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農業を日本の先端産業に

◆農業を日本の先端産業にする◆


田園からの産業革命をいかにして遂げるか

先週までに日本の農業が今どんな状態であるのか、私なりのスケッチをお見せしました。なかなかに複雑な対象ですから、全体をお見せすることは大変です。

確かに食料自給率の低下、後継者不足、耕作放棄地の増加、高齢者が半数以上を占め、集落としての機能を維持するのが困難となっている限界集落の増加、日本人の米離れ、日本食離れ、生活や買い物の変化と地元の農産物が手に入りにくい仕組み、農業よりも土木事業に力を入れてきた農政、などの様々な問題が浮かび上がってきます。

戦後の“社会安定装置”、農村の役割は限界に

その一方で、日本人の知恵やしたたかさも見えてきます。農地解放により自作農になり、土地を手に入れた農家から、戦後日本の中流社会は生まれました。子供たちは高校や大学に行き、都会に出ていきました。

残された農村には、政治力が生まれました。高い生産者米価での買い取り、機械化や品種改良による農作業の軽減、公共事業による現金収入と農地の買い上げ、様々な税金の優遇措置、農協による農業と生活のワンストップショッピング化、などです。

農村が豊かになったからこそ、全国が消費社会に変わり、戦前よりははるかに高学歴の中流社会ができました。農村の基盤に乗って、自動車も三種の神器の家電製品も売れ、一億総中流社会もできました。若者たちが出ていっても、これまでは農村は大きく荒廃せずにやってきたのです。

高度経済成長と格差の少ない国民のレベルの高い社会。言葉にすれば簡単ですが、実現するのがいかに難しいか、インドや中国をよく訪れる私には、戦後日本の農村は大変な社会安定装置であったと思うのです。

でもそれが限界に来ている。できるだけスムーズに、日本の農村と自然と社会のよさも残しながら、どうすれば農業は強くなれるのでしょうか。

いくつかの提案をしたいと思います。

1 日本の農地ができるだけ使われるようにする


このためには、減反政策はやめましょう。農業予算も、土木事業に当てる部分は減らしましょう。

その代わりに、農業を行う人に補助金を思い切ってつけましょう。別に大規模農家だけに出す必要はありません。農業生産を行う人に出すのです。ただし、悩ましいのは農家すべてを平等にするのか、それとも生産規模に比例させるのかです。簡単な答えはないでしょう。両方の要素が必要になります。

農業生産を行うと、ある程度は生活が保証されるようになれば、農業の担い手は増えていくでしょう。

スイスやドイツのように、環境保全のために補助金を農家に出す視点も重要です。美しい棚田や里山を守ることは環境と国土の保全と観光の様々な観点から必要です。

フランスでは農家所得の8割は補助金であり、米国でも3割に達するといいます。しかも、米国最大の農業地帯であるカリフォルニアの農業を支えているのは、メキシコからの低賃金の季節労働者、もしくはより悪条件で働く違法労働者です。フランスと米国の食料自給率を支えているのは補助金と非合法移民なのです。

米国は農業分野の自由化を各国に迫りますが、一方で、今回の穀物危機のきっかけが、米国の農家がトウモロコシをバイオ燃料へ転用したことであったように、輸入国への安定的な供給責任など負うつもりがないことは明白です。

わが国が自衛のために、食料自給率を向上させること、そのために農家への直接の所得保証をすることは、国民の食料の確保のためには必要なコストではないでしょうか。

2 日本の農産物の値段を下げ品質を上げる

米の減反措置は米からの収入を保証するためのものでした。しかし、農家の中で最も数が多く約半分を占める副業的農家は、平均総所得が470万円、そのうち農業所得は30万円にしか過ぎません。しょせん、米が高くても収入を農業に頼っているのではないのですからあまり意味がないのです。

それよりも、減反補助金をなくし、生産調整をなくし、米でも他の作物でも思い切って生産すれば日本の農作物は安く品質が上がります。農家の収入は直接の補助金で保証します。生活のかなりの部分の保証があれば、農家は品質と価格の両面での競争を始めるでしょう。

今よりさらにおいしい農産物の値段が下がれば、日本の消費者は日本の農産物にもっと切り替えるでしょう。特に、米の値段が下がれば、お米を炊いて食べるのはもちろん、値上がりが著しい小麦粉に代わって米粉を材料にした麺類や饅頭、パン類、酒、焼酎、飼料の開発も進むでしょう。外国の穀物が高騰する今がチャンスです。

3 日本の農業の担い手を増やす

お坊様と農家は世襲。いつの間にか、日本社会はそんな慣習を作り出しました。どちらの職も、どうも本業がおろそかになっているところが似ていないでしょうか。志を持った農家以外の出身の若者が、農業に従事できるようにすることが肝心要のことです。そのために必要なのは、もちろん農業教育です。経営者教育のために、今よりも充実した農業経営教育機関が必要です。

でも、一つの問題は、外から来た人たちが、農地を持って自作農になることが難しいことです。もちろん、資金の問題があります。かといって、大会社が資金力に任せて農地を買い漁り、そのうえで短期的な収益ばかり追求したりしたら日本の農業は荒れてしまいます。やはり、欧州やかつての日本と同様に、家族や組合が中心で、篤農家が農業を守り発展させるのが、長期的には農業も環境も村落共同体も守ることになります。

そのために必要なのは、あくまでも農業者の視点に立ち、農業者から発展した個人、組合、農業生産法人や株式会社を中心とした発展の形です。そこでポイントになるのが、農地や労働の提供と販売やマーケティングや品種開発、そして、大規模な資金調達などを組み合わせたフランチャイズ方式の発展です。この点は後で詳しく述べます。資金や経験がない人でも農業に参加できたり、農業企業のサラリーマンになったりといった様々な関わり方を作り出して、日本の農業の担い手を増やすことです。

4 食の産業に学ぶ

農業のお隣と言っていい、日本の食の産業は、農業と違って全くの自由競争の中で、素晴らしい発展を遂げてきました。

ミシュランで星をもらう実力のある名店は、東京はもちろん、全国にもっとあるはずです。和食、フレンチ、イタリアン、中華、エスニック、からスイーツまで、日本人は世界中のものを作る天才です。かなりすたれたとはいえ、全国各地の名料亭もまだ健在です。

B級グルメと言われるラーメンやカレーやお好み焼きなどの世界でも、大変な匠の技の競争が行われています。面白いのは、そうした庶民的な単品商売の方が、高級な店よりも儲かることです。

かと思うと、様々なチェーン展開の外食産業が花開いています。マクドナルドとケンタッキーだけだった外来産業が、今では完全に日本的な発展をしてきました。

同じブランドで安定した味とサービスと安さを提供する店があれば、実は経営は同じなのに巧みに独立した様々な種類の料理を全く違う雰囲気で提供するところもあります。しかも、ミシュランで星をもらう高級店もピザや定食屋さんも提供する経営者もいます。

また、ほとんどすべての食材を自社で一貫したプロセスで管理し世界から調達し、食の安全の不安がない経営スタイルを作り上げた経営者もいます。しかも、コンビニ、スーパー、デパート、駅ビルなどが中食や弁当で攻勢をかけます。

食べるというビジネスにこれほど貪欲な国民を私はほかに知りません。コンビニでは世界一の日本は、食ビジネスでも世界一だ、といつも外国に行くたびに思うのです。

そこに流れるのは、徹底してお客さんが求めるものを提供し、儲けを追求するというビジネスの発想と、自分がおいしいものを食べさせたい、という頑固な職人のこだわりの間の緊張です。どちらも求道の域にまで達していると思います。

であれば、農業という最高の物作りでも、食の世界で花開いた日本人の独創性を発揮したらどうでしょう。

その大前提は、自由競争です。ただし、農家には、減反補助金をやめ、公共事業を減らした財源を使って手厚い生活保証をして、安心して競争できる環境を整えるのです。これは、英国や北欧の経済の成功に学ぶやり方でもあります。

20年前のサッチャー、レーガン流の小泉改革路線では、小さな政府と自由競争の両方を掲げ競争の敗者はどん底に沈みかねない社会を作りました。それでは、農業の分野では競争は起きないでしょう。

5 グルメ型農業のすすめ

既に日本の農業は世界に冠たるグルメの産物を生産しています。しかし、欧州のものほど世界に知られていませんし、世界で売れてもいません。なぜでしょうか。

大消費地が遠いからでしょうか。とんでもない。世界一おいしいものに目がない国民は中国人と言っていいでしょう。日本の産物で言えば、青森のアワビや気仙沼のフカひれ、大分の椎茸などを、とんでもない値段を払って中国人は食べています。香港や北京の有名海鮮料理店では最高の日本の干しアワビが1個30万円ほどでメニューに載っていました。5~6年も前のことです。

この頃は、お米から牛肉、野菜や果物にまで日本産の品質は知られています。しかし、生産者にとって、外国への輸出業者の選択肢は限られているため、中間マージンに多くを取られ、生産者の手元には少ししか残らないのが多くの現状です。

そういうことでは、まだ、日本からのグルメ農産物の輸出は本格的になりません。というよりも、そもそも、日本の国内市場でグルメ農産物を売るための努力は、作る努力に比べて甚だ足りません。全国有数の産地の立派な農協でも、例えば、大きなスイカを誰が買っているのか、これからの高齢化社会でも主婦が重いスイカを買うのか、それとも小さく食べやすく加工した方がいいのか、そんな初歩的な質問にも答えてもらえなかったことがありました。

流通経路に乗せたあとも生産者の仕事は終わりではないはずです。最終消費者のニーズはどこにあるのか、なぜ買うのか、なぜ買わないのか、工業製品やサービス業なら当たり前の情報を農家ばかりか、農協が持っていないことが多いのです。

インターネットや直販もまだまだ一部の話です。国土が狭く、宅急便という独自の輸送網が発達した日本ならもっと、おいしい日本の農産物が安く簡単に家庭に届くはずです。流通の改善にあまり関心がないのも、平均的な農協の姿ではないでしょうか。デパートの物産展に高いマージンを払って出展するよりも、安く簡単に、欲しい消費者にピンポイントで農産物を届ける仕組みは日本では大変に発達しています。

そもそも消費者のニーズ調査やマーケティングといったほかの分野では当たり前のことも、農業では例外です。それでは有効な商品開発もできないでしょう。

まして、海外の消費者に向けた効果的なマーケティングなど、欧米の農業者が当たり前にやっていることも、日本では例外です。海外といえば、行政主体でイベント的にやることはあっても、民間で積極的に進めるところが少ないのです。

他の産業では当たり前にやっていることを積極的に取り入れればいいのです。何も全部自分でやることはありません。生産、開発、流通、マーケティング、資金調達、などそれぞれの分野に日本には優れた専門家がいます。農家は農協任せにしないで専門家を活用すべきです。そもそも、農協自体がそうした専門家を使うのです。

全体として言えば、生産から消費までのバリューチェーンを近代化し、ここで問題点として挙げたことはすべて実行すべきです。そうすれば、バリューチェーン構築を提供する業者の間の競争によって、生産者にとっては中間マージンが少なく、売り上げの上がる業者への委託が進むでしょう。他の産業では常識となった流通の合理化です。

そのために農協の半独占状態から解放し、バリューチェーンの構築を手伝う人を参入させるべきです。日本の農業を発展させ、日本の食を守るために必要なことです。むしろ、農協自体が、外部委託によって業務の効率化とスリム化の恩恵を受けるはずです。

これまでの生産一辺倒の発想を180度転換し、消費者の視点から農業を組み立てるべきでしょう。行政はそのために予算を使うべきです。国内と外国の双方で競争力のある農業に変身するのです。

そして、行政ならではの仕事としては、フランスやイタリアのワインなどに見られるように、原産地や製造法などについての虚偽記載の取り締まりや公的な等級表示など、公的権威が全体としてのブランド価値を高めることを行うべきです。

6 フランチャイズ型農業のすすめ

そんな夢のようなことができるものか、現実の農家はお年寄りばかりだぞ、というお叱りの声が聞こえてきそうです。多くの農家にも農協にもそんな競争力がないのが今の現実です。かといって、今の農家が廃業したり農地を他人にすぐ売ったりするわけでもないでしょう。そういう現実に対応するためには、外食産業に多いフランチャイズの仕組みを農業に応用し発展させてはどうでしょう。

個々の農家や農協の事情も千差万別でしょう。営農意欲はあるが自前での競争ができないところ、営農も誰かに任せたいが農地は手放したくないところ、簡単な農作業ならやりたいがきついことはできなくなったところ、などです。

そうした個々の事情に応じて、多様なフランチャイズ型の農業を展開するのです。あるところでは、品種開発やマーケティングやブランディングや販売を委託し、農家は生産に徹する。ある場合は、農家は農作業の一部あるいは全部を外部に委託する。ある場合は、農家は農地の貸し付けだけを行う、といった形です。

実情に応じた農家とのかかわり方によって、農家が高齢者であっても農地が耕作放棄地にならずに生産性の高いフランチャイズによって運営されることになるでしょう。

もちろん、多くの農家の不安の種である農地を将来ちゃんと返してもらえるのか、という問題については、行政権限を与えられた公的な機関による貸借関係の保証などが必要でしょう。

フランチャイズ運営側には、新しく多様な仕事が生まれます。生産者から消費者までを結ぶバリューチェーンの運営という様々な分野が新しいタイプの雇用とビジネスチャンスを生むでしょう。

7 たたき上げ農業経営者のすすめ

日本にも多くの偉大な農業経営者が既にいます。農家であったり、農協であったり、農業生産法人であったり、株式会社であったり、様々な形で経営を進めています。

中には、エンジニア出身で農家との間に様々な契約関係を結んで何百という農家をまとめて大きな農場組織にしている新福さんという方や、豚2頭から8万頭近くにまで自分で開発したトータルな方法で生産規模を拡大した間さんという方などがおられます(お2人とも宮崎県の都城で活躍されています)。

農業は、デスクワークと違って、脳みそと全身をフルに使う、極めて難しい産業です。気まぐれな自然と消費者を相手にし、大地を生かしながら、農産物を作ることは一朝一夕にはいきません。自分のライフワークにし、子供に受け継ぐというあり方が自然です。人事異動で簡単に持ち場を替えるわけにはいきません。

たたき上げ農業経営者こそ、農業を継承する人たちですし、次の世代を育てる人たちです。その多くは、農協の秩序の中で様々な妨害を受けてきました。今も、資金調達や事業展開に様々な制約があります。

これからはそんな時代ではありません。農協もそのほかの農業経営者も切磋琢磨し、日本の農業を発展させていくのです。そのためには、今も残る不合理な規制や慣習をやめ、日本の農業と農業人材を伸ばす人たちを社会全体で支援するための枠組を作るべきです。

おいしい農産物が、自動車やゲームや環境技術などと並ぶ、日本経済の主役になるように、今度こそ流れを変える時期ではないでしょうか。

(出典:日経ビジネス オンライン)


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