別の監督が使いたくて貸して欲しいと願ってキューブリック監督の所へ行っても、決して貸し出すことがなかったそうです。
キューブリック監督の元へ届いた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」をスタッフが見て「NO」という答えをだしました。それは先の通り、レンズ後ろ玉とフィルム面までが4ミリのクリアランスしか取れないということは、映画キャメラに取り付けることが不可能なのでした。

奥がレンズシャッター付き、手前がシャッター無し
それでは納得しないキューブリック監督。スタッフはなんとかこの素晴らしい超大口径プラナーをキャメラへ取り付けるために、アリフレックス(と思われる)のレンズ取り付けマウントと、映画用のシャッターを改造しまくり、なんとか4ミリのクリアランスでも映画フィルムを回せるようにしたのでした。
すると次の問題が発生したようです。プラナーの焦点距離は50ミリですから、映画の駒はいわゆるハーフサイズ(18x24ミリ)なので、当然焦点距離が長くなります。つまり75ミリ相当であるということ。いくらセットとはいえ、広角レンズが使えなくては壮大感が出ません。加えて映画は1コマ18x24ミリで撮影したとしても、映写するととっても横広がりになりますよね。つまりアスペクト比が変化します。これは撮影時に特殊なレンズをシネレンズ前に取り付けて寸詰まり状態で撮影し、映写時にその逆のレンズを取り付けて正しいサイズへ引き延ばすことで、あの横広がりなアスペクト比を作り出しています。どうやらこの問題をクリアしなければならなかったようです。(ここは若干翻訳に不安あり)
この問題をまた極めて優秀な光学博士がクリアをさせて、いわゆるワイドコンバージョンレンズを「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」のために設計しました。これを使うことで、キューブリック監督は、同じF0.7という明るさで50ミリと36.5ミリという広角レンズを手に入れたわけです。

これがコンバージョンレンズ

これがプラナーにコンバージョンレンズを取り付けたアリフレックス
凄い努力と技術だと思いました。そりゃ人に貸したくはないわな。
正直このわかりにくい写真しかないのかと諦めかけていたら、なんとカラーの写真をみつけることができました。おそらくキューブリック監督のスタッフがツァイスのプラナーを分解してバレルに改造したと思われる、その姿です。

さらにネットの中から、このコンバージョンレンズの構成図を発見することができました。

確かに後半部は先にアップしてある「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」の構成図そのものです。その前にデーンと付いているのが、50ミリF0.7を36.5ミリF0.7にするためのコンバージョンレンズです。プラナーの前玉が76ミリということなので、コンバージョンレンズがどれだけ大きいか想像してみてください。
この36.5ミリと50ミリの開放値F0.7というレンズを使って、キューブリック監督は「バリー・リンドン」の撮影を希望通りロウソクの炎のみで行ったということなのでしょう。
ということで、長年探し続けた「Carl Zeiss Planar 1:0.7 f=50mm」についての研究は以上です。決して一般的なプラナーではありません。それほど表舞台へ出て来たレンズでもないのでしょう。しかし、当時はこのプラナーがなければ撮影が不可能だったという少なくとも2つの事実があったと言えます。ツァイスが世界最高の光学集団として、世界最大の実用的銀塩フィルムようレンズを設計したことに、心から感動しようではありませんか。
これ以上のことを見つけることは難しいと思いますが、さらなる研究は続けたいと思います。
そして、つづく・・・

いやぁ、今日の文章は銀治にとっても超大技でつ♪
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