詩人たちの島

国際通りと沖映通りが交わるところ、三越デパートのほとり、スターバックコーヒーを横切ったところ。三越やスターバックには縁がないが、私が行くのはそこにある沖縄一の居酒屋「レキオス」である。ビルとビルの谷間にあるから、あわてものは見落としがちになるかもしれないが、その谷間に、夏であったならば涼風が吹きぬけるような感じ、あるいは「しもうたや」みたいに新興のビル街などに超然とした風格を感じさせる造りの家がある、そこが「レキオス」である。

五時には開くから、国際通りの喧騒に疲れた心と体を休ませるには絶好の場所だ。国際通りにあるのだから、こんなところにこんな静かな店があるのかと驚くにちがいない。格子戸みたいな引き戸を開けて入る。中は意外に広い。ややあって、特徴のあるスカーフ？をつけた物静かな美人が、アルトで「いらっしゃい」と迎えるだろう。空いているならカウンター席に坐るもよし、奥のほうの座敷席に坐るもいいだろう。しかし、どこに坐るかは客が決めるのではなく、お店がきめるのだという常識をわきまえつつである。

右手のトイレ前の暖簾には山之口獏の詩を染め抜いた紅型が使われている。なじみの客で、この詩の仮名遣いの誤りを指摘する文学通などと運良くあなたが遭遇することができたならば、もうここは別世界である。大和の塵を祓いたくて、何度もこのお店に飲みにくるという「リピーター」もいる。かくいう私もその一人だが、私なぞはまだまだ初心者である。２回目の訪問のとき、すこぶるつきの美人とカウンターで隣り合わせになるという光栄に浴したが、彼女は静岡から来たといい、もう十回ほどの訪問であるとのたまった。独身貴族であるが、しかしすこしも嫌味のない素直な女性であった。

また、ややあってもう少し低いアルトの女性が力強く登場する。何を隠そう、この人が居酒屋「レキオス」の女主人である。颯爽とした物腰、承れば昔日の高校生時代、体操部だったとの由、むべなるかな。優柔不断、生半可、巧言令色をもっとも嫌うが、底には沖縄の海のように大らかな心をたたえている。これも運がよければの話だが、あなたは女主人と文学・政治・倫理社会・その他の話題で盛り上がることも出来るかもしれない。40度のクースーは甕のなかにたたえられ、これは美味すぎて、杯を重ねているうちに前後不覚になることは必定だから、心して飲まなければならない。初心者は適正な値段の泡盛（銘柄を忘れたのが残念）をボトルで頼めばよい。これも十分に美味いし、十分に酔える。

ここは単なる居酒屋ではなく、料理が抜群である。料理だけを堪能しにくる地元の人々もいるほどだ。私の舌はこころもとないが、まずお勧めは各種のチャンプルーであろう。なかでもフー・チャンプルーを絶品とする。私なぞはこれを肴代わりにしてエンエンと泡盛を飲んでいる。あれはなんと呼ぶのか、私の荒れ果てた胃をなだめるかのごとく甘美に溶けていったのは、イカスミのおじやであった。これは最後の品として酒飲みがお店の終業時間前に絶対に頼むべき料理であろう。

いつの間にかお店は客で一杯だ。みんなの顔が輝いている。おいしい料理にまさるものはない。苦労も憂鬱も怒りも哀しみも、その料理を通して違うように見えてくる、いや味わうことができるものになる。魔術だ。それに美味い泡盛。私は私の永年の友で下戸である男を、このときばかりは気の毒にもあわれにも思う。彼は一つの喜びしか味わえないからだ。でも二つは贅沢だと彼は決して言わないだろう。

さあ終業だ。私は運がよければの話だが、獏の仮名遣いの誤りを指摘した男と女主人と一緒に、今夜は那覇の寂しい場末の雰囲気に満ちた店をも味わうことができるだろう。

（台風で鬱屈したであろう那覇の友人たちに笑ってほしいと思い、以上の戯文を草するのみ。妄言多謝）