詩人たちの島

2008/02/25(月)21:23

最終行

essay(268)

午後、土曜日に行われた入試の採点。公立校の格差はひろがるばかりである。 午前中、図書室。 読んだ本、C.M.Bowraの"THE CREATIVE EXPERIMENT"、邦訳は「現代詩の実験」(みすず書房)、訳は大熊栄という人。古い本だが、結構おもしろい。バウラは専門がギリシア文学で、オックスフォードの先生だった人。ギリシアの詩人カヴァフィスの詩を論じた「コンスタンティノス・カヴァフィスとギリシア的過去」という章を読んだだけだが、この名前だけ知っていて読んだことのない詩人について、もっと知りたくなった。精神科医の中井久夫がこの詩人の全詩集を訳したことも思い出した。池澤夏樹も熱中して訳していたころがあった。 船上にて     カヴァフィス   中井久夫訳 このちいさな鉛筆がきの肖像は あいつそっくりだ。 とろけるような午後 甲板で一気に描いた。 まわりはすべてイオニア海。 似ている。でも奴はもっと美男だった。 感覚が病的に鋭くて 会話にぱっと火をつけた。 彼は今もっと美しい。 遠い過去から彼を呼び戻す私の心。 遠い過去だ。すべて。おそろしい古さ。 スケッチも、船も、そして午後も。 この詩について、中井は次のように述べている。 ― このぴりっとした寸劇は彼ならではある。いきなり場面に強い照明を当てる第一行。スケッチは当時の同性愛者たちの写真代わりであった。そしてイオニア海は、ギリシアに深入りしている楠見千鶴子さんによれば「エーゲ海ほど激しく挑発的で明晰な色合いを持たない代わりに、柔らかく潤んだ大気と混じり合ったけだるい曖昧さで思わず吐息をつかせてしまう」。しかし、この追憶詩の最終行は?スケッチも船も古くて当然。だが「午後」とは?むろん、その午後ははるかな過去だ。だが、はっと疑念がきざす。回想に耽る只今の午後も陳腐だというのでは?そうなれば感傷はすべてくつがえる。―「イオニア海の午後」中井久夫『家族の深淵』所収) カヴァフィスの最終行は、たくらみに満ちたものらしい。

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