砂漠の薔薇(金田一少年の事件簿)
「これ、何?」一の問いに明智は顔を上げて、指差すものに視線を移した。「ああ、これは『Desert Rose』というのですよ」「『砂漠の薔薇』?」おや、よくわかりましたね。にっこり笑って言う、相手の厭味に少年はむっとしたように睨み付ける。「まあ、それくらい訳せなくては、なんの為の学校かと思いますけどね」「ほっといてくれよ…でも、それって石だろ?彫ってあるのか?」薔薇というには、少しばかり不恰好ではあるが、言われて見れば見えなくもない。そんな形の物。「いえ、これは自然の産物ですよ」カルシウムの硫酸塩鉱物。ごく普通に産出する鉱物で、砂漠の地下水が蒸発する時、残されたミネラル成分から晶出するらしい。何故、このような形になるかはまだ分かっていない。構造は板状の結晶が一方方向に並び薔薇のような形になる。「うううぅぅぅ~」頭を抱えて座り込む一に、苦笑を向けると、馬鹿にされたと思ったのか頬を膨らまして憮然とした表情を見せた。「まぁ、早い話が石膏みたいなものです。友人の土産にもらったのですけどね」面白いでしょう?明智の言葉に一は頷いて恐る恐るといった感じでそれを手にとって見る。「土産物としてあるらしいのですが、それは友人自身が取ってきたものです。」「へぇ」「大きいものだと、花がいくつも連なっているように見えるものもあるそうですよ」「ふぅん」そう言いながら、いつもの少年からは想像もつかないくらい慎重な手つきで、それを明智の机の上に戻すと、腰をかがめ視線を机の高さに合わせてしげしげと眺め出した。「気に入りましたか?」へ?と、顔を上げる少年にむかって明智は言葉を続けた。「よかったら、差し上げましょうか?」驚きで目を丸くしている一を見下ろしながら、言った本人はもっと驚いている。何故、こんなことを言ってしまったのか、自分でも分からない。「まぁ、君には一生縁の無い物でしょうから」誤魔化す為に言った言葉に、少年は微かに眉をよせたが、小さく息を吐いて首を振った。「いいよ、せっかく明智さんの友達が取って持ってきてくれたものなんだろ?」「おや?遠慮するなんて君らしくありませんね」「とにかく、良いって言ったらいいの!」語気も荒く出て行こうとする少年に苦笑して、明智は後ろから声をかける。「いいんですか?剣持君と食事に行く予定じゃなかったんですか?」用事で所轄に行っている剣持を待っていた一の足が止まった。ちなみに、この時部屋の中にいた他の刑事たちは、触らぬ神になんとやらで、じっと黙って書類制作にいそしんでいる振りをしていたが。しばらく、一の頭の中で食事と厭味が天秤にかけられていたが、どうやら食事の方が勝ったらい、くるっと体の向きを変えると、明智の方を向き直る。「アンタは仕事しなくっていいのかよ?」「私は、書類も書き終わって、今は剣持君の報告待ちの状態ですからね」きらきらとした、何かをしょって爽やかに笑う明智とは対照的に、やっぱり帰れば良かったと、思う一であった。この後、剣持が帰ってくる一時間後まで、一は明智の薀蓄をひたすら聞かされる事になる。暫くたって、遊びに来た美雪に大事そうに箱に仕舞われている「砂漠の薔薇」を発見されて、一が慌てるのは別の話。