前回の更新からずいぶんと時間が経ってしまいました。
ご心配をかけているのではないかな・・・って思ってはいるのですが、精神的なゆとりがないとなかなかパソコンの前に座れませんね。
姑はおかげさまで落ち着いた生活をしています。(と見えるのは私だけ?)
相変わらずテレビをつけていると、ぴーぽんぴーぽんと余震のテロップが流れます。その度に思い出したように身震いして、「近所の人たちは大丈夫かしら。家の中はどうなってるかしら」とつぶやいています。
徳島の私の周りの方々は、避難してきた人に会う機会がないのか、皆さん「大変でしたね~。」と同情してくださいます。
私の通っているイケメン接骨院に連れて行ったら、次々痛いところが発覚して、倒れたタンスを起こし時に痛めた肩・無意識にテーブルを抑えたらしく内出血した膝・などを治してもらいました。そうしたら今度は古傷のわき腹や足の甲もうずきだしたようです。院長の的確な治療で、ずっと痛くて右側を下にして寝れなかったのが治り、むくんでパンパンだった足が靴がゆるくなるほど良くなり、イケメン接骨院が聖地になりました。私が暇だったら毎日でも通いたいみたい。でもね、治療してもらった後に「で、いったいどの人がイケメンなの?」って大きい声で聞くのはやめてよね~。
先週末、急に思いついて調べたら、勝浦町のビッグひな祭りが20日までだったので、最終日に駆け込み観覧。2008年に行ったビッグひな祭り
ピラミッドは怖がるだろうとやめて、奥座敷の森本家を中心に連れて行きました。
入口では今年の干支ウサギ達がお出迎え。
お雛様の衣裳を全部脱がせて、それを型紙にして作った徳島特産の「しじら織り」の着物にすべて着替えさせたお雛様だそうです。
みんなでカルタ取りや
ブランコ遊びをするお雛様たち
徳島の文化、遊山箱。それを持って
お雛様もピクニック。本物のお寿司が入ってる
光源氏が御簾の間から覗くシーンを再現
ここでも、「東北から避難してきたんです~」と話していると、知らないおじさんが「僕も若い頃いわきで働いていたんで、知り合いがどうなったか心配しているんですよ」と声をかけられたり、森本家の奥さんにお茶を入れていただいたり、みなさんに親切にしていただきました。
森本家へ向かう奥座敷の道の飾りは、年々すばらしくなるようです。3年前より飾っている家が増えました。青竹の装飾がステキ。
車で走っていて「あら?何の花かしら」と降りて見ると、ビニール紐で作ったポンポンを木にくくりつけてあったのでした。
雨に濡れないように焼酎のボトルに入れられた官女。見ているだけで息苦しいよ~~。助けて~~。
昔のオート三輪の前でみかんを売っていました。車のボンネットのマークが
こんなのなんですが、どこのメーカーの車かわかりますか?
帰りに寄った道の駅でソフトクリームを食べる親子。満面の笑みですね。
私のは黒みつキナコ味。
最初は姑も覚悟ができてなかったようで、ほんの1週間程度で帰れるつもりだったみたい。持ってきた荷物も少なくてびっくりでした。現地に水や電気さえ通れば帰れると思っていたようですが、夫は放射能のことが収まらない限り帰す気はありません。皆さんニュースでもご存知のように、30キロ離れた自宅待機地域よりも福島市内の方が放射線量が多いんですよ。地元の野菜が摂取禁止になってるし、残っている方の話では食べるものを買いに行くために必要なガソリンもないらしいです。
来てからの一週間は欠食児童のように食べさせていましたが、その後いろんな事が発覚。生活が一変することになります。