カーモンベイビー前田さん
資金繰りに悩むことは、きょうに始まったことではないが、やはり困ることだ。「カーモンベイビーアメリカー」って、鼻歌交じりに歌いながら仕事している会計担当の古株・前田さんの給料だって、経営者である以上、未払いにするわけにはいかない。ていうか前田さん、最近まで「U.S.A.」をDA PUMPではなく、EXILEが歌っていたと思っていたらしいから、相当ヤバい。我が社の去年の忘年会で「U.S.A.」を歌って踊ってくれた若手社員の篠田さんが、その話聞いて前田さんを3回殴っていた。忘年会の酒の席とはいえ3回殴った。僕は数えていた。そんな前田さんや篠田さんはじめとする愛すべき社員たちを僕は守らねばならない。資金繰りが厳しくても給料だけは払う。いざとなったら僕が身体を売ってでも払う覚悟だ。そんな僕が頼りにしているのは、ファクタリングだ。まぁファクタリングの中身については説明するまでもないだろう。最近気になっていた、三共サービスやビートレーディングの評判などをちょっと調べてみた。調べるといっても、googleで調べるくらいなものなのだが、調べてきたらモリモリ出てきた。篠田さんの鬼のような男性遍歴くらいタップリ。インターネットの世界は情報が豊富にあるだけあって取捨選択が大変だ。先述した有名どころの企業ばかり調べても面白くない。マイナーな企業もきっちりググってしまうのが僕の性格だ。「もらえるモノはミカンの皮でももらえ」と「調べられるものは何でもググれ」は、去年天国に行ってしまった、我が社の創業者でもある僕のじいさんが、口酸っぱくしゃべっていたセリフだ。じいさんが社長の時代に、グーグルがあったのかどうかは僕には分からないが、死ぬ間際までiPadを使っていたくらいだから問題ないだろう。なお、病院のベッドの上でiPad使って、いやらしい動画を見ていたことは、未来永劫ばあさんには黙っておいてやろうと思う。さて、僕が調べたかったのは、ファクタリングの手数料とかスピード感とか、そういうの。それなのに、出てくるのは、なぜかこれらのファクタリング企業が「転職先としてアリかナシか」みたいな情報ばかり。これは転職サイトの情報だ。いや、正確にいうと僕の目についたのが、そういう検索結果だけだったともいう。ついつい読んでみると「やりがいが少ない」「自分自身の成長に限界」「給料が思ったほど出ない」「背が伸びない」とか身勝手なことばかり。見てられない。しかし、こんな情報目にしているうちに僕は「うちの社員はこんなこと考えていないだろうか」と、少しだけ心配になった。一人で部屋に残っていた営業の指原君に声を掛けた。「最近どう?職場環境とか気になることとかない?」と、これ以上なく自然にサラリと。社員と社長の距離が近いのが、中小企業の良いところだ。すると指原君から驚愕の一言。「前田さんの鼻歌がうるさいです」と、ストレートな苦情が寄せられた。こんなこと、転職サイトに書かれたらかなわない。「古株の社員の鼻歌がうるさくて背が縮みました」なんて書かれたら我が社の信用問題に発展する。とはいえ、僕から前田さんに注意することなどできない。じいさんが社長のころから働いている古株だけあって、彼女は僕よりも偉いのだ。指原君には、今夜も枕を涙で濡らしてもらおう。すまない。