伊達政宗終焉の地(日比谷公園)
有楽町駅からゆっくり歩いて日比谷公園に入った。公園に入ってすぐに「伊達政宗終焉の地」と書かれた案内板を見つけた。案内板には次のように書かれていた。・ここは、仙台藩祖伊達政宗から三代綱宗の時代、仙台藩の外桜田上屋敷があったところである。・慶長六年(1601年)、政宗は徳川家康より江戸屋敷を与えられ、外桜田の屋敷は寛文元年(1661年)まで上屋敷として使用された。・その敷地は、東西は心字池西岸から庭球場東端まで、南北は日比谷堀沿いの道路から小音楽堂付近まで広がっていたものと推定される。・政宗の時代には、徳川家康が三度、二代将軍秀忠と三代将軍家光はそれぞれ各四度ここを訪れ、もてなしを受けたことが記録に残っている。・政宗は江戸参勤の折、寛永十三年(1636年)五月、ここで七十年の生涯を閉じた。「江戸参勤の折…」と書いてあるが、江戸に来てから体調を崩したのだろうか。仮に体調が悪いまま仙台から江戸まで旅をしたら、その途中が終焉の地となってしまう可能性もある。そんなことはしないのではないか。そう考えると、江戸に着くまではきっとお元気だったのだろう、と何の知識もないまま思った。蒸し暑い週末。心字池で大きなカメラを構えている数人を除き、日比谷公園にはほとんど人がいなかった。