見どころは「痛さの描写」(『隣の家の魔法少女』感想)。
こんにちは。蛸壷屋評論家の足立淳です。 コミックマーケット80、サークル蛸壷屋さんの新刊「隣の家の魔法少女」。今回は今年のヒットアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」を題材にすると事前に発表していたこともあり、読者の方々から相当に期待されていた1冊。それを読み終えたので、夏休みの読書感想文がわりに書こうと思います。 結論から先に書くと、素晴らしかった。蛸壷屋さん(作者ご本人と話をする時は作者名の『TKさん』と呼ぶのだが、ここでは通りのいい『蛸壷屋さん』で統一)の二次創作の、対象となる原作へのアプローチの基本は「裏ルート」である。そして私は、毎回どのような切り口で、原作の裏ルートを描いてくれるのかを楽しみにしているのである。以前の「けいおん! 3部作」や「俺と妹の200日戦争」などでは、そのアプローチは「原作への反抗」だった。 「けいおん!」の平和な日常に「何が放課後ティータイムだ」とケンカを売り、「俺妹」の「ナマイキな妹」には「ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃねえぞ」と、胸ぐらをつかんで引きずりまわす。そう言った嗜虐趣味を全開にして、原作に「鉄槌」を下していた。乱暴で鬱でバッドエンド。しかしそれが、原作の甘っちょろさに不満を持っていた読者たちに受けた。原作の漫画や小説を楽しみながらも、「ちょっと都合良すぎじゃねえ?」と思っている人たちに。それがここ2年ほどの、蛸壷屋さんのパロディ漫画。 けど、今回の「隣の家の魔法少女」は、それらとはかなり趣きが違う。まず、原作の「まどかマギカ」自体が、相当に鬱な展開を含んだストーリーで、調子に乗っているキャラクターもいない。だからなのか、ネットでも「蛸壷屋はどう料理するのか?」という期待と不安が入り混じった予想も、いくつか目にした。 それで結局、蛸壷屋さんは「まどかマギカ」を、どう料理したのか。 「肉体の痛さ」をこれでもかこれでもかと、しつこいほどに描いたのである。 「苦痛(いたみ)とはなにか 知ってるつもりになっていないだろうか?」というフレーズで始まる冒頭。そこではさやか、杏子、マミの「苦痛」を描いているが、「さやかの報われない片想い」や「杏子の絶望」などの「心の痛み」よりも、マミの「自動車事故で身体を挟まれた痛さ」すなわち「肉体の痛み」こそが「苦痛」と捉えていることは明らかだ。そして、過去の作品を見ても、蛸壷屋さんは、殴ったり殴られたり、斬ったり斬られたりという場面や、それによる「痛み」を、やたらと描きたがる人なのだ。そんな蛸壷屋さんが「まどかマギカ」を見て、いちばん不満に思い「ここを描こう」と決めたのが「読者に痛さの伝わる描写」ではないかと。 原作の「魔法少女まどか☆マギカ」。蒼樹うめ先生デザインの可愛らしい魔法少女たちは、魔女や他の魔法少女たちとは、ほぼ全て「劇団イヌカレー」の描く、グロテスクでキッチュでファンタジーな空間で、格調高いBGMの流れる中で戦う。そしてその戦闘シーンも、ハデだが流血はなく、肉体的な痛さも極力感じないように描かれている(だからマミさんの首チョンパがネタになったりする)。 しかし蛸壷屋さんは、キャラ同士を戦わせる時は、必ずといっていいほど、学校や公園、空地、山の中、河原など、「リアルな場所」を舞台に選ぶ。そして、殴られた場所は赤く腫れ、切られた所からは血が出る。創作漫画「Outsider」では、ヒロインの子が魔物に襲われて小指を無くす描写まである。 「隣の家の魔法少女」では、主人公のまどかは執拗に虐げ続けられる。おそらく読んだ人は一様に「痛そう」「辛そう」と感じるだろう。かなり引いてしまう人もいるだろう。けど、やはりこれを読んでしまうと、これまで「単に可愛いだけでなくシリアスでダークなストーリー」だと思っていた「魔法少女まどか☆マギカ」も、「甘口の魔法少女もののひとつ」に過ぎないと思わされる。原作に描かれていない「裏ルート」を描く蛸壷屋さんにとっては、命をかけて戦っているくせに原作じゃ都合良く無視してきた「痛み」こそが「描き所」だったのではないか。 だから、「けいおん! 3部作」のような分かりやすさはないけど、堂々とした「蛸壷屋作品」だと思う。 ただ、今回のこの本は、これまでの「よく描いてくれた」というよりは「なんでここまで描くの?」という感じでもある。あえて「不快感」をそのまま残している。蛸壷屋さん本人も、「読者がかなり離れるかもしれない」とおっしゃってたので、分かってて描いたのだろうけど。 最後に。作中の主役二人、「囚われ」のまどかと「解放」のほむらの役割を、「逆」にした方がよかったんじゃないか? と思いました。