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カテゴリ:仙台の歴史
神子町(みこまち)は、かつて仙台の城下町の北部にあった町名。昭和43年2月1日実施の住居表示によって、今は仙台市青葉区木町と通町一丁目のそれぞれ一部になっている。
![]() 神子町のうち、通町一丁目に変わった場所には通町小学校があり、小学校以外の場所は神子町から木町に変わっている。 辻標87番「北八番丁/神子町」は、神子町を次のように説明している。 ![]() ・北八番丁と北九番丁を南北に結ぶ町。 ・寛文12年(1672)から元禄3年(1690)の間に町割りがなされ、主に瓦職人衆が居住した。 ・この町の瓦は藩用であったため、窯元の瓦師は棟梁た呼ばれ、帯刀を許された。 ・町名は、この地に朝日という神子が住んでいたことに由来するという。 また、仙台市HP「道路の通称として活用する歴史的町名の由来」は、神子町について次のように書いている。 ![]() ・木町通の一筋東、北八番丁から北山町に至る町で、朝日という名の神子が住んでいたためと伝える。 ・藩営の瓦焼場が設けられ、職人、足軽の町として割出された。 ・以来、瓦職人の町として近代まで続いてきた。 都心から程近い場所にありながら、両側が行き止まりの比較的静かな住宅街だった。
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Last updated
October 23, 2025 12:00:13 AM
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