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April 27, 2026
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カテゴリ:仙台の歴史
琵琶首丁(びわくびちょう)

仙台の旧町名「琵琶首丁」は、仙台城から広瀬川を渡ってすぐの所、城下町の中でもお城にかなり近い場所にあった。
今は、昭和45年2月の住居表示によって青葉区大手町、花壇、片平一丁目のそれぞれ一部になっている。

訪れてみると、市街地から広瀬川に向かって一段低くなった場所に旧琵琶首丁はあった。


(かつての琵琶首丁から市街地に向かう上り坂。藤ヶ坂または藤ヶ崎と呼ばれ、仙台七坂のひとつと言われる。坂の上はかつての片平丁(今の五ツ橋通)。坂の左側には藤坂神社が建っている。)

藤ヶ坂の上に建つ辻標23番「片平丁/琵琶首丁」は、琵琶首丁を次のように説明している。

・琵琶の形に広瀬川で三方が囲まれた地形の北端を琵琶首という。
・片平丁から段丘下に下る所が藤ヶ崎である。
・琵琶首丁はこの段丘の下を弓なりに大橋東袂に至る。
・昔は卸小人と卸職人の町、今は東部が商店街となった。
・町の南に藩の花壇があった。


(赤い線が琵琶首丁。広瀬川を下に向かって大橋を渡ると仙台城に入る。)

道筋で示すと琵琶首丁は赤い線のところだけ。だけど住居表示の旧新対照表をみると、評定河原球場や東北大学の陸上競技場のあたりも琵琶首丁だったとされている。区画が大きかったのか、道がなかったのか、家屋がなかったのか…


(評定河原球場。球場北側は一段高くなっていて仙台の市街地が広がる。広瀬川と青葉山が一望できる段丘上にはマンションが立ち並んでいる)


(東北大学の陸上競技場はのどかな雰囲気。古木の並木もあって閑静な住宅街となっていた)

辻標に書かれている御職人(おしょくにん)とは、仙台市のウェブサイトによれば、藩に召し抱えられた職人とのこと。琵琶首丁には挽き物(ひきもの・ろくろを使って作られる木製品)の職人がいたらしい。



藤ヶ崎(藤ヶ坂)の脇に建つ藤坂神社。東北六魂祭というお祭りのウェブサイトが藤坂神社を紹介していた。

青葉区大手町にある『藤坂神社』。
・「仙台七坂」の一つに数えられる藤ヶ坂にひっそり佇む藤坂神社は、かつてこの近くにあった絹織物「仙台平(せんだいひら)」の織物工場が織姫を祀っていた神社。
・仙台大空襲の戦火を奇跡的に免れた強運の神社でもある。


辻標「片平丁/琵琶首丁」。琵琶首丁は左側の藤ヶ坂を下っていく。






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Last updated  April 27, 2026 12:00:22 AM
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