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徴兵制

2010年03月09日
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テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

自民党が憲法改正内容を検討するにあたって徴兵制の導入を視野に入れていたとかいないとか。

最終的には、自民党側が否定のコメントを出して幕引きを計るようですけど、これはどう見ても徴兵制の検討でしょうに。

--
自民党:「徴兵制検討」示唆 幹事長、慌てて否定

 自民党の憲法改正推進本部(本部長・保利耕輔元文相)が4日公表した論点整理に徴兵制の検討を示唆するかのような部分があり、大島理森幹事長が急きょ談話を発表して打ち消す一幕があった。

 論点整理は「国民の権利及び義務」の項目で「ドイツをはじめ多くの国では、憲法で、国民の兵役義務や、良心的事由に基づいてこれを拒否する者の代替役務等が定められている」と指摘したうえで、「民主主義国家における兵役義務の意味や軍隊と国民との関係などについて、さらに詰めた検討を行う必要がある」と提起した。

 これが「徴兵制検討」と速報されたのに慌てた大島氏は、談話で「論点整理はあくまでも他の民主主義国家の現状を整理したもの。わが党が徴兵制を検討することはない」と否定した。【木下訓明】

毎日新聞 2010年3月4日 21時01分(最終更新 3月5日 1時27分)


http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100305k0000m010084000c.html
--

でも、自民党が徴兵制を検討するというのは正しい姿勢だと、私は評価したんですけれどね。

だって、このブログでは何度も指摘しているように、自民党が以前に発表した改憲案では、自衛隊(自衛軍)に海外での武力行使の道を開く内容になっており、危険度のアップと今後の少子化の進展も合わせて考えれば、業務の増大と志願者の減少により、志願制では組織を維持できない可能性が高くなっていましたから。

それを解決するために徴兵制を検討するというのは、あのような改憲案を提示した政党としては、当然やるべきことであると言えます。
でも、自民党はそれを否定してしまった。やっぱり自民党ってのは相変わらず信用ならない政党だなということがわかりました。


それにしても、この件で「自民党はそんなことはこれっぽっちも考えていない」とか必死で強弁しようとしている自称「保守」の人達がいるのが何とも不思議。
保守だったら、自分達で自分の国を守る徴兵制を検討するというのは、本来もっと後押ししてしかるべきでしょうに。

結局、あの人達が「保守」したいのは「我が身」。だから自分達が死ぬ確率が高まるようなことは起きて欲しくない。口では勇ましいことを言っても、これまで通り自衛隊や米軍に弾除けになって欲しい、それが彼らの本音ってことなんでしょうね。







最終更新日  2010年03月09日 02時58分05秒
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2007年04月20日
カテゴリ:徴兵制

某所で「質問とお願い」を私に向かって書いた方がいます。
当該場所は私には出入りして欲しくないようですので、長い間見ておりませんでしたので、そのような書き込みがあったことに気が付きませんでした。

で、新しいエントリを書くのは、こちらとしては結構コストがかかるのですが、聞かれたことを放置しておくのは、私の意とするところではありませんので、国民投票法案がらみのエントリを書くついでにこちらも書かせていただきます。

まず、その質問ですが、
--
ブログで『未来は我々にコントロールできない』と書いています。
ちょっと質問があるのですが、もうちょっと具体的に表現してもらえませんか?
『未来』とは明日か1000年後か?つまり未来の幅です。
『我々』とは誰か?
『コントロール』とは支配を意味するのか、あるいは予想を意味するのか?
--
というもの。
これは私の1月17日付けエントリに書かれていた内容に関するもののようです。

で、回答ですが、
『未来』とは、とにかく今この瞬間以降の全ての『未来』。幅を答えるなら『無限』ってことになります。
『我々』とは、全ての人類、というか「神(存在しないという人もいるでしょうね)」以外の全て。
『コントロール』とは支配の方が近いですけど、私の意識では「制御」。というか『コントロール』に予想を意味する使い方なんてあるんですかね? 逆に聞きたいくらいです。

ということで回答いたしました。
これを聞いてご当人が何をしたいのか、私にはさっぱりわかりませんが。








最終更新日  2007年04月20日 23時02分38秒
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2007年02月28日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

某所では相変わらず「賛同者」という名の「信者」さん達が布教活動に勤しんでおられるようです。

そもそも、読み比べればそのエントリに書かれた対象者が全くの架空の存在であることは一目瞭然なのに、篤き信仰心故か、すっかりその「悪魔」の存在を信じ込んでいる様子。
ヤレヤレです。

で、一見、冷静を装ってなんだかんだと理屈をつけているのですが、最初から結論ありきですから、必ずどこかで不整合を生じている。そしてその不整合を飛び越えるために、罵詈雑言という触媒を添加するというのが共通するパターン。

精神分析を生業とする人から見たら、なかなか興味深い事例なのかもしれません。

==============================

で、相手をアクセス禁止にしておいて自分は誹謗中傷を続ける、それも自分のブログではなく別人のブログで続けるという、あの「公開独り遊び」君は、今度は自分のブログでも、私のブログでもない、私が一言も書き込んでいない別人のブログのコメント欄に、私の2月25日付けのエントリの文を貼り付けるという所業に及んでいます。

そんなに難癖つけたいなら、堂々と私の当該エントリにコメントを付ければいいのにね。
私は誰かさんと違ってその人をアクセス禁止になどしていないんですから。

そういうまともな発想が浮かばないあたり、もはや信仰心に冷静な判断力を奪われているんでしょうか。
それとも、私のブログにコメントしても、最初からデタラメだからズタズタにされることはわかっているので、「賛同者」として守ってもらおうという卑屈な計算をされているのか。

ま、どちらにしてもロクなもんじゃありませんな。

==============================

また、ある人物は、
--
>というか、そもそもオーストラリアの月例報告書では「歩兵大隊を6つから8つに、人数で2600人増やしますよ」といっているだけでオーストラリア軍全体の規模については何も言及されていませんけどね。歩兵大隊以外の規模はどうなっているのでしょうか?
>重装備を減らして歩兵を充実させるなら今の日本と変わりません。
--
こんなことを言っている。
何でもかんでもいちゃもんを付けたいという欲求が先走り、

Combined with the recent announcement of two more battalions, the Australian Army's ranks will be strengthened by more than 4,000 soldiers which, it is projected, will bring our Army's numbers to 30,190 with a "tooth to tail" ratio of 68.2%.

と、陸軍全体で4,000人増やして30,190人にするという一昨年12月のアナウンスがあることが紹介されていることも、そしてオーストラリア軍全体でも2000年に51,000人から54,000人に増員するというフレームワークが示されていることが既に指摘されていることも、全く目に入っていない様子。

また、その人物は、

--
>>・ハイテク化の問題:短期間で誰でも扱えるようになるから問題無い。整備も簡単。
>・・・整備を簡単にするためにどれだけの人が見えないところで身を削っているか分かっているのでしょうか、かの人は。
--

と、そもそもブログ主が誰も言っていない「短期間で誰でも扱えるようになるから問題無い」なんて、架空の「悪魔」を作っていることにも気付かず(or 意図的に情報遮断)、存在しない「かの人」を貶めるという触媒を添加した上で、

--
>ハイテクは確かに作業を楽にしてくれます。しかしですね、
>「一つの作業が簡単になる」→「じゃあ一人当たりの仕事を増やせるね」
>という流れに普通はなるんですよ。行う仕事の量が同じなら最小限の人数で行ったほうが効率がいいですから。
--

なんてことを言っている。

そもそも「どれだけの人が見えないところで身を削っているか分かっているのでしょうか」なんて言ってますけど、それが全くわかっていないのが、この信者さん達の方なんですけどね。
整備を簡単にするために兵器を開発する方がいかに身を削っているかも考えずに、ハイテクだから徴兵では扱えないなんてデマカセを振りまく。技術の開発というのは、ユーザーがそれを使う場面まで想定して行われるのに、ただカタログ上の性能だけを追い求めて使い勝手を置き去りにしているかのような話を広めるなんて、はっきり言って世の中の技術者をバカにしていますよね、この人達は。

そして、軍という組織に「行う仕事の量が同じなら最小限の人数で行ったほうが効率がいいですから」なんて発想を持ち込むことが、自分達が軍事を知らないってことを暴露していることになっているのも気が付いていないみたい。
「仕事」によって利益を生むことが求められる業種なら、効率化というのは至上命題かもしれない。
でも、軍隊なんて最初からコストであって、それで利益を生むことなんて期待されていない。
だから、軍隊の「仕事」を考える上で、求められるのは国を守るという目的が達成できるか否かという観点だけ。

で、その場合に「最小限」なんて発想を持ち込むのは、軍隊の目的達成には逆行する結果しか生みません。
軍隊とは、人が突然居なくなる可能性がある組織。そこに「最小限」なんて発想を持ち込めば、1人が欠けただけで組織全体が機能不全に陥る可能性が、しかもそれが頻繁に起こりうるということ。
それでは軍隊としての目的が達成できないのは自明。

そもそも、防衛が主任務の軍隊の場合「仕事」の量は自分達で決めるのではない。こちらに侵攻してくる相手が決めるんです。
よって「行う仕事の量が同じなら」という発想が入り込むこと自体がおかしいってことです。

また、「じゃあ一人当たりの仕事を増やせるね」とも言ってますけど、普通行われるのは、それは作業が簡単になった分増やしているというだけで、それに従事する人にかかる負担の総量は別に増やしてなんかいない。
それが、あたかもその負担まで増やしているかのように歪曲しているのがこの人達です。

==============================

確かに、民間企業の中にはそういった従業員の負担を増やすような効率化が行われているところがあるのも確か。でも、国防を担う組織がそんなことでいいんですかね?
私は自衛隊はそんなことはしていないと信じてますけど、もしそんなことが行われているなら、それは明らかに防衛力の低下。そんなことは止めさせるべきでしょ?

どうやらこの信者さん達は、そういうことが自衛隊で行われていると言っているようですけど、じゃあ、それを放置しているあなた達は何なんだ、と言いたいところですね。そうやって自衛隊員の負担が増やされているという認識を持っているのに、増員しろとも言わない。ただやっているのは自衛隊員の仕事量を増やす改憲を闇雲に推し進め、仕事を増やすなと言っている人々を貶めることだけ。

結局、彼らにとっての自衛隊員とは、国を守るのではなく自分の魂の平安が守るための存在、そういうことなんだということがよ~くわかります。

ホント、こんな人々のために命がけの仕事を増やされる自衛隊員が、本当にお気の毒です。








最終更新日  2007年03月01日 02時27分15秒
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2007年02月25日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

某所で、自分達の主張が破綻したことが我慢ならないらしい、一部の「徴兵制有り得ない」論者が、言っていることを捏造した架空の反対論者を貶めて、またその「賛同者」を集めて喜ぶという幼稚な行為を繰り返しています。

そういうことをするブログ主もブログ主ですけど、それが「自分の思考回路が整理できない人リスト」となっていることも、「国防の目的意識が欠如している人リスト」となっていることにも気が付かずに、賛同のコメントを書き込む人も何をかいわんや。

中には気に入らない人間はアクセス禁止にしておいて、その人物を他人のブログで貶めるという公開独り遊び状態の人もいるようで、まあ、見苦しいことこの上ない光景ではあります。

==============================

で、その某所では徴兵制導入にデメリットがないなら、導入に賛成したっていいじゃないとか言っている始末。

ヤレヤレ、徴兵制が導入されるデメリットは小さいという話は、あくまでも志願制と比較してということ。
というか、有り得ない論者はこれまで志願制との比較の上で、やれハイテク兵器は使えないだの、やれ士気が低いだの、やれコストが増えるだのといったデメリットがあると大騒ぎしていたのにね。
だから、そのデメリットが小さいと言うのもまた、当然志願制との比較の上での話でしかない。

それを、「じゃあデメリットが小さいなら、反対する理由はない」なんて言い出すのは、相対的な比較と絶対的な大きさのすり替えをしているってことにも気がつけないお間抜けさんだけ。

今後徴兵制が導入されるとしたら、それは志願兵が十分確保できなくなった時。
その時に、志願制のまま恒常的兵力不足を放置するのに比べたら、徴兵制を導入するデメリットなど小さいというのであって、徴兵制自体のデメリットなど、最初からあるに決まってます。
徴兵制など避けるにこしたことはない。でも、それより恒常的兵力不足の解消を優先させるためには、そのデメリットを引き受けても徴兵制を導入せざるを得なくなる。

それだけのこと。

自分達が志願制と徴兵制という比較の話をしていたこともすっかり忘れて、相手があたかも徴兵制自体のデメリットがないと言っているかのようにふれ回るのは、相手の言葉に対する読解力以前に、こういう論者は自分自身の思考回路を全く整理できない人という事実を自ら暴露しただけのことです。

==============================

加えてこの「有り得ない」論者達は、徴兵制が導入されるか否かが思考の中心を占めてしまい、そもそも何のために徴兵制が導入されるのかということを完全に忘れてしまっているようです。

徴兵制なんて、国を守るという目的のための一手段でしかないのです。
よって、その目的のためにはその手段によって生ずるデメリットを国民が引き受けるという選択は当然あり。

だからこそ、そのデメリットがわかっているならなおさら、その手段を避けるためにはどうすべきかという発想があってしかるべき。
そして、現時点で最も影響が大きいであろうと予想されるのが、現憲法9条の維持ってこと。

ところがこの「有り得ない」論者達は、どうも徴兵制にはデメリットがある、だから反対する、よって導入されないと考えているらしい。
そこには、何故徴兵制なのかという本来の目的意識はすっぽりと抜け落ち、ただ、徴兵制はデメリットが大きいから反対と言えばいい。何とも単純。

実際には、徴兵制導入は別に最終目的でもなんでもなく、単なる国防の一手段である以上、そんなデメリットなんてものは、本来の国を守るという目的と比較されたら簡単に無視されてしまうかもしれないってことです。
だからこそ、徴兵制を導入したくないなら、大事なのは徴兵制という制度を導入せざるを得ない事態に至る道に入り込むことを防ぐこと。
現実に政治の場で「徴兵制を導入すべきか否か」という議論が発生するのは、おそらく「徴兵制導入すべし」という結論を出さざるを得ない慢性的志願者不足状態になった時。その時点で国民に徴兵制に反対するデメリットなど消失している、即ち、徴兵制回避にはもう遅すぎなんです。

だから、今この時に言っておかなければならない。

「改憲は徴兵制導入には直接関係ない、ただし、その可能性を高めるのは間違いない。今、改憲に反対しなければ、徴兵制のデメリットを甘受せざるを得なくなる」と。

昨年9月、北海道の夕張市議会が財政再建団体の申請を議決しました。
財政再建団体になれば、市民の生活にはいろいろな不便が生じることはわかっています。
でも、じゃあそのデメリットがあるにも関らず、夕張市はなぜ財政再建団体の適用を申請したかと言えば、自主再建はどう考えても無理、かといって住民の生活など知ったことかと投げ出すわけにもいかない、という状況下での地方自治体としての最低限の責任を全うする唯一の手段だったからです。
そして、財政再建団体申請の是非が公になされるようになった昨年6月には、「申請しない」という選択肢を選ぶにはもはや遅すぎたということです。

徴兵制導入もこれと同じ。
徴兵制を導入すれば、経済活動にもいろいろ影響が出ることはわかっています。でも、慢性的な志願者不足で、志願兵だけで必要な防衛力を保持するのは無理、かといって国の安全など知ったことかと投げ出すわけにもいかない、という状況下での国としての責任を全うするためには、徴兵制導入が唯一の手段となる、しかもその是非が公になされるようになった時には、「導入しない」という選択肢を選ぶには遅すぎとなっている可能性が高い。
そういうことです。

そして、今回の夕張市の破綻の主要な原因の一つとして挙げられているのが過剰な公共事業投資。
石炭産業の衰退を観光で補うというアイディア自体は真っ当なものだったとしても、そのために身の丈を超えた投資をしたことが、予想通りの効果が得られなかったこともあって、財政再建団体転落の道を突き進むきっかけとなったのは間違いありません。
大規模な公共事業投資をすれば、必ず財政再建団体になってしまうわけではないのですから、そういう意味で両者に直接の関係はありません。でも、身の丈を超えた公共事業投資が自治体の財政再建団体転落の呼び水になっているのは、この夕張市の事例を見れば明らかと言えます。
そして、夕張市の場合に財政再建団体への転落を止めようと思ったら、ああいった過大な公共事業投資を決定する時に反対と言わなければならなかった。もちろんそういう投資をせずとも転落は防げなかったかもしれませんが、少なくともその訪れは今よりも遅かったはず。
財政再建団体の申請を本当に止める気なら反対するのはあの時なのであって、今になって申請に反対したって、遅すぎなんです。

で、これもまた、自民党案による改憲と徴兵制の関係と同じ。
自民党案は直接徴兵制を規定しているわけでもないので、そういう意味で両者に直接の関係はありません。でも、自衛軍の任務の拡大(公共事業投資)が志願者不足(財政悪化)の呼び水になり、徴兵制導入(財政再建団体申請)の可能性を高めるという点では、そっくりの構図です。
そして、夕張市同様、徴兵制導入(財政再建団体申請)を止めようと思ったら、自民党案のような改憲(過大な公共事業投資)を決める時に反対と言わなければ間に合わず、徴兵制導入の議論が始まってから反対したって、もう遅すぎなんです。

==============================

何度も言うように、本当に徴兵制が必要なら、私は賛成するかもしれません。
自分としては負担増だけど、財政再建のためにどうしても必要なら増税に賛成するかもしれないのと同じ。
でも、それは出来れば避けたいから、今からそれを避けるための方策を提言、もしくは提言しているものを支持しているだけ。

こんなもの、真っ当な有権者なら誰もが政策選択の過程で経験しているはずの思考に過ぎないんですけどね。

それが理解できないらしいこの「有り得ない」論者達の頭の中では、もはや目的と手段が完全にごちゃごちゃになっているらしい。
ま、一種の空想的平和主義という宗教世界に入り込み、それが通常の有権者としての思考をも乗っ取ってしまっているということなんでしょう。

彼らの目的は日本の将来を考えることではなく、自分達の魂の平安のため。

そう考えれば、彼らが自らの信仰心にのみ依拠した、何の役にも立たない難癖付けを繰り返す理由も理解できるというものです。

ま、その攻撃対象にされる真面目に日本の未来を考えている人々にとってはハタ迷惑な存在ではありますが。








最終更新日  2007年02月26日 02時26分34秒
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2007年01月17日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

ここまで日本への徴兵制導入の可能性について述べてきましたが、ある意味予想通り「周辺」では『有り得ない』と叫ぶ人々が現れているようです。

まあ、自分の考えを述べるのは自由なのですが、私には、こういう断定が出来る人々の思考回路がどうにも不可解。
おまけに、「日本はこれからも軽(非)武装を追及し、自衛隊の任務は限定(廃止)する」という人が有り得ないと言うならまだわかるのですが、「有り得ない」論を展開する人のほとんど全てが、9条改憲を支持し、周辺諸国からの脅威に対応させた防衛力整備の必要性を説き、その上で外征型の軍隊になることは否定し、そして兵器のハイテク化を言い募る。
そういう人が何故「有り得ない」などと言い張るのか。


『未来は我々にコントロールできない』

昨日のエントリにも書いたように、志願制を維持に必要なのは、まだ有権者にすらなっていない若者が今後どれだけ兵士になることを志願して来るか、その1点にかかっている。ですから「有り得ない」などと言ったって、我々にコントロールできるような話じゃないんですけどね。
加えて、非武装を追求するならまだしも、周辺諸国の脅威があって、それに対応する防衛力整備が必要というなら、自衛隊(軍)にどれだけの兵力が必要かというのは、その「周辺諸国」の脅威の度合いによって決まる。即ち、兵士をどれだけ集める必要があるか決めるのは、元をたどれば我々じゃなく、その「周辺諸国」だってことになる。
これが、他所の国に攻め込むことも辞さずというアメリカのような軍隊にするというなら、「攻撃したいけど志願者が少なくて手が足りないからやらない」と、政策決定段階での選択肢が狭められるだけということは言える。でも、そうではなく今後も防衛型の軍隊なんだと言うなら、その規模は我々だけで決められるものじゃない

「周辺諸国」の脅威を認識しつつ徴兵制は必要ないと言い張るなら、その「周辺諸国」が志願制で維持できる自衛隊(軍)の防衛力を超える攻撃力を備えようとしている傾向が明らかになった時、この人達はどうするのだろう。あくまでも徴兵制否定を貫いて降伏すべきと言うのでしょうか?
私にはとてもそうは思えません。
おそらく、かつて自分達が「有り得ない」と言っていたことなどおくびにも出さず、その時の若者に向かって「日本を守るために、軍に志願しろ」とでも言うのでしょう。

というか、周辺諸国の脅威とは、今の自衛隊の規模で丁度対応できる、それよりも小さくもならず(縮小に反対)、それよりも大きくもならない(徴兵制など有り得ない)。そういう自分の願望通りの状態が未来永劫続くという、非常にムシの良い発想をしているだけですね、こういう「有り得ない」論者は。

未来の若者がどれだけ志願して来るかも、周辺諸国の脅威も、全部自分が思った通りの未来が訪れる。

そういう発想でないと、この「有り得ない」論は成立しないでしょう。


『ハイテク化を言うものほどハイテク化を否定する不思議』

また、兵器のハイテク化から「有り得ない」論を展開する人のやることも本当に不思議。
やれ、経験の浅い兵士では扱えない、やれ、整備に手間がかかる。でも、その実例が示されたことはないんですけど。

むしろ、兵器オタクのような方が「現代の戦争は人を集めたから戦えるってものじゃない」という事例として、新しい戦車や戦闘艦の定員が減っているなんて言うものだから、「ハイテク兵器のユーザーの負担は小さい」という実例が示されちゃっているんですけどね。
もし本当に、ハイテク兵器が扱いずらい、整備しずらいものなら、定員を増やして未経験者を余分に乗せないと、いつまでたってもその兵器の経験者が育たないってことになりますから。
でも、このタイプの「有り得ない」論者はその矛盾に気が付いてない模様。

そもそも、ハイテク兵器は何のために導入するのか。
個々の兵器の能力をアップさせることで、全体の戦力を増す、もしくは少ない負担で戦力を維持するためにやるんでしょ。

それなのに、その兵器を導入することで兵士の訓練期間を1年余分に取らなければならないとしたら、それだけで戦力の約1割ダウン、数千億円のコストアップに等しくなってしまう
加えて、人の生き死に直接関る兵器というものが壊れることが何を意味するかを考えれば、故障が多い、修理に手間がかかるということは、そのネットの稼働率の低下分以上に、全体の戦力を低下させる要因となってしまう。

わざわざ新しい兵器を開発して、なんでそんなことをやらなければならないんでしょう
しかも、兵器を使い易くする、直し易くするというのは、別に兵器の持つ攻撃力を損なうものではないというのに。

兵器を整備できる能力を磨くには時間がかかる。それはその通りかもしれません。
だからこそ、その能力が未熟な者でも扱えるように兵器を改良すれば、それは大きな戦力アップにつながるんです。
その視点を欠いたハイテク化に何の意味があるんでしょう。
「扱いにくくなりました、稼働率も下がりました、でも命中精度や射程は良くなりました」なんてハイテク化は、開発者の独りよがりに過ぎませんし、そんなものを導入する組織は現場軽視も甚だしい。

整備の重要性を唱えつつ「ハイテク兵器は整備しずらい」なんて呑気に言っている「有り得ない」論者は、「整備しずらい」状態を放置していてもかまわないと思っている、即ち自分の方が整備を軽視しているってことに気が付いていないようです。


『自衛隊だけを見て軍隊を語るなかれ』

「有り得ない」論者は、現代の戦争は兵士を集めればいいってものじゃない、軍隊とは少数精鋭のプロの集団にならなければ戦争は勝てないと良く言います。だから徴兵制など役に立たないと。

でも、これはその人たちが「兵」よりも士官・下士官の方が多いといういびつな人員構成の自衛隊を見ているだけのこと。
現代の戦争はなどと言いながら、実は一番現代の戦争の実相を見ていないのが彼らです。

もちろん、自衛隊のような軍隊があったって良いでしょう。
でも、それは自衛隊が本当の戦争をしたことがないからそれで済んでいるだけのことなのです。
本当に戦争をしている軍隊は、「少数精鋭のプロの集団」なんかじゃありません

自衛隊の場合、経験年数はよくわかりません。
でも24万人に対して採用数が全体で2万人弱ですから、平均すれば10年程度と類推できます。

一方、アメリカの場合は現役の兵・士官約130万人に対して、採用数(未経験者)が約20万人ですから、明らかに日本よりも新陳代謝が激しい、即ち経験年数は短いと言えます。

実際統計資料を見ても、現役兵・下士官の51%は経験6年未満、在籍年数の平均も7年弱(この6年未満の層がほぼ自衛隊の「士」に該当します)。
そして110万の現役兵・下士官に対して18万人の未経験者を入隊させているのですから、3割は経験2年未満と考えるのが普通。
また士官は約21万人で、毎年2万人弱を入隊させているので、やはり2割は経験2年未満
("Popuration Representation in the Military Services, FY 2004"より)
http://www.dod.mil/prhome/poprep2004/
これが予備役にあたる州兵ならもっと経験年数が短くなるのは必定(上記の資料には経験年数の記載はなし)です。

結局、いかに志願したとはいえ、実際に戦闘行為に従事する軍隊にそんなに長く勤める気にはなれない
それが本当に戦争をしている軍隊の実情ってことです。

志願兵の方が徴兵された兵よりも長く勤めるから経験も積めてプロになれる、なんて言うのは、実際に戦争をしたことがない、現状では消防よりも安全な組織である日本の自衛隊という組織しか見ていないから言える現象。

またこれからの軍隊は少数精鋭なんて言うのも、今回、アメリカが結局イラクへの増派を決めたように、そして陸軍・海兵隊の定員を9万人も増やしたように、全くの幻想。
経験年数の短い兵さえも、どんどん実戦に投入するのが世界最強の軍隊が現実の戦争でやっていること。ラムズフェルド前国防長官は本気でそう考えていたのかも知れませんが、彼の言ってた軍事革命なるものは、部分的な戦闘に対しては効果はあったけど、戦争に勝つという目的達成には不向きだった。

現実の戦争でも、やはり兵の数というものは重要な要素であったということが、今回のイラク戦争で証明されたってことです。

「現代の戦争は少数精鋭のプロが」云々などと言っている「有り得ない」論者は、実は本当の「現代の戦争」も、本当の「現代の軍隊」も見ずに、自分の思い込み、もしくは本当の戦争を戦ったことがない自衛隊という組織の上辺だけを見て、その願望を語っているだけです。

==============================

『まとめ:改憲と徴兵制』

日本における徴兵制の可能性を考えるにあたって、徴兵制の歴史とか理念とかについてあれこれ知識を開陳したところで、何の助けにもならないでしょう。
問題は、国民皆兵制の意義とか予備兵力の確保とか、そういう古典的な動機付けではなく、これからの徴兵制において考えるべきはもっと直接的な理由である、必要な兵員数に対する志願者不足の補填という点なのですから。

改憲をして海外での活動を本格的に行うなら要員は増やさなければならない。でも、現在「士」に志願しているのはほとんどが選挙権の無い若者であり、未来の彼ら世代の意識が志願者の多寡を決め、自衛隊の仕事が今以上に危険になるなら、志願者は当然減る。
それが続けば、戦力に穴が開く。

よって徴兵制を導入せざるを得ないという状態になる可能性もあり、その確率は改憲した場合の方がはるかに高い。

現在は政治的な権利を直接持っていない、未来の若者世代のために我々が出来ることは、憲法を守り、彼らが意に沿わない形で戦場に行く可能性を出来るだけ小さくすることだと、私は思います。

==============================

さて、9日間にわたって徴兵制について書きました。
本件については、ここでちょっと一区切りとします。









最終更新日  2007年01月18日 01時33分28秒
コメント(310) | コメントを書く
2007年01月16日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

これもまた、徴兵制に関する根本的な誤解というか、徴兵制の可能性を論ずると、徴兵制を導入したがっている政治家など居ないとか、有権者がそんなもの許すはずがないといった「反論」をする人が居る。
でも、そんなのは全く関係ないんですよね

徴兵制が導入されるか否かは政治家や有権者が決めるのではないのですから。

もちろん、そのための法律を作るのは政治家の役目だし、その政治家を選任するのは有権者なのですが、問題は徴兵制を導入する環境を誰が作るかということ。

それを作るのは、軍に兵士として入りたいと志願する若者世代ですね。

志願制の維持は、現在の日本なら18才の若者達がどれだけ自衛隊を志願し続けるか、それにかかっているのですから。
彼らが自衛隊を志願し続ける限りは、徴兵制導入の必要はない。
でも、彼らが自衛隊を志願しなくなれば、必要な防衛力を維持するため、志願制以外の方法、即ち徴兵制で要員を集めなければならなくなる。

その時の有権者や政治家が何を言ったって、現実に志願する者がいなければ、自衛隊の戦力はジリ貧となる
自衛隊の充足率が7割台とかになってしまったら、「やりたくない、でも致し方ない」という論法で、もちろんその前に周辺諸国の脅威を大げさに煽っておけば、徴兵制が成立する可能性は十分にあると言えるでしょう。

徴兵制はあり得ないなどとは言っても、そういう人々から具体的にどうやって志願者を確保するかという方策など聞いたためしがない。
実際に志願者が来なけりゃどうにもならないんですけどね。

それとも日本の防衛を穴だらけのまま放置しても、あくまでも徴兵制に反対すると言うのでしょうか?
私にはとてもそんなことをする人々には見えませんがね。


明日で徴兵制については一段落とする予定です。










最終更新日  2007年01月17日 03時16分52秒
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2007年01月15日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

徴兵制によって自分の意志を無視して兵役に就かざるを得なくなった者の「やる気」が相対的に低い可能性はあるでしょう。

でも、それがそんなに大きな問題なんでしょうか?
兵士というのは、戦争になれば一番危険な場所で働かざるを得なくなるのです。
よって、やる気になれなくてダラケていたら、一番最初に自分の命が危なくなるってことです。

これは産業界でも同じ。
危険な作業を伴う現場を持っている企業において、必ずしも本人の意に沿わない形でそういう場所で働く職種に従業員を配置させることなど、よくある話。
そこで働くことは本人にとっても不本意かもしれない。でも、常識ある者なら、だからと言って安全に関わる事柄を蔑ろにしたら、自分の命が一番最初に危なくなるってことはちゃんとわかってます。
だから不満はあってもそこはきちんとやるものです。

徴兵においてもその常識を持っている者さえ選べば、「やる気」なんてものは大した支障にならないってことです。

それを、殊更徴兵された兵の士気が低いかのように喧伝するのは、まるで小さな戦力を大和魂なんてもので補えると信じていた昔の日本軍のようなもの。その人の時計の針が止まっているのではと思いたくなる言説です。
あるいは自分が、意に沿わない仕事に就いた時には手抜きをするのが当然、と思っているからこういうことを言うのか。

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第一、志願兵が軍に入る動機の中身ってなに?
国を守りたいという崇高な理想に燃えて?
実際にはそんな人ばかりじゃないでしょう。

例えば経済的に余裕が無くて、軍に入るしかないという人も沢山いるってことは、アメリカの州兵が大学への奨学金といった特典を示すことで募集されている事実からも明らかです。
また、志願制の維持が可能という主張をする人はよく「給与を上げればいい」と言いますけど、それって結局「国を守りたい」という意識を持っている人を集めるのではなく、「お金が欲しい」という欲を持っている人を集めるってことですし。

昔はよく「デモシカ先生」なんて呼ばれて、そういう教師の存在が教育荒廃の一因なんて言われたことも(今も?)ありますが、志願兵とは言っても実は「デモシカ兵士」の集まりってことだってあり得るわけです。
特に兵士は教師と違って、たとえ志願兵であっても入隊前に何の専門技能も学ぶ必要はない(学んでいたら逆に大変)ので、「デモシカ兵士」誕生のハードルは低いと言えます。

加えて、仮に志願兵の「国を守りたい」という意識が高いとしても、果たしてそれがどれだけ当てになるのか。
実際、ネット上で安全保障の観点から改憲を主張している人々の意見を見ると、こういう人の「国を守りたい」という意識は、その人なりに高いのだろうとは思えます。でも、その中の多くの人が、自民党改憲案の中身も、現在の憲法9条の意味も正しく理解せず、自分の思い込みで現憲法を攻撃している。

つまり、こういう人は正確な情報から得られる結論よりも自分の思い込みを優先させる傾向にあるのでは、という疑いが濃厚ってこと。
こういう人ばかりが軍に入ったら、その軍は、やはり思い込みで行動する、敵にデコイを見せられたら簡単に引っかかってしまうような軍になってしまうのではないかなと危惧される訳です。
「国を守りたい」という意識を露にしてなくとも冷静な判断力を持つ兵士と、どちらが役に立つのでしょう。

ということで、能力においてもメンタル面においても、志願兵の方が質が高いなんて言える根拠はどこにも無いってことです。










最終更新日  2007年01月15日 23時21分50秒
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2007年01月13日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

徴兵制の可能性を論ずると、これもまた良く返ってくるのが、

「徴兵制なんてコストがかかり過ぎる」
「若い労働力を根こそぎ持って行かれて、国全体の生産力が落ちる」

という頓珍漢なコメント。

どうもこういう人々は、徴兵制のことを国民皆兵制のことだと思い込んでいる、もしくはわかっていて誤導しようとしているようです。

両者は全く別物なんですけどね。

徴兵制においては、通常は国民に対して徴兵検査(or登録)を義務付けますけど、実際に兵役に就くのはその時の必要数分であるというのが一般的。

アメリカもそうでしたし、戦前の日本だってそうでした。

かつての日本は、徴兵検査を受けた者を甲種合格、乙種合格といったランク分けして、通常は甲種合格の者だけを選抜していたのです。
それも、昭和14年まではその甲種合格の者でさえ抽選によって兵役に就かない者がいたくらいです。

ですから、日中戦争が始まる以前は、実際に徴兵されていた若者は4人に1人程度でしかなかったのです。

出生者数が年間200万人の時代に、男子を2年間兵役に就かせたらそれだけで兵員数は200万人になってしまいますけど、昭和初期の日本軍の兵力は60万人程度でしかなかったのですから、その数字さえ知っていれば徴兵制とは国民皆兵制ではないことなど、簡単にわかりそうなものなんですけどね。

ですから、今後日本が徴兵制を導入せざるを得なくなるとしたら、それはその時点での要員数と志願者数の差を埋めるためのものとして始まるはずであって、コスト増としては徴兵検査とその結果の管理分だけだってことですし、若い労働力を根こそぎ持って行かれるなんて、常識では有り得ない話です。

それにしても、かつての日本でもそんな制度は導入していなかったのに、なんで徴兵制だと全員が兵役に就くかのような思い込みが広まっているのでしょうか?
やはり、一流スポーツ選手や俳優達が兵役に就かざるを得ないことが何かと話題にされる韓国の影響でしょうか?

ネット上で、徴兵制など有り得ないなどと言って改憲論を唱える人々の多くが、韓国、中国への警戒感、嫌悪感を露にしているのは衆目の一致するところだと思うのですが、そういう人が自分の国の歴史よりも韓国に影響されて、徴兵制=国民皆兵制なんて思い込んでいるとしたら、なんとも皮肉かつ滑稽な光景であると言えましょう。

明日は、徴兵制と志願制の兵の質について。










最終更新日  2007年01月13日 23時32分50秒
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2007年01月12日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制

ハイテク化した兵器は徴兵された兵では扱えないというのがデマということは説明しました。

で、この話をすると、次に返ってくるのが「整備を無視して兵器を語るな」といったヒステリックな反応。

ま、どちらかと言えば「整備」というものを無視しているのは、こういうことを言う人の方なんですけどね。
おそらく、こういう人は、現実に機械の「整備」というものをしたことはないのでしょうね。

ユーザーサイドでの整備の負担って言うのは、機械がハイテクだろうがローテクだろうがほとんど変わらないんですよね。
逆に言えば、そのユーザーの整備に過剰な負担をかけるような機械は、いくら高性能でも使い物にはならなず、ユーザーは導入しません。
確かに技術が進歩すると、機械の性能はアップし、中身は複雑化します。でも、同時にその機械が簡単に整備できるような機能も付加させるのです。例えばそれはどこが悪いかユーザーに一目でわかるように知らせる自己診断機能を持たせたり、部品をモジュール化してそれを取り替えれば良いようにしたり。

そうやって整備の負担を減らすのも立派な高機能化。
それによって整備にかかる時間を減らして、例えば稼働率を1割アップさせられれば、それはその機械の処理能力を1割アップさせたのと同じなのですから。

その設計時の技術の粋を集めた民生用機械の代表と言って良いと思われるジェット旅客機も、ハイテク化が進むことによって航空機関士という人間がやっていた作業を、機械にやらせるようになった。
我々が普段使うPCにしたってそう。その性能がアップすればするほど、我々はメンテナンスに時間を取られるようになったかと言えば否。むしろ、昔のPCならとてもセットアップできなかったであろうってタイプの人まで、普通にPCを使うようになった。

ハイテク機器のメンテナンスとはそういうものです。

兵器とて同じ。
特に兵器は使われる条件が厳しいので、簡単に壊れないことと整備が簡単なことは、その機能を示す重要な指標です。
同じ射程、同じ命中率のミサイルが2種類あるとしたら、操作が簡単で、壊れにくく、整備しやすいミサイルの方が「高性能」。「ハイテク」と言い換えてもかまわないでしょう。

そして、堅牢性については重量増に繋がる可能性がありますけど、仮にもハイテクと呼ぶような兵器なら、整備のしやすさがその他の兵器としての性能アップの妨げになるなんてことはまずあり得ない
ある兵器があって、この兵器を整備しにくい状態にすれば、例えば射程が伸びるとか、命中率がアップするとか、そういうことは普通は起こりません。
よって整備しにくい兵器というものがあるとしたら、それは設計に問題があるか、開発コストをケチったか、いずれにしても兵器としては低機能なもの、即ち「『エセ』ハイテク兵器」を軍が導入してしまったというだけのことです。

もし、自衛隊がそんな「『エセ』ハイテク兵器」を導入しているとしたら、日本は兵器の劣悪な性能を兵士の練度で補おうという一種の精神主義に陥っているってことであり、その点、70年前から何も進歩をしていないのだなってことです。

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なお、整備にはもう一つメーカーサイドでの整備というものがあります。
こちらは、確かにハイテクになるほど難しくなるという可能性はあるかと思います。

でも、それは兵士の質を云々する上では関係ではない話です。
俗に「ハイテク」と呼ばれるような兵器を開発したメーカーのエンジニアが知恵を絞って作り上げたものを、たかだか数年勉強したくらいで、自衛官がその中身の根幹に触るような整備が出来るはずもありません
そのレベルの問題が起きたら、その兵器は迷わずメーカーに送り返す。
それだけのことです。

もし、そこまで自分で出来るハイレベルな整備担当者が部隊に居たとしたら?
おそらく、その人は兵士としては自分で自分の身を守ることすら難しい能力しか持っていないでしょうね。それだけのことが出来るようになるためには、小銃の撃ち方や格闘技を身につけている暇などないはずです。

そんな人物が前線に居たら、彼らを守るための兵を配置しなければならなず、それでも不幸にしてその人が死傷したら、もうそのハイテク兵器は整備できないという事態に陥ることになる。
ですから、軍の中にそういう人が居たとしても、それは後方の基地にでも配置しておくしかない。
それなら、整備にあたってどうせ後方に送らなければならないのですから、基地に送るのもメーカーに送るのも同じ

つまり、そんなハイレベルな整備担当者を養成する意味などないってことです。

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ということで、整備の面から考えてもハイテク兵器だから使いこなすのに時間がかかるなんて言うのは全くの俗説

逆に自衛隊関係者がそういうことを言っているとしたら、日本の自衛隊は相変わらず兵器の劣悪な性能を兵士の練度で補おうとしているということであり、そういう組織に日本の防衛を任せるのは危ないってことですね。

明日は徴兵制についての根本的な誤認について。










最終更新日  2007年01月13日 01時18分38秒
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2007年01月11日
テーマ:戦争反対(1061)
カテゴリ:徴兵制
これもまた良く持ち出される話なのですが、ハイテク化云々が徴兵制とは関係ないのは昨日のエントリの通り。
では、先進国が徴兵制から志願制に移行したのは何故か。

答えは単純ですね。

志願制で賄えるくらいの兵力しか必要ではなくなったからです。

冷戦の終結により、1990年当時に総数45万人だったフランス軍は2005年には26万人、イタリア軍は39万人から19万人に。
徴兵制から志願制に移行した例としてよく引き合いに出されるこの2カ国の軍隊はこれだけ規模を縮小しているのです。
イギリスが徴兵制を止めたのもスエズ以東からの撤兵を決めた時期。
アメリカが徴兵制を止めたのもベトナムから手を引くと決めた時期。

当然といえば当然の措置です。

では日本はどうか。
自衛隊員の数は、欧州の先進国とは違って現在も約24万人でほとんど変わっていません
そして、海外での活動が自衛隊の本来任務に格上げされた以上、そのための要員増は必須となります。
そして、9条改憲を唱える人の多くが日本周辺の防衛力整備を論点にしている以上、日本の防衛を担う要員を減らすというのは矛盾します。

つまり、改憲によって自衛隊(軍)の要員数は増えることはあっても減ることはない

ならば、他の先進国が志願制に移行したからって、日本も今後も志願制でやっていけるなんてことには全くならないということです。

徴兵制についてはまだ続きます。









最終更新日  2007年01月12日 23時37分47秒
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