『西郷札』松本清張 、新潮文庫
1877(明治10)年、野に下った西郷隆盛は薩摩の軍勢を引き連れ、東京に向かおうとしていた。宮崎県佐土原に住む士族・樋村雄吾は、父と義母、義妹を残して、西郷に従軍するため、鹿児島に向かった。当時は宮崎県の南部は島津が支配していた。
2月15日に西郷の軍は鹿児島を出発した。しかし、熊本で官軍の激しい抵抗にあった。世にいう田原坂の戦いで敗れ、西郷軍の主力は宮崎県に逃れた。
そこで、食料や武器を調達するために藩札を印刷した。いわゆる『西郷札』だ。宮崎県の南部・長井村を根拠にしたが、やがて官軍に包囲された。
西郷軍はそこを脱出するが、右肩に銃弾を受けていた樋村雄吾は、隊から遅れ、夜中であったこともあり、気が付いたら一人になっていた。
樋村は、近くの郷氏・伊藤甚平に助けられた。翌年、家に帰ると父親は死んで、家は戦で焼失していた。義母と義妹・季乃は親せきを頼って、東京に行ったという。雄吾も、田畑を売り払って上京した。
いろいろあって、雄吾は東京で人力車を引くことを生業にした。
ある日、たまたま乗せた男の客が、降りた家で妻が迎えに出てきた。顔を見て雄吾はびっくりした。義妹の季乃だったのだ。季乃もびっくりした。それ以来、季乃が客のふりをして、2人は会うようになった。
そんな時、雄吾は恩義ある人から幡生粂太郎という人物を紹介された。粂太郎は西郷札を持っていた。賊軍の発行した藩札ということで、政府は貨幣と交換してくれない。ただの紙切れなのだ。しかし、無理やり西郷の軍から買わされた商人たちは困っている、これを何とか出来ないかと考えていた。
樋村が、大蔵省の官吏・塚村圭太郎の妻・季乃を知っているようなので、粂太郎はとりなしてもらえないかと言った。
雄吾は断り切れずに、季乃に頼んで塚村に会わせてもらった。これが、2人にとっての不幸の始まりだった。
本書『西郷札』は、松本清張氏の初期の作品で、直木賞候補になった。
西南戦争のさなか、たまたま部隊から離れ、戦線を離脱したことによって、樋村雄吾の運命は変わった。
歴史に興味のある人にとっては、小説以上の面白さがあるのではないだろうか。
また、兄弟でありながら互いに魅かれあう雄吾と季乃。この心の機微もうまく描かれている。
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