挫折10月。見方によるが、ビーバー社長のスタートとなった。 一緒に働き出すのは4名。 みな、社会保険労務士合格者か合格見込みの人。 私の人生のお決まりだが、4人中女性は一人。いつも、そうなんだ。 初めて、六法全書を引き、調べ事。 デスクが決まっていない環境が新鮮な一方、 窓がないことがとてつもなく嫌だった。 自分が受講生だった頃の講師の人が隣で仕事をしているのが、 とっても不思議に思ったのを、10ヶ月前のことなのに 鮮明に覚えている。 さて、仕事といえば、毎日、六法を引き、校正の日々。 これが、辛い。誰とも話さず、赤ペンと六法が友達の時間。 そんな環境で1週間も立たずに、内乱が起きた。 「講師のコマ振りが不公平」というのがそもそもの発端。 既存の講師たちが、振り分けられる授業数について 不満をぶちまけ、社労士課の全員をよんで会議を始めた。 何時間だろう?4時間くらい話していたんじゃないかな? 正直、そこで落胆した。 新人の入る隙間・成長させる猶予はないんだということを 講師希望だった全ての人が状況を悟った。 長い話し合いの翌日、社労士課のトップの方(女性)が 新人4人を呼んで、昨日のお詫び。 そのトップの方にオーラを感じ、見ただけで圧倒された私。 でも、もう「ここで講師」をやることに諦めていた自分がいた。 しばらく、校正の仕事を続けるものの、 その作業に頭が禿げそうなくらい嫌で嫌で、結局、辞めることを選択した。 辞めるのを決めたもうひとつの理由がある。 それは、面接の時。模擬講義をして、ビーバーが教壇に立ったとき 採点をする現役講師の人がいた。 模擬講義の後、面接を現役講師の人を交えて行ったんだけど、 その時に、 「あっ、何か同じ匂い(=同類項でいい付き合いができる人)がする」と 直感的に感じ、ここで働こうと決心。 しかし、実際、10月から行ってみると、その人は辞めていた。 どうやら、大好きな仕事だったのに、環境に耐えられず 辞めたとのこと。 自分を正当化するわけではないが、 校正の仕事や嫌だったこと・講師になりにくい環境があること・ 同類項の人がいなかったことが重なり、講師の道を諦めることにした。 でも、きっと、同類項の彼女がいたとしても同じだと思う。 そして、金融業界に戻った。 夢だった講師業なのに、一歩も踏み入れず、 諦めてしまった。 で、今思う。 講師業を諦めて、人生のトンネルに入り、 結局、たどり着いたのは、「情報を発信する人=講師=先生」を やっぱり「やりたい」。 今は、情熱を傾けられる分野を模索中。 どの分野の情報発信者になるのかは、大体、掴んでいる。 あとはマーケティングと人に喜ばれる内容・仕組みを加えて 行くため、日々活動中。 遠回りだけどね、いい経験でした。といえるようにします。 (2004年6月22日 自宅のPCにて 正直な意見と気持ち) |