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幕末,堀眞五郎,敵への報恩長州編4

箱館戦争,幕末動乱維新の人々,峠下の惨劇,蝦夷の地、八王子千人同人移住隊,秋山幸太郎の散華,箱館戦争で捕虜になった男達,堀眞五郎のその後,品川弥二郎から受け取った「血に染まった人見勝太郎の陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」人見勝太郎と品川弥二郎,敵への報恩(長州編),【楽天市場】

 
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サイトTOP幕末WITH_LOVEのTOP_函館戦争の余波

捕虜達のその後<敵への報恩_長州編(現在の頁)
■1(捕虜第一号)_五稜郭や陣屋などに置き去りにされていた負傷者達7人組_長州、堀眞五郎他

敵への報恩_長州編(4)
堀眞五郎、あの時、捕らえられた捕虜series_No.2
関連(あの時捉えられた捕虜Series_No.1):敵への報恩(薩摩編)
「血に染まった陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」




堀眞五郎の謎の空白場面
・・・同友志士_品川弥二郎氏から、人見勝太郎に手渡された「彼自身の血に染まった陣旗」

一見、無関係の二事象。ところが、相当複雑だが、どうやら、万事ここから始まる。
「血に染まった陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」


関連:「敵への報恩」:幕軍に命を救われた敵の人々に関連したSERIES。
薩摩、松前など、ひとたび、救われた人が敵の立場で、後どう動いたか、どう悩んだかを追求しています。
高松凌雲に治療してもらった人、その経緯として「幕末のオーバーザレインボー、諏訪常吉の手紙」も関係します。
□関連:敵への報恩(薩摩編)ー軍艦高雄、船将:田島圭蔵
□薩摩の「死角」に填め込まれた二人の男達_No.1英士の末路:村橋久成<No.2真実の人:池田次郎兵衛
空転!松前に齎された平和交渉


品川弥二郎の懊悩:「我が友、堀眞五郎の姿」&「敵の使者_人見勝太郎」その過去
敵への報恩_長州編:最初から読むには→No.1
No.2No.3<※現在の頁はNo.4No.5No.6No.7


幕軍が五稜郭を占拠するまでの間、各地に小戦があったのみで、犠牲は比較的少ない
・・・と思われがちだが、・・・確かにそれは「数値」のみである。

初戦期の犠牲は、圧倒的に若者に集中した。官軍側も同様である。福山兵も憐れな結末となった。
官軍の長ともいうべく存在、長州にがっちり見張られ、少年達の散華が相次いだ。
悲しからずや、ああ運命よ。同様にして、幕軍側も、若く清らかな少年達の命を、ここに喪失する宿命を背負う。
(初期戦、福山藩他少年達の散華

人見勝太郎、白銀の使命


幕軍は、突貫を繰り返し、行く手を阻む敵陣に突入した。

「突貫!」降りしきる雪の中、隊長の鋭い号令の声が響く。
兵も士官も皆、己を捨てた。
捨て身の突貫である。砲隊相手に、抜刀かざして、生身の体で飛び込んで行った。

銃を構える兵士を直近距離で、蹴散らすのだ。

「人見殿!さっ、早く!もはや、お迷いなされるな!」
「我らにかまいますな!急ぎたまえ!」

決死の護衛隊。彼らは苛立ち、臆する人見を急き立てる。

「いいかげんにせぃ!早よ!さっさと、消え失せんかい!」

彼らは、完全に己を犠牲となし、魂だけがめらめらと燃えていた。


抜刀振りかざし、敵陣内に乱入した兵達は、たちどころに敵砲兵を斬り殺した。

幕軍の猛剣幕に、敵兵の陣は、思わず乱れ散った。
敵陣の中央に、僅かな隙間が生じた!!

「今だっ!」
その僅かな隙間を縫って、人見勝太郎達、使者隊は馬ごと一気に突破した。

「人見殿ぉ~!お行き下されぃ~っ!」

そう叫ぶ兵の悲壮な声。次の瞬間、それは、呻き声に変わり、
雪面に人がばさりと倒れる鈍い音。

人見勝太郎は、後ろ髪引く思いを振り切って、全速力で駈け抜けた。

この使命は断じて、貫徹すべし!・・・彼らの為にも、為さねばならぬ。高鳴る鼓動。震える思い。
人見は唇を噛みしめ、無我夢中で、駿馬に鞭打っていた。


全速力で駆け抜ける少数の騎馬部隊。人も馬も、吐く息が白く凍りつく。
蹄の音が、白銀の山々に響き渡り、針葉樹の谷間に木霊した。

ひっきりなしに降りつける白い魔物達。視界が阻まれ、馬は苛立ち喘ぐ。
凍結した大気が、人見の肺を一挙に締め付け、呼吸を阻む。それでも、鞭打ち、ひたすら駆けた。

何がなんでも、手渡さねばならぬ!
この「蝦夷到来の嘆願書」は、たとえ己の命が果てようとも、総督、清水谷公考に、必ず!

窒息寸前、馬上で、思わず顔を上げると、目にも口にも、
たちどころに雪が飛び込んでくる。乱れた呼吸は、
それを阻む術なく、肺にそのまま吸い込んでしまう。

苦しい。息が苦しくて死にそうだ!!

・・・・
それでも、駆けた。目指すは五稜郭。
駆けて、駆けて、気が狂わんばかりに、駆け抜けた。


・・・・・人見を走らせる為、犠牲となって散華した人々

箱館府軍苦戦_清水谷公考&アメリカ領事:「E・E・ライス」という男!

五稜郭に詰める箱館府知事、清水谷公考は、各地敗戦情報を耳にするなり、浮き腰となり、
全く話にならない。

初戦の小競り合いに始まって、峠下にせよ、川汲にせよ、全敗である。
伝令が入るたび、ろくなことはなかった。
峠下では夜襲を加えたものの、結局、使者を取り逃したという。
それどころか、幕軍が体勢を立て直し、逆にやられたのである。

そんな矢先に、アメリカ領事館のライスが代表してやってきた。
戦乱中の外人の保護政策に掛かる保障を明確化せよと、書面を携え、詰め入って来たのだ。
清水谷は、まさしくパニックの真っ最中。この時は完璧に、頓珍漢な発言を吐いてしまった。

「その者共、苦しゅうない。討て!討ってかまわぬ。各々方、賊を討ち取るのじゃ!
討って、討って、討ち倒すのじゃ~っ!」金切り声を張り上げ、喚き散らすと、後半は、
興奮のあまり、途中で息を詰まらせ、声がかすれて途切れる始末。まるで滑稽な漫画状態である。
だいぶヒステリックになっている。

ライスは呆れかえって、さっさと引き上げた。
「話にならん。全く」彼は、ぶつぶつ独り言を言いながらも、
その帰り道、たとえば、運上所など、要の建造物が、なんとも気がかりである。立ち寄ることにした。
案の定、予感的中。パニックの清水谷は、全く措置をとらぬまま放置している。
仕方ないので、本来アメリカの所有物とは無関係ながら、砲撃を回避させる為に、
アメリカの国旗を揚げて、応急処置をして回った。

アメリカの所有物に見えるモノ=「アメリカ国旗が揚がっている建物」には、榎本軍に限らず、
日本人はさんざん懲りているから、絶対に手出しされずにすむ実態を知っていたからだ。
幕府は「外人=賠償金」で散々な目にあったのだ。愚かな攘夷発想。根拠なく、滅多やたらに
外人と見れば、次から次へと斬りまくる国際問題が多発した。薩長、土佐の藩士が実に多い。
それでいながら、後始末はというと、いつも、その度に、幕府の財布が強烈に傷んだ。
この法外な賠償金、その繰り返しが原因で、幕府の屋台骨がぐらついた。
林薫は後に書いている。或る老中が、「ああ、またしても、賠償金か・・・」
呻くように座り込んだとのこと。
この話は、林の年齢からして、彼の実の父(佐藤泰然:林家に薫を養子でなく、表向き、
本当の子みたいな形で養子に出している)から聞いたと思う。

せっせと歩き回って、応急措置を済ませたライス。一件落着すると、思わず溜息が漏れた。
「ナニ?アレ?あの男、シミズダニ(清水谷)?アレ、ダメね。
・・・大丈夫なんか?アレ、あの男」

「相手が私だったから良かったようなもので、外人相手に討て!とは・・・
ソレ、アブナイ、ダメ!・・・危なっかしいヤツねえ。」
この頃、ライスの独り言は、時折、このように、ちゃんと日本語になっていた。

諸外国の脅威に、国内に緊張感が高まる真っ最中に、泥棒に留守番を依頼するようなものである。

ライスは知っていた。
幕府の最終箱館奉行、杉浦誠は、ロシアから、内密に誘われた。
「我々ロシアは、幕府側に味方しましょう。援兵を送ってあげるから、新政府とやら、
ソレと戦いなさい。」と忠告を受けたのだ。
しかし、杉浦は、「ご配慮、忝い。されど、内国の由にてご無用でござる。」
ぴしゃりと断ったのであった。

「対して、今度の政府とやらは、どうもダメねェ。」
ライスは、へんてこりんな日本語で、思わず、独り言。

外人さん、特有のれいのポーズ、唇を歪めて、いかにも「呆れました!」といわんばかりの
戯けた顔で、肩をすぼめて、両手の掌を上に向け、パッと開く。そして、ぶるぶるっと顔を
左右に振る・・・あの「おきまりパターン」。
(なんだか、目に浮かぶ。余談だが、この人物、ちなみに2メートル以上の超大男。そのお方
の、このポーズ、想像しただけで、非常~っに可笑しい!)

堀眞五郎の死闘_1


堀眞五郎の死闘


「糞ったれぃ!どいつも、こいつも、
屁のつっぱりにもならぬ!」


長州の堀は、今や清水谷の右腕、参謀である。
東へ西へ、自ら戦陣の隊に渇を入れ、
急遽きびすを返して、奔走した。


しかし、早馬が入り、
息を切らした伝令兵の
報告を聞くなり、
・・・・

ついに爆発した。


「なにっ!福山の腰抜け共、
ぬけぬけと、取り逃がしただと?
使者、人見を逃がしたとな?馬鹿野郎共め!」

吐き捨てるようにそう言うと、彼は、再び馬を走らせ、清水谷の詰める函館府に
急行、引き返していた。

体勢が不利となり、浮き腰の清水谷公考ではあるが、京都以来、長州志士を
影で支えた若い公家である。もともと、彼は、いわば担がれて押し出されたようなもの。
「副」の座に名は確かにあったが、本来TOPではなかった。そもそも、箱館府知事の座は、
いざとなると、皆余所ゝしく逃げ出したからだ。事の発端は、仁和寺宮嘉彰親王が箱館裁判所
総督拝命を辞退したため、こうなった。

清水谷は、学に秀でており、諸外国の脅威による蝦夷の危機を早期に建白した。
その事実が、こうなると災いしたとしか言いようがない。考えようによっては、
いわば逆に白羽の矢を立てられたようなものだった。

堀はそれらの経緯から、人が影で噂するほど、清水谷に冷ややかな心を秘めてはいなかった。
血腥い戦ともなれば、清水谷は武士ではない。公家なのだ。安全な場所へ早急に逃がすことに
なんら依存はない。

堀は急遽、清水谷の脱走手配を計った。ところが、速攻で動ける段取りができたのは漁船。
清水谷にゴネられた。小型の漁船で冬の津軽海峡、命の保障はない。恐ろしかったのだろう。
さすがに苛立った。

「梅吉!プロシアの連中は何を考えておる!出船の回答はまだか!」
彼は、この苛立ちを忠実な従者、山田梅吉に、当り散らして、怒鳴りまくった。

この段階で、長州志士、堀の怒りは頂点に到達していたのである。
峠下の戦以来、榎本軍は、さらに進軍速度を速め、ぐいぐいと力ずくで、
箱館に攻め寄ってくる。

「堀殿、明後日で、ござります。十月二十五日、確約御座候。」
プロシアの船なれば安全である。そうと決まれば、じっとしている場合ではない。
その途端、堀の即決即断が出た。

「梅吉!急げ!今、ただちに仕度をせよ!
いざ、出陣じゃ!我に付き従え!」

峠下の報に頭に来た堀は、 大野、七重に陣を築かせ、迎え撃つべく対処済みだ。
しかし、もう、堪忍袋の緒が切れた。

彼は、もはや、いても立ってもいられない。

「所詮、腰抜け共など、何人おっても同じことじゃ!
・・・福山も農兵共も、松前同様、なんの役にも立たぬ。
やつらになどに、もはや、任せてなどおれぬ。
今に見ておれ!目にもの言わせてくれるわ!」

堀はまたしても、駿馬に鞭打ち、七重の陣に駆けた。

堀眞五郎の死闘2


到着の頃には、すっかり日は暮れていた。二十三日のことである。

軍儀が一段落すると、村は、深々と降り積もる雪に包まれた。

まさに、嵐の前の静けさだった。


翌二十四日、運命の朝が明けた。

苛立つ堀。しかし、じりじりと時間が過ぎてゆく。
あいかわらず、あたり一面の雪景色は不気味な静寂を保ち、雪が舞い振る。

ついに、痺れを切らした堀が爆発した。

「皆の者、肝に命じて聞くがよい!臆病者は、ただちに斬り捨てる!
この堀が成敗してくれるわ。奮起、賊を討て!
一人残らず、首を討ち取れ!皆殺しじゃ!」

長州志士、堀が率いる隊は士気高揚した。強烈な一喝に、兵は恐れ従った。



午後、ついに、火蓋が切って落とされた。

壮烈な兵達の声が沸きあがると同時、怒涛のごとく、榎本軍がなだれこんできた。
榎本軍は想像を絶する猛攻撃を加えてきた。

しかし、迎え撃つ堀の剣幕は、その実、半端でない。

馬上で、目を剥き、抜刀かざした彼は、
襲い来る敵に躊躇するどころか、
兵に罵声を浴びせるなり、自ら先頭に立ち、猛然と、突入した。

「おのれ!賊共、くたばれっ!皆殺しにしてくれるわ!」


堀眞五郎、不覚!突然の惨事

  • 堀の軍は、豪雨のごとく降りつける銃弾の嵐に生身の体を曝された。
    白刀戦に至る以前に、兵達は次々と撃ち殺されて、雪面にばさばさと倒れてゆく。

    白い大地には、たちまち、赤い血飛沫が飛び散り、修羅場と化した。




悲しきかな、兵力の差は歴然である。
堀軍の農兵達が持つ武器は、銃といっても旧式のものだ。
榎本軍のものとは比べ物にならない。

慌てふためいた生き残りの農兵は皆、
たちまち乱れ散って、四散した。

「戯けっ!腰抜け共めが!」

怒り狂ってそう叫ぶ堀の声。
しかし、それは突如!不自然に・・・
・・・・
途切れた!!!


銃声音に曝され、堀の従者、
山田梅吉は、反射的に身を伏せた。
その瞬間と、ほぼ同時のことだった。

ただならぬ不吉な予感。
無意識に振り返った梅吉は、我が目を疑った。
「あつ!殿っ!」


堀眞五郎の従者_山田梅吉

・・・・
停止している!!否、既に、万事静止している。

時は、完全に静止していた・・・。

豪雨のごとき銃声音も、死闘に乱れ交う兵達の雄叫びも、
白刀戦の、身を斬り付ける凄まじい音も、もはや、何ひとつ、聞こえない。

梅吉の脳裏は、完全な無音状態だった。

それは瞬間のことでありながら、実に、不可思議な現象である。
こうした瞬間、人は皆、同じように、なぜか、とてつもなく、長い時間のように錯覚するものだ。


今、山田梅吉の前には、我が主、堀がいる。
しかし、その堀は、・・・

馬上の堀は、右手に抜き身の刀を高く突き上げ、
・・・硬く握り締めたまま・・・なんと、停止しているではないか!

次の瞬間、信じがたい事態が発生した。
・・・・・・

「殿ぉ~っ!!!」
梅吉の絶叫が、耳を劈くばかりに響き渡った。

従者、梅吉の覚醒

山田梅吉にとって、我が主、
・・・堀は、こともあろうに、被弾したのだった。


仁王のごとく怒りを露にした表情のまま、馬上から、鈍い音を立てて、雪原に転落した。
うつぶせに倒れたまま、身動きひとつしない。

夥しい量の血がどくどくと流れ出し、たちまち、白い雪は
毒々しい血色に、染められてゆく。

自隊の放った炎。たちまち、村の家々に燃え移り、火柱があがった。
めらめらと燃え盛る炎の中、逃げまとう民の悲鳴。


「堀殿!殿っ!殿っ!お気を確かに!とのぉ~っつ!」

悲痛に叫び続ける山田梅吉の声が、ぐらぐらと揺れる炎に呑まれて消えた。


どれほど、時間がたったことだろうか。
取り乱し、半狂乱だった山田は、いつしか我に返っていた。

今居るのは村はずれにある古い炭焼き小屋。我が主、堀は、藁の上。
傍らに居残ったのは、自分一人だけだ。皆が逃げ去り、その実、取り残されたのだ。

「なんちゅうこっちゃ・・・!」
・・・唇の端に、ふと皮肉な笑みが浮かんで消えた。

その実、この時点で、梅吉は既に、全ての段階を超越していたのだった。
出血多量で意識不明の堀。梅吉は己の足の傷も忘れ、無我夢中で介抱し続けた。
その間、彼はずっと、半狂乱で「殿!殿」と叫び続けていた。さんざん喚き疲れて、喉が干からびた。

空腹感も手伝って、彼は、小屋の隅に吹き込んで溜まった雪を手で掬って
口に含もうとした。赤々とした鮮血が、その白い雪に滲んでいた。
知らずに口に含んだ彼は、その独特の血の味覚を覚え、やっと気が付いた。
いつの間にか、己の指先は、爪が剥げ欠けて出血しているではないか。

先刻まで無我夢中だった彼。かじかんで感覚を失った指先で、小屋の地べたに落ちた藁を
まさぐっては、次から次と、それを掻き集め、堀の体に被せ、祈るような思いで、
主の体が冷え切ってしまうことを防ごうとしていた。己の指先が痛んでいることなど、
全く気が付かなかったのだ。

万事、終わった。
・・・これは、もしや、万事、終わった・・・そうゆうことなのか。

足に傷を負った彼は、女座りのような奇妙な形で膝を崩し、惨めな姿で床にへたりこんでいた。

梅吉の必死の血止めの甲斐あって、折角、出血が落ち着き始めたというのに、
その堀は、ひとたび、かっと目を見開いたかと思うと、そのまま
昏睡状態に陥ってしまったのである。出血多量のせいだった。こうなると、もはや危ない。

他に為し得る手段など皆無だ。
終わった。全て終わってしまったかもしれない。

梅吉の視線は、ふと小屋に据え付けられた小さな明かり窓に移された。

静かだ。雪はとてつもなく静かな生物だ。
こんな静かな夜を、己はかつて過ごしたことが、あっただろうか?

なぜか、妙に穏やかな気持ちになってゆく・・・・
不思議だ・・・なんら、悔しさも焦燥感もない。なぜなのだろうか。
・・・
「つまり、そうゆう事か・・・」

口癖のように、同じ言葉ばかりが口から漏れ出た。

絶望感とは、こんなに自然な形で訪れるものなのだろうか。
なんら違和感なく、あっさりと人の心に宿って
当然のごとく、どっしりと根を下ろしては、そのまま人を支配してしまう。

抗うことをやめた時、
否、絶望という名の、抗う手段を完全に喪失した時、
それは、なんと不思議なことに、妙に安らかな気持ちではないか。

今、梅吉は初めて悟った。
そうだ、人は皆、運命に抗うが故、苦しむのだ・・・。そうだったのか。
「今さら、なんね。手遅れじゃ。悟りたくもなかったわい。」
いつしか、彼は開き直っていた。

・・・
梅吉は、かじかんで(=極寒での現象、地元方言、指先などが凍結したかのごとく、意思と裏腹に、
全く動かなくなる状態のこと)動きが鈍った己の指先を、ゆっくりと開いてみるなり、
引き続き、開閉動作を繰り返し、徐々に動かしてみた。
大丈夫だ。この程度なれば、まだ、いける。

突如姿勢を正すと、あらためて、脇に差した刀に触れてみた。
その確かな手ごたえが、心を徐々に、どっしりと、落ち着かせていった。


従者_梅吉、忠義の証


いざとなれば、忠義の証。
彼は主君、堀の介錯を為した後、己は自刃する覚悟ができていた。
その決心に一切の迷いはない。

現状の堀の体を動かせば、さらに出血することは解りきっている。
しかし、急がねばならない。こうなってしまった以上、なんとしてでも主の最期には、花を飾りたい。

梅吉には「堀」という人物の偶像が完全にできあがっていた。
陣中にあっては、座椅子に掛けるなり、きまって、がばっと大股開きの姿勢を取ると、即時
片足をぐいっとひねって、なりゆき上ひっくり返ったその爪先をもう一方の膝に載せる。

鉄扇を握った手を、ごんごんとその膝に叩きつけながら、口をへの字に歪めて睨む。
眉間に皺を寄せるというより、鼻の付け根に三本の横皺を寄せ、
いきなり、がなり散らすのだ。
「なんだと!梅吉!もう一回、言ってみろ!なにを小癪に抜かすか!!馬鹿野郎!」
彼の口癖だった。

梅吉は、そんな気丈な男、我が主、堀が、
このまま、徐々に衰えて、自然に朽ちて命を引取る
・・・そんな姿は見たくも無かった。

二言目には、「馬鹿野郎!斬るぞ!」と怒声を張り上げる堀の癖。
しかし、それでいて、優しい一場面をも兼ね備えた男である事、痛い程解っていた。
かつて、窮地に陥った際、たまたま堀が持参していたたったひとつの握り飯、
それを、梅吉に手渡し、「食え!全部食え!」そう言ったことがあった。

「空腹は、殿のお体に毒でござります。」どうのこうのと苦渋していると、
この時も、得意の決まりセリフが降ってきた。
「馬鹿野郎!食わぬなら斬り伏せるぞ!」
あまりの剣幕に思わず、言われるままに、
握り飯に食らいついて、恐る恐る堀を覗き見した時、

・・・
なんと、堀は笑っていた。嬉しそうに微笑んでいた。




梅吉は、ついに意を決し、行動に出た。
堀の体を全身の力で、強く揺さぶり動かして、大声で呼びかけた。

「殿っ!梅吉とて、武士の端くれ。
なんなりと、お申しつけ下さりませ。殿っ!」

しかし、答えは無い。
やむをえず、いささか乱暴な手段に出た。本来なら、気絶している捕虜を強引に
叩き起こす時に用いるような方法だ。両肩をぐいっと押し開くようにして、
今度は耳元に向けて、大声で怒鳴り散らした。

「殿っ!なりませぬ!殿っ!この梅吉に答えて下さりませぬか!!」
「なりませぬ!殿ぉっ~・・それは、なりませぬ。」

・・・・後半、梅吉の声は涙声になっていた。


ただ、ただ、沈黙の雪が黙々と、降り続けるばかり。
我が主は・・・
息さえあれど、そのまま動かなかない。


幕府に長州征伐を食らったあの頃、そして、京都での志士達の動乱。
それらの時代から、梅吉はずっと、主と共に、あらゆる修羅場をくぐりぬけ、
黙々と従ってきた。

しかし、その我が主は、今、この荒涼とした蝦夷の最果て、

よりにもよって、こんなつまらぬところで、志半ばに果ててゆかねばならぬのだろうか。




白い真冬の魔性、天の子守唄

心底、尊敬してやまぬ我が主、堀眞五郎。
過去への思いが、ぐるぐると旋回してゆく。

凍てついた大地。梅吉本人の体も冷たく凍えきってきた。
過度の疲労。寒さはその度合いを超えていた。


こんな夜、運命の時だというのに、
おおよそ不似合いな綿雪が、天から静かに舞い落ちてくる。
あたかも天女の舞いのごとく、
ひらひらと美しい円舞を描いて、次々とやってくる。
巨大な綿雪は、音もなく、さらに密に降りつけてきた。

美しい蝦夷の綿雪、沈黙の雪景色は、魔性だ。
白い魔物は、静かに微笑みさえ浮かべながら、今、こうして、万事
覆い尽くして、消し去ろうとしている。

遠い意識の裏側。どこからともなく、昔母の背で聞いた
あの不思議な子守唄が聞こえてきた。

(子守唄)
だまってねんねん。ねんねんよ。
起きたら、「おたか」に・・・とられます。
だまってねんねん、ねんねんよ 。

いつしか、梅吉の肉体には、不思議な現象が生じ始めていた。
極寒の「震え」が、肉体からゆっくりと、撤退してゆく。

もはや寒くなどないのだ。ガチガチと歯を鳴らし、あれほど震えていた
あの寒気は嘘のように消えうせて無くなっている。

むしろ、伸びやかな心地良さが全身に広がって、意識は半ばうっとりとしてくる。
肢体の各所が序所に痺れてきているのだった。


死神、浮上の雪

白い魔性の仕業だった。

「睡魔」という名の「死神」がじわじわと全身に覆い被さってきた。


瞼が重い。されど、瞼を閉じてはならぬ。
必死で最期の抵抗。力尽きて横たわった彼。

自然、視線は、小屋の小窓、降り積もる雪へと移された。

いけない。それは、病む者は皆、けっして見てはならぬ浮上の雪なのだ。
座して並行の視線で見る雪と異なって、横臥して見る雪は、多少斜めながらも、
天を仰ぎ見る姿勢に他ならない。

危険な誘惑が襲い来る。
それは、暫し眺めていると、必ず、肉体に特定の錯覚が訪れる。
天の中心点に視線が向くと、そこからは、もはや、雪が降ってくるのではなくなってしまう。
たとえるなれば、停止した列車の中で、同じく停止中の対抗側の列車を見ている時、
相手側の列車が動いたにもかかわらず、己側が動いたように錯覚する。その現象に似ている。

緩やかに、己自身が天に舞い昇ってゆく感覚がやってくる。
ふんわりと、やわらかな風に乗って、知らずして、ぐんぐんと天に引き寄せられてゆく。
・・・・

「魔性の雪よ!このまま己に、散れとでも申すのか・・・」

必死で最期の抵抗を試みたが、もはや及ばない。

主、堀の傍らに臥した梅吉は、そのまま、ついに目を閉じていた。

混沌とした意識の中、またしても、あの子守唄が聞こえてきた。

だまってねんねん。ねんねんよ。
起きたら、「おたか」に・・・とられます。
だまってねんねん、ねんねんよ 。




呪文の子守唄。なんと!現実となった。

起きたら、「おたか」に・・・とられていた!


補足:人見を走らせる為に犠牲となって散華した人々


1.山本康次郎(19歳)・・・伝習隊士
2.諏訪眞五郎(19歳)・・・遊撃隊【諏訪部ともいう】・・・会津の人
3.杉田金太郎(25歳)・・・遊撃隊頭取長・・・会津の人
4.大岡甲次郎(25歳)・・・遊撃隊頭取長
5.三好胖(16歳11ヶ月)・・・本名:小笠原胖之助、小笠原長行の甥、唐津藩
・・▲この人物についてもう少し詳しく「小笠原長行」と「小笠原胖之助=三好胖
6.小久保清吉・・・唐津藩、上記、三好の従者
7.竹内(武内)武雄・・・桑名藩(仙台で乗船時に新撰組入隊
8.佐治寛(広)・・・桑名藩(仙台で乗船時に新撰組入隊
9.竹内(武内)武雄・・・桑名藩(仙台で乗船時に新撰組入隊
10.蟻村勘吉・・・桑名藩とあるから、蟻通勘吾に似てるけど別人でしょうね。
11.中村登助(砲兵隊)
12.伝吉(砲卒)
13.世蔵(砲卒)
14.巳之助(砲卒)
15.他

※名前を書いてもらえなかった人、匹夫数名なんてひどい!そんな書かれ方の人、
埋もれてしまった人、他にも居る。名も無い雄士達にも是非、花を手向けたい。
複数の資料から拾い集めると上記のとおり。古書では合計8名位とするものが多いのに、こんなに
居る。まだ増えるかも・・・。

※資料では、たいてい「遊撃隊」とある。しかし、上記2と3の人物は会津。会津は
蝦夷での戦闘に於いて、「会津遊撃隊」という隊名表記もあり、当初、一括新撰組に
編入されていた。二手に分かれて行動した新撰組の一隊としての存在かもしれないとも考えている。
また、迫り来る諸外国の脅威でお固め四藩他各藩が交代で台場に砲隊が詰めており、会津も当該。
その経緯でやはり江戸近郊に居た者は会津でありながら、遊撃隊参加だったかもしれない。
諏訪眞五郎は、諏訪常吉と同じく、会津の人だが、親戚なのかどうか、詳しく書かれた資料には
まだお目にかかれずですが、なんか、気になってしかたない。もし親戚だとすれば、戦争など
やめようではないか・・・と行動に出た諏訪常吉はここでもまた、苦しみを味わっていることになる。
昭和迄埋もれていた諏訪常吉の墓は、移動改めで今函館の寺では眞五郎と並んで建っているらしいが。


▼まさか、田村の見た「猟師風の男達」か?

※鷲の木に上陸して間もなく病気で亡くなった人の他、悪天候の中、船から下りようとして
12人位、海に転落して亡くなった。しかし、不思議とリストがない。解らず終いのようだ。
各隊の者であれば、隊長が後になんらかの記録を残すはずだし、船の水夫や釜焚きなど、比較的
身分の低い者扱いであったとしても、船スタッフはだいたい人数が限定されているから、該当者は
だいたい浮かび上がってくるはず。なぜ、解らず終いになってしまったのか?勘ぐっても仕方ない
のですが、なんとなく、田村銀之助の言葉が気に掛かる。
「仙台で蝦夷行きを決定しようか否かと悩んでいたところ、猟師のような者がポツポツと
やってきました。自前で銃を担いで、しかも、はなはだしきは火縄銃。」
この後、田村は、二人の兄を差し置いて、率先して蝦夷行きを決断。
何の見返りも求めることなく、自主的にやってきた猟師風の男達の勇気に感動したのでした。

乗船人員制限の為、唐津の小笠原、桑名の松平、松山板倉の家来達は、従者としては
二人、もしくは、三人しか乗船させてもらえず、溢れた者はすっかり狼狽していた。
そこへ土方歳三登場。新撰組がスカスカ状態だったため、彼らに対し、新撰組として
戦うならばOKという条件で乗船させました。
その時、やはり、どの隊にも属しない者は、同じように急遽、新撰組に入ったようです。
しかし、そういった状況下でてんやわんや。上記、田村の見た「猟師風の男達」のリストは
はたして、きちんと出船前にきちんと整理されたのでしょうか?

後でちゃんと整理してもらえる前に、まさかここで水死してしまったなどという悲しい事は
あって欲しくないことですが、無償に気になっています。

時代錯誤の火縄銃担いで、徳川報恩、自主的にやってきた猟師さん風の男達。

全然関係ないのですが、なんだか「アラビアのロレンス 」の語るベドウィンを連想してしまいます。
イギリス人なのに、身も心もアラビアの人になって一緒に戦ったロレンスは、ベドウィン達の無欲さ
につくづく感動してしまいました。羊を連れて砂漠を旅するベドウィンは街の住人と異なって、
政権が変わっても客観的には、日常的にあんまり関係なさそうに見えます。
しかし、彼らの宗教感と正義感はそれを許さなかった。
「彼らは、誰一人として、報酬を欲しなかった。
誰一人として勇敢に戦わない者など居なかった。」とロレンスは語っています。
・・・他にもアラビアのロレンスについて書かれている本:NHKその時歴史が動いた(世界偉人編)

補足2_七重戦での事件

上記のとおり、ここ七重で、堀眞五郎は絶体絶命、生死を彷徨う大惨事を経験します。
実は、前頁、No.3で登場する「秋山幸太郎」の散華は、峠下戦時ではなく、堀と同時、
この七重のことです
が、二人にスポットを同時にあてると、ぼやけるので
秋山については、前頁に記載しました。

幕末玄関口<敵への報恩_長州編:最初から読むには→No.1
No.2No.3<※現在の頁はNo.4No.5No.6No.7
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文章解説(c)by rankten_@piyo、
写真等、素材については頁下表示


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Celestial Tier:煌き川,雪の山道;
Piece:TOPバナー内の刀と背景,炎,刀;


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