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XFROMJAPAN+VIOLET UK

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ART OF LIFE

ART OF LIFE YOSHIKI+市川哲史より


永遠に血を流しつづける心の旅・・・・・・・・・
それは決して終わらないだろう
・・・・・・アート・オブ・ライフ

I: インタビュー側のコメント
Y: YOSHIKIさんのコメント

I:未だ感性されない幻の曲になりつつありますね・・。

Y:いや、今年中(92年)には絶対レコーディングしますよ。ただ今は契約交渉とか新しいベーシスト募集とか、アメリカ進出の準備とかいろいろあってゴチャゴチャになってるけど、絶対完成させます。

I:そもそもアートオブライフが生まれたのはいつ頃になるんですかね。

Y:えーっと、最初に渋公でぶっ倒れた後(※89年11月22日/ライブ終了後過労性神経循環無力症で倒れ、以降、年内のツアーがキャンセルされた)ですね。その時にサビの部分を作った。で、「あ、なんていいバラードだろう」って自分で思ってた。

I:最初はバラードだったわけですか。

Y:そう。だと思ってた。で、ディレクターとかに聴かせても「うん、バラードだね」って言ってたんだけど、「何か違うぞ」って思って。で、いじくってるうちに、「これはきっと組曲だ」と思ったの。でまぁどんどん作り始めたら組曲にしては長いぞってことになって、自分の中ではアタマの前半部分しか作ってないのに、既に10分を遥かに超えてたという。「これはちょっとおかしいぞ」って話になってきて、その時期に少し詩も書き始めたの。そしたら何か、「大きいぞ、深いぞ」ってなっ
てきて。
そのときいろいろ途方にくれたりして、今までの人生を振り返ったり自分の実家に行ったりしてるうちに、「これはアートオブライフだ」と思ったわけですね・・・・・・以上(笑)

I:(笑)照れてどうするんだよ。最初にあのサビのメロディーありきなわけだ。

Y:そう

I:そのメロディーを作った時は、別に自分の人生を音楽的に表現しようなんて意図は無くて?

Y:うん。多分その大サビが、その全てを呼び起こしてしまったっていうか。それで、バンド活動始めた頃の気持ちをまず思い浮かべて、その気持ち気持ちをメロディーにしてみて、最初のインスト、ドラムが入る前は「書こうかな?どうしようかな?」みたいな感じで(笑)。ドラムが入るとこから始まった、みたいな感じですね。で、何故あんな長い楽曲なのにリズムが速いかというと、自分の人生が速かったから。しかもドラマティックな展開だから、最初はミディアムとかスローで始めていこうと思ったんだけど、ディレクターも「アートオブライフだもん、違うよ」と言うし。で、ミディアムがどんどんどんどんなくなってって。
やっぱり突っ走り続ければいいんじゃない?よし、とりあえず突っ走れ!みたいな(笑)

I:(笑)そんなハイスパートな人生のリズムに3回訪れる大サビが、ふと立ち止まって考え込むYOSHIKIの姿を表現してるわけだ?

Y:そうですね。あと倒れて動けなくなった自分の姿とか。個人的に一番怖い部分は、ピアノパート後半で、どんどんピアノの旋律が滅茶苦茶になってって。で一度正常に戻るんだけども、今度は凄い狂気となってくるんですよ。つまり、ぐちゃぐちゃになって1回ハッと我に帰るんだけど、そこで正常になったわけじゃなくて、実は気狂いになってるというか、少し狂ってるんですよ。究極の不協和音で、和音を全部1度ぶつけちゃってて。そこに入ってくるヴァイオリン等のストリングスが、周りの愛みたくその狂気を包み込み、フルオーケストラの弦がバーっと入ってくる。もう葛藤で、周りから自分に向けられた愛と自分の中のカオスが完璧に衝突して、それが切れた瞬間にまた正常に戻ってくような、また走り出すわけです(笑)

I:壮絶な紆余曲折を経て、また走り出すと。

Y:ええ。ピアノは最初は哀しみなんだけど、その哀しみをぶち壊そうとしてるうちに狂気の淵に、で最初はそこでこの曲を終えようと思ったんだけど、でもここで終わってしまったら・・・・・・怖い、やっぱり戻ろうとなって、「正気に戻ろう」って気持ちからもう一度入ってくる。

I:「JEALOUSY」の楽曲よりも、アートオブライフの方が先に誕生してるんだよねぇ?

Y:そう、アートオブライフの方が先に出来た。

I:アートオブライフを聴いてて私が思うのは、「JEALOUSY」の楽曲に凄く影響を色濃く与えてるってことで。驚くほどに。

Y:うん、うん。作曲の後半、少し同時進行だったときもあるかもしれないけど。うん、受けてる受けてる。
このサビこのメロディーこの楽曲には、こういう意味合いの詩が欲しいと。結構今までは幻想的なのとか非現実的なのが多かったんだけど、それではこの楽曲を表現することは不可能だろう、と。あのねぇ、今までは醜いものを避けて、何でもかんでも美化しようとしてた、と。自分が倒れたことに関しても何にしても「それが美だ」と言ってたけど、とにかくこの曲に関しては美じゃないものを、憎しみを憎しみとして捉えてみようってところにあると思う。だから今まで以上に一つ深く刺さっ
たところだっていうか。

I:前の単行本で半生インタビューをしたんだけれども、自分にとって衝撃的過ぎるから載せるのを中止して欲しいというYOSHIKIからの提案を受けて差し替えたじゃない?それだけ自分のこと語れないYOSHIKIだけに、この楽曲に逆にそれが影響してる部分もあるのではないかと。

Y:俺は評論家じゃないから、楽曲をバックボーンとかで捉えないのね。その楽曲が出来るのにその過程はどうでもいいことであって、今存在する音事態を捉えたいのね。だから凄いカリスマ的なミュージシャンが作った音であっても、その音が自分にとって何でもなければ、何の思い入れもなしに聴いて全然良くないと思って、CD捨てちゃうと思うのね。例えばどんな苦心して作ろうがその楽曲が全て、アーティストっていうのは今現在が全てだっていう、これは自分の哲学なんだけど、今輝いてなければ、過去に何があろうとアーティストじゃないっていう。だから、バックボーンが邪魔だっていうか、「あの人はああいうことがあって、こういうことがあって、この楽曲があるんだ」って思われるのがシャクだっていう。もっと楽曲を純粋に聴いて欲しいと思う。

だから詩に対して自分が逃げてないっていうか・・・今までだったら「何故自由になれないんだ?」とか人に対しての問いかけがあったんだけど、今回は自分に対して、「自分で自分を殺してしまえ」とかさ、自分を責めてる面が多かったり、結構自虐的だったり。あとふと思った感情というか、いつもだったら使わない、その中には例えば、戦争に対する「何故?」っていうのがあったりするし。政治的な方向にはいつも走らないんだけど、でも本当に思ったことなんだからってことで入れた
し。「どうして殺しちゃうんだ?」っていうのも入ってるし、今まで以上に広く深く捉えてるっていうか。

最初、彼は被害妄想にどんどんどんどん入っていくわけですよね、どんどん壁を作っていくわけですよね。で・・・ずいぶん昔の話だから忘れちゃったなぁ(笑)。まず苦しんでる自分と、客観的にそれを眺めてる自分が出逢うところから始まるんですよ。そして、どうして自分は自分自身を探さなきゃいけないのか、どうして探しながら傷ついていかなきゃいけないんだろう、と。だけど、もうそうなってしまったんだから戻れない、こんな人生はもう嫌だ・・・「すべてが夢なら俺を起こして/全
てが現実なら俺を殺して」・・・・・・いいなぁ。

I:自分に酔ってますか?(笑)

Y:(笑)それが最初の前書きですね。その被害妄想の自分が、どんどん壁を作ってくんですね。その彼は、自分の行ってきたこと全てをマイナスに考えてるわけですよ、徹底的に加速度的にネガティブな方向に向かってくんですよね。時の流れとともに、本当の感情も削り取られていくわけですよ。

I:何が本物なのか、ってことだよね。

Y:そうなんですよね。まさしくこの本の人格別インタビューにうってつけですよね(笑)。で、被害妄想に向かっていく彼の中から、更に極悪な彼が現れるわけですね。被害妄想に向かう彼に破壊を勧める彼です。そんなにネガティブになりたいのなら全てネガティブに持っていけ、みたいな。

I:所謂黒いYOSHIKIみたいなもんですか。

Y:そうそうそう。中途半端なことはしないで全部ぶっ壊しちゃえばいいんだ、何もかも破壊してしまえ、と。被害妄想の自分から狂気の自分が誕生したわけですよね。

I:狂気の自分が、被害妄想の自分をそそのかすわけですね。

Y:そうそう、そうなんです。で、その辺りから、あまりに危険な状態になったときに冷静な自分が現れるわけですよ。被害妄想に向かう自分と、その自分を更に狂気に向かわせる自分を見つめ始める自分が出てくるわけですね。そいつは完全にビビってるわけですよ。でね、ちょっと話はそれますけど、この詩を書いてる頃にちょうど戦争があって、偶然ヒトラーの本とかも読んでたんですけど、例えば同じ人間に生まれたのに、インド人は貧富の差が激しいと。
食えない人は、俗に言う乞食ですよね。乞食はお金をもらうために努力する。で、五体満足の身体だとお金がもらえないっていうね、親が生まれた赤ん坊の手をわざと切ってしまったりする。ポイントはですね、同じ人間に生まれたのに最初から俺たちは何もそういう苦労はない、と。そういうとこに僕は凄い「なんでなんだろう?」と感じて。当然、「何で殺しあうんだろう?」というのも凄く頭にあったんですよね。いつもは完全に自分だけが悲劇のストーリーじゃないけど、入ってるんだけど、この詩の中にはそういうのも実はいろいろ含まれてるんですよね。

I:人間全般に関するアートオブライフであると。

Y:はい。僕はあまり反核とか好きじゃないんだけど、もっと深いところで、「憎悪に満ちた人形を殺し/彼らの血で体を流せ」なんてフレーズはもう、イメージ的には昔のドイツの独裁者の感じですよ。そういう専制主義者に対する、みたいなところでの反抗的な部分ですよね。

I:でもこの詩の中には、ファシストである自分も登場してるじゃん。

Y:いるんですけど、でもどっかで抵抗してるんですよね。「時流の河に血まみれで飛び込み/子宮に向かって狂気を振り回せ」の子宮ってのは、地球なんですよね。地球よりも子宮のほうが僕は深いような気がしたんですね。ケイト・ブッシュの発想じゃないですけども。彼女も子宮にこだわりますよね。

I:人間の根源だからね。

Y:うん。で、このフレーズが好きなんですよ。「混乱を求めて悲鳴をあげろ/快楽を求めて血を流せ/そして愛を求めて・・・」と自分で言った瞬間に、「愛を求めて何なんだろう」って思ってるわけで。で、「・・・・何をすればいい?」ってなっちゃうんですよね。

I:ずっと循環してるというか、袋小路なわけだ?

Y:そうそう。俺一回自分で図を描いたんだよなぁ。詩を書いてるうちに混乱してきちゃったんですよ、あまりにも多量なんで。「この構造は一体どうなってるんだろう?」って(笑)

I:(笑)まさにアートオブライフですなぁ。

Y:そう。でまか、狂気の自分が出てきて破壊を勧めるんだけど、その狂気の自分が今度は憎悪に対する破壊も始めてしまうという。憎悪っていうか、世間の汚さに対する破壊というか。そこで客観的な自分がどんどん出てくるんですよね。で、サビは基本的に客観的な自分が語ってるんですけど、でもその客観的な自分はあくまでも「俺はずっと生き続けたい」って言ってるんですよ。でも、どんどんどんどん分裂してくるんですよね。でもねぇ、もう1人出てくるんですよ。

I:私が読んでて思ったのは、死に急ぐ自分と生き続けたい自分の対比が一番わかりやすかったんですけれども。

Y:そうそう。1人はネガティブ、1人は生きていきたい欲望の中で混乱していくわけですよ、「何なんだろう?」って。そうした状況でももう1人の自分が出てきて。その自分は混乱してる自分に対して「おまえはこうだろ、おまえはこうだろ」って言う。この時点で3人の自分がいたとしたら、その3人の自分を一つの観点から見てるわけですよ、「結局おまえは
1人なんだ」って。第3者の自分

I:要は3者をコントロールする奴と捉えればいいですかね。

Y:多分ね。で、その自分はただ純粋に「臆病だ」って一言言ってるんですよ、「何が狂気だ、何がヴァイオレンスだ、何が混乱だ」って。それは「おまえは昨日の絵が描けずに/白紙の心を血で染めている」っていうか、「何も否定できないまま/首にロープを巻かれ/時の歯車を回している」っていう、結局おまえは流されているんだっていう。「モラルの煉瓦を積み重ね/その隙間で息をしている/想像上の敵に追い詰められ/自殺しようとしている」、そういうことなんですよね。「序章で満たされ/第一章を黒く塗りつぶしている」・・・この文だけは違うな、自分が軽蔑してる人に対して言ってる部分だし・・・・・・。

I:自分で混乱してますなぁ。

Y:混乱してます。「おまえは人生の切れ端をつなぎ合わせて/安楽の場を作っている」・・・これも違う、これは自分に言ってない。「舞台のそででゆがんだ鐘を/鳴らしている」・・・これも自分に言ってない。で最後の「おまえは俺を殺そうとしている」っていうのは、その時点で出てきた自分ですから、一番客観的な自分が今度はYOSHIKIになったわけですよ。結局は自殺しようとしてるんですけどどんどんどんどん分裂してますから、彼らに俺は殺される、結局おまえは俺を殺そうとしてるんだろ うっていう、そういうことになってきちゃうんですよね。

I:つまり分裂すればするほど、本当の自分がどんどん追い詰められていくだけ的な状況ですか。

Y:もっと深いんです。おまえは殺そうとしてるだろうのおまえとは客観的に見てる自分から見た違う自分ですよね。今度はそこで闘いが始まってしまうわけですよ。でもその時点で、彼も被害妄想を持ってきちゃうわけなんですよね。

I:その客観的な自分が?

Y:そう。最初に客観的なのが1人いたでしょ?自分でも混乱してくるんだけど、それよりもっと大きな自分が見始めたわけですよ。それが更に今度、その自分に対して敵意を抱いてしまうっていう。で、結局こいつもわかんなくなってしまうんですね。だけど、こいつが混乱し始めたときに、薔薇と出逢うんです。何もよくわからないけれど、とりあえず鼓動は聞こえるし、花なり自然が息してる呼吸が聞こえてくるんだっていう、そこに生きる価値を見出すわけですよね。自然に触れるわけですよ、素朴で全然汚れてないところに。

I:混乱とは全く無縁なものに?

Y:そう。それがだから自分の心の鼓動だったり呼吸だったり。だからまだ生きられるんじゃないかっていう。「まだ自分で自分を殺せない/まだ薔薇の呼吸を/感じることができるから」っていう。でもアートオブライフのとりあえずの定義として、永遠に血を流しつづける心の旅みたいな。それは決して終わらないだろうけど、っていう。

I:混乱はしてるけど破壊はしてない、て感じかなぁ。

Y:そうですねぇ。僕は詩を書くのに時間かかりますけど、これは本当に2~3ヶ月かかったんですよね。全然妥協してないですよ。

I:そうした脈絡からいってもアートオブライフっていうのはちょうどいい契機になると思うし、作品の内容自体も象徴しまくってると思うよ。

Y:でも過去のものになっちゃうからねぇ、俺いつもねぇ。

I:(笑)ていうか、この楽曲の打ち込みデモテープを俺が聴いたのが確か一昨年(90年)の夏だもんなぁ。ドラムだけ本チャンのテープ聴いたのも、去年の夏頃だったと思うし・・・これだけ間隔が空いちゃうと曲を少し作り直したいとか今から思うとちょっと違うかなぁとかって気持ちになったりしてるんじゃないの?もしかしたら。

Y:いや、今んとこないっていうか。あまり聴かないようにしてるんだけど。聴くとアレンジしたくなるっていうのは、もう絶対だから。でもたまにちょこっと聴いて「うん、いいなぁ」って思うというか。でも確かに現在の時点でアートオブライフ作ったら、内容的にもちょっと違うと思うんだけど、あれはあれであの時点の俺が本当に上手く表されてるっていう。本当に長くて無駄のない(笑)

I:いやぁ、楽曲自体の完成度は高いよ。30分ぐらいある大作っていうのは、大体誰がやってもつまんないもので・・・妙に実験的な方向に走ったり、凝り過ぎてやたら複雑な構成に陥ったり。YOSHIKIの場合は必殺技のメロディーがあるからね。これだけ下世話なメロディーを堂々と全編に配した長編曲なんて、聴いたことないからさぁ(笑)

Y:(笑)

I:何故、自分は生きているのか?っていう命題があって。結果的にその回答は得られてないんだけれども、その過程が表現として成立し得る楽曲・・・アートオブライフを最も端的に表現すればこういうことだよね?

Y:うん、そうそう。

I:さっきアートオブライフの分派が「JEALOUSY」の楽曲にあるって話をしたけれど、この超混沌とした詩も流れがあるよね。サイレントジェラシーの中間部とセイエニシングの終わりに各々フューチャーされてた、YOSHIKIのナレーションなんかその顕著なとこじゃないですか?そう考えて間違いはないよねぇ。

Y:多分この詩を読んでもらえれば、何故セイエニシングの最後にああいうことを言ったのかとか、サイレントジェラシーの意図はこうだったとか、今までのアルバムをひっくるめて、俺の詩に対する疑問点が多少なりとも分かるだろうっていう感じですね。

I:まず心の琴線が切れる瞬間のようなEs Durのピアノ線を受けて「JEALOUSY」の幕開けを飾るサイレントジェラシーのナレーションだけれども。

Y:あのナレーションは、目の前にいる本人に語りかけてる、みたいな。手紙的でもあるのかな・・・「ただ一緒に居たかっただけ、ただ貴女の空気を感じていたかっただけ」と。「だけどどうしていいのかわからなかった、何も言えなかった」と。そして今も勿論。で、その怒涛から目醒めたときに・・・そう、「全ては時の流れに流されてしまった」と。だけど「深く残った心の傷は決して色褪せない」。だから・・・「記憶を消して愛を止めてくれ」って感じですね。つまり、「想い出を殺してくれ」みたいな。

I:一見、ラブソングのようなシチュエーションだけど、結局時の流れによって変質してしまう自分の虚無がテーマだよねぇ。アートオブライフに登場する自分の1人に、間違いなくダブるんだよねぇ。

Y:そうですね・・・・・・なんていうのかな、凄い綺麗な世界なんだけれど、途中で突然カオスの世界に入って・・・本当はもっと混沌とさせたかったんだけど、自粛して抑えました。音はね・・・そのカオスの中からピアノのフレーズが入ってくるでしょ?あれが好きなんですよね。その通りアートオブライフを彷彿とさせる展開なんだけれども。
でもピアノがあれだけツーバスの中に溶け込むのって不思議でしょ?

I:確かに。あれだよねアートオブライフの美しバージョンというノリだよね。

Y:そうだと思います。

I:セイエニシングのナレーションの方も・・・。

Y:セイエニシングは・・・・・・。時の流れは全てを変えてしまうんですよ。「時が経てば全ては美しい想い出になる、それを俺は信じている」と。「全てのものが新しく進み始め、メロディーは美しく奏でられ始める」と。「そしてジェラシーは物語の1ページを飾ってしまう、そこに閉じ込められてしまう」と。で、「だけど心はまだカオスの中にいる、未だに。そして・・・・・・」で終わっちゃうんだけど。

I:まさにアートオブライフへの誘い、序章だよね。結局「JEALOUSY」はセイエニシングで幕を閉じてはいるけれども、混沌としたままなんだよねぇ。カオスのまんまなんだよねぇ。そうした意味でいうとア ートオブライフが完成しない限り「JEALOUSY」も完結しないと思うんだ。

Y:そうなんですよね。こうやって考えちゃうとやっぱりアートオブライフは「JEALOUSY」に入れたかったな、と改めて思っちゃう。だから 「JEALOUSY」を聞いた後に必ず聴いて欲しい。「JEALOUSY」の感動をそのまま持ちつづけていたら、聴いたときに初めてそこで・・・・・・泣いてもらえるんじゃないかと。怖がってもらえるんじゃないかと。アートオブライフだけでも世界に入っていけるけど、多分ショッキングだと思うから、アレをいきなり聴くのは。準備して聴かないととっても怖いと思う。「JEALOUSY」が人の心に触れるとしたら、アートオブライフは捕まえるからね。人が心を掴み困れる曲だからね。
瞬間の美学は衰えてないですよ。今の状況を全て破壊するぐらいのメロディーなり楽曲がもし登場したとしたら、スッパーンと行くかもしれないし。だから、衰えてないっていうか。

I:実際問題として、このアートオブライフって内容から言っても、Xじゃなくてソロ名義でも全然不思議じゃない類の作品で。その辺はどうなんですか。

Y:ずーっと悩んでました。結局アレンジも98%くらいまで自分ひとりでやっちゃったんで、Xでやらなくてもいいのかな?って思ってたんだけど。思ってたというか、そういう時期もあったし。今でもちょっと混乱してるときもあるけど、「Xで出すべきものあのか?」っていう。でも、やっぱりXでやるっていう前提で作ったから。

I:Xの構造を踏まえて作られた曲だよね、今聴くと。

Y:ある程度ね。凄く奇抜な面もあるけど、Xに当てはめてXの枠の中で作ったところあるから、やぱりそれがいいんじゃないかなっていう。

I:逆に、YOSHIKIのソロ名義のアートオブライフを聴いてみたいって興味もあるんですけども。それはそれでかなり面白いんじゃないか、と勝手に面白がってる私だけど。

Y:でもさっきも言ったけど、作品が出来上がって1年以上経ってるんで。今の俺はまた少し違ったところに来てるから。

I:毎年毎年変化したアートオブライフが登場するのも面白いけどね。

Y:うん。だからそうなんです。アートオブライフ第一章なんですよね。エンディング聴いてもらえればわかるけど、最後♪ジャーン!で終わらないでフッと終わっちゃうでしょ?まるで突然消えるかのように。

Iそうそう。未だアートオブライフ完結せず、トゥービーコンティニュードみたいな。

Y:そう、その通りなんですよね。第一章に過ぎないし。でまぁ、一つの区切りだったりするわけですよね。自分の中で・・・・・・・・・・。



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