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詩人たちの島

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September 16, 2003
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「日本は、米国やソビエト・ロシアのような超大国にくらべることのできない小さな軍備をもつ国としてあり、軍事的な強制手段に頼ることなくほかの国々との貿易を求めていかなければなりません。この見通しは、かつて戦時下に鎖国状態が用いられた仕方で、軍国としての団結と膨張への道をとることを妨げます。
 
日本に在留する朝鮮人の集団、戦争によって本土の人たちとくらべようもないほどに手痛く打撃を受けた沖縄の住民、原爆によって打たれた記憶をもつ人々、そして否定の形における精神的遺産としての十五年戦争の記憶、これらは戦前の日本人が夢見ることさえできなかった仕方で鎖国状態の伝統をつくりかえることを助けます。

戦争中にさかんに声高に唱えられた思想の流儀は、西洋渡来の思想体系と正面から対決するのに十分な力をもつように、不謬の普遍的原理をそなえるものとして日本の伝統を理想化しました。それは日本の伝統を歪めてとらえる結果になりました。実際に日本の伝統は、あらゆる場所とあらゆる時代を通して同じ仕方で人間を結びつけるような、人間を縛るような普遍的断定を避けることを特徴としています。この消極的性格が日本思想の強みでもあります。普遍的原理を無理に定立しないという流儀が、日本の村に、少なくとも村の中の住人の一人であるならばその人を彼の思想のゆえに抹殺するなどということをしないという伝統を育ててきました。

目前の具体的な問題に集中して取り組むことを通して、私たちは地球上のちがう民族のあいだの思想の受け渡しに向かって、日本人らしい流儀で、日本の伝統に沿うたやり方で働くことができるでしょう。それは西洋諸国の知的伝統の基準においてはあまり尊敬されてこなかった、もう一つの知性の在り方です。」(「戦時期日本の精神史1931~ 1945」鶴見俊輔・岩波現代文庫)

これは鶴見が1979年9月から80年4月までモントリオールのマッギル大学で講義をしたノートの最後の部分である。もとは英語で行われた講義。英語版も出ていると後書きで加藤典洋さんが書いている。加藤さんも、この講義の聴講生だったということだ。もっと昔に出版されて、何か賞をもらったような記憶があるが、ぼくは恥ずかしながら初読。この夏の読書で一番感動した本だ。このあとに続く本書の最後の最後の部分も引用したくなった。

「リリアン・ヘルマンは、マッカーシー上院議員の攻撃にさらされた結果、米国知識人のあいだにある自由主義的伝統の薄さに気がつき、むしろ知識人であると否とを問わず、何人もの人たちと彼女が分かちもっている彼女自身のまともさの感覚に寄りかかるようになりました。彼女は、いま私がここで述べたと同じような直感をもっていたのかもしれません。生き方のスタイルを通してお互いに伝えられるまともさの感覚は、知識人によって使いこなされるイデオロギーの道具よりも大切な精神上の意味をもっています。」

加藤さんの解説によれば、リリアン・ヘルマンの言葉「まともさ」の原語はdecencyであるということだ、それを「まともさ」と日本語に訳し直すところに鶴見俊輔という人の思想の根底があるようにぼくは思う。これは鶴見が当時の自分の英語の講義ノートを日本語に語り直してテープに吹き込み、それをおこしてもらったものだ。彼の肉声が隅々まで聞える。とても風通しのいい、大きな、公正な書物だ。加藤さんが「二年後、カナダから帰国してから、物書きの真似事をはじめたが、現在までにいたるほとんどすべての仕事が、この授業をいまなお、水源にしている」と2001年の時点で書きつける所以もわかるような本だ。

しかし、引用した部分を読むと、それらは今なおわれわれの現在の切実な課題であるというしかない。鶴見さんが希望を託してのべたもろもろの「日本」的なるものの「水源」を涸らすようにしか、この二十年余の時代は動かなかったようだ。これは敗北ではない。もう一度、この希望の書に述べられたように、各自の目前の生き方のスタイルを通して伝えられる「まともさの感覚」に寄りかかり、それを分かち合い、歩むことができれば。





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Last updated  September 16, 2003 08:52:11 PM
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船津 建@ Re:Die schlesischen Weber(シレジアの職工)(05/25) 引用されている本にはかなり重大な誤訳が…
名良橋@ Re:言挙げせぬ国(01/04) YouTubeで虎ノ門ニュースをご覧下さい 自…
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