ぶぅイング! 国民投票法案成立
いましがた、フランスの新大統領ニコラ・サルコジ氏の妻セシリアさんが、じつは大統領選の決選投票で棄権していたという記事をニュースサイトで読んでいた。 と、画面上に【速報】の赤文字が流れた。「国民投票法案が成立。参院本会議で、自民・公明両党の賛成多数で可決した」と読める。 この法案がいかにくだらないかについてはよく知られるところだが、せっかくのブログだ、その問題点を思いつくままに書いておくことにしたい。なお【速報】の赤文字はそのまま点滅を繰り返しているが、読んでいたサルコジ夫人の記事内容に触れるのは後回しにし、政治面に飛ぶことにした。 冒頭に「憲法改正の手続きを定める国民投票法案が、14日の参院本会議で採決され、自民、公明両党の賛成多数で可決・成立した」とあるのは型どおりだが、続いて審議時間の報告となり、衆院では約100時間を費やしたけれども「参院での審議時間は約53時間半での採決となった」と書かれている。 これ、新聞に限らずよく聞く話ではあるのだが意味するところは何なのだろう。 まさか100時間ならいいけれど53時間半では少ないねぇとメディアが注文をつけたいわけではあるまい。この法案の場合、ぼくは100時間でもまったく少ないし、だいたいこれまで見てきた対立法案のどれをとっても政府与党は、100時間だろうが150時間だろうが、内実の濃い議論なんぞまるでやっていないのである。 では何をやっているかと思えば、委員会の場合はひたすら論議をかわすだけ。質問者と答弁する者との議論がガシっとかみ合う場面など見たことがない。つまるところ多数決が最優先され、本会議にいたるまで、法案内容を深く掘り下げる討論などあったためしがない。 こんどの件でも国民投票法案といわれる法案の正式名称は、いや驚くことに、ほとんど報道される文言上に出てこない。これ、正式には「日本国憲法の改正手続に関する法律案」といい、この法案の審議手続きを決めるために「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」という法案もからんでいる。 その前文にあたる文章が法案冒頭に「概要」として掲げられているのだが、これがまた読みにくい文章なのだ。< 概要 本法律案は、日本国憲法96条に定める日本国憲法の改正についての国民の承認に係る投票に関する手続及び国政における重要な問題のうち憲法改正の対象となり得る問題等(国政問題)に係る案件についての国民の賛否の投票に関し定めるとともに、あわせて憲法改正の発議及び国政問題に係る案件の発議に係る手続の整備を行おうとするものであり、その主な内容は以下のとおりである。> よく憲法前文の文章を「読みにくい」として改訂の理由とする声を聞くことがあるが、そう主張するならほとんど日本の全法律を改訂しなければならず、そうでなければこの主張はダブルスタンダード(二枚舌)ということになるぞ。 それはともかく、国民投票法案のインチキぶりを確認しておこう。 とりあえず3点、挙げておきたい。・「最低投票率制」の問題 最低投票率は、それこそ最低限必要な規則なのだ。なぜなら現法案では有権者の1割が投票してもその過半数が賛成なら憲法改悪が成されることになるという欠陥法案だからだ。 憲法を対象とする手続きなのだから少なくとも80%ほどの投票率が必要。その過半数ならば全有権者の40%以上ということになり、いやそれでも不足なのだが、最低限80%ぐらいはなければいけないのに、政府与党はなぜかこれを定めようとしないままあっという間に成案まで進めてしまった。 自民党は「最低投票率を定めないのは投票ボイコットの可能性を排除するため」といっているが何ともでたらめな弁解だ。そんなに投票ボイコットをこわがるのは法案自体がすぐれていないと思っている証しではないか。それに、仮にボイコットが起き最低投票率を下回ったら、それが有権者の意志だろ。したがって、これで政府や自民党が最低投票率を定めないのは国民の意向を無視して強引に法案成立を図ろうと考えているということも明らかになったわけだ(この段落は後に加筆)。・「地位利用」の問題 国民投票に当たり、政府与党はビックリたまげる法律を作ってしまった。 公務員とか教育者が、その「地位」を利用して憲法改訂にかかわる賛意ないし反意を述べてはならないといった内容の項目で、このままではたとえば憲法研究を専門とする大学教授が講義をできなくなってしまうのだ。まったく、政府与党の改憲推進者たちは何を考えてこんな「国民への口封じ項目」を決めたのだろう。・「投票権者は満18歳以上」の問題 これも奇妙奇天烈な決めごとだ。 選挙権は20歳以上と決められており、この国民投票法案を成立させた与党議員たちも、その20歳以上の有権者による投票で当選したというのに、いったいどうしてこの場合だけが「18歳以上」なのか。 まず選挙権を20歳から18歳に引き下げて総選挙を行い、さらに参院選も行い、18歳以上の有権者によって当選した議員たちが議論を重ねた上で本項目を決めるなければ世間に通用しないのだ。 と、まぁ、きょう成立した国民投票法案はまことにお粗末きわまるシロモノ。安倍晋三首相以下、こんな法案を決めさせた内閣は理由もなく欠陥法案を決めた事実を心底から恥じ入っていただきたいものである。 ところで、いくらダメ法案でも、日々メディアが採り上げるうちにあちこちからいわゆる憲法論議が聞こえてくるようになった。 憲法を主題にさまざまな話が交わされることに異議があるわけでもないが、ぼくは、現憲法の持ち味は「問題点を探って論議するような必要がほとんどない」ことにあると考えている。 その意味は憲法前文からほぼ1行ずつ、ゆっくり読めば誰でも分かる。 もっとも、前文が始まって間もなく「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し」とある中の「恵沢」という語は耳で聞くだけではわからないだろう。この一語だけ、ぼくは「自由のもたらすめぐみ」としたほうがいいと思ってはいるけどね。 しかし憲法前文は味わいのある文章だ。たとえば前文のおわり部分に、こうある。< われらは,いづれの国家も,自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて,政治道徳の法則は,普遍的なものであり,この法則に従ふことは,自国の主権を維持し,他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は,国家の名誉にかけ,全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。> 美しい日本語であり、憲法が国民から権力者へ向けた規範であることを伝えるみごとな宣言になっている。 そのまま素直に受け止められる文章で、このいったいどこを改訂する必要があろうか。 ところが昨今、テレビなどに、自民党議員はじめ奇妙な改憲論者が跋扈し、憲法改悪を前提とするしゃべくりごっこがやたらとかまびすしくなってきた。 じつによろしくない。 サルコジ夫人のことに戻れば、ニコラ・サルコジ氏の妻セシリアさんは仏大統領選の決選投票で棄権したというだけのことならまだしも、そのネタをつかんだフランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュがなぜか報じようとしなかったというのだ。 今朝の朝日コムによると「サルコジ氏側近が掲載差し止めを求める圧力を同紙にかけ、サルコジ氏の支援者でもある親会社のオーナーが不掲載を命じたという」とのこと。 さらに「サルコジ氏の報道担当者は圧力を否定している」ともあるが、お二人の不仲は世界中に知られた話だろ。決選投票に棄権されたからって、別に騒ぎ立てるほどのこととも思えないけどなぁ。 あるいはほかに何かあるのかい、サルコジさん?