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ニューストピックス

全30件 (30件中 1-10件目)

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憲法

2017年12月30日
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カテゴリ:憲法






最終更新日  2017年12月30日 21時28分25秒
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2017年05月11日
カテゴリ:憲法






最終更新日  2017年05月12日 00時22分36秒
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2012年05月10日
カテゴリ:憲法
既にネタと化しているようですが、産経がGW中に連載していた【欠陥憲法】シリーズ
いやはや、これほど馬鹿げた記事を載せられるとは、真面目に保守派を自認している人々も「何て事をしてくれるんだ」と頭を抱えているのではないでしょうか。

だいたい(1)のウィンカー話というのは、他国の戦車にも付いているとか、公道を単独走行することもあるとか、既に多くの人々に指摘されており、まともな取材をせずに、自分の観念だけ、あるいは自分にとって心地よいことを言ってくれる者の言葉を鵜呑みにして、記事をでっち上げているのが一目瞭然です。

--
【欠陥憲法】(1)戦車にウインカー 「軍隊否定」の象徴
2012.4.28 22:48 (1/3ページ)[憲法改正]

(略)

 戦車にウインカー。珍しい組み合わせのように見えるが、戦場で味方に合図を送るための装置ではない。乗用車など一般車両と同じく、道路運送車両法第41条に則して装着しているのだ。視界の悪い戦車が平時に公道を移動する際は、前後に自衛隊の車両や隊員がつく。ウインカーは必要ないと思われるのだが…。

 実は、自衛隊法第114条と昭和45年の防衛庁(当時)の訓令によって、戦車は平時でもウインカーを免除されている。それでもあえて、陸自の全戦車が装着しているのだ。

 除外規定があっても自主的に取り付ける行動の背景には、憲法で明確に規定されていない自衛隊が戦後社会で「認知」されてこなかった厳しい歴史がある。それが一般対象の法令への過度の配慮につながる。

(略)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120428/plc12042822520013-n1.htm
--

そして、この「過度の配慮」云々という言い草が、こういった観念的保守派のヘタレっぷりを如実に現している部分と言えましょう。

もし、本当にそれが必要ないなら、そういう運用をすれば良い。何か文句を言われても、法に則った運用だと胸を張れば良い。
それをやらないのは、ひとえに自分たちの都合であるのに、全てを憲法に責任転嫁して、自分たちでは決断しようとしない。

そういう連中が、やたら自立だの自主制定だのに拘るというのは、何の冗談ですかと言いたくなります。

そもそも、憲法とは権力を縛るためのもの
民主主義国家では、将来どのような権力者が生まれるかは誰にもわからない。そういう時のことも考えて、権力者が国民を不当に弾圧したりできないように、憲法には国民の権利を明記し、権力者に対する制約を明記し、かつ簡単には変えられないようにしておくべき。

今、改憲を唱えている連中は、逆に国民を縛り、権力者が好き勝手できるようなことばかり憲法に盛り込もうとし、また憲法を変え易くしようとしている。

そんな憲法なら、憲法の存在する意味が無いんですけどね。
だって、もともと権力を持つものは議会の多数を握っているんですから、それで自分のやりたいことを実現するための法律を制定することができます。でも、憲法がその「やりたいこと」の枠組みを決めているから勝手な事ができない。そこに憲法の価値があるのです。
権力を縛ることを放棄し、国民の権利を明示しない憲法など、そして、簡単に権力者に都合良く変えられる憲法など、ただのお題目に過ぎず、何の価値も無い。

自民党も、みんなの党も、たちあがれ日本も、ああいった改憲案を提示した時点で、民主主義国家の政党として「欠陥政党」と言ってよろしかろうと思います。







最終更新日  2012年05月10日 20時54分40秒
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2012年05月03日
カテゴリ:憲法

今日は憲法記念日です。
経緯はどうであれ、今の憲法が65年間にわたって戦争に巻き込まれない国を維持するのに重要な役割を果たして来たのは間違いの無いところ。でも、そんな国では我漫ならない連中が、今の憲法を欠陥呼ばわりし、とにかく権力者に都合の良い憲法に作り替えようとしています。

自民党、みんなの党などなど、どれもこれも個人の権利を抑え込み、政治家が勝手なことをできるような案ばかり出して来ています。それこそ、自民党は総裁がリベラルとみなされている谷垣さんですけど、何でこんな憲法案を作ったのか全く意味不明。数年前に作った自民党の憲法草案とも似ても似つかない代物。

それこそ、たった数年でこんなにも憲法案の中身を変えてしまわなければならない、どんな社会情勢の変化があったというのでしょう。私にはさっぱり思いつきませんが。
逆に言えば、自民党の作る憲法って賞味期限はたった数年ってことですか? だったら、そんな粗製乱造憲法にどれだけの価値があるっていうんでしょうね。






最終更新日  2012年05月04日 01時40分29秒
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2011年09月19日
カテゴリ:憲法

小泉元首相が、恥知らずにも自分の首相在任中の靖国参拝を正当化しています。

--
小泉元首相「靖国参拝しなくても尖閣問題起きている」 民主政権の対中外交を批判
2011.9.18 23:13

 小泉純一郎元首相は18日、川崎市内で講演し、日中関係について、「『靖国神社に参拝しなければ中国とうまくいく』なんていうのは関係ない。参拝しようがしまいがいまだに沖縄・尖閣諸島で摩擦が起こっている」と述べ、民主党政権の対応を批判した。野田佳彦首相は首相在任中、閣僚を含め内閣として靖国神社に公式参拝しない方針を表明している。

 小泉氏は講演で、首相在任中の平成16年11月、チリで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、日中首脳会談の設定をめぐり、強硬姿勢に出ても会談が実現したエピソードを紹介した。

 胡錦濤国家主席との2国間会談をめぐり、中国側から「来年、靖国神社を参拝しないなら受ける」と打診されたのに対し、外務省を通じ「必ず参拝します。それで会談を拒否するならかまわない」と返答したという。中国は最終的に、小泉氏が参拝を明言しないことを条件に、会談を受け入れたという。

 小泉氏は靖国神社参拝に関し、「戦争を美化しているわけでも反中国でもない。日本の首相が犠牲を受けた国民に哀悼の念を表すために参拝して何が悪いのか、いまだに分からない」と強調した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110918/chn11091823180004-n1.htm
--

この小泉元首相の言っていることは明らかに詭弁

「『靖国神社に参拝しなければ中国とうまくいく』なんていうのは関係ない」からといって、「『靖国神社に参拝しても中国とうまくいく』可能性がある」とは言えない。
少なくとも、参拝を続けている限りは日中間の摩擦が解消される方向に行くものではないことは確かであり、今、日中間に問題が起きているからといって、自分の参拝強行を正当化することなどできないってことです。

これが、『日中間の関係なんてどうでも良い』と開き直るなら、まだまともと言えるのでしょうけど。

で、そもそも何を藁人形叩きをやっているのかってこと。
中国のことなんかどうでも良い、問題は、首相の靖国参拝は憲法20条に触れるところにあるんですけどね。

信教の自由を憲法で保証している国の為政者が、特定の宗教に公費を使って肩入れするなど、とんでもない話なんですけどね。

だいたい、「戦争を美化しているわけでも反中国でもない。」って、靖国神社が戦争美化のための神社以外の何なんですか。
哀悼の念を表すなら、あんなカルト宗教の施設など使わずに、武道館で行う終戦の日の追悼式で、もっと真剣に祈ったらどうです。
小泉元首相にとってあの式典は、ただそれらしい恰好を演出するだけのものだったってことですね。






最終更新日  2011年09月19日 17時35分53秒
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2011年08月15日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:憲法

今年も終戦の日がやって参りました。

この日に、人々を戦争に駆り立てる一翼を担った靖国神社に、政府の責任ある立場の者が参拝するなんて、おバカなことがこの2年なかったというだけでも、菅さんが首相である意義があったと、私などは感じております。

お参りしたい人はしたければ良い。ただし、政府の役職を表に立てるようなことをやってはダメ。それは日本国憲法20条3項を読めばわかる。
首相、閣僚の靖国参拝に批判的な人の多くは、この程度の自制を求めているだけだと思うんですけどね。

しかしながら、その程度の自制心ももたない人物がワガママを言い放題です。

--
石原知事が靖国参拝 閣僚らを猛批判
2011/08/15 13:31

 東京都の石原慎太郎知事は15日、靖国神社を参拝した。石原知事は参拝後、報道陣に対し、首相と全閣僚が靖国神社に参拝しない方針を示したことに「あいつら日本人じゃないんだ」と激しく批判した。

 この日は、都の戦没者追悼式典に出席後、靖国神社に直行。「国を救ってくれって言った」と話した上で、報道陣から菅政権による政治の混迷を問われると「自業自得だよ。日本人が堕落したからこんなことになったんだ」と述べた。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/523138/
--


他人の宗教心の表し方に他人があれこれ指図するなんて、まさに戦前への回帰じゃありませんか。憲法20条2項にはちゃんとこう書かれている。

『何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。』

他人が参拝しないからと、「日本人じゃない」などと中傷するのは、明らかにこの20条2項に反している。

即ち、どっちが日本人じゃないかと言うなら、明らかに憲法を蔑ろにしている石原知事の方ですね。

それをまた無批判で垂れ流すこういうマスコミも、一体全体どこの国のマスコミなんでしょうか? ってところですね。







最終更新日  2011年08月15日 18時34分14秒
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2010年12月30日
カテゴリ:憲法

年の終わりに、産経新聞がまたまたとんでもない社説(主張)を書いています。

仙谷官房長官が、小泉元首相の靖国参拝をアナクロと評したことに噛み付いたようですが、この新聞社のように日本国憲法を蔑ろにしている者に「外交感覚」を疑われたところで、勲章にしかならないと思いますけどね。

--
靖国アナクロ発言 官房長官の外交感覚疑う
2010/12/29 08:16

【主張】

 仙谷由人官房長官がフジテレビで、小泉純一郎元首相の靖国神社参拝と対中外交について「非常にアナクロティック(アナクロニスティック=時代錯誤)で、非常にまずい外交だった」と述べた。官房長官として不適切な発言である。

 小泉氏は首相在任中の平成13年から18年まで毎年1回、計6回の靖国参拝を行った。その度に中国は激しい非難を繰り返した。日本の国連安保理常任理事国入りの問題とも絡み、中国で大規模な反日暴力デモが起きたこともある。

 仙谷氏の発言はこうした時期の小泉氏の対中姿勢を批判したものだが、時代錯誤ではない。

 靖国神社には国のために亡くなった246万余柱の霊が祀(まつ)られている。どれだけ時代がたっても、首相が国民を代表して哀悼の意を捧(ささ)げることは当然の務めである。小泉元首相は国のリーダーとしてその務めを果たした。仙谷氏は国家の責務を考えていない。

 仙谷氏は番組の中で「中国との関係で失われた5年間、6年間は、今の外交にも傷として残っている」とも述べた。今の中国との関係がうまくいかないのを、小泉元首相に責任転嫁した発言だ。

 民主党政権は中国に過度に配慮した対応を続けてきた。

 昨年暮れ、習近平中国国家副主席が来日した際、天皇陛下に会見を求める中国側の要望を一方的に受け入れ、強引に陛下と習氏の特例会見を設定させた。今年9月、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で海上保安庁が逮捕した中国人船長は、「日中関係への考慮」を理由に処分保留で釈放された。

 それでも中国は日本に謝罪と賠償を求めた。鳩山由紀夫内閣と菅直人内閣が示した対中配慮の効果はほとんどなく、かえって足元を見られている。小泉元首相の靖国参拝とは無関係である。

 今年の終戦記念日の8月15日、菅内閣の閣僚は一人も靖国神社に参拝しなかった。仙谷氏は事前に「閣僚は公式参拝を自粛するのが従来の日本の政治の考え方だ」と事実上の禁足令を敷いた。

 首相や閣僚の靖国参拝は国を守る観点からも、重要な国家の責任である。日本の安全保障が中国の軍拡や北朝鮮の核の脅威にさらされている今こそ、近隣諸国におもねらず、毅然(きぜん)として戦死者を慰霊することのできる強い指導者が求められている。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/479318/
--

小泉政権下の日中関係と、現在のそれを比較することにさほど意味があるとも思えません。時期が違えば条件もいろいろ変わりますから。

それよりも重要なのは、日本国憲法には政教分離という規定がある、これは日中関係とは異なり、憲法を改正しない限り不変です。
よって、政権を担う者が一宗教である靖国神社に戦没者慰霊の特権を与えるようなことがあってはならない。これは日本が法治国家である以上、守らなければならないことであり、仙谷長官が「禁足令」を敷いたなら、それは日本国政府の一員として当然のことをしたまでです。

それをこんな風に批判する方がどうかしている。本当にこの新聞社は日本の新聞社なんでしょうかと聞きたいくらいです。

戦没者の追悼を首相が行うというのは、まあ世間の常識からみても真っ当とは言えると思います。だからこそ、終戦記念日に両陛下の臨席の下、追悼式典を武道館で行っているのであり、靖国なんて一宗教の施設を借りる必要は全くないし、ましてやその布教を後押しするかのような特別扱いは現に慎むべき。

今後も首相や閣僚の「公式参拝」など、絶対にやってはいけません。
産経とは絶対に意見は合わないでしょうけど。







最終更新日  2010年12月30日 20時09分43秒
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2009年08月15日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:憲法

今日は8月15日。
麻生首相が靖国参拝を見送ったことで、予想通り産経が批判を展開しています。

--
【主張】靖国神社参拝 指導者の務めはどうした

 麻生太郎首相が終戦記念日の8月15日に靖国神社を参拝しない意向を示唆した。その理由を「(靖国神社は)最も政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきものだ。もっと静かに祈る場所だ」と述べている。本意とすれば、いささか残念である。
(略)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/288796/

--
【産経抄】8月12日

(略)

 ▼靖国問題でも麻生太郎首相は、参拝否定派が主導権を握っている民主党の尻馬に乗っているようだ。首相は「政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきだ。もっと静かに祈る場所だ」と述べた。

 ▼一見、もっともらしい言い訳だが、参拝しないという事実においては、靖国否定派の人々とまったく変わらない。首相が尊敬する祖父・吉田茂元首相は、在任中5回参拝している。30日の投票日に「売家と唐様で書く三代目」となるのも仕方ないか。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/288795/
--

まあ、靖国参拝すれば形勢逆転なんて政治部長がお気楽なことを言っていた新聞社が、梯子を外された形になって歯軋りする気持ちもわからくもないですけど、この新聞社には憲法20条2項を守るという気は全くないんでしょうか。

--
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
--

本人がやらないと言っているのに、それをやれと強要するのはどうみても憲法20条2項に反する。
しかも、小泉元首相が参拝していた時は、あれを散々「私事」とか「個人の信教の自由」とか言って正当化しようとしていた人達が、今になって何を言っているのかってところですね。

こういう新聞社こそ「売家と唐様で」書いていただきたいものだと思います。








最終更新日  2009年08月15日 02時25分01秒
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2008年05月05日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:憲法

憲法公布日に始めたブログでありながら、ちょっと忙しくしているうちに憲法記念日が何も書かないまま過ぎていってしまいました。予定稿でも書いておけばよかったかしら。

自民党の参院選惨敗と安倍首相の政権投げ出しによって、改憲の流れはひところのような勢いを失ってはいますが、国民投票法は既に成立しており、自民党と民主党の談合が成れば、また動き出す可能性は十分にあると覚悟しておくべきでしょう。

現憲法がベストの憲法かどうかはわかりませんが、現在の国際情勢を見れば、少なくとも安全保障面に関しては現憲法9条が有効に働いているといえ、これを改めて日本人の命をアメリカ様に差し出す必要性など全くない、とは言えると思います。

国民投票法は護憲派にとっても対等にアピールできる場だなんて考える人もいるようですけど、国民投票法の仕組みでは、護憲を望む者はただ改憲という動きに対する「専守防衛」しかできないのが事実。現在のような専守防衛の自衛隊の位置づけを否定している人が上のようなことを言うのはどうみても自己否定ですね。

私は憲法を改めるということを頭から否定するつもりはありません。でも、何度も言っているようにそれならまず司法に「違憲」と言わせろってこと。「憲法調査会」も、まず司法が「違憲」と判断した部分を取り上げて、それを受け入れるのか、それとも改憲するのかを審議する、そういう場にすれば良いと思っています。
それこそが本当の三権分立でしょう。

例えば先日の空自イラク派遣の違憲判決を受けて「だから、空自輸送機をバクダッド空港まで飛ばしても違憲と言われないように、憲法9条をこのように改めよう」とやれば良い。

でも、自民党や改憲論者はやらないでしょうね。
そうやってしまうと、やれ「北朝鮮だ~、中国だ~」と危機感を煽っていたのに、本当の9条改憲目的がアメリカへの戦争協力だったというのが、あからさまにバレてしまいますから。

今の改憲論に賛成できないのは、そういう姑息な部分が大きすぎるからです。








最終更新日  2008年05月06日 02時44分49秒
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2008年03月20日
カテゴリ:憲法

映画「靖国」の制作にあたって、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」から助成金が出ていた問題にからみ、与野党国会議員向けの試写会が開かれたようです。

まあ映画自体を見ていませんし、そういう制度がある以上、この映画に助成金が出されていようが大した問題とは思いませんけど、この件で、またあの議員さんが吠えているようです。

そう、あの稲田朋美という人。
今は、自民党若手議連の「伝統と創造の会」なんてものを作ってその会長になっているようですね。

今回も、こんなことを言ってます。

--
会合後、稲田氏は「憲法で保障された『表現の自由』があるので、映画の内容を論評する気はないが、靖国神社という政治的な題材を扱った映画に政府関係機関が助成したことは疑問だ」と語った。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/129618
--

あのねえ、何で内容に論評しないのに、「靖国神社」が政治的な題材ってことになっちゃうんですか?
靖国神社は宗教施設でしょ。映画の内容がそれを政治的に扱っているって言うならまだしも、内容に論評しないのに即「政治的な題材」となってしまうってことは両者をくっつけているのはこの人自身ってこと。
この人は弁護士のくせに、憲法20条に政教分離という規定があることも知らないんでしょうか。

稲田議員が自分のホームページに載せている「伝統と創造の会 会長通信」のNo.4(平成18年03月30日)ではこんなことを書いている。

--
私もいかなる歴史観にたとうとも、国難に殉じた人々に感謝と敬意を表することは、日本人としての権利であり義務であり、自然の法にもとづいた正義であると考えています。総理が就任後一貫して靖国神社に参拝され、予算委員会において「日本人の心の問題だ」と答弁されたのは大変立派であると感謝しています。

http://www.inada-tomomi.com/dento-souzou/d_20060330.html
--

国難に殉じた人々に感謝と敬意を表することを「権利」というのはその人の勝手ですけど、「義務」と言うならこれまた他者に強制しているってことで、憲法20条2項に触れる発言でしょうね。
で、一方では(小泉)総理が「日本人の心の問題だ」と答弁しているのを「立派」だと言っている。

心の問題と理解しているなら、それが「義務」になるはずはないし、今回のように「政治的な題材」なんて発言が出てくるはずもない。

結局は、自分の好き嫌いを他人に押し付けるために、時の総理の言葉さえつまみ食いして利用する
それが稲田朋美という人物なんだなってことですね。

それにしても、この稲田議員のホームページのトップから「政治理念」というページに行きますと、頭から何とも奇妙な記述がなされている。

--
「伝統と創造」
 真の改革とは伝統を守りながら創造することです。
 今、日本は明治維新以来の変革期にきていると言っても過言ではありません。
小泉総理が推進している構造改革は明治維新以来の日本人の手による改革であると思います。
(略)

「ふるさと福井の皆様へ」
 9月の総選挙では、皆様の熱いご声援を受けて373票という僅差により小選挙区で勝利することができました。本当にありがとうございました。
 麻生太郎外務大臣から373票という数字は「みなさん」のおかげの3・7・3だからとてもすばらしい数字で勝ったといわれました。
(略)

http://www.inada-tomomi.com/plitical-idea/political.html
--

つまり、この人の「政治理念」というのは2005年9月で時間が止まってしまったってことですね。
自分の所属政党の総裁を無視して二代も前の人の名前を掲げて、「あの頃はよかった」とノスタルジアに浸り、現実から逃避する。

これがこの人の言う「伝統と創造」ってことなんでしょうかね。

未だにこんな文章を掲げているってことは、この人は議員になることが目的だった。
この「政治理念」とやらを見る限りは、現在「伝統と創造」なんて言っているのも、自分が議員であり続けるための方便としか思えない。
だから、注目さえ集めればそれでいい、自分の発言が矛盾していようが憲法を無視していようが、世間の耳目を集めればそれでいいってことなんでしょう。

ヤレヤレ。







最終更新日  2008年03月20日 01時45分51秒
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