明日は、ミステカオイル・トレーニングの日。受けるんでなくて、初めて教える日。だもんで朝からその準備に忙しい。ユニティーが届けてくれたオイルやミストやカードやその他を部屋に並べてみた。まぶしい。もともと僕の部屋は、本とCDとへんてこなグッズと洋服以外の生活用品はほとんどないのだけど、またどっさりと玩具がやってきた。うれしい。このオイルは即効性でハートを開く効き目がある不思議なものだと思っている。このオイルを使いながら、ミスティカからは「完全に自由にあなたの直感で教えなさい」と信頼を寄せられてるので、そんなふうにやってみるつもり。
セドナでミスティカからティチャーにならないかと誘われた時は迷ったけれど、やることにして良かった。神秘のオイルとはいえそんなに秘教的でないし、ミスティカ、カビーシャ、オショーというエナジーの系譜を伝えやすいと思う。友人がすご~く落ちこんだ時に、オーラソーマを見て、「キラキラしやがって・・」と思ったというけど、ミスティカオイルは気取ったところはなくて、もっと親しみやすい。
昔、インドのプーナのミステリースクールがサニヤシンの中でもインテリで、瞑想一筋の人たちの集まりだとはあまり知られず、表面的にイベントでのピンクのハートのクッションや、でっかい水晶やらの色んな仕掛けにだまされて、サニヤシンの中でも変なお金持ちの変わった人たちの集団と思われていて、僕も長いことそう思いこんでいた。
あの頃毎週チャネリングイベントなんかが人知れず夜にあって、そこにいくとさっき失恋しました・・なんて感じの人たちに、端で聞いてると当たり前なんだけど、本人のハートには切々と訴えてくれるようなチャネリング(誰へなのかは不明)をしてもらうのに、みんなでハートの形のボックスに手を入れてくじを引いたりして始まって、最後にはなんだかみんなホワ~と幸せになって帰る夜や、OSHOアメリカ大使のラニが魔女の格好をして、目隠しされた参加者を真っ暗闇にしたダークネス瞑想用の部屋に連れて行くといった怪しいイベントや、何人かのイッテシマッテル女性をエネルギーの柱として、クルクル回る彼女たち踊り子が四隅に配置された部屋で待ってると、一見「清川にじ子」かとも思われる迫力のあるカビーシャがドデカイ水晶を持って入ってきて、それを振りかざした途端、ドーンとエネルギーがやってきて、僕は思わず涙が出るし、前では失神する人もいたイベントや、そのカビーシャがアビルババとデービットと並びながら、OSHOがまだ肉体に居た時なのに、OSHOの講話が終わってから、カビーシャに質問したら、OSHOに代わって答えてくれて、僕の額にグリグリと指を押し付けてくれたりした「シンクロニシティー・ウィズ・マスター」といったイベントや、ヤバイナ~、こんなことプーナでしてて、いいのかな~?と思いながら、それでも僕は不思議にミステリースクールに引かれていた。(日本人はもっと真面目なサガプリアとかのワークに興味を持つ人が多かったので、知らない人が多いと思う)
でも初めてそのミステリースクールの校長先生のようなワドゥドゥのグループに出たときは驚いた。ハーバード大出の脳みそは、第3の目が飛び出しているようなオデコに包まれていて、僕が何かを質問したら、彼からレーザー光線のような光がやってきて、ホンマモンの男の魔法使いに会ったとことを驚いたし、僕は正直怖かった。
全然怖くないハート瞑想の大家であるワドゥダのことは昔からお世話になっていたけど、彼女が毎年毎年変化して、何時までも若いことも魔女といえば魔女。彼らはサニヤシンの中でも超インテリで、実は人生を純粋にOSHOのビジョンと瞑想にコミットしている(していない人のほうが多い)多くの古強者サニヤシンが、スクールに関わっていることも段々わかってきた。
そうこうしている内に、ヤバイことをしてたからかどうかは知らないけど、ミステリースクールは、プーナからアメリカのセドナに移って、OSHOアカデミーと名を変えた。その頃、インドやビルマやヨーロツパでスーフィーの修行をした末にロサンジェルスにいたミスティカが、セドナにやって来て、「サイコロジー・ブ・ザ・ブッダ」を受けて、マインドとの非同一化を学んだ、と雑誌フィリのインタビューで喋ってたけれど、僕もラハシャに勧められてセドナに行って、「サイコロジー・ブ・ザ・ブッダ」を受けたのは、大きな人生の変化になった。何年も何年も瞑想している人たちも、マインドから距離を持つということは、こういうことだったのか!という目からウロコが落ちる経験をするこのテクニックを創り出したのは例の清川にじ子(というよりマトリックス1にでてきた預言者がそっくり)みたいなカビーシャで、カビーシャはOSHOから「目に見えないものを見えるように」と言われて、このブッダの心理学を創り出した。
それまでの僕の人生は、ゾルバか、ブッダか、その時々に傾いてきたが(ゾルバ・オァ・ブッダという感じで、極端から極端に走ってた)それが段々とOSHOのビジョンであるゾルバ・ザ・ブッダを生きれるようになってきたような気がするのも、マインドからの距離の持ち方を「サイコロジー・ブ・ザ・ブッダ」で教えてもらったからだと思う。(ながい間、瞑想していたと思いこんでいたというのに!)
その後もたくさんの世話を受けにセドナに通ったけど、そこで出会ったミスティカからは、今度はこんな形のサポートがやって来た。ミスティカオイルは最初はカビーシャ・オイルと呼ばれていた。カビーシャというOSHOの献身者なんだけど、一人の偉大な神秘家といってもいい人から、伝達されたエネルギーがそのミスティカのオイルとワークにはある。実際、カビーシャがアロマのことなんか全然知らなかったミスティカにそれを作らしたとも言える。興奮して、長く書いてしまった。OSHOからカビーシャへ、カビーシャからミスティカへと続く法脈というものがあるとしたら、微力ながらそれを伝達したいと思う。
そういえば、サニヤシンになった時にマラを首にかけてくれたのは、カビーシャだった。彼女は僕の名前を見て、「勝利という意味・・あなたはもう成功しているということよ。」と耳元でささやいてくれた。ということで、肩の力を抜いてリラックスして遊んでみます。明日は瞑想が初めての人もいっぱい参加する。あの昔のミステリースクールのイベントのように、フワフワして軽いんだけど、少し怪しく神秘的で、それでいて親しみやすく、普通の人の傷ついたハートが知らないうちに癒されるような、そんな場になれば良いな、と思う。能はないけど、爪は隠そうっと・・