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江藤淳の「小林秀雄」を読んでいたら、標題のフランス語に出会った。小林の奈良時代の手稿らしい。長谷川泰子から逃げ出した時代のもの。bonteのeの上にはアクサン・テギュがあるのだが、表記できない。「真の哀しみとは優しさ以外のものでは決してない」という意味だろうか?学生時代以来のフランス語でおぼつかないのだが。
こういうことを小林は中也・泰子との愛憎劇の最中で考えていたのだろうか。こういう壊れやすい優しさを秘めた人間があの「物」そのもの?のような強さにいたる秘密を知りたいものだ。「父」でもない「子」でもない、社会をも離れて物の美に惹かれて行く一人の人間の軌跡。 ぼくはしかし相変わらず、この哀しみを俗化したロマンチシズムのなかにいて、「子」の無垢もなければ、「父」のbonteも知らない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 9, 2003 12:52:20 AM
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