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虚

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カテゴリ:虚  第一章
厭な朝だ。
まだ午前10時であるのに、咬(ぜん)はもう今日一日を終えてしまった様に疲れ切っていた。
一週間ぶりに見る校舎の、割と重い扉を押し外へ出る。
そしてずっと呑み込んでいた重い息を吐き出した。
春の柔らかい陽光が降り注いでくる。
其れすら、今の咬には毒だった。
重度の貧血からまだ回復していない身には陽光はクラクラとした眩暈しか与えない。
何処からか鳥の囀りまで聞こえて、爽やかさを演出していたが咬の気分はとても爽やかとは云えなかった。
学校から家までの帰路で初めて刺桐(しどう)達と出会い、非常な出血を起こしてぶっ倒れたのが一週間と三日前。
あれから四日間眠り続け、覚醒したのが六日前。
目覚めると何故か自分の寝室に弾城(だんじょう)が居て、訳も分からず甲斐甲斐しい看病を受けて三日間。(この間のことは意識が朦朧としていてあまり記憶がない。)
ようやく立てるようになったのが、三日前。
それでも歩くのは至難の技で、自然ベッドに張り付かされていた。
だがあれだけ眠っているのにダルさはとれず、顔は青白く、目の下には薄っすらとクマさえある。
まるで病人だ、と思ったところで咬は自分に突っ込んだ。
否、自分は病人であった。
何も考えることもできず、弾城達が何故か自分の家に入り浸りになっていることを不思議に思うこともなく・・・・・(ようやく気づいたのは昨夜だった)。
世間から離されて眠ってばかりいた咬を現実に引き戻したのが、昨夜の電話だった。
連絡も入れず、一週間以上も学校を休んでいたのでさすがに気になったらしい担任からの電話だった。
本調子ではない身体を引き摺って、わざわざ休日である学校に足を運ぶ羽目になったのはこのせいである。
昨夜の電話の様子で、あのまま放って置けば担任がマンションにまで押し掛けて来そうだったし、何より碌に物も考えられない頭でも、あの監視者の様な刺桐の視線を向けられているのが分かり、これ以上あれを浴びるのに疲れ切っていたのが要因だった。
元よりそばに他人がいるだけで苦痛なのだ。
この一週間以上、自分だけの空間が無かった咬にとって其れは拷問にも等しかった。
学校に行く少しの間だけでも良い、独りになりたかったのだ。
けれど其のささやかな願いに従った行動も咬は直ぐに後悔することになった。
教師からの話など、碌な事がない。
担任がやけに熱心に話し出したのは休んでいた一週間のことではなく、大学への進学のことだった。
電話で言っていた“大事な話”とは、この事だったのだ。
何度も大学へは行かないと言った筈なのに、である。
そもそも肉親も頼るべき縁者もいない咬にとってこの高校に通えていることすら奇跡なのだ。
亡くなった母が咬にお金を残してくれてはいたが、父も居ない、親族に頼ることもできない、しかも病弱な母が貯めたものなのであまり多くは無かった。
それに病弱だった母が自分のために貯めてくれていた、と思うと其れでは意味がないと分かっていても使うことはできなかった。
だから自分でどうにかしなくてはならず、実際生活費と学費をどうにかするだけで精一杯で、大学に行くほどの余裕などあるはずも無かった。
ここ一週間生死の境を彷徨っておきながら、咬が心配した事と言えば(自分の身のことではなく)、無断で何日も休んでしまったバイトが首になっているだろう事と、太腿と右腕の部分の布地が見事に裂かれた血染めの学生服のことだ。
あと一年も着ない学生服を買うのも馬鹿らしかった。
いっそ学校を辞めてしまおうかと思う始末だった。
其の考えがまだ消えていないから、未だ私服だった。
休日とはいえ、学校に来るのに私服はどうかとは思ったが、まさか夏の制服で来る訳にも行かず・・・・・(春と言っても、まだ肌寒く近頃は特に冬に逆戻りしたかの様に寒いのだ)。
仕方なく目立たぬ様に下は黒いものを履き、上は見えない様に薄手のコートを羽織った。
病院の帰りだと言うと担任は特に何も言わなかった。
それで、彼此一時間も担任と問答することになった。
よほど咬を偏差値の高い大学に行かせたいらしかった。
何度も惜しい、を連発する。
そんなことを言われても、行けないものは行けない。
生徒のことを思っているようで其の実、教師としての見栄とエゴしか考えていない言葉を聞くのが厭で、仕舞いには自分で持ち出したくも無い“家庭の事情”を自ら話す事で担任の口を止めた。
途端に同情的な悲痛な目で訴えてくる担任を、咬は見詰める事しかできなかった。
内心舌打ちを抑え、ウンザリする。
可哀想だとでも言いたいのか。
そんなのは貴方のただの偏見だ。
咬は自分を不幸だと思ったことは一度も無い。
いつも咬をイラつかせるのは自分の境遇ではなく、こういった貧相な想像力しか持たぬ周囲の無遠慮な他人だった。
・・・・・・・・何もかもが余計な御世話だ。
其の無責任な言葉で俺を救ってくれるとでも言うのか。
そんな実の無い言葉と態度で。
そんなものは偽善者ぶって自分が安心したいだけだ。

じんじんし始めた頭を押さえ、ため息をつく。
気分転換のつもりが、身体の重みがさらに増していた。
此の侭、家に帰るのも気が引けた。
家には刺桐か弾城かのどちらかがまだ居るだろう。
前者には今の精神状態のまま会いたくなかった。
冷涼な風が咬の頬をくすぐる・・・・・・。
ふ、と久しぶりに図書館でも行こうか、と思い至った。





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最終更新日  2005年09月10日 16時05分03秒
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