210225 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【ログイン】

あしたば白書

link@com LINK@com板倉さん板倉さん.鬼姫鬼姫さん vario210@gmail.com
                
2010/04/26
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

<10/font>
 
ようこそ!!..ご ゆっくりと、心ゆくまで楽しんでいってください。※ペット達をクリックで新たな発見・・??。




あしたばのプロフィール?私の正体幸せの羅針盤!!♪フリマ?!  愛人・恋人・友人愛・恋・友!あしたばさんに言ってみよう・・・



▼・・・あしたばの選択・・・?。・・▼
(・抄録・編集・自説の嘘半分本当半分のメモ学問です↓↓)






『自分を不幸にしない13の習慣』1ケ月お試し







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
 ♪♪
○ ここに一人のヤコブという孤独な男のことが書かれています。彼は、今、両親の家を離れて、家のない孤独な放浪者であり、ホームレスです。このヤコブという人は、狡猾で悪賢い方法で兄のエサウをだましてその相続権を手に入れたような罪深い男であります。ヤコブは、兄エサウに憎まれ殺されそうになったので、母リベカが彼を逃がしたのであります。そして、自分の妻をめとるために母の故郷へ一人旅をしていたのですが、その日はもう太陽が沈みかけたので、その寂しい荒野に伏して夜を明かすことにしたのであります。

 その夜は、そこに野宿することに決めたヤコブはただ一人、石を枕にして、荒野に伏して横になりましたが、なかなか寝付かれなかったに違いありません。後ろを思えば恐怖があり、行き先には不安があり、その孤独な姿は、罪人である私たち一人一人の姿でもあります。疲れきった体と心。流浪の旅の寂しさ。天涯孤独のルズの旅。まさに、これは、現代の私たち人間の姿そのものではないでしょうか。世の中の繁栄と、文明の進歩について行くことができず、情報化社会に翻弄され、社会の歯車の一つとしてはめ込まれてしまって疲弊しきっている自分の体と心。この人生の流浪の旅で、多くの人々が癒しがたい孤独感を味わっているのではないでしょうか。

 しかし、このような我がままで罪深い男にも、神の愛の眼差しが注がれていたのであります。そして、現代の私たちのような何の価値もないと感じているような孤独な者たちにも神の愛の眼差しが注がれていることをあなたはご存じでしょうか。あなたは、「自分を理解してくれる者はだれもいない。私は一人ぼっちだ!」と、将来を悲観したりすることはありませんでしょうか。しかし、聖書が示す愛の神はあなたの理解者であり、あなたのすぐ近くにおられる御方なのです。聖書の神は愛の神であり、どこにでもおられる遍在の神でもあり、また全能の御方であります。

 ヤコブが孤独と寂しさの中にあり、無力と困窮のどん底にあったときに、神はご自身を彼に啓示してくださったのであります。ヤコブが神を求めたのではなく、神がヤコブを求めておられるのです。もし、神がご自身を現してくださるのでなければ、人はどうして神を知り得るでしょうか。あのエデンの園で、アダムが罪を犯して木の間に身を隠していた時、神はアダムを捜し求めて、彼に呼びかけて、「あなたは、どこにいるのか。」と尋ねられたのであります。これは、決して神が人(アダム)を見失ったのではなく、人を捜し求めることばであります。愛の神様は、いつも、人生の道に迷っている孤独な人たちを捜し求めておられるのであります。

 新約聖書のルカの福音書15章には、イエス様が語られた例え話ですが、100匹の羊を飼っていた羊飼いがたった1匹の迷い出た羊を血眼になって捜し求め、ついに発見して肩にかついで連れて帰る感動的な話が書かれています。また、家出をした放蕩息子に対する父親の愛の話もあります。父親は、来る日も来る日も断腸の思いで、息子の帰りを待っていたのですが、お腹を空かして乞食のようになって、ボロボロになって、帰って来た息子を父親は走りよって抱き寄せ、何度も何度も口づけして抱擁する感動的なシーンもあります。人は多くの場合、孤独の中で、あるいは逆境と苦難の最悪の状況の中で神に出会うのであります。

 ヤコブは、その夜、石を枕に寝ていた時、夢を見ました。彼のそばには高い梯子が立てられ、その頂は天に達していたのであります。救いとは、苦しい現実から逃れて空想の世界に行くようなものではありません。人間はだれでも苦しい現実から逃避したいという思いがありますが、聖書が語る「救い」とは私たちの今の現実の中に天に達する梯子が立てられることであります。神は空想の神ではなく、天地を創造され、私たちを日々生かしておられる力強い生ける神であります。この神との出会いを経験する時に、人生は180度の転換(好転)をするのであります。

 さて、ヤコブが見た夢の中の梯子は、実はイエス・キリストを示しているのであります。この梯子は天と地、神と人を結ぶものであります。イエス・キリストは受肉によって、神を人にもたらし、その十字架と復活によって人を神に導かれたのであります。ヤコブがこのような不思議な夢を見たのは、それは単なる夢ではなく、神と人との間に道が開かれる時代が必ず来ることの予表(予告)として起こったのであります。そして、それは新約時代において、イエス・キリストによって成就したのです。

 今、天の門はすべての人に開かれています。神が人のところに下られ、人が神のところに上って行けるように天の門(入り口)があり、人が神と出会う道が開かれているのであります。ですから、ヤコブの時と同じように、今も、天へ行く梯子(すなわち道)が私たち罪人の足下に立っているのです。それが、今の新約時代の恵みなのです。神と人を結ぶ道はキリストであります。神の救いはあなたの前にすでに備えられており、その現実の中で見出すことができるのです。聖書はすばらしい書物です。是非、お読みになってくださいますようにお勧めします。  





 ・・・・・hope to see you again・・・・・

BOOK広場 !フリーター再生委員会?・・

● 「すべての事をあなたがやろうとすれば、小さな事しかできない・・・。」
☆「お問い合わせ」詳細→・vario210@gmail.com
 









最終更新日  2010/04/26 06:10:32 AM
コメント(1) | コメントを書く


Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.