懐かしの家族HP

2004/09/17(金)18:11

破局と再会シリーズ1最終回・バイク娘のメモより

回想とノロケ(12)

私の妙なお相手の高校生・夕子は、完全なる理系だった。恥ずかしいことだが、数学は、私が遂に理解出来なかった大学の「微分・積分学」を習得し、その大学受験に使った「化学」は得意分野だった。私はベンゼン環という六角形が出る頃からほぼお手上げだった。 決して自慢ではなく、私たち兄弟二人とも、国公立大主義だった。 兄も私も理科は当時二科目選択の規定だったので、兄弟同じく「物理学」と「化学」で受験した。私の場合はそうせざるを得なかった。「生物」など、ほかの科目がダメだったからだ。確信があるが、入試の「化学」は半分を割る結果となったはずだ。 ではどう補って不思議や合格に至ったのかを推測すると、数学・英語・国語・日本史で得点出来たと解釈するしかない。数学以外、文系科目だ。 その点、彼女の受験スタイルは全き理系科目に偏るものの、それぞれの科目はきちんとした学習準備で、数学・化学共に万端だった。ただ英語がダメだった。カンで答案を書いたという。ついでに受験には無関係だが国語も苦手だった。 小・中・高と、特にたまに授業に関連して書く作文が嫌いだった。それかあらぬか、日記も無縁だ。 ところが手帳にメモする習慣はあったから、これは作文とは無関係かも知れない。時々、短い日記と取れることがつづってある。 当時の彼女のメモの中に、私のことを書いた箇所があり、ためらうことなく見せてくれたので読んだが、ややショックを受けた。 未だにとってある彼女のメモを抜き書きしてメール送信してもらった中から、要約を書いてみる。 「丸子ちゃんから数学の宿題の質問を受けた。タイムリミット放課後。解けたから説明に行った。変な大人の人がバイクから降りるのを見た。余りパッとしない人だった。バイクだけに興味があった。その人はしゃがみ込んで、汗をふきながら、車輪のへんをいじっていた。近づくのは恐かったけど、勇気を出して聞いた。チェーン調整をしていると言った。バイク、自分でも保守点検しなければならない自動の自転車みたいな乗り物。私も前から乗りたいと思っていた」 彼女の一人称で書いた、私とバイクの第一印象だ。内容はともかく、これは立派な日記だ。彼女の本音がよくわかる。こののちバイク目当てにとりあえずか、がまんしてか、私に近づいたこともわかる。 なお、当然のことだろうが、回想日記には、二人の仲がとんとん拍子に深くなったように書いてあるのは、時間を縮めているに過ぎず、実際は陸上の大会、そのための日曜の練習がたくさん入り、そして何より彼女自身、第一印象に書いているように、風さいの上がらぬ私に、彼女が急接近するはずがない。 メモをめくっていくと、次第に私と会う予定をつづる箇所が急増ではなく、漸増(ぜんぞう)していることもわかる。 「バイク教習開始。発進もたつく。教え方良し。順調に覚え始める」 「ゴーストップの練習しつこい。でもこの人、言葉づかいがていねいで優しい。乗るのが楽しみ」 「きょうも外周・内周ばかり。ギヤ抜けを起こさないためと彼は言うけど、ちょっとかったるい。でも、相変わらず態度はいい。この人私に気があるのかしら」 私を彼と書いているところが、あとからながら、興味をひかれる。だが当時の私は、まだまだと、思っていた。 「ささいなことで彼と口論になる。夜電話で私が謝る。私の態度、素直。彼の態度もよし。初めて大人の男の人とのケンカ。この人、精神年齢高くないみたい。いつも優しいけど、物足りない」 このあたりに、彼女の気持ちの変化を見た。 「大会で教習中止。成績最悪の結果。でもバイクが気になり出した。早く乗りたい」 やはりバイク、バイクだ。 「私は面食いじゃないのかしら。彼がまだ優しいので、ちょっと気になる。でも結論はまだ早いと思う。私はこれから大学行くのだ」 「また、ささいなことでケンカ。これって、男女交際っていうことかしら。でも、年の差が10才もある。用心」 「バイク教習の日。順調な技術アップと評価。彼はまだ優しい。優しいだけなのかしら。でも感じは悪くない。女の人に持てないとよくこぼす。私が軽い気持ちで付き合って上げようかしら。でも用心」 「夢を見た。彼がバイクで私にのしかかって来る恐い夢。なんか変な夢。用心」 「また彼の夢。彼に抱きしめられた。おぞましい。用心、用心」 このメモを早い時期に見なくて良かった。下心を隠すのはとても強い意志のエネルギーを要する。 「ケンカが多い。でもいつも電話すると彼は優しい。怒らない。私が初めに怒るからか。私って怒りんぼかしら」 ようやく、バイクのバの字も出なくなるメモが現われた。 「大ゲンカした。思い切って一人で河川敷に行った。彼がいた。奇跡。彼が初めて幼い頃の体験を話した。私ももっと凄い過去があるけど、彼の暗さに共通点を感じて、感激。衝動的にキスして上げた。彼、紳士的なのかしら。私に余り興味がないのかしら。彼はされるままで、おとなしかった。女の人に慣れてないみたい。用心はいらないか」 おとなしかったとは、まるで犬猫扱いだ。のちにこのメモを彼女は日記だと訂正した。こんなのが日記なら、いくらでも書けると言ったら、ふくれっ面を見せた。 さて、これ以上書くと、楽天日記を追い越してしまうから、このへんでメモ(本人曰く日記)抄録は止める。 彼女は、私の出来そこない一本橋の不安定を克服した。時間制限なしとわかった安心もあったろうが、次の日曜の一本橋練習はあっけなく習得して終わった。 ここまでで、バイク教習を中心とした回想録はおしまいになる。もちろん私より更にバイク好きの彼女のバイク熱が冷めることはなかったが、ようやく彼女も大学受験へ向けて、エンジンをかけねばならない時期へさしかかっていた。 時に夕子、高校三年春だった。 以前に比べると彼女と会う機会は減った。だが骨休め、息抜きにバイクは格好の乗り物らしく、どうかすると日曜を目指して乗りたいとの電話がかかって来る。 富士ハイツ駐車場は子供にケガをさせる心配があるから、富士川(ふじかわ)河川敷がいいと言う。言う通りにした。 もはや教習の必要がなかったから、彼女は随意にコース内を走り回って、心行くまでバイクに乗った。 私はそのあいだ、時々タバコを吸いながら、時間つぶしをした。 そろそろ前々から考えていたことを実行しようとした。一眼レフのカメラを用意した。 彼女のライディング姿を撮影した。夕子がいかにも一旦おさまったかのようにバイクを近づけて止め、寄って来た。 「勝手に撮っちゃってまずかった ? 」 「ううん、ちっとも。ね、今度はポーズ取るから、写して ? 」 風が髪の毛をゆらして邪魔だ。 「夕子ちゃん、ちょっと手で髪の毛押さえて。で、バイクに軽くよりかかるようにして」私はファインダーをのぞきながらポーズの注文をした。 彼女の髪の毛はくせのない真っ直ぐの毛で、長さは耳の少し下までくらい。額(ひたい)のやや真ん中で左右に分かれて、向かって右側の髪の毛が左側の上になって、額の右半分を隠すようになだらかなカーブを描いて、下まで自然に下がっていた。 私の最も好みのヘアースタイルだった。無論染めてなぞいない。きれいなつやのある黒髪だった。 「ね、押さえた手で大事な顔が隠れてるから、もう少し手を上に上げて。そうそう、ナイスポーズ、行くよ。少し微笑をたたえて。用意、てーっ ! ! 」カシャッ。 「ねえ、用意てーって何 ? 」 「ああ、これ口癖。昔の軍隊で号令する時の掛け声。タイミング狂う ? 」 「ううん、もうわかったから大丈夫」 「じゃ、次行くよ。今度はバイクちょっと向き変えて、サイドスタンド立てて。またがってこっちを振り返るようにして。そう、風がやんだ瞬間狙うからさ、悪いけどしばらくそのままでいて」 風が吹くと髪の毛が揺れて、それでもいいショットになるが、私は根気良く待った。風がやんだ。 「はい、今度はニッコリ笑って、そのまま。用意、てーっ ! ! オッケー。疲れたら降りていいよ」 「ねえ、一緒に撮らない ?」 「せっかくだけどいやだよ、こんな不細工顔と一緒じゃ、夕子ちゃんのせっかくの美形が台無しになる」 「わたしが頼んでも ? 」 「これはね、夕子ちゃんのポートレートなの。それにきょうは三脚ないから、セルフタイマーかけられない」 「じゃあ、わたしが撮ってあげる」 「ダメ」 「なんで自分の顔のこと悪く言うの ? 」 「だって、事実だもの。それだけは勘弁」 「わたしが欲しいって言ってもダメ ? 」 「夕子ちゃん、こんな写真見ても気持ち悪くなるだけ。あきらめるの ! 」 「なんで、そんなに卑屈になるの ? 」 「夕子ちゃん、勘弁しろよ。俺みたいのは向かないの」 いつのまにか、「私「から「俺」に変わっていた。 「わたしの気持ち考えたことあるの ?」 「なんだよ、夕子ちゃんもしつっこいなぁ。なんでそんなにこだわるんだよ」 「あなた、わたしの彼氏でしょ。彼氏の写真一枚くらい持っていたいって思うの当たり前じゃない」 「あなた」と言う言葉もいつしか彼女の口から自然に出るようになり、私を彼氏とも呼ぶ。だが、ささいなことからの口ゲンカも多くなった。 「夕子ちゃん、ケンカよそうよ」 「じゃあ、素直に一枚でいいから撮らせて」私はかたくなに拒んだ。 「あなた、わたしに失礼だって考えたことないの ! ? 」 「何が失礼なの ? 」 「わたしが付き合ってる人のことを悪く言うのは、たとえ村松さん本人でも、わたしに失礼だってこと、わからないの ? 」 こんな調子で、ケンカが多くなった。とにかく、ああ言えばこう言うで、舌戦になると、理屈も何もあったものではない。女は非論理ならぬ超論理で責めるから、とてもかなわない。 仕方なく一枚撮らせたら、 「やったね。へへっ、村松さん、おっかしな顔撮れたッ ! 」 「このぉ。もう二度と撮らせないぞ ! ! 」 「ウソよ。ね、この次は一緒の写真撮るから三脚持って来てね。・・んもお、返事は ? 」 やだと言うとまたうるさいから、とりあえずうなずいておいたが、先が思いやられると思った。

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