ゲシュタルト・セラピーの創始者であり、当時のヒューマンポテンシャル・ムーブメントの最前線であるエスリン研究所のナンバーワン・人気セラピストであったフリッツ・パールズを「ナイス」だと言った人はひとりもいないと言う。
彼は、だれかの期待に沿うような行動はいっさいしなかったらしい。その上、いつも悪意のこもった言葉を使って参加者を挑発したそうだ。誰かが「自殺するぞ」と脅せば、「すぐにやりなさい」と言ったそうだ。それでかどうか、エスリン研究所でのプログラムでは、実際の自殺者もでた。参加者はみなすっかり驚き、恐怖におびえ、パールズのクライアントの扱い方に怒りを感じた。しかし当のパールズは何気ない様子で、悲しみの言葉も述べなかった。
ただ一言「ああ、みんなゲームをしているんだ」と言っただけだった、そうだ。
それでも人々は、セッションやその他の時に彼にうまく取り入ろうとしたり、彼に良い印象を与えて承認を得ようとしたらしい。しかし、パールズは面と向かって、または大勢の前で、以後も誰でも侮辱した。それも「メス犬、クソッタレ、泣き虫、ウソツキ、クレイジーだ」といったたぐいの言葉を使って。
セッションのなかでも、クライアントが退屈なことをしていると、椅子に座ったまま眠ってしまう。またはただ無視した。
しかし、「あなたが素直で、純粋にあなたの感情を表しているとか、ただまっすぐに彼と向かい合っているとか、ともかく彼の承認を得ようと頑張っているのでないとわかれば、彼は反応するのだった。それも直接的に、むしろ暖かく、同情しながら。」(エスリンとアメリカの覚醒 W・T・アンダーソン 誠信書房より)
こんなエピソードがある。自己実現的な人間の研究と「至高体験」で有名なアブラハム・マズローが講演をしにエスリンにやってきて、有名な温泉につかり、有名なマッサージをしてもらって、それを崇高な「至高体験」であると上機嫌に語ると、「くだらない。君は性的に興奮しているだけなんだ」とパールズは揶揄した。
そしてマズローの講演会では、「これは学校みたいだ。ここには生徒がいて、そこに教師がいて、正しい答えを与える」と言って挑発した。さらにパールズは椅子から床に滑り降り、マズローの方に向かって床を這って行き、彼のほうに腕を伸ばして「ここに、みんなのいるところに降りて来いよ。普通の人のところに降りて来なさいよ。」と言った。以下さっきの本によると、「その場にいた人たちはみな恐れをなして黙ってみているばかりだった。パールズがフリッツに、子どものようだと言ったので、パールズはゲシュタルト・セラピーのスタイルで子どもを演出し続け、すっかり子どもになった。床を這いまわり、クンクン鼻を鳴らしながらマズローの膝に抱きついた。このジャンプ・スーツを着たクレイジーな老人が自分の膝を抱き、赤ん坊のような声を出している間、そこには角刈り頭の、カシミアのセーターに包まれたブランダイズ大学教授でヒューマニスティク心理学の父である、やさしいマズローが岩のように固くなって立っていた。」そうだ。
パールズは一生涯を「自分自身に責任を取りなさい」ということに捧げた人だ。彼のアプローチはひたすら、「今ここで、自分は誰であり、何であり、どこにいるのか」の追求だったし、パールズはどこに行っても何かの、Shit(ウンコ)を発見し、それをばらし、掘り返し、始末をつけた。
彼はShitには基本的に三つの種類があると言った。ひとつはCHkin-Shit(鶏のウンコ)英語での普通の意味は「うそ」「ぺてん」パールズはこれを「きまり文句だけの日常の会話の大部分」と言い、また、Bull-Shit(牛のウンコ)を普通は、たわごと、ナンセンスの意味で使うが、彼はこれを「説明であり、合理化であり、彼が患者との接触で出会うゴマカシのゲーム」と定義し、さらに、革命だとか人間の成長といった偉大な問題についての高級な話し合いをElephant-Shit(象のウンコ)と呼んだ。
パールズは超自然的なものを軽蔑し、瞑想は京都滞在中にやってみたが、座っていて何もしないのはこれまで考えられた最も愚かな暇つぶしだという結論だった。瞑想はウンコでさえもない言った。
ヒットラーとムッソリーニーの時代を生きたパールズは歴史とは血なまぐさい闘争であり、善人の勝利は絶対に保障されないと考えていた。
彼は、ヒューマニスティク心理学の興隆と社会変革に沸く人々に対して「ある民族はヒューマニズムとファシズムの間を行ったり来たする。ヒューマニストは自己実現のために生き、生き生き生きようとする。ファシストは人民を支配し、人民を利用しようとする。ファシストのほうが前進が早いだろう」と言って嫌がられたりした。
彼は社会変革とか成長とかいう考えも軽蔑していた。変革するただひとつの道は、それぞれが自分自身であることによるものだ、と考えていた。
彼はその行為における実存主義者だったし、人々が何かをしている時に、そのしていることを鋭く観察し、その行動に注意を向け、その情動のリアリティーにズバリと切り込んだ。
彼とW・ライヒの功績を抜きに、現在の様々なセラピーは存在し得ない。
さらにこんな話がある。死の直前にフィリッツは起き上がろうとして、起き上がるには生命維持装置の複雑な機械を外さなければならない。看護婦に「寝ていなさい」と言われた。彼は看護婦に「おれに何々しろと言うんじゃない」と言ったということである。
痛快である。