SF「恐竜境に果てぬ」 序章第2節1・2

SF「恐竜境に果てぬ」 序章 第2節・時空理論その1「時間旅行計画 」

中古バイクをやや加速して進むと、やがて行く手に見慣れたログハウスが見えて来た。ログハウスと言えば、バブル景気たけなわで別荘ブームだったのかどうか、一時期軽井沢に続々建って林立した別荘群の中には、それこそ丸太小屋同然の安っぽい代物が随分目立った。それに比べると、富士山の麓の朝霧高原の地価の安さのせいもあろうが、田所のログハウスは、もう少しだけ大きくセンスも良いものだった。

そのログハウスの玄関先に、このごろは前もって訪問の連絡をしておくと、たいてい田所が、長身痩躯(そうく)の姿をスラリとしたモデルのように見せて、出迎えるように立っていた。用件はいちいち予告する必要はなく、彼の都合が良ければ気軽に出かけることが出来た。だが、今回はいつもとやや違う光景だった。

彼の家までのしばらくの林道は、実に舗装路にしてあり、オフロード・バイクでない私のナナハンには、ありがたい路面状況だった。
私はいつものクセで、ゆっくり停止した直後、アクセルをブオンと空ぶかしし、キーを回してエンジンを切った。そして次には例えばこんな会話が始まる。

私「なんだ。わざわざ出迎えてくれる・・・というよりは、腕組みしてこちらを最前からジッとにらむように突っ立ってる姿は、自首して来たバイク引ったくり犯人を待ち構える刑事・・にも見えないか。何だ、どうして玄関に出てる ? あ、それともこれから畑か・・」

田所「黙って聞いてりゃ、一人でべらべらと良くしゃべる男だ。お前こそ何の用で来た ? 」
ほぼ毎回、軽いののしり合いのようなあいさつで、私たちの行き来のたびの会話が始まるが、そこは互いに慣れたものである。

ところが本日はその出迎えがない。玄関の戸は多分鍵こそかけてないものの、きっちりと閉じられたままだった。たとえ畑などで作業をしていても、彼はビデオカメラのようなもので常に接近者をチェックするように用意周到だから、私のような知人ならなおさら、ほったらかしということはなかった。小心者の私は、もうこれだけで、スムーズな訪問の会話に入れないのではないかと不安になり始めていた。
その持ち前の不安な気持ちが違和感に変わった。

ムカシムカデ

すぐ近くの草むらでガサガサッという音がして何かがこちらへグーッと伸びて来た。一瞬コブラを見たと思ったが、大きさや形が尋常ではなかった。
恐ろしく扁平な節足動物が、コブラが鎌首をもたげるように伸び上がって、私の背丈ほどに迫っていた。

戦慄に全身が硬直したと言いたいところだが事実は違っていた。既に田所の驚異の技術によって、太古の水棲竜や巨大な竜脚類恐竜を見て来た経験がある。
今後、彼を訪ねる時は思いもよらぬ怪物を見ることもあるだろうと、むしろ心構えがある程度出来ていた。
とは言え、このムカデともヤスデともわからぬ太古の化け物をのんびり観察する余裕のあるはずもない。まだ私はバイクを降りたばかりだったので、さしたままのキーを回してエンジンをかけ、そのまま右ハンドルのアクセル・グリップを思い切り吹かした。

ナナハンのエンジンが瞬時に1万回転ほどに達した排気音の凄まじさに驚いたか、巨大な節足動物はあっというまに、姿を消していた。正直ホッとした。
この時、異形(いぎょう)のものを見た不快感と恐怖がようやく襲って来たが、ショックはそれほどでもない。次には考えを巡らす余裕が出て来た。今のは間違いなく田所の呼び込んだ太古の化け物虫だろうが、あれは何だったのか。

田所「やはり来てたか・・・。済まぬ。きょうは畑の野菜の収穫が思いのほか多くてな、お前が来るところをチラと携帯センサーで見つけてはいたのだが、あとは作業に気をとられていた・・・。どうした、何んだか顔色が悪いな・・・もしやあれでも見たか・・・」
容姿端麗な田所ではあるが、カゴ一杯の野菜をヒモで肩にかついだ姿は、せいぜい第二の人生に百姓を選んだ定年直後の年配者といったところか。

田所はそれ以上私を気遣う様子もなく、野菜のカゴをかついだままログハウスの裏手に駆け出して姿を消した。それを見て彼の口癖を思い出した。「今のハウスメーカーの一戸建てには、玄関だけで裏口のないものが少なからずある。家というものは、表と裏に出入り口がなければダメだ」と。
なお、裏口は研究室に通じている。

研究室とは言っても、彼がそう呼んでいるだけであり、ログハウスを彼自ら、皮肉を込めたようによく表現する『丸太小屋』と呼ぶなら、研究室は、その丸太小屋の一室にしては妙に中が広いだけが取り得というくらいで、そのだだっ広い空間には、機械や材料などをところ狭しと置いてある倉庫のようなものだが。

やがて田所は今度はカゴをどこかにおろしたようで、身軽になって戻って来た。
田所「おお、うっかり時空バリアの調整スイッチを入れっぱなしだった。もう出て来ないから安心してくれ」彼はややいたずらっぽく言った。
私「田所、俺はあのダンゴムシの化け物のようなヤツを何かで見たことがあるよ。あれは三億年ほど前の多足類の一種じゃないか ? 」
田所「その通りだ、よく知ってたな」

サソリとムカデ

私「なあ、あれはやはり太古のムカデなのか、ムカデの祖先か ? 」
田所「実はムカデでもヤスデでもなく、三葉虫の系統に近い、ワラジムシの仲間らしいが、詳しいことは、何しろ化石でしか見つかってないから、種別の特定はむつかしいそうだ」

私「それにしても肝を冷やした・・・」
田所「ああ、お前の建てた家(うち)は、15cm大の大ムカデによく悩まされたと聞いていたから、さっきのはなおさらだったろうな。俺も初めて出くわした時は全身が凍りついたが、まるでコブラのように頭部を持ち上げて威嚇行動を見せはしたけど、今のムカデのような毒はないようだ。それに葉っぱを食べるかなりおとなしい虫ということもわかった。つまり草食だ」

田所は話題を変えた。
田所「ところで、ただ行くと連絡しただけで、きょうは何の用で来たのだ ? 」
私「ずいぶん、ごあいさつだな」
田所「お互いさまだ。お前、まだ土地も確保してないのに、先に青写真か図面でも引いたのか・・」
私「いや、そうじゃない。太古の動物たちを現代に呼ぶには、どんな操作をするのか、肝心のところをお前に聞かないままだったから、その方法を聞きに来たってわけだ」

田所「それなら答えは簡単だ。先史時代への旅に出る。旅に出るからには足が必要だろ ? 」
私「ええっ ! まさかタイムマシンか何かでってことか ? 俺はまたタイムトンネルみてえの作って、ジープみてえな車で出かける程度かと思ってた。第一お前、最初に呼び込んだ水棲ハ虫類のプレシオサウルスなんかは、お前自身は現代にいたまま操作したって言わなかったか・・・」

私は実は心の中では『タイムマシン』という文字通り空想科学の世界のものとしか思っていなかった機械製造の話に、例えようもない興奮を覚えていたが、いっぽうで、田所ならそれくらいの発明はやるかも知れないと、さめた気持ちも働いていた。ともかく彼の言葉を待った。

田所「それは初めは確かに偶然の出来事だったがな、つい先日呼び出したブラキオサウルスになると、あらかじめ意図してかからねばならぬ。現実にはここからの操作だけでは限界があるとわかったから、俺は実は試作段階――とは言っても、構造や性能は実用可能にしていたからこそ使ったのだが、その試作タイプのタイムマシンで、一度は中生代に行って、各種計算した上で、現代から操作してお前に見せたのだ 」
私「そうか、タイムマシンか。それもジープモドキじゃダメなのか」
田所「全く不可能というわけでもないがな、アフリカのサファリじゃないんだから、かなり頑丈で安全な乗り物が適している。で、今建造開始したばかりの車両は、もっと装甲を施したり、ほかにもいろいろ、兵装や車輪に工夫を与えるつもりだ。まあ、俺もほんのヘタなイラスト程度だが、画鉛筆で描いたのがあるから、見てみろよ」

タイムマシン側面図
私「田所、お前のセリフじゃねえがな、このタイトルの『無限軌道帯』というのは言葉の重複だろが。『無限軌道』か、もっとなじんでいる『キャタピラ』と言えばいいんじゃねえか」
田所「俺は細かいことは気にせぬ」
私「はいはい、わかりやした、逆らいはしませぬ」
田所「一つ断わっておく。お前がよく使っている『キャタピラ』という言葉は、無限軌道つまり履帯(りたい)を意味する普通名詞ではないぞ。キャタピラという言葉は正しくは登録商標されているものだ」
私「ええ ? そうなのか。さすがだな。・・・ところで田所、『履帯』って何んだ ? 」
田所「ネット検索でもしろ」




田所の家に入ると、研究室ではなく、書斎として使っている部屋に通された。
彼が殴り書き程度に描いたという画用紙の絵を見て驚いた。
私「これは凄い代物だな ! ちょっと見たところではまるで陸上自衛隊の装甲車だ」
田所「ただし、悪路に強い車輪とキャタピラを随時交換出来る装備にしてあるし、気密性・水密性を施して、完全な水陸両用で、しかも潜水航行可能だ」
私「まるで超小型の海底軍艦だな。・・やっぱり来て良かったよ。・・・この計画は当然だがお前の存在なしには実現不可能ってことを、改めて痛感したよ」

田所「ただ、お前の負担も増えるぞ。つまり、この探検車のミニチュアを自作しなけりゃならなくなったな。・・・それとも、現実性無視で、テレビドラマ『プレヒストリック・パーク』の学者のナイジェル・マーヴェンさん式に、ジープにしても、俺はかまわないけどな。確かにビジュアルの効果としては、サファリ・バージョンのほうが、絵にはなる。そう言えば、あのドラマのジープ、時々右ハンドルと左ハンドルを使い分けてるけど、どっちのかは忘れたが、『TOYOTA』って書いたのがあったな」

私「うーむ。キャタピラ付き四輪バギーといったところか・・・。それにこの話、早くも現実とジオラマ世界がダブって来たな」
田所「きついか・・」
私「いや、大丈夫・・というより、プラモ屋へ行ってみないと、俺は疎いからわからないけど・・・とりあえず、戦車や装甲車・自走砲を物色してみるよ」

田所「そ、そうか・・、ま、せいぜい張り切ってみてくれ・・」
私「何か、ひっかかる言い方だな。何かほかに言いたいことでもあるのか・・」
田所「俺は見ての通り、純粋の理系人間だ。だから言葉遣いには全く自信がないから、お前に対して老婆心(ろうばしん)と言うのも妙かも知れぬがな、お前、今ざっと並べた砲身付き車両のこと、つまり区別は出来てるのか ? 」

イヤなことを聞くヤツだと思った。心配するフリをして私の知識を推し量ろうとしている。しかし、私は正直、言葉に詰まった。かつて父が現役自衛官だったある時の一般公開演習を見に行き、特撮映画などとは大違いの大音響で発砲する61式戦車などに肝を冷やしたものだが、その時、大砲がついたキャタピラ走行の車両をなぜ皆、『戦車』と呼ばないのかと疑問を抱いた記憶がある。無知なのだ。

今でも本格の軍事知識を持つ人たちの厳しい観察眼がとても恐ろしいが、全くわからぬでは、ますます田所にバカにされる。とりあえず、前置きを言いながら、ようやく口を開いた。

私「ま、ごくおおざっぱに、しかもこれら銃火器が現われた初期の基準で簡単に言うとだな・・・戦車は回転する砲塔と適度な口径の砲を備えた車両でな・・、装甲車は、主目的を戦場までの迅速な兵員輸送に置くものだが、機関銃などの兵装もなかなかの威力だ。ふうー・・」
田所「大丈夫か・・」

チキショウめと、思った。こいつ、実は私より知識があって、それで試しているのではないかとの疑念が脳裏をよぎった。だが、あと一つ残っているから続けた。
私「自走砲はな、言わば『動く大砲』だ。これは戦車支援や、敵目標破壊に活躍する。さらに、搭載砲の種類により、自走迫撃砲・自走無反動砲・自走榴弾砲・・」

田所「わかった、もういい。お前がズブの素人というわけでもないことはわかった。機嫌直せよ」
私「ちょっと待った。ついでに言っておくけどよ、自衛隊の総合火力演習が実施されると、NHKなんかが、いかにも『困った集団たちです』と言わぬばかりのツラして報道するようにしか見えないけどよ、あれ・・何言おうとしたんだ ! ?
あ、そうだ。何十年、報道のたびに、アナウンサーが『榴弾砲』を『りゅうだんほう』って言い方するけどよ、親父が言ってたぞ。『隊内ではみんな、(りゅうだんぽう)って呼んだものだが』ってな」

ここで今度は私が話題を変えた。
私「話は全くそれるが、田所・・俺は今まで頭脳明晰なお前に精一杯ついてくつもりで、実はほとんど無知な事柄や、混乱してわからない話も、ようやくの思いで合わせてたんだよ」
田所「よせよ、頭脳何とかはどうでもいいよ。で、何が言いたいんだ ? 」

私「例の時空移動実現に、お前がたびたび『電磁場』って言葉を使ったろ。今さら恥ずかしいけど、俺は電磁場とは何かがわかってないんだよ」
田所「だから、そんなこといちいち、いいって言ったろうが。要するに電場と磁場を一つにまとめた表現でいいじゃないか」

私「それじゃあ、話を変えてみるよ。俺たちは、これから過去と現代を行き来するだろ。その時、ほら、前にお前が三つほどあるって話してくれた、時空バリアーのことがずっと気にかかっててな」
田所「ああ・・・」

私「もし、現代から過去だけの一方通行にセットして、何かの事故で現代に帰れなくなったら、恐竜に食われてしまうってことも・・」
田所「ああ、それなら全く心配ない」
私「リモコンか何か携帯するのか・・」

田所「リモコンは万一紛失したらアウトだし、電池が切れても脅威だろ。ほとんど心配ないものを常備して出かけるから大丈夫だ」
私「何を常備するんだ。まさか、守り袋か何かの中に小型の装置かなんか入れてくんじゃ・・ないよな」

田所「たとえ話で簡単に説明しよう。村松、お前さ、心臓の鼓動が止まったことあるか。無論、急病などは例外としてだ。当たり前だがないだろ。生命活動を続けるあいだは、鼓動は見事に永久機関ならぬ永久器官だよな」
私「おい、まさか俺たち二人の体内にお前の発明の心臓みたいなのを移植・・」

田所「そんな大げさなことしないよ。とにかく、もう少し聞け。心臓にたとえたのは、余りうまくなかったな。俺たちの体に、ある予防接種をする。これで終わりだ。いや、これで生きているあいだ、時空移動のトラブルは皆無になる。どうだ、少しわかったか・・」
私「注射打つのか・・。インフルエンザの予防接種くらいの痛みか、それとも・・」

田所「ははは。とことん神経質なんだな。そうだな・・、昔やった種痘くらいかな・・」
私「ふうー、安心した」
田所「バカ、うそだよ」
私「からかったな ! ま、俺にはお前と対等にわたりあう頭脳はもとよりないからな・・」

田所「相変わらず卑屈だな。だがそれは感心せぬな。故(ゆえ)なくして自分以外の人間を見下すのは俺の主義ではないぞ。俺はそういう目で付き合って来たつもりはないがな・・ 」
私「わかった。ただ、もう少しわかりやすく、じゃなくて、要するにどんな操作を施すかを言ってくれ」

田所「俺の研究室で、俺たちの体に、ある種の電磁波を当てる。これが蓄積されて、俺たちが生きている限り働き続ける。死んだ時、完全に消滅する。『無』になるからだ。いや、正確には・・・あ、これも面倒な話になるからやめとこう」私は田所が言いかけた話にこだわるのはやめた。
私「おい田所、電磁場と電磁波って、どう違うんだ ? だいたい、電流ってヤツは、プラスからマイナスへ流れるって言うけど、現実には、電子がマイナスからプラスへ移動するのを、便宜上、『電流がプラスからマイナスへと移動すると約束する』って、教わった覚えが・・仮にも物理の世界に『約束』とは何事か ! ? 約束とは時として破り破られるものだ・・・」

田所「おい村松、少し休もうぜ。もうワードで7ページ目だ。きりがない。お前だってマックスウェルやヘルツなんて物理学者出したら、疲れるだろ」
私「ああ・・。確かに疲れた。・・それにしても、つくづく俺は、科学のどれほども知識になっていないな・・・」

テレビ番組では、番組放映時にカットされる収録風景があるのは、日常茶飯のことだが、私たちのように、全く無名の市井(しせい)の年配者たちの会話も、電波に乗らないことを除けば、つづられずに、遂に表に現われないものがある。
このブログがテレビの何分の一の公表の度合いかはわからないが、何も書かないよりは、会話の要点だけでも書けば、それは幾人かの人に伝わる。それでもかなりカットされているのだ。

だが、それとは異なる意味で、このようなマイナーなブログにさえ書かない、否、書けないことがあった。
若き物理学者・田所の隠遁生活の詳しいわけである。
既に大ざっぱな経緯は書いたが、何から何まで書くことは、年来の知人の一人として彼に無礼である。だから履歴書に列挙するように一気に記すのは避けるが、それでも新記録を樹立するかという凄絶なスピードで出世しつつあった折も折、彼が突然『異端の物理学者』との不名誉かつ忌まわしきレッテルを張られ、突如、その大学を去った原因などを、物語展開に合わせて、タイミングをはかって書いていこうと思う。それがまた、彼のこんにちの驚異の発明発見と無欲の人生の由来を語ることになり、さらにこれから展開する壮大な物語の伏線となり、説明ともなるからだ。

繰り返すが、今後、物語の中で、タイミングをみて、彼の来し方(こしかた)の、無論、本人は不愉快な記憶としてとどめているはずの、異端の理論を主張して今日の姿となる原因を作った話を、盛り込んでいくつもりである。
自論の正しさを実証、体験した彼が、おびただしい発明を公表しないのは、かつて自分を笑い者にした俗物学者たちに理論支配される世間に対する報復とも言える。

もし公表したら、世間は手の裏返し、彼を歓迎するだろうが、彼の苦心の発明・発見は、たちまち公共のものと化すに違いない。彼が失ったものの代償として、世界の文明の利器が劇的に変化するのでは、割に合わないと、もし彼が考えた結果だとしても、当然の仕打ちであろう。当分、世界の科学力は、このままで充分だと、私も思っている。

―序章第2節その1了、その2へつづく―






恐竜境に果てぬ序章第2節時空理論その2「田所の来訪」

田所との行き来については、これまでごく大ざっぱにしか書いて来なかったが、ひんぱんになるのは21世紀に入ってからのことだ。

また、彼と久しぶりに再会した一番初めは、昭和50年代半ばのことで、高校の同窓生名簿で私の住所を知った彼が、ある日簡単に来意を告げると共に、我が家を訪れた。住まいが近い旧知の者は私だけだと、実に皮肉な来意を告げた通り、顔を見せた田所は、終始昔と変わらぬ無愛想な顔つきで、私たちは互いに口数の少ない会話を交わしたに過ぎない。
そのとき彼は、朝霧高原に住むと言った。その彼の言葉に、さすがに大学教授だけあって、別荘を持つのかと私は早合点したが、もちろんそうではないと否定された。

そうきっばり言った彼の顔に、曰く言い難い暗さを感じた私は、何やら興味を持ち、迷惑でなければせめて土地だけでも見せてくれと頼むと、「もう住まいも出来ている」と、これまたひとこと短く言い返された。結局、私は新居訪問の許可を得て田所に同道し、高原地帯の一角にたたずむログハウス――田所宅の来客第一号となり、そのあと彼の驚異の発明の数々を目の当たり見ることとなる。
彼も私も人嫌いで、またお互いを縛るのも億劫という考えも共通していて、このあとほどなく行き来がなくなる。

次に会ったのが平成初年。梅雨に入るやや前の五月晴れ(さつきばれ)のある日、私はバイクのバッテリー対策を兼ねて本栖湖方面へひた走っていた。
このバイク走行は年中行事だが、行き先は全く決めていなかった。
本栖湖はあっというまに通過し、私はさらに走り続けてやがて前方に見えるはずの『青木ヶ原』の標識を待った。この標識を見てしばらく走ったら引き返すことに決めた。もちろん気まぐれである。

やがて見慣れた『青木ヶ原』の標識を前方に認めてほんの少し走ったころ、道路前方右側の樹林を押し分けるようにして一台の車が出て来た。
こんなところに横道があったかと不思議だったが、別段先を急ぐでもない私は、後続車のないことを確かめたうえで減速、道を譲ろうと右前方の車に合図をしかけて、ハッと気づいた。

田所の車だった。この時の横道こそ、件(くだん)の伏流水人工湖『青木湖』出現実験場に続く、一種の秘密の道だった。
この時も田所に茶化された。曰く。「バイクですぐにカッとなる割には人がいいところも見せるのだな。せっかくだが、俺はこのまま左折するつもりだったのだ」

青木湖と首長竜20080320

無論私は田所の人工湖を見た。それだけではない。一瞬流木と見誤った太古の海棲竜が泳ぐ姿も見た。
今度はしばらくのあいだ、私が積極的にバイクで田所を訪ねることとなった。だが、驚異の発明の一つたりとも世間に公表することも、知られることも断固拒むとの強い信念を崩すことはかなわなく、下心を知られたこともあり、敷居が高いと感じたらもう、彼を訪ねる気力もなえていった。

こうしてさらに一旦付き合いが途絶えたのち、星移って21世紀になり、内心の野望を捨てきれない私は、態度を変えたふうを装って、またも田所宅を訪れた。ところが、ひょんなことから、私たちはタイムマシンで、先史時代を探検することとなった。
互いの住まいの行き来もひんぱんになった。
そんなある日、田所から「今から行っていいか ? 」とだけ伝えてきた。来意にこだわる私ではない。二つ返事で訪問歓迎の意を告げた。


田所「急にすまぬ」
私「田所 ! よく来たな。まあ、上がってくれ。それにしても、このバカ陽気に背広とはまた、がまん大会みてえだな」
田所「はは、これでも今の大学で、時々夏のあいだも呼ばれるんだ。正直、たまらぬがな。じゃ、上がらせてもらうぞ。あ、俺の車、いつもの門扉のところへ止めたが・・」
私「ああ、かまわねえよ」

田所正装


私は一瞬、いや、見れば見るほど、田所の容貌が、台湾映画のあるイケメン俳優に似ていると思えて仕方なかった。だが、別に人種差別でも何んでもないにしても、「お前、台湾の俳優にそっくりだな」などとは口が裂けても言えなかった。幼なじみとは字義通りのもので、単に小学校入学前から近所に住み、一年の時は同級だったというに過ぎず、彼の気質をほとんど知らなかった。ゆえに、どこまで冗談が通じるか、見当がつかなかった。むしろ田所のほうが口は悪かった。

田所「おい村松、お前がGIジョー・シリーズみたいな六分の一フィギュアを買うとは意外だったぞ」
私「なんだ、お見通しか。と、俺はお前の実物を相手に、フィギュアのことを話しているってのも、誇大妄想みてえで妙な感じだけどな。いやあ、こういうのしか、なかったんだよ。もちろん俺は純粋日本人のフィギュアが欲しかったんだ。けど、これしかなかった」

田所「でも良く買ったな。相当奮発したのか ? 」
私「とんでもない。俺はお前が考案して製造中の探検車だけでも、千円を少し超えるのを買った程度だ。それに、フィギュアは、ソフビのウルトラマン・シリーズか何かで節約しようと思ってたんだ」

田所「ふむ」
私「ところが、オモチャ屋のオヤジ、こいつはどうもあんまり俺を好感もって迎えねえんだ。それがな、その日、帰る頃になって、何の気まぐれかな、オヤジめ、『東洋人のフィギュアなら不人気で売れ残ってるのがある』って言いだしたんだ。初めから言えってんだハゲ頭ヤロウ」

田所「すると、値段は・・」
私「そうさ。発売当初6800円で出したけど売れ行きサッパリってんで、2000円弱だよ」
田所「ほお、いい買い物したな。残り物に福がある・・でもないか。しかし、行くたびに、そういう接客態度をとられると、お前もその店にかよおうという気には、つまり腰が落ち着かないな」

私「ま、俺は多くに嫌われるように生まれついているからな」
田所「はは、またお前の運命論か・・。ま、決してイヤな意味ではなく、俺はお前の自己評価を否定せぬがな。人気者がいるなら、当然その反対もいる。だがそれがどうしたっていうものだ。・・あ、話の途中ですまぬ。ともかく暑くてかなわぬ・・」

私「おお、気が利かなくて悪かった。さ、相変わらず物置同然だが、上がってくれ、二階のクーラーはずっと入れっぱなしだ。少しは涼しくなるだろう」
田所「あ、村松。お母さんにだけでもあいさつしなくては、失礼では・・」
私「ナニ、かまわねえ。ってよりよ、俺の知人に関しては、お袋たちは変な意味でなく、気遣いしねえよう、引っ込んでるって言うんでよ。とにかく上がれ ! 」

田所「じゃあせめてこれだけ、あとでお母さんに渡しといてくれないかな。こんなものでは失礼に違いないのだが、例の富士山伏流水を集めて、不純物を取り除いた清水(しみず)だ。
お前があとで冷蔵庫で冷やして、おいしくなったところを飲んでいただくように・・」
田所は足元に置いた段ボール箱の中からたくさんのペットボトルの一本を取り出して見せた。

私「ありがたい。かえって気を遣わせたな。さあ、上がってその暑っ苦しい背広脱いで、楽にしろよ」
田所「ああ。ではお邪魔するよ」

上がれ上がれと最前から勧めている二階の部屋は、元の教室である。机・椅子はたまの入塾依頼に備えての一組を除き、全部片付けたが、ジオラマ用に畳一畳ぶんのベニヤ板を置いてあるし、作りかけの模型やその他の材料・道具を乱雑に置いてあり、物置同然でくつろげる環境ではない。
そのせいでもなかろうが、田所はいかにも暑っ苦しそうな背広の上着を脱いで、ワイシャツ姿になったと見るまもなく、鮮やかな水色のワイシャツの袖をまくろうとはせず、いきなり私のほうを向いて話し始めた。

田所「ところで村松、探検車の車体の一部が完成したぞ」
私「えっ、そりゃまた、ずいぶんと早いことだな」
田所「どうだ、この画像を載せられまい。・・・という類いのセリフは、そろそろ削除したほうがいいか。お前も、ブログで書き始めた頃は、勢いづいて、ジオラマ制作の話も平気で混ぜていたが・・」

私「なあに、かまわねえ。現実と空想とを行き来させるのがおもしれえんだよ。正直時々混乱もするけどな。さてと、タイミングがズレたけどよ、セリフの続き行くぞ。
ええと、田所が画像を載せられねえだろうと言ったことに対してのセリフだな。じゃ、いくぞ。あ、当たり前じゃないか。俺が初めに買った装甲車のプラモデルは、小さ過ぎて失敗したばかりだから、まだやり直しの車体材料さえ決めてない」
田所「それでは、俺が自宅で作りかけた車体部分を持って来ると言ったらどうだ ! ? 」
私「も、持って来るも何も、不可能に決まってるだろ ? 」

田所「よし、それでは、暑い中、悪いが、ちょっと外へ出てみないか。作りかけの車体をお目にかける」
田所はかなりイタズラっぽい笑いを浮かべた。この『ほとんどセリフSFドラマ』、もともと私の空想癖から始まったことだが、今も書いた通り、ここまで来ると、現実と妄想の区別がつかなくなる。

私は「クーラーで充分涼を取らないうちに、もうUターンみたいに外へ出るのかよ」と言ったが、彼は「ナニ、道中は車のクーラーをかけていたし、背広脱いでだいぶ楽になった。あとでたっぷり涼ませてもらう」と、さっさと部屋を出てしまった。

既に曇天の空だったが、暑さは相変わらずだった。
田所はデジカメ程度の小さな機械を持って出ていたが、「いいか、俺のインテグラのすぐ後ろに座標をセットして・・・、見てろよ」
と、のんびりした口調で言った。

彼が以前、樹海の一角に地下水を湧き上がらせた時のように、私たちを取り巻く空間に、やや体にきつく感ずる静電気のようなねっとりした空気が満ちて来た。次の瞬間 !

探検車070827

田所の自家用車、ホンダ・インテグラのすぐ後ろに、上部構造物を根こそぎ抜き取った戦車のような車体が初めうっすらと、やがてその全体がはっきりと現われた。

私「うおっ、俺がまだジオラマ用のプラモを作ってないっていうのに・・ ! おい、俺は夢を見ているのでは・・・夢かな・・ ? 」
田所「村松、前に朝霧高原の広々したところで、竜脚類の一種をほんの三頭ほど見せた時は、ま、驚いてくれたには違いないが、自宅のまん前にこういうのを出現させるのは初めてだから、少しは新鮮な驚きだろ」

私「これは凄い・・ ! 第一、俺がまだパーツ一つ作ってないのに・・・」
田所「フン、お前も相変わらず役者だな。それはそうと、意外に車体がコンパクトだろ ? 俺の車の車高が1m30cmほどだから、これはかなり低いし、全長も短い」
私「あ、ああ・・・そう言われればそうだな・・。これは自衛隊からかっぱらったのか ? 」

田所「フッ、いつもの憎まれ口が出たな。確かに俺のような門外漢が、朝霧の自宅で材料集めてコツコツ作ったのではない。これには俺の発明がかかわっているよ。もちろん、俺の自宅から一瞬でここに運んだのは、空間移動を使っているがな」

彼の空間移動という言葉を聞いて、思わず別の言葉も連想していた。『時空移動・時空理論』。到底理解出来ないながらも、少なくとも彼と行動を共にするあいだ、ずっとつきまとうに相違ない、いずれ劣らぬ物理学最先端の高度で魅力的な理論だった。
私は時空理論についての好奇心が頭をもたげて来るのを、抑えきれなくなっていた。

―その2了、序章第2節その3へつづく―



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