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子供の体力低下

子供の体力低下と向き合う


スポーツを取り巻く現状を年間を通して追う「甦れ!! ニッポン」
第3部では低迷が続く子供の体力を取り上げる。

5歳で3歳レベル 体の動かし方が分からない


「言葉や情緒を扱う知育番組はありますが、体に関する番組がありません。作りたいんです」

「子供の体力低下が続いています。体の動かし方に焦点を当てる形で一緒にやりましょう」

2003年秋、教育番組を制作する東京・渋谷のNHKエデュケーショナル4階会議室。同社の吉田直久・こども幼児部担当部長(現NHK衛星放送センターチーフプロデューサー)と、中村和彦・山梨大准教授は新番組の構想を練っていた。子供の「体」をテーマにした番組は世界初の試み。「からだであそぼ」(04年4月~昨年3月放映)が、産声を上げた瞬間だった。

ひと言で体力低下といっても実態は様々。足が遅い以前に走り方がぎこちない。ボールを投げる際に腕を回せない-。要は体の動かし方が身に付いていないのだ。人間の基本動作は学問的には84に分類される。長年、体の動きを研究する中村准教授は、NHK側の要望を受け、子供の運動場面の実証などを基に36にまとめた。2カ月かけて考案したこの36の動きは番組の根幹になった。

タレントのケイン・コスギが基本動作を組み込んだ体操を実演。野球、サッカーなどで活躍する選手のコーナーも作った。「反響は大きかったですね」と吉田担当部長。番組には「体の動かし方がわかった」といった親子の声が寄せられた。子供の体に危機感を抱いた放送関係者、研究者が思いを詰め込んだ番組は、日本の子供の現在地を映す鏡でもあった。

文部科学省が行った2009年度の体力・運動能力調査では依然、小学生の体力は低迷中だ。

男子の50メートル走は全国平均で9秒37。小中学生の体力がピークだったとされる1985年の9秒05より0秒32遅い。08年度より0秒02速くなったものの、ソフトボール投げ、握力などとともに24年前とは大きな差がある。女子も同じ傾向だ。

中村准教授は「体力テストの数値は、あくまで運動の結果。その結果を生む体の動かし方が大事になる」と指摘する。

85年と07年の2度、中村准教授が行った調査が興味深い。投げる、捕球する、走る-など7つの動作を5段階評価し、各動作を最高5点で数値化した。ボールを投げるでは、《1点》手投げ《2点》体をひねっている《3点》手と同じ側の足を出す《4点》体をひねり、手と反対の足が出る《5点》振りかぶって投げる-と設定。85年は《3》が最多だったが、07年では《1》と《2》で全体の7割近くを占め《5》は0人だった。

合計点を比べると「07年の5歳は85年の3歳、9~10歳は5歳程度だった」。体の動きがぎこちなくなった結果、体力テストの数値も低迷する構図が浮かび上がった。

日本は「世界一動かない子供がいる国」といわれる。週2回以上運動する11歳男子の割合は37%。豪州の89%、ドイツの83%を大きく下回る。遊び場所も20~30年で劇的に変わった。小学生男子の半分近くが室内で遊ぶ。校庭、公園など屋外の人工的場所は37%、野山などの自然は10%に満たない。男女ともテレビゲームが1位になった。

30代以上の大人は子供時代、90%以上が野山や公園で追いかけっこ、野球、メンコをして仲間と遊んだ。室内で遊んだ人はわずか数%だ。中村准教授は訴える。「遊びが成立する条件は時間、空間、仲間の『3間』。大人が『3間』を保障する必要があるんです」-。

(出典:産経新聞 2010.6.1 17:26)





体育の家庭教師が人気なんだって

「コーチ、いまの(やり方)でいい?」。世田谷区の大蔵運動公園。東京都内の小学校に通う5年生のリサさん(11)は、昨春から週1回1時間、体育の個人レッスンを受けている。

指導するのはスポーツ・体育の家庭教師「フォルテ」(本社・世田谷区)の代表、長沢宗太郎さん(29)。城西大学時代まで陸上部で活躍した元選手だ。この日は走り方のフォームを何度も確認。「しっかり腕を振って」「肩を上げすぎないように」-。一緒に走りながら要点をアドバイスし、縄跳びや鉄棒なども織り交ぜて体を存分に動かさせた。

リサさんは幼少から運動が苦手で、外で遊ぶ機会も少なかった。医療系の仕事を抱える母親(42)は「忙しくて公園に連れて行くこともできなかった。いまの世の中は子供だけで遊ばせるのも危ないですから…」と打ち明ける。

ところが、知人の薦めで個人レッスンを受けるようになってから体力は向上し、いつも最後から2番目だった冬のマラソン大会でも今年は「全体の真ん中ぐらいでゴール」。リサさんが「秋の運動会ではリレーの選手になりたい」と声を弾ませると、母親も「腹筋が1回もできなかったのに、驚いています」と目を細めた。

体育の家庭教師が事業化され始めたのは1990年代からで、いまでは東京都内だけで20社ほどあるという。フォルテは08年11月の設立。スタッフは4人で、中学高校の教員免許や指導員の資格を持ち、個人レッスン料は1回6300円と決して安くはない。だが、「鉄棒で逆上がりがしたい」「足が速くなりたい」と依頼は絶えず、現在、個人とグループレッスンを合わせ、3歳~14歳の計120人を教えている。

体力低下の現状を、長沢さんは「いまの子供は体は大きくなったが、外で遊ぶ習慣が減り、体に見合った筋力を鍛える機会がない。だから速く走ることもできないのだと思う」と指摘し、レッスンが人気を呼んでいることについては「やはり子供が減って子供1人にかけるお金も多くなったのではないか」と見ている。

全国のショッピングセンター内で、室内遊園地などを運営するイオンファンタジー(本社・千葉市)は、昨年秋、子供たちが遊びながら基礎体力を身に付けられる「スキッズガーデン」の本格展開を開始した。

同社の原点は遊びを通じて子供の健全な成長を願うこと。これまでのゲームや乗り物に加え、遊び場の提供を模索していた。そこへ母親たちから「ゆっくり買い物がしたい」との声が寄せられ、展開を決めたという。

「スキッズガーデン」には保育士資格を持つ職員が常駐。子供は一緒に体操したり、ゴムボールでいっぱいのプールで遊んだりして時間を過ごす。料金は最初の30分が500円、以降30分ごとに400円(最大2時間まで)かかるが、子供は遊びの中で基礎体力をつけ、親は安心してゆっくり買い物ができる。展開から1年弱の先月15日現在、全国28カ所で開設。2年後には200カ所にする構想もある。

遊びが成立するには、時間、空間、仲間の「3間」が必要だが、それもお金で買う時代ということなのだろうか-。

(出典:産経新聞 2010.6.2 23:03)





「生きる体力」育てる挑戦

2時間目終了のチャイムが鳴ると、赤、青、緑と色とりどりののぼり旗が校庭に並んだ。顔を紅潮させた子供たちが我先にと校舎から駆け出してくる。「タイヤとび」「うんてい」「まとあて」-。みんな笑顔で旗に書かれた種目を次々とこなしていく。最後に“終了証”代わりのキャラクターシールをもらい、うれしそうに用紙に張り付けた。

「ソトスロン」と名付けられたこの取り組みは、小平第六小学校(東京都小平市)で毎年10~11月に全校生徒が参加する運動プログラム「コダイラスロン」の中の一つ。2時間目と3時間目の間にある30分の休み時間を活用し、2008年から同小と早稲田大人間科学部の竹中晃二教授が共同で始めた。

04年度に文部科学省が行った子供の体力向上事業協議会全国調査では、1日総計60分以上外遊びする子供の割合は男子で44・7%、女子で32・1%。同小でも放課後や休日の運動量が少なく、生活習慣も夜型の子供が少なくなかった。

竹中教授は「今の子供は、疲れやすいなど実生活に必要な体力が低下している。それが精神の不安定や社会性の欠如、さらには学力低下につながっている」と指摘する。

コダイラスロンは、週ごとに異なるテーマで4週間行われ、名称は陸上の10種競技「デカスロン」からとった。1週目は、サッカーなどのスポーツをする「スポスロン」。2週目は運動強度を下げ、的当てや馬跳びなど外遊びが中心の「ソトスロン」が行われる。

同小の小松ゆみ子教諭は「目的は『生きる体力』を育てること」と話す。そのため3週目は洗濯や皿洗いなど自宅で手伝いをする「ジタクスロン」を取り入れた。竹中教授は「『スポーツしなさい』といってもやるのは好きな子だけ。お手伝いでも十分体を動かしており、子供も取り組みやすい」と説明。4週目の「セイカツスロン」では、早寝早起きやテレビゲームを我慢するなど生活習慣の改善を狙う。

家庭での手伝いを取り入れたことは、保護者の理解にもつながった。日常の身体活動レベルと睡眠時間で子供たちを4つに分類し、各カテゴリーに向けた新聞も3回発行。竹中教授は「各人にあった情報を提供することで、子供や保護者の関心を引ける」と話す。

成果は徐々に出始めている。竹中教授らが08年に同小の4~6年の生徒280人に、コダイラスロン前後で1日(平日)の平均歩数を比較したところ、男子で404歩、女子で1580歩増加。精神面のアンケート結果でも、ストレスや「不定愁訴」と呼ばれる疲れやだるさなどが軽減した。

竹中教授は「コダイラスロンは体を動かすきっかけ作り」と訴える。秋に行うことで、運動会から継続して体を動かすことを狙った。4週間に限定したのも、習慣づけに必要な自主性を養うため。ソトスロンのコースも、体育委員会の生徒が自主的に作製。小松教諭は「高学年の子の指導で、低学年の子が鉄棒をできるようになった。この達成感は将来必ず生きてくる」と力説する。

飽食、遊び場の減少、ゲームなど遊びの多様化…。取り巻く環境は、子供の運動を阻害する方向へと進んでいる。しかし、竹中教授は真剣なまなざしでほくそ笑む。「体を動かさなくてもいい時代に、体を動かすことをいとわない子供をつくる。時代へのチャレンジですね」-。

(出典:産経新聞 2010.6.3 18:37) 





減っていくスポーツ空間 地域でサポート

東京都足立区の北西角に位置し、運転士のいない自動運転システムで走る日暮里・舎人(とねり)ライナーが通る街、舎人地区。その西はずれに寂れた小学校がある。正確には9年前に廃校になった小学校の跡地。だが、夕刻になると道場や体育館に電灯がともり、子供たちが長い影を引いて集まってくる。

道場では柔道や空手、体育館ではバドミントンやバレーボール。午後9時ごろまで、子供たちの歓声はやまない。

総合型地域スポーツクラブ「KITクラブ21」は2002年5月の発足当初から、この廃校に事務局を構えている。「リニューアルすれば、立派なクラブハウスになると思って。跡地を幽霊屋敷にしたくないという住民の声も多かった」と、地元で不動産業を営む小金井寛ゼネラルマネジャー(GM)。

準備段階では、地区の中心部に拠点を置き、近くの学校体育館などを借りてスポーツ教室を開く算段だった。そこに「廃校を使ってみれば」と足立区が妙案を持ってきた。09年度末の会員数は小中学生が約150人、大人が約320人。細々とではあるが、地元に根を下ろしている。

今年4月、文科省が発表した数字は、ちょっとした衝撃を伴った。07年度の調査によれば、全国の学校にある体育・スポーツ施設は約13万6000。少子化に伴う学校の統廃合が進んだ結果、01年度の前回調査から約1万3000もの施設が姿を消したという。

「1つの学校がなくなると、体育館やプール、校庭など複数の施設がなくなる計算なので…」

文科省の担当者は数字のからくりを説明する。それでも約1割の減少幅は少なくない。公共の体育・スポーツ施設も約2700減って約5万4000に。地方自治体がスポーツ関連施設の管理などに割く予算はもっと露骨で、総務省によれば1995年度は約1兆円だったのが、06年度には半分以下の4730億円にまで削られている。

時間、空間、仲間-。「3間」の欠如が、子供の体力低下の主な要因というが、「空間」の欠如は、これらの数字の中にも垣間見える。

廃校利用から興ったクラブは東京・調布市などにもあり、少子化時代ならではの事象といえそう。ただし、先鞭をつけた「KITクラブ21」にも悩みはある。それも子供ではなく、“大人の事情”が理由という。

例えば毎週水曜日に開くバドミントン教室。実際は「講師の引き受け手がなく、集まった子供や大人に場所を提供している」(小金井GM)。もちろん参加者から受講料は取れない。

クラブ運営に携わるスタッフは約15人。スポーツ教室の指導者に支払われるのは薄謝で、大人たちの善意に負う部分が少なくない。「場所があっても管理する大人が少ない。子供たちを育てる-という一心で、何とか活動の幅を広げたい」と小金井GMは近在の大人に協力を呼びかける。

6月半ばには、会員以外の子供たちに無料でスポーツ教室を体験してもらうという。会員数の拡張に向けた、ささやかな試みだ。小金井GMは拝むような口調でこう訴える。「体力の向上を含め、子供たちを育てるのは地域の大人たちの責任。私たちはその一端を担いたい」

(出典:産経新聞 2010.6.4 16:30)  
  




眠った才能を揺り起こせ タレント発掘事業

土曜日の午後6時。福岡市内の体育館で、風変わりなスポーツ教室が開かれている。ある週は器械体操、次の週はレスリング、その次はバレーボール…。100人以上の小中学生が参加し、取り組むテーマは週替わり。時には、反復横跳びや片足立ちの姿勢でバランスを取るなど、地味な作業に汗を流す週もある。

スポーツ界は近年、「ゴールデンエージ」と呼ばれる年齢層に熱い視線を注ぐ。ターゲットは9~12歳。神経回路がめざましく発達し、体が多くの動作を吸収していくのが、この時期という。

福岡県が「タレント発掘事業」と銘打って、小学4年生~中学1年生の能力開発に乗り出したのは2004年。毎年、セレクションで各学年から30人程度を集め、さまざまな競技や骨子となる基本動作などを体験させている。

「体のコーディネーション能力(自由に操る力)を養い、適性を見抜くのが狙い。将来、福岡から五輪代表選手を送り出したい」。事業主体である同県スポーツ科学情報センターの平間伸爾・健康科学係長は、こう力説する。

福岡のセレクションには毎年、約2万1千人の子供が応募。県下の対象学年の1割強といい、子供の体力低下が叫ばれる時代にあって、異例のブームといっていい。

岩手県体育協会などが進める「いわてスーパーキッズ事業」では、1992年アルベールビル五輪ノルディックスキー金メダリストの三ケ田礼一さんが旗振り役。県下の競技団体の指導者を招き、子供たちに未体験のスポーツを教えている。昨季は、手ほどきを受けた中学1年の男子がスキージャンプで東北地方の大会を制したという。

同様の事業は、日本オリンピック委員会(JOC)が把握しているだけでも11を数える。特に和歌山や岡山、岩手など地方の先覚的な取り組みが目を引く。なぜ、地方が熱を上げるのか。

「田舎の子供が選べるスポーツは限られている。通う中学校に野球部しかない、とか。発掘事業は子供の可能性を広げる場なんです」と三ケ田さん。多方面の指導者が目を光らせることで、その競技に縁のない子供の適性を見抜けることもある。福岡では、発掘事業を機に競泳からセーリングに転向した高校1年の女子が、今年のジュニア大会で優勝-という成功事例もある。

「タレント発掘は、競技との出会いを偶然ではなく必然にする場」とは、各地の取り組みを支援するJOCアシスタントディレクターの松井陽子さん。

今年1月、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターに各地のタレント発掘事業に参加する子供たちの代表65人が集まった。体力テストやさまざまな競技の体験教室、オリンピアンの講義など、子供たちの体と脳を刺激する内容だった。参加者には指導者を「あの子なら五輪で金メダルを取れる」と感嘆させた子供もいたという。

JOCは近く、タレント発掘事業を通じた自治体のネットワークを整備し、子供たちに地域を問わず多様な競技に門戸を開くシステムを作る。「競技経験のあるなしに関係なく、大人が優秀な人材を見抜かなくては。これからは『選抜』ではなく『識別』が大事になる」と松井さん。“素材”は目の前にある。問題視される体力低下の改善も含め、才能を眠らせた子供をどう導くかは、大人しだいかもしれない。

(出典:産経新聞 2010.6.5 18:02)



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