懐かしの家族HP

2021/01/24(日)11:30

女をその気にさせた話2。

特撮(怪獣を除く)(17)

「ああーっ、この人知ってるー。若さだよ山ちゃんのCMの人だーっ。ああ、この人すごく有名人でしょ。男は黙ってサッポロビールの人だわ!! あっ、この人も、傷だらけの人生の人だ!! 古い奴だとお思いでしょうが・・・なーんちゃってね。あらーっ? ね、あの人NHKの連想ゲームでいつも大きな声で見当ハズレの答えばっか言ってた人でしょう? あっ、あの人、クイズグランプリの司会の人だっ!! へえーっ、凄い人ばかり出てるのねッ!! 」 これ、もちろん、東宝映画「太平洋の嵐」を私の部屋で見せた時の彼女の歓声である。よく考えれば私と十違い。昭和37年生まれだから、佐藤允(さとう・まこと)は「若さだよ山ちゃん」に見えても不思議ではない。 それにしてもまるで能無しギャルのキャーキャー声そのものだ。まず第一回目は失敗と覚悟した。 「あーっ、面白かった」。何が面白いものか!? ろくろく見ないうちに、既に映画は真珠湾攻撃を終えて、ミッドウェイ海戦にさしかかっている。出てくる俳優をいちいち捕まえては、自分の知っているCMなどの記憶とダブらせ、確認したに過ぎぬ。と、思った。 「ねえ、この三船敏郎がやってる役って誰?」いきなり真面目な質問に変わったので少し驚いた。「え?」 「私、予備知識ないから、三船敏郎がやる軍人はみんな山本五十六かと思っちゃうのよ。でも、違うわね」、「お前、キャーキャー言いながら、ちゃんと見てたの?」 「うん。でね、南方作戦が終わったあと、三船敏郎がどこかの船の上でもう一人の連想ゲームの人(田崎潤氏演ずる艦長)と腰掛けて話をする場面で確か『南方作戦は回り道だったんじゃないか』って言うセリフがあったと思ったの」。その通りである。こいつ、ちゃんと見ていた。見直した。 「あそこ、甲板が広かったから、多分空母の甲板よね、違う? ん、ねえ、どうしたのよ、人の顔ばっか見て・・・」、「あ、悪かった。お前凄い見方するもんで・・・」 「凄いって?」、「キャーキャー言いながら見てたから、ストーリーおろそかになってるかと思ったの」、「ふーん。でもあの真珠湾のシーンかっこいいわね。三人いっぺんに乗る飛行機アップで出てたでしょ?」、「うん」、「あそこでそろそろハワイが見えるって時ね、夏木陽介が『左15度雲の切れ目』って言うと、鶴田浩二が『右30度海岸線』って、すかさず言うでしょ。あの場面のテンポ、決まってるわね」 「ねえ、三船敏郎の役、何?」、「ああ、あのね、空母飛龍の司令官」、「もちろん実在よね」、「うん実在の人物」、「この人、この映画で光ってる。やっぱ三船敏郎だからかな・・・」 「お前、映画ちゃんと見るね」、「そう? ありがと。知らなかった、こういう映画があったのね」。何か思いもよらぬ展開になってきた。キャーキャーが消え、次第に真剣に映画鑑賞の姿勢になり、視線をブラウン管に固定して、一心に見始めた様子だ。 もはや私は彼女の真剣な鑑賞の様子を見守るばかりとなった。 「ねえ、三船敏郎の空母だけ、飛龍って言ったっけ」、「うん」、「生き残ってるわね。ああ・・・山ちゃん(佐藤允演ずるパイロット)がケガしてる」 ここが一つの感動シーンだがと思いつつ彼女を見ていると、「ううっ・・・」と彼女、声を詰まらせ始めた。佐藤允が俺はもうダメだという仕草を見せると、すぐ横を飛んでいた夏木陽介が「ガンバレ」と右から左へ黒板に書いた文字を見せて励ますシーンである。 「戦う男同士の友情っていいわね・・・」と言いながらおえつをもらしている。 このあとに更に悲壮なシーンが待っている。薄暮攻撃を期して待機していた空母飛龍に大挙米軍機が急降下爆撃で迫り、あっというまに飛龍が炎上するシーンの次に来る。 「山ちゃん助かったのに、医務室の周り、火の海なのね。結局助からないわ・・・」 戦闘能力・航行能力を失った味方艦は魚雷で沈める決まりである。 「発射用意ーっ!!」、「発射!!」の号令と共に二本の魚雷が飛龍を目指す。 画面奥に満身創痍のミニチュアの飛龍がようやく浮かんでいる。その背景はいかにも悲しそうな夕焼けである。航跡が二筋海面を走ってまもなく、轟音と共に二本の水柱が上がり、「海ゆかば」が流れる。味方駆逐艦に助けられた将兵たちが、駆逐艦の将兵たちと共に、一斉に敬礼をして、飛龍の最期を見守り、艦内に取り残された将兵たちを不動の姿勢で送る。 夏木陽介ほかの飛行機乗りたちは、ミッドウェイ海戦の大敗の真相をもらさぬようにとの上層部の命令により、九州鹿屋(かのや)基地の兵舎に缶詰にされて、やがて南方の激戦地への新しい任務を与えられて飛び立つ。この時、複座の飛行機の後ろの部下(『前の』が正しい)が、「機長、内地の見納めに旋回します」と夏木陽介に言うと、「その必要はない。180度直進、編隊を組め」と冷ややかに言い放って、六機の編隊機は大空の彼方へ上昇して行き、終幕である。 彼女涙をふきながら、「夏木陽介の最期のセリフがこの映画の結論ね、違う?」 「いや、本当に驚いた。その通りだよ。最初あれだけはしゃいでいた夏木陽介が、最後には厳しい表情になって終わるだろ。この映画のテーマはミニチュアの飛行機や軍艦をかっこよく見せるばかりじゃない。やっぱり戦争否定の映画なんだ」 「お前本当にこれ見たの初めて?」、「そうよ、疑うの?」、「そうじゃない。それじゃちょっと聞くけどさ」、「何?」、「ミッドウェイの真相は最近又新しい説が出て、議論の対象になってるらしいけどさ、とりあえずこの物語が史実と仮定してさ」、「うん、それで?」 「なんかさ、爆弾だの魚雷だの交換してばっかでややこしかったろ?」 「そうね。ちょっとややこしかったけど、でも要するにこうでしょ。初めミッドウェイ島攻撃したけど効果不十分でもう一度攻撃の必要があるって連絡するでしょ」、「うん」、「でも、空母のほうでは、アメリカの機動部隊に備えて、全部の飛行機に魚雷をつけちゃってるでしょ」、「うん」、「でも、やっぱり完全にミッドウェイ基地をたたくために、魚雷をはずして、爆弾につけかえたんでしょ」、「そう」、「だけど偵察機がうっかり見逃していたアメリカの空母が突然現われたから、大急ぎで、又爆弾から魚雷に換える時に、敵機が現われて、四隻の空母のうち三隻があっというまにやられちゃうわけでしょ」。 「当たり!! お前凄い集中力と物語を捕える能力だよ。実を言うと、初めてこれを見た時、俺は何がどうなってんだか、さっぱりわからなかったんだよ。言葉も陸用爆弾だの艦船兵装だの雷爆転換だの専門用語が出てくるし、あっちこっちで忙しく怒鳴るから、結局わからないまま、感動するシーンだけ感動して何となく見終わった気分でいたんだ」 「見直した?」、「うん。お前頭いいや。それとも俺がトロいのかな? いや、とにかくお前が凄いのは確かだ」、「ありがと。ほめてもらうのはうれしいけど、ついでに何かごほうび、出る?」、「よし、お前の能力に敬意を表して、これからおごっちゃう!!」 「ホント、うわーっ、やった!! どこ行くの?」、「お前の好きな食べ物屋」、「じゃ、私のお気に入りのお店でいい?」、「了解!!」。 「あ、ところでさ、このビデオ貸してくれない?」、「いいよ、いや、ちょっと待って、せっかくだから、元の画質のいい市販品をダビングしてくれてやるよ。食堂へ出かけるついでにビデオ屋で借りて、それで食事終わったら帰って来てダビングして、それで渡すよ。いい?」、「オッケー!!」。 このあと、レストランで食事しながら、何とミニチュア談義となる。特撮マニアとしては、マニア冥利に尽きる心躍るひとときとなるが、この話もいよいよ専門ジャンルに深く入ってゆくので、次回に譲る。 それにしても、縁に恵まれぬ私にわずかに縁のあった二人とも、日本の戦争特撮映画に興味を示したというのも、不思議なものである。

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