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2006年07月19日
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螺鈿細工や漆器、壁には水晶末で描かれた画が掛けられえもいわぬ静謐な雰囲気を醸し出している室内に襖から射し込む陽射しが、ふっ、と翳った。
まるで部屋内の重たい空気を察したように。
「で、あの阿呆の部下は何人殺された?」
焔蝶【クヌギ】のうっすらと口元に笑みを浮かべた問いかけに、さらに部屋の温度がすうっと下がる。
「さあ・・・・・、六、七人、という所でしょうか。」
焔蝶の陰惨な空気に負けず劣らず穏やかではなさ気な雰囲気を漂わせながらも、蒼炎【ソウエン】は静かに穏やかな微笑みを浮かべ、応えを返す。
只ならぬ空気が満ちている中二人の笑顔だけは本物で、もしこの光景を見る者がいたならそこはかとない恐ろしさに肝が冷える所か腰を抜かしたかも知れなかった。
何より、口にしている内容と笑顔が噛み合っていないのが更に恐ろしい。
「進退窮まってる朱樺【シュカ】の連中にしちゃあ上出来じゃねぇか。」
己の血筋の者が殺されたというのに、手酌で酒を飲む焔蝶の口元に浮かぶ笑みは心底本物だった。
数日前になって、行方不明になっていた蒐【シュウ】家の長男の取り巻きである参謀の男たちが死体で帰ってきた。
一気に同じ派閥の男が十人近くも姿を消すのが普通でなければ、死に様も普通ではなかった。
焔蝶も今朝それを見て来たが、その死体を見ただけで殺した者の思惑が理解でき、その暴挙の意味に堪え切れず哂った。
死体を前に哄笑する主を見てしまった部下たちは、さぞ肝を潰しただろう。
群れをなす死体共は全て、骨魚のような有様だった。
骨と心臓だけを残して血肉を削ぎ落とされて水槽の中を泳ぐ骨魚のように、男たちの死体は全て皮膚を剥がれ肉を削り落とされていた。
しかもその切り口は尋常ではなく奇麗であり、部分部分の出血は少ない。
恐らく、男たちは身体中を肉を削ぎ落とされるまで生きながらせられたのだろう。
骨魚のように。
一番最初に見つかった死体だけは鼻を削ぎ落とす特に失敗したのだろう、傷口がいきなり深くなり多量に出血したようだった。
だが、彼は一番幸せであっただろう。
地獄の恐怖と激痛から最も早く抜け出せたのだから。
だが、その後からは手元が狂ったような傷口は見つからなかった。
二人目からはそのような失敗は見つからず、あまりに見事な切り口だった。
哀れな死に方をした男たちは、全て蒐家の長男の取り巻きである。
その顔に焔蝶も蒼炎も見覚えがあった。
長男が市井のゴロツキばかりから集めてきた男共はどれも蒐家の宗主である焔蝶や参謀である蒼炎が気に留めるほどの者たちではなかったが、ある事件を皮切りにその全ての人となりを知ることとなった。
“蒐家の長男が朱樺の御子を強姦して、犯し殺し掛けた”などという実のある噂が響き渡り蒐家内だけではなくよりによって“朱樺”の地まで届いてからは。
長男が相手にしたのがただの村娘などなら問題はなかった。
蒐家は何の問題もなく、その件を揉み消しただろう。
だが、そうはできなかった。
その相手はよりによって、九年間もの間、人質として捕らえていた朱樺【シュカ】家の幼い宗主の御子・・・・・氷翠王【シャナオウ】だった。
九年前、朱樺から奪いそのまま今の年の春まで北の地で監禁されていた“彼”である。
“彼”を此処に置いているのは大義名分とは言え、九年前の朱樺家との確約の書には“今は幼年の宗主しか持たぬ朱樺家を他家から守るため”とある。
条件を拒めば朱樺の地を我らが攻めるという暗なる脅しと共に・・・・・・・・、それを拒める力を宗主とその御母堂を亡くした朱樺家は持っていなかったのだ。
そうして朋友の契りを結んでいた朱樺家を、今度は蒐家の国であるという血族の契りを結んだのだ。
そうして半ば以上一方的に結んだ契約だが、唯一つ朱樺家が提示してきた条件がある。
曰く、“亡父の御形見、現宗主の絶対の無事を約すること”。
つまり、氷翠王【シャナオウ】だ。
そうして氷翠王が成人するまでの間の朱樺の地を有する権利を蒐家は得たのである。
その“彼”の無事を約するどころか、“蒐家の長男が朱樺の御子を強姦して、犯し殺し掛けた”のである。
そしてそれに加担していたのが、今回死体で発見された男たちである。
しかも長男には隠して、“彼”を輪姦(マワ)していたのだ。
とくれば殺された男たちは、証拠など残されていないが朱樺家の報復であろう。
そして何より、あの骨魚を模した殺し方は、朱樺の地に伝わっている主に背いた大逆を負った罪人に対する極刑とまったく同じやり方だった。
隠しもしないこの朱樺家のやり方は、蒐家に事後の相応の始末の仕方を求めているのだ。
今、朱樺家は蒐家の支配下にあるとはいえ、この後の事後処理の仕方を誤れば朱樺家は叛旗を翻すだろう。
朱樺衆が今の今まで逆らわなかったのは人質になった宗主の忘れ形見である遺児、氷翠王の無事を慮っていたからである。
その保証が今回、長男とその取り巻きの行動によって覆されたのである。
“彼”の安全が保証されないのならば、大人しくしている理由は朱樺にはない。
一族郎党討ち死にの勢いで蒐家に向かってくるだろう。
“鉄の結束”とも謳われた朱樺衆の宗主への忠誠は生半可なものではない。
ただでさえ蒐家に鬱憤の溜まっていた上、一騎当千の武者である朱樺衆のこと・・・・・・・、想像に難くない。
故に、事後処理と朱樺家への面子のために、九年間朱樺から奪いそのまま今の年の春まで北の地で監禁されていた“彼”をやっと蒐家の本家の地と屋敷に入ることが許したのは、朱樺に“彼”を然るべき対応をし迎えていると知らしめるためである。
・・・・・・そうして、もう数ヶ月か数年もすれば“彼”には蒐家の中でも然るべき身分が与えられる。
これは決定事項である。
こうしなければ朱樺家は納得すまい。
その事情がなければ、いまだ“彼”は北の地で監禁されていただろうが、恐らく死ぬまで。
だが今や“彼”は蒐家の十二代目候補だ。
否、正確には蒐家の宗主の番【つがい】・・・・・・・・・正妻である。
神人である“彼”は、女でもないが男でもない。
子ができないことを除けば問題はない。
すでに我が子が何人もいる焔蝶からすれば問題は皆無に等しい。
ただ一つ、問題は、氷翠王の“格”である。
妾などなら、そんなものは構わないし、焔蝶は“彼”を中枢に喰い込ませる気など端からなくお飾り程度にしか据える気はないが、仮にも正妻である限り、こっち側の世界の人間たちが動かされない人物では困るのだ。
宗主がいない時、その血筋の者を総括するのが宗主の番である正妻だ。
要するに、裏で立ち回る賢さはいらないが、愚物にもようはない。
“彼”に要求するのは、荒くれ者ばかりの裏世界の人間を納得させるだけの風格か、人を魅了するだけの妖しい血である。
頭は回らずとも良い。
否、その立場から回られると困る。
下手を打てば内から朱樺の血筋である“彼”に蒐家を篭絡されるかも知れぬからだ。
だが、代目を引き継ぐだけのカリスマ性だけは欲しいのだ。





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最終更新日  2006年07月19日 20時14分27秒
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