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LOYAL STRAIT FLASH ♪

LOYAL STRAIT FLASH ♪

第五章

224 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:00:30.50 ID:psNSxvjO0


     第5章 ロマンチック


僕がバーボンハウスに勤めだしてから何日か過ぎた。
何日かなんてあいまいな表現をされてもしっくりこない、と言うなら1週間以上2週間未満と言い換えてもいい。

とにかくこの間。
僕は便器にこびりついた汚れをそぎ落とし、誰もが靴を履いたまま歩き回る床にモップをかけ、
葱を刻み、狭い洗い場を右往左往し、
バケツで汚水をぶっ掛けられたように全身水浸しになる頃ようやく解放される。
そんな生活を繰り返していた。

勿論ツーさんの一人漫才に耳を傾けたり、空想の中でしぃちゃんの胸に顔を挟み込んだり、
何もしてないのにツンさんに睨まれたりするのは
1年以上異性と関わりを持たない生活をしてきた年齢=童貞にとって
ちょっとしたレボリューションではあったけれどもとにかく単調な1日をループする日々だった。

ブログのチェックも毎日欠かさない。
しかし、4日目にして早くもネタに詰まり更新が止まったブログに興味を示す暇人はこの日本中にそう多くないらしく、
アクセスカウンターの開店は連日1桁止まり。コメントは初日に1件あったのみで完全に停滞している。

出勤初日こそ慣れない仕事の連続で自信を失っていた僕だけれども
日を重ねる毎に『天才料理人の本業は掃除や皿洗いではないのではないか?』と言う考えにたどりつくに到り、
毎晩の食事をコンビニで購入した冷凍ピラフをフライパンで炒めながら醤油や黒胡椒でアレンジしたりして

( ^ω^)『うまいおwwwやっぱり僕って天才だったんだおwww』

などと半ば妄想的な思い込みで自分を過大評価していた。

225 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:02:29.14 ID:psNSxvjO0
 そんなある日のことだった。

( ,,゚Д゚)『おい。内藤、ちょっと待て』

いつもの様にランチタイムの喧騒をなんとか乗り切り厨房を出ようとしていた僕は
入れ替わりで出勤してきたコックに呼び止められた。
中肉中背、全スタッフ内でショボンさんに次いで年長者のこの男は
冷菜担当スタッフとしてショボンさんが頼み込んで籍を置いてもらっているとツーさんから聞いた記憶がある。
派手な金髪と両耳に隙間なくつけられたピアス。僕の苦手なタイプだ。
名前はなんていったっけ?

( ,,゚Д゚)『お前、これ見ろ』

すごく・・・大きいです・・・などと言える空気ではないらしい。
指差した先にあるのは僕が今の今まで悪戦苦闘していた洗い場だった。

( ,,゚Д゚)『シンクにベットリ油カスがこびりついてるよな?ゴミだってたまってるじゃねぇか?
     引継ぎの際は自分が汚した場所は綺麗にして引き継ぐ。それが常識ってもんじゃねぇのか?』

掃除してゴミ捨てろ。つまりはそう言いたいらしい。
だったらストレートに言えばいい。回りくどい言い方が嫌味に聞こえた。第一僕はもう勤務時間外なんだ。

( ^ω^)『・・・終わりましたお』

( ,,゚Д゚)『終わったか。じゃあ包丁持って来い。葱2ケース。全部切り終わるまで帰ることは許さん』

なんだコイツ?
その傲慢な物言いにアドレナリン値が急上昇するのが分かった。



229 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:04:35.92 ID:psNSxvjO0
('A`)『ちょっと待ってくれ、ギコ』

そうだった。こいつの名前はギコだ。ドクオの後ろではツーさんが助けを求めるようにキョロキョロしている。

('A`)『そいつはまだ入って2週間もたっていないんだ。その仕事は俺がやる。だから・・・』

( ,,゚Д゚)『黙れドクオ』

('A`)『・・・・・・!!』

( ,,゚Д゚)『内藤がまだ入社したばかりなのは知っている。
      トレーニングを任されたお前が自分の休憩時間を削ってこいつのフォローをしている事にも口は挟まん。
     俺が問題視しているのはこいつの勤務態度だ。俺は1週間我慢した。でもコイツには一切の進歩が。進歩しようと言う気持ちが感じ取れん。
     俺はそんなヤツと仕事はしたくない。文句があるなら辞めてもらって結構だ』

やる気がないじゃわけじゃない。仕方ないじゃないか。

(´・ω・`)『ドクオ。済まないがギコの言う事にも一理ある』

そう言ってきたのはショボンさんだ。

(´・ω・`)『内藤君。そういうわけだ。僕は何も結果だけで全てを評価する気はない。でも、ギコの言葉を否定したいなら形で示してほしい』

( #^ω^)『・・・分かりましたお』

僕は渋々包丁を取り出しまな板の前に立った。

('A`)『・・・手伝う』

ドクオがそれだけ言って僕の横にまな板を持ってきて、僕らは2人並んで葱を刻み始めた。

231 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:06:15.23 ID:psNSxvjO0
 ( #^ω^)『・・・くそっ・・・くそっ・・・』

以前よりマシになったにしろ、僕は未だに重すぎる包丁を扱いきれずにいた。
さらにどうやらまな板の中央が磨り減っているらしく、どんなに力をこめても葱は暖簾状にくっついてしまうのだ。

横を見ればドクオは5本の葱を纏めて小口切りにしている。
そのリズムは軽快で尚更僕を苛立たせた。

('A`)『・・・切れねぇか?』

手を休めずにドクオが話しかけてくる。

( ;^ω^)『どうやらまな板が凹んでるみたいでうまく切れないお』

飾り包丁だな。そんな冗談だか真面目だか分からない、
もしかしたらこの弓状列島のごく一部では大爆笑かもしれない言葉を呟きドクオは手を止めた。

('A`)『場所変わろう。こっちのまな板でやってみろ』

しかしそれでも結果は同じだった。
常に一定のリズムで包丁を前後させるドクオ。
呪いの言葉を吐きかけながら包丁に遊ばれている僕。

切り終わった葱の1片だけを見ても違いは素人目でも分かる。
1ミリにも満たない薄さで形を保ったままのがドクオ。
いいトコ2ミリの厚さで潰れているのが僕。

( #^ω^)『くそっ!! いいかげんちゃんと切れるお!! このバカ包丁!!』

焦れば焦るほど。苛立てば苛立つほど切れ味を鈍らせる包丁を見て、僕は『この包丁はダメだ』と結論を出した。

235 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:07:43.24 ID:psNSxvjO0
 ( #^ω^)『ドクオ』

なんだ?
卓越したピアノの演奏家のように腕を動かしリズムを奏でつつドクオが返答する。

( #^ω^)『どうやらダメなのはまな板よりも包丁みたいだお。交換してくれないかお?』

('A`)『でも・・・』

言いたい事は分かる。
ドクオが使っているのはどうやらドクオ個人の私物らしき中華包丁。
僕の手にある牛刀とは全く形状が違う。

ちゃんと使えるのか?

言葉には出さなくても戸惑いを見せる目がそう語っていた。

( #^ω^)『こんなに切れない包丁じゃ仕事にならないお』

どのみち、この牛刀ですら使いこなせていないのだ。
であれば切れ味がいい包丁を使ったほうが作業効率はいいはず。

( ^ω^)『・・・お願いだお』

しつこい僕にドクオは溜息を1つ。。

('A`)『俺の宝だ。大切に使ってくれ』

小さく首を振りながらそう答えた。

237 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:08:50.48 ID:psNSxvjO0
 単刀直入に結果から言おう。
うん。何も変わらなかった。
牛刀以上に重みを持ち握りの高さがある独特の形をした中華包丁は僕に扱える代物ではなく、
指を切らないようにするのが精一杯。
普段オナヌーで鍛え上げていた筈の手首も悲鳴をあげ始めていた。
半ば無理矢理交換してもらった手前、ドクオに再交換を申し出るのも気が引ける。
そのドクオも丁寧な仕事振りは健在とはいえ
切れ味が悪い包丁のせいか、久々に握った様子の牛刀のせいか見るからにペースが落ちていた。

( #^ω^)『くそ・・・なんで僕がこんな目に・・・』

僕は料理をしたいからここに入社したんだ。葱を切る為に入社したわけじゃない。
右も左も分からない僕に無理難題を押し付けても出来る訳ない。考えればすぐに分かることじゃないか。
第一僕はもう勤務時間外なんだ。労働基準法違反で訴えてやる。
それにしてもムカつくのはあの金髪DQNだ。
・・・くそっ。
・・・くそっ。・・・くそっ。
・・・くそっ。・・・くそっ。・・・くそっ。

( ,,゚Д゚)『いつまでタラタラやってんだ!! じじいのファックの方がまだ気合入ってるぞ!!』

             プチン
僕の中で何かが切れる音。

( #°ω°)『うるさいお!! 今やってr』

僕の右手に何かがぶつかった感覚がした。
え・・・?
まな板に置いた筈のそれはすいこまれる様に床に落下していく・・・。


249 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:16:11.68 ID:psNSxvjO0
 重力に引かれ落下したそれは衝突の後1回・2回と床に弾み、まるで余韻を楽しむかのように数度コンクリートの床上で踊った。
妙にゆっくり目に映っていたはずなのに僕はそれを呆然と見つめるだけ。
そう。それはドクオの中華包丁。

( ;°ω°)『あ・・・あ・・・』

水浸しの床に膝を付き自らの宝物と言っていたそれを拾い上げるドクオ。ここから見ても刃先が大きく欠けているのが分かる。

( ,,゚Д゚)『・・・内藤・・・てめぇ・・・』

( ;°ω°)『僕が・・・僕が悪いんじゃないお』

ドクオは俯き包丁を見つめたまま顔を上げる気配もない。

('A`)『・・・黙れ』

( ;°ω°)『べ、弁償するお・・・だから・・・』

('A`)『黙れって言ってるだろ!!!!!』

空気が震えた。その大声に何事かとホールから覗き込まれる。

( ,,゚Д゚)『・・・内藤。お前今日は帰れ。明日までに頭冷やして来い』

僕が・・・僕が悪いのか? 僕は・・・僕は何も・・・

( ;°ω°)『う・・・う・・・う・・・うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』

僕は叫び誰かを弾き飛ばし厨房を逃げ出た。
もう嫌だ・・・こんなバカな事やってられない・・・辞めてやる・・・辞めてやる・・・。

252 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:17:15.25 ID:psNSxvjO0











              僕が翌日部屋から出る事はなかった。
              何度も何度も携帯が鳴っていたけど全て無視した。
              床に吸い込まれていく包丁。
              初めて聞いたドクオの大声。
              それが延々とフラッシュバックする。
              怖くて怖くて一日中布団の中で膝を抱え震えて過ごした。














255 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:18:51.30 ID:psNSxvjO0
全ての営業を終え客席の明かりも全て消えたバーボンハウス。
厨房の片隅だけ明かりを灯し、なにやら一心不乱に作業する細身の男がいた。

(*゚∀゚)『ドクオ君・・・もう帰ろう』

無言。

(*゚∀゚)『言いたくないけどさ・・・ステンレスでそんなに大きく欠けたら個人じゃ治せないよ・・・』

返答はない。

(*゚∀゚)『ドクオ君まで体壊しちゃうよ・・・昨日も徹夜でそれやってたんでしょ』

沈黙。

(*゚∀゚)『今度のお休みに業者さんに頼もう? ね?』

('A`)『・・・ツー。悪いけど放っておいてくれないか?』

その言葉からは自らの考えを曲げようとしない強い意志が感じ取れる。

(*゚∀゚)『わ・・・わかったよっ!! バースペースで待ってるから帰る時呼んでねっ!!』

それだけ言い残してツーは厨房を飛び出た。

ドクオの耳にその言葉が入ったかは分からない。

ただ、彼はひたすらに包丁を研ぎ続けた。
ごめんな・・・ごめんな・・・と呟きながら。


260 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:21:48.47 ID:psNSxvjO0
 バーボンハウスの売り物の1つが一流ホテルにも引けを取らないバースペースだ。
世界各国から取り寄せた酒類・特にバーボンの品揃えには自信があったし、
物静かにシェイカーを振るう女性バーテンダーの技量はバー経営者ならどんな手段を使ってでも引き抜きたい、
そう思わせるに十分なものであった。

このバースペースは一日の仕事を終えたスタッフの溜まり場としても有効利用されているようで、
宝石の輝きをした瞳のバーテンダーを前に、カウンターテーブルに並んで座る男が2人。
彼らの後ろでは1人用のソファに体をうずめた女性が不機嫌そうに爪を噛んでいる。

(´・ω・`)『結局彼は電話にも出てくれなかったよ』

横に座る男は『そうか』とだけ呟いてグラスに口をつけた。

( ,,゚Д゚)『ドクオには悪い事しちまったかな・・・』

(´・ω・`)『それは君が気にかけなくてもいいだろう』

それよりも

(´・ω・`)『スタッフの心情にはもっと気を使ってくれ。昔のように鉄拳制裁で育成する時代じゃない』

君の苛立ちも分かる。だけどその結果があのどんよりした厨房の空気だ。これじゃ貧乏神しか寄り付かないよ。

( ,,゚Д゚)『・・・すまねぇ』

(´・ω・`)『過ぎてしまった事は仕方ない。あとはなるようにしかならないさ』

雨降って地固まるといけば良いのだが、どう考えても雨の勢いが強すぎて堤防決壊寸前と言った所だ。
人材育成計画を練り直さないといけないね。そう考えながらショボンはグラスに注がれたテキーラを一息に飲み干した。


264 名前:料理 ◆RDnvhIU7bw [] 投稿日:2006/12/30(土) 18:24:55.85 ID:psNSxvjO0
(*゚∀゚)『にょろ~ん!! お待たせぇ!!』

片手にぶら下げたハンドバッグを振り回しながら元気娘が登場した。

いやぁ!! 参ったよ!! ホント頑固でさっ!! あ、あたしモスコーミュールねっ!!

そんな風に叫びながら親指の爪を噛み続けるツンの前に腰を下ろす。

(*゚∀゚)『こりゃ長期戦だねっ!! 今夜もここに泊まりになりそうだ!! あ、ツンは帰っていいからね!!
     あたし? あたしはドクオ君待ってるさ!! 戦友だし、お師匠様だし、約束しちゃったしね!!
     やっぱりこの優しいツー様としては見て見ぬフリもできないんだよねっ!!
     ドクオ君はあたしの目標だから、その目標が落ち込んでるのは我慢できないんだよっ!!
     あ、ブーちゃんを恨んだりはしないよっ!! それとこれとは話が別さっ!! 本人どおしで話つけるのが筋ってもんだよ!!
     でもね!! あたしはブーちゃん嫌いじゃないよっ!! 異性としてとかじゃなくてさ!! 
     ほら! あたし・・・ずっと追い回・・・しやってきたじゃん!! だから・・・後輩・・・来・・・ずっと楽しみでさ!!
     ・・・さんにん・・・で仕事して・・・嬉・・・くて・・・!! ドク・・・も・・・あんなだけど・・・楽しそ・・・で・・・あたし・・・』

一言も口を開かず話を聴いていたツンは静かに立ち上がり、その成長の止まった胸にツーの顔を抱きかかえた。

ξ゚△゚)ξ『・・・こういう時は無理しなくていいのよ』

無理・・・なん・・・してないにょろ・・・泣い・・・・・ない・・・嫌だ・・・嫌だよ・・・

知らず知らずのうちにツーはツンの背に腕を回ししがみついていた。

ξ゚△゚)ξ『・・・大丈夫だよ。大丈夫』

(´・ω・`)『・・・・・・雨が降ってきたみたいだね』

耳を澄ますと雨の音。それからは誰も口を開かず、ただ雨音と小さな嗚咽だけが店内に響いた。





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