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東京今昔物語 (写真の世界 http://wakowphoto.world.coocan.jp/ より)

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2013.05.04
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カテゴリ:カテゴリ未分類
銀座から延びてきた中央通りは、今の新橋駅の東側で第一京浜国道に繋がります。丁度その場所で溜池、虎ノ門方面から延びてくる外濠通りが合流します。その交差点に旧汐留駅はありました。従って、旧汐留駅の跡地は、日本橋、銀座、品川、浜松町の旧東海道の路線上にあり、かつ、霞ヶ関の官庁街にも繋がる、立地的に見て都心の一等地でした。

このような優良地が何故遅くまで開発されずに残されていたかと言うと、次のような事情によるものでした。

国鉄を分割民営化する際に、民営化する JR 各社の経営を安定化するため、旧国鉄の膨大な債務を肩代わりする国鉄清算事業団を作りました。この事業団は国鉄の旧債務を負うと同時に不要な旧国鉄用地を所有しました。国鉄清算事業団は、膨大な債務を減らすために、貨物輸送の必要性が無くなった旧汐留駅の跡地を一刻も早く売却するつもりでしたが、時あたかも土地バブルの盛りであったので、国鉄清算事業団の土地売却がバブルを煽ることになるとして延期させられたのです。

ようやく平成4年末頃までには土地バブルも収まり、平成7年(1995)に旧汐留駅の跡地について土地区画整理事業の全体像が決まりました。その構想に従い開発街区ごとに開発業者に土地が売却され、その区域単位でビルの建設を進めました。その結果、10数年の年月を掛けて所謂シオサイトが完成したのです。

開発の全体計画では、一応、街区毎に商業施設などの業務商業系複合ゾーン(A~C街区)と、文化・交流系複合ゾーン(D、E街区)と、その他のゾーン(住宅、公園)に性格付けがなされていますが、出来上がったシオサイトは、そのような機能整備が十分でなく、外観も雑然として統一性に欠けるものになりました。(写真1、2、3、4)
  • 1.シオサイト:シティセンター-05D 05qr.jpg
  • 写真1 銀座側からみたシオサイトの看板ビルのシティセンター

    2.シオサイト:ミュージアム,シティセンター-01D 1304q.jpg
  • 写真2 シオサイトの主要ビルの陣容は不揃い

    3.シオサイト:トッパン・フォームズ、メディアタワー-07D 1304q.jpg
  • 写真3 メディアタワーなどの裏側も不統一

    4.新橋駅前-01D 05.8q.jpg
  • 写真4 新橋駅西口前から線路越えに見たシオサイトのラインナップは凸凹

    例えば、六本木ヒルズや赤坂アークヒルズなどの再開発地区が持っている街の統一性および周辺市街地との整合性は、シオサイトにはありません。またシオサイトと同じく多くの超高層ビルで構成された品川駅東側の港南街区は整然としていますが、シオサイトのビルの配置やスタイルは無秩序なのです。

    また、街の外観から見た不満だけでなく、シオサイトの中心駅である大江戸線汐留駅を降りてシオサイト地区内を散策しても迷いやすく大変不便なのです。勿論、新都市のシオサイトには、地下通路と地上道路とデッキ通路の三層の通路が整備されていて、夫々の街区は結ばれていますが、通路を整備しても機能の配置が雑然としていれば外部から訪問する人々は迷ってしまいます。
    (写真5)
    5.シオサイト:二階連絡通路-01D 1304q.jpg
  • 写真5 デッキ通路を歩く人は少ない。

    六本木ヒルズや赤坂アークヒルズは、森ビルという一私企業が、長い年月をかけて多くのバラバラの所有者の土地を買収統合して広域の街開発を行った例です。それに対してシオサイトは、国鉄清算事業団一社が所有していた纏まった土地でしたが、それをわざわざ分割してデベロッパーに分譲して、夫々が好みのビル建築を許したのが、この結果だと思います。

    六本木ヒルズや赤坂アークヒルズの場合は、分割されていた土地を統合して一社の指揮の下に再開発したのに対して、汐留跡地の場合は、折角公的機関が纏めて所有していた土地を分割して開発業者にバラバラに再開発させたというのは、誠に皮肉で不可解なことでした。

    本来ならば旧汐留跡地の所有者である国鉄清算事業団が総合指揮者となり、分譲を受けた再開発業者に対して整合性のある街造りの条件を付けるべきでしたが、国鉄清算事業団はバブル期の高値で売る機会を逸したので、土地を高く売ることに精一杯で、そこまでの配慮が及ばなかったのでしょう。

    司馬遼太郎は、嘗て「土地と日本人」と言うエッセーで、国鉄の駅前はどこでも汚なく店舗が互いにどぎつく自己主張しているために醜悪という美的用語さえ使いにくいとまで酷評していました。

    そして次ように付け加えました。
    「国鉄の駅前は、その町の顔であり、ひとつの象徴でもある。他の町の者がそれについて罵倒すれば、その町のひとびとは名誉心の問題として抵抗を感ずる。たしかにひとびとは駅前を景色として共有しているのである。ただ、一面ではそうであるとは思っていない。駅前の土地は、その所有の多くが国鉄であり、他の多くが、商店、会社のものである以上、そこで何が建てられ、何がこわされようとも、所有権所持者の自由だと思っている。」

    一旦建ち上がった超高層ビルは、大地震でもなければ、半世紀以上に亘り建ち続けるでしょう。海側の美しい浜離宮庭園越しに醜いシオサイトを見ると、司馬遼太郎の言う駅前の醜悪が高層化して立ちはだかるのを見ることになります。(写真6)
    6.シオサイト:ビル群-02D 06.03qrc.jpg
  • 写真6 浜離宮庭園越しにシオサイトの全貌を見る。

(以上)

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    Last updated  2017.03.03 20:30:19
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