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WILDハンター(仮)

WILDハンター(仮)

十五章「過去の亡霊」



 あの雪山での一件から半年後。それぞれがそれぞれの生き方を謳歌していた。ドブロクたちは相変わらずギルドに追われながら各地を転々とし、タカーシュとサヒヲはポッケ村で狩人を、フォウルグ興産は世にもめずらしいディアブロスと一緒に商隊護衛をする流れのハンターに、隠れ里、ジャンボ村、ドンドルマ、ミナガルデ、ココット村。どの街や村でも何事もなく日々はおだやかな喧騒と共に過ぎていった。その中で、今もハンターズギルドで働くダクシュには気がかりなことがあった。雪山でアッシュが殺したはずのティガレックスの死体が忽然と消えていたことだ。問題行為のあるハンターのリストに目を通しながら今もそのことについて漠然と考えている。

(あそこにいたのはサヒヲ、タカーシュ、アッシュ、あたしの四人だけ。近場の村でよそ者が来たという情報もない。けれど現場から死体は消え、しかも周囲の雪が高熱でとけていた。それに加えて…)

 そこでリストから目を外し陽の光が差し込んでくる窓の外に顔を向けぽつりと呟いた。

「あの咆哮…」

 マリナにアッシュを乗せポッケ村へ戻る途中にきいたあの今までにきいたことのない咆哮がどうにも気になってしょうがない。一応、上へ報告はしたがギルドはこんな不確定要素の多いことに首をつっこみはしないだろう。それに今は何者かの手による飛竜の乱獲についての対策が最優先となっている。ここ半年でリオ、ディア、グラ種と高位の飛竜が確認されていた縄張りから忽然と姿を消す事件がたてつづけに起こっているのだ。

(まぁ…だから独自調査なんて手を打ってるんだけどね)

 机の上に持っていたリストを乱暴に落すと彼女は椅子から立ち上がり、外出時にナイツが着なければならない外套を壁掛けからひったくってギルド本部から外に出た。ドンドルマの街は今日も賑やかで市がたち、酒場からは昼間にもかかわらず酔っ払いたちの声が大音量で聞こえてくる。狩りに向かう者や狩りから帰ってきた者。裏通りにはくず拾いや乞食もいるが、この街は人の活力で動いている。そう思わせる光景だ。彼女は市場通りを抜けると街外れにあるさびれたバーへ入っていった。扉の閉まる乾いた音が響いたがバーの店主は軽く彼女を見ただけで別段気にした様子は無い。ダクシュはおもむろにカウンターへ近づき奥の方にいる青髪の青年の隣に座った。

「麦酒」

 ぶっきらぼうに店主にそう言うと、隣に座った青年が小脇からそっと出した茶封筒をダクシュに手渡した。それを懐にいれながら、

「けっこうかかったわね。さすがにガードの固いところだった?」

「えぇ、王立学術院ってだけでも相当なもんでしたが、どうにか疑わしいところを見つけました。彼らはここ一年近く失踪しているそうです」

 そう答えたのはアッシュだった。店主が乱暴に置いたビールに口をつけてからダクシュは彼の左腕をチラッと見て、

「それはそうと義手の方は調子良さそうね。さすがにそれで戒めを解いたら外れるでしょうけど」

「まぁ元々の体じゃないので仕方ないですよ。一応、傷が治ってから解いてみたんですが動きにはそれほど支障ないです」

「それでもさすがに飛竜でももげた腕を再生することはできない…か」

「ですねぇ」

 そんな物騒な話を笑いながらしていると、不意にアッシュが心配そうな顔でダクシュに言った。

「カスガイさん、見れば分かると思いますけど今回は本当にヤバイですよ」

「あなたが調べるのに二月かかっているものね」

「下手をするとシュレイド王室をそのまま相手にする事態になりかねませんから慎重に」

「そうなったらなったで面白いけれどね」

 やれやれという風にそこで話を切り上げアッシュは店を出ていった。ダクシュはしばらくチビチビと麦酒を飲んでいたが、やがて飲み終えると代金をカウンターにのせ店をあとにした。また賑やかな大通りをぬけてギルド本部に戻ると、

「先輩ッ!どこにいってたんですか!?騎士長がカンカンに怒ってましたよ!」

 扉を開けた瞬間にギルドナイトスーツを着たまだ顔にあどけなさの残る年の頃18ほどに見える美少年が唐突に詰め寄ってきた。髪の色は青みがかった銀色で瞳は深い黒と特徴的な眼をしている。

「あぁ、ごめんよフィア。あとでたっぷりしぼられてくるさ」

 ダクシュはそう言い自分とあまり背丈が違わないフィアの肩を手でポンポンと叩いて横をすっと通り過ぎると自分の机に腰を下ろして懐から例の茶封筒を取り出した。

「もぅ…そんなことだとギルドナイツをおろされちゃいますよ!」

 フィアは不満そうにそう言うと自分の持ち場へ戻っていった。それをにこやかな笑顔で見送るとダクシュは茶封筒の封を切り中に入っていた資料を取り出して眺めはじめた。

(機密…王立学術院隠秘術研究室…表向きは考古学の一分野である隠秘術についての情報収集及びその編纂を目的としてつくられた研究室…だがその実態は太古の呪詛、儀式、使役術の研究…か)

 それで例の雪山での死体蒸発は説明がつきそうだ。彼らがなんらかの目的であの死体を使ったのだろう。もちろんなんの確証もない推測にすぎないが。

(現在のメンバーは3名…ミレディ・ヴァレンティ、マリク・ベンディック、そして創設者のリヒャルト・アルカエスト…アルカエスト?…たしか旧シュレイド王家にその名の一族がいた気が…)

 アッシュの資料をとりあえず鍵付きの引き出しに入れるとダクシュは騎士長のもとへは行かずギルド本部地下にある資料庫に足を運んだ。そこに置かれていたアルカエスト家興亡史にはこう記述されていた。元々旧シュレイド王朝王位継承権第3位の貴族でその一族には世代ごとに何らかの分野で大きな功績を残す人物がいる。旧シュレイド王朝末期、時の当主フルスト・アルカエストは錬金術の大家であった。その時代の王朝は周辺の諸国から攻めいれられ滅亡の危機に瀕しており、フルストは王家からの依頼であるものを創っていた。それは「終末の守護者」と呼ばれる兵器であった。全部で二基の守護者が創られ、王国はその強大な力を用いて諸国を圧倒していった。「白面尖角」、「黒震絶禍」と呼ばれるその二基は戦乱が去った後にいずこかへ封印された。が、しかしそのあまりに強大な力を恐れた王家はフルストが持つ二基の使役に使っていた何かを差し出すよう命じたが、フルストは頑として要求を拒み、その態度から王家は彼に謀反の心ありと判断し捕らえ処刑した。その時にアルカエスト家は王位継承権も剥奪され貴族としての位も最低位の子爵に落とされた。ここでアルカエスト家の記録は終わっている。そこで旧シュレイド王朝史を見るとこの後に黒の災厄で王国は滅んでいる。ここまでは調べればすぐに分かることだった。しかしこれだけでは彼らが何をしようとしているのか見当がつかない。

(祖先の仇討ちならすでに旧シュレイド王朝が滅び、そのときの王族もすべて死に絶えている…研究者としての純粋な探究心のみで動いているとも思えない…何か…何かがあるはず)

 本棚の前で手に持っていた本を閉じ、棚へ戻しながらダクシュは奥の扉を見つめていた。

(封印図書館にいってみるか)

 最重要機密資料庫。通称「封印図書館」。一般的に知られている文献とはまったく違うことが書かれている外典や歴史の真実が書かれた書物、歴史のありとあらゆる闇に葬られた書物があり、はては魔導書なんて呼ばれる物まで収蔵されているらしい。入ることを許されているのはギルドナイツでも騎士長のみ。もちろん一般の構成員が足を踏み入れることなどもってのほか。その入り口は資料庫の奥にある毒々しい真紅の扉でギルドナイツのあいだでは、あの扉の色は今までに無断で立ち入ったナイツたちの血ではないかともっぱらの噂である。扉の前に立つと、タブーを破ることに若干のためらいを感じながらもダクシュは息をのみ意を決して扉を開けた。するとそこには、

「…!?」

「やぁ、ダクシュ奇遇だな」

「コルドバード騎士長!?なんでここに!?」

 ダクシュよりも先に来ていたのはギルドナイツ騎士長コルドバード・レノックス。いつも黒甲冑を着込んでいることからきさくなナイツからは「鎧の旦那」とも呼ばれている。年は40になろうかというところで髪の毛にも白いものが混じり始めているがまだまだ現役のギルドナイツである。

「ん…?俺はここに調べ物をしにさ。最近の飛竜乱獲事件についてのな。お前は?」

「私も調べ物をしに…」

 いつもの口調で答える騎士長を不審に思いダクシュを思い切って聞いてみた。

「騎士長…私が無断でここに入ることを咎めないのですか?」

 それにコルドバードは、あぁそれかという顔をしてから答えた。

「咎めるも何もお前にここで調べ物をするよう頼むつもりだったからな」

「はッ!?」

 コルドバードの言葉にダクシュが呆気にとられていると彼は続けて、

「どうしてもここの資料が必要になったのだが俺も忙しい身分だからな。それで自由に動き回れるお前に頼むつもりがお前もいなくなってたもんで、俺が直々にここへ来たというわけだ。ちなみにいつもの業務は今ライアンがしてくれている」

「はぁ…」

 説明を聞いているうちになんかだんだん力が抜けていくような感覚にとらわれながらもダクシュはそう返事をした。

「ではお前もここで調べるものがあるようだし俺の方のもまとめて頼むぞ!」

 そうコルドバードは言うと広げていた本を勢いよく閉じて本棚にしまった。

「えぇ!?」

 その言葉にダクシュが驚いているとコルドバードはさっさと封印図書館から出ると振り返ってこう言った。

「調べるものはリヒャルト・アルカエストという男が所蔵していた書物の内容だ。リストはその机の上に置いてある。できるだけ早急にまとめあげてくれ」

「は…はいッ!」

 思いがけない名前に驚きながらダクシュが返事をすると、コルドバードはにやりと笑い、

「それでは健闘を祈る」

 そう言うと彼は扉を静かに閉めた。ダクシュはしばらくそのままの姿勢で立っていたが、

「ふぅ…それじゃあがんばるかッ!」

 一息ついてから彼女と大量の蔵書との格闘が始まった。黒魔術、竜操術、ミサについて書かれた本に本物の錬金術書。内容がすべて分からなくてもそれらに出てくる儀式や道具の作成に必要なものに今回乱獲されている飛竜たちの素材が使われていることが判明した。そしてそれらが何に使われたかについての推測は彼女の探し物で見つかった。それは、

「人造の飛竜の創造と覇者と呼ばれたものの復活…か。そんなことして何をするつもり?」

 薄暗い資料庫の中でダクシュはそうつぶやいたが見当もつかない。幼稚に考えればそれらを用いて世界制服でもするのだろうけど、いっぱしの大人がそんなことをするとは思えなかった。とりあえず騎士長に頼まれたものと自分の調べ物を合わせた報告書をまとめあげるとダクシュは封印図書館をあとにした。真紅の扉が静かに閉じる。


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