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WILDハンター(仮)

WILDハンター(仮)

十六章「黒き暗雲・前」


 短い夏が過ぎ寒さが増してきたポッケ村。今日もタカーシュとサヒヲは雪山へ赴き厳しい冬を越えるための食料集めに奔走し、一日の終わりに疲れた体を村に湧いている温泉で休めている。もちろん、このときサヒヲは麦酒を片手に上機嫌であった。
 フォウルグ興産の面々は現在ドンドルマの街で逗留している。当然またディノについてひともんちゃくあったけれども、リータにまるで逆らわず、サイツとカイヅに慰められている様子から問題を起こせば即追放するという条件つきで逗留を認められた。しかし彼らを泊めてくれる宿屋は街中にはなく、ようやく見つけた街外れの頑固親父が切り盛りしている安宿に厄介になっている。しかしディノは狩りに連れていっても争いごとが苦手なのかドスランポスにさえ攻撃しようとしなかった。狩りにいった日の晩はリータの説教が延々と続けられディノは目に涙をためながら眠る日々を過ごしている。
 ココット村にほど近い丘陵地帯でザックとハンペンを加えたドブロク一行は野宿していた。彼らが隠れ里を離れて半年以上になる。満天の星空の下、飛竜二頭と人間ふたりにネコが一匹。しばらくして焚き火のそばで食事をとっていたザックがおもむろに背負っていたギターを小脇にかかえて弾き語りを始めた。食事が終わってからのザックの日課だ。演奏はお世辞にもあまりうまいとは言えなかったが、それでも心地いい響きが一日の終わりを気持ちよく知らせてくれる。
 彼らがゆっくりと眠る頃、ラティオ火山の麓でソレは動き始めた。黒き荒神の似姿。3人の妄執家が生み出し伝承の彼方の悪夢。半年のあいだ、3人はソレに様々なモノを食わせた。そしてはじめはただ与えられたものを機械的に飲み下すだけだったソレは変わりつつあった。12匹目のリオレウスを貪るその様子をリヒャルトとマリクは満足そうに見ているが、ミレディは何やら険しい顔をしている。食事が終わると巨大な洞穴の奥へ戻っていくその後姿を見ながら、
「しゅしゅしゅしゅ…、順調に育っているようだな。アカムトルムよ」
 リヒャルトは笑いながらうれしさをかみしめるようにソレの名を呼んだ。それにマリクもにこやかな笑みを浮かべて続けた。
「えぇ、死したものを甦らせる呪法。うまくいったようですね」
 そのふたりの様子を見ながらミレディはこう危惧していた。
(やがてこいつは私たちの手が及ばなくなるのではないか)
 そう思わせる何かがアカムトルムの瞳に見てとれるのだ。しかしそのことをふたりに話してもまるで取り合ってくれなかった。ふたりは文献に残されていた竜操術は完璧だと信じていたのだ。しかし、飛竜に理性を与える竜操術にも限界はある。ただ貪るだけだったアカムトルムは次第に肉の味を覚え、いつしか本能が勝るようになった。それは単純な衝動である。生物としての根源的な欲求のひとつ。それは、
(モットタベタイ)
 そう、“食欲”だ。そしてアカムトルムは本能の欲望を満たすために行動を起こした。洞窟の奥には鎧竜でも渡りきることができない溶岩の海が広がっているのだが、アカムトルムは臆することもなく溶岩へ近づき、そのまま自分の前足を溶岩につけた。溶岩に触れた甲殻から煙があがったがソレは先ほどと変わらない速さで溶岩の中へ悠然と潜っていった。かくしてソレは自由を得た。目的はただひとつ。本能の欲望を満たす。ただそれだけ。
 その日を境に世界各地で謎の山火事やモンスターの群れの集団失踪が起こるようになった。そして現場に居合わせたハンターや近隣の集落に暮らす者たちからは決まって次のような証言が得られた。それは、
「黒くてでかい何かがいた」
 というものだった。事態を重く見たハンターズギルドはこの事件が未確認のモンスターの仕業と断定し、またその危険性の高さから未確認ながら賞金をかけることにした。しかもその金額は破格の100万ゼニー。この賞金目当てに高位のハンターはもちろん、そいつの情報をつかんで売ろうとするハンターたちが大陸全土に散らばった。今まで賞金首になったモンスターの最高額が「死告狼鳥」とも呼ばれた紫黒狼鳥イャンガルルガの50万ゼニーでありその討伐に成功したハンターはいまや伝説となっている。その伝説を塗り替えようと野心を燃やす者、ただ金に眼がくらんだ者、強い相手に飢えている者。それぞれがそれぞれの思惑で大陸全土の町や村に赴き情報収集に明け暮れていた。
 そんな中でギルドナイツもこの事案に関して総出で取り組んでいた。幸い、ダクシュの調べ物のおかげで標的の全容はほとんど割れていた。ただ、ソレの居場所については相手の目的が読めない以上、予測できなかった。出現したと思われる地域の古龍観測気球からの情報も要領をえず、ナイツたちは本部に缶詰になっている。さらに通常業務もこなさなければならずタフな彼らもさすがに疲労がたまってきている。ダクシュとフィアも大量の書類に埋もれながら担当の資料をせっせと分析している。ちなみに彼らが担当しているのは標的の次回現出地予測という最も重大なポジションであったが、
「はぁぁ…、こんな書類全部まともにみてられっかッ!」
 ダクシュはそう怒鳴ると手に持っていた分厚い束の書類を机に叩きつけた。すると既に机の上に山になっていた書類がドサドサと崩れて机を覆い隠してしまった。それを見てダクシュを椅子の背もたれに倒れこんで脱力してしまった。
「もう…やだ…こんな仕事辞めてやる…」
「ほらほら~ダクシュさん。机の上は片付けておいてあげますから、ちょっと息抜きしてきてください」
 荒れた様子のダクシュを見かねてフィアがそう言うとダクシュはさすがにすまなそうに、
「すまないねフィア。息抜きついでになんか酒でも買ってこようか?」
 それに対してフィアはきっぱりこう言った。
「僕はまだ未成年ですから!」
「はいはい、ったく19になったらもう立派な成人だろうが…」
 フィアの生真面目な一言にダクシュが苦笑しながらそう言うと、
「一応公務員なのに法律を破るわけにはいきません!」
「分かった分かった。それじゃハニーケルミルクでいいな?」
 ダクシュが手をひらひらさせながら言った飲み物の名前を聞くとフィアは、
「それなら喜んでいただきます」
「分かった。んじゃあと片付け頼んだ~」
 控えめながら嬉しそうにそう言ったのを聞くと、ダクシュは小銭入れを懐に入れて部屋から出て行った。その後姿を見送るとフィアはダクシュの机の片付けを始めた。本部を出るとダクシュは急ぎ足であの店に向かった。彼女は必ず休憩はここでとることにしていた。その理由は、
「カスガイさん」
 カウンターで息抜きの一杯をひっかけていたダクシュに青フードをかぶった男が声をかけてきた。
「まぁかけなよ」
警戒する様子もなくダクシュは横の席をあごでしゃくって示した。男は示された席にすわるとマスターに酒を注文してフードをとった。男はアッシュだった。彼の頼んだ酒が届いてからダクシュが口を開いた。
「んで何か分かったことは?」
 酒を一口飲んでからアッシュは答えた
「大体の行動予測がつきました」
「ほほぅ、そいつぁ吉報と思っていいのかい?」
 冗談めかした口調だったがダクシュの目つきは鋭くなっていた。
「まぁカスガイさんの睡眠時間は増やせると思いますよ」
「ははは、それは間違いなく吉報だ。んで本題は?」
「はい、これが次の出現地の予測リストです」
 そう言うとアッシュは懐から丸めた封書を差し出した。が、ダクシュはややがっかりした様子で受け取った。
「それくらいならうちでもやってるよ。ただ数百箇所近くにのぼっているけどね」
 懐に封書をねじ込みながらそううそぶくと、アッシュは意地の悪い笑顔をみせて、
「カスガイさん、それは人間が証拠を基に根拠づけしていくからですよ」
「へ~、それじゃあんたはどうやって根拠づけしていくってのよ?」
 なにやらもったいぶった言い回しが気に障ったダクシュはアッシュにくってかかった。
「忘れてませんか?今は人の姿をしてますが、僕は元々飛竜ですよ?」
「うん、そうだね」
「感覚もさほど悪くなったわけではありません」
「ほうほう」
「自分にとってヤバイ相手がいるところは敏感に感じ取れるわけです」
 そこまで聞いてダクシュはもしやと思って尋ねてみた。
「まさか直感か?」
「短く言っちゃえばそうですね。そのおかげで実際に色んなところをマリナと飛び回るハメになりましたが」
 ダクシュの問いにアッシュはさも当然のように答えたが、たしかに飛竜の直感と人間の直感は違うがどこまで信用できるかは微妙なところだった。とりあえず杯をあけるとダクシュは店を出て本部へ戻った。当然フィアへのお土産を忘れずに買っていった。
「はいよ~フィア。お待ちかねのハニーケルミルクだよ~」
 そう言いながら部屋のドアを開けると、
「やぁ、ダクシュ休憩は終わったかな?」
 にこやかな顔のコルドバードが立っていた。さすがにこれにはダクシュも顔色が変わる。
「き…騎士長、あのですね…」
「まぁそれはどうでもいいことだが…」
 ダクシュがうろたえている様子を見てコルドバードは苦笑しながら言葉を続けた。
「例のヤツと思われる飛竜が確認された。そいつの調査にフィアと向かってもらいたい」
 意外な言葉にダクシュがきょとんとしてると、騎士長の横からすっかり旅支度を整えたフィアが顔をのぞかせた。
「それじゃあとはフィアが説明してくれ。俺は仕事に戻るから」
 そう言うと騎士長はさっさと部屋の奥へひっこんでいってしまった。
「とりあえずこれ飲んでな。そのあいだに準備しちゃうから」
「ぁ、はいどうもです」
 フィアへお土産を渡したダクシュはいそいそと自分の机の後ろにあるクローゼットから出張用の皮袋と必要な装備一式を取り出して整理しはじめた。その後ろからフィアが、
「ちなみに今回いくところはテロス密林北東部だそうです」
「ふ~ん、今まで被害のなかったところだね」
「えぇ、なんでもジャンボ村のハンターが狩り場から北東にある山の麓に巨大な棘のある黒い塊を見つけたそうで」
「まぁなんにしてもそいつがいるうちにさっさと見つけ出さないとな」
 皮袋へ適当に物を詰め込みながらダクシュはふと思い出してアッシュから受け取った封書をあけて中身をたしかめて驚いた。
(まさか当たってるとはね…あとで何かおごってやらないと)
「どうしたんですか?」
 ダクシュの動きが止まったので何事かとフィアが机越しに顔をだしてきた。
「いや、なんでもないさ」
 そう言って皮袋の口をしぼると肩にかけ、クローゼットの奥にある武器棚からクイックキャスト改を取り出した。ダクシュはクイック改の調子をたしかめると小脇に抱えてフィアのところに戻ると思い出したように尋ねた。
「んで乗り物はなんでいくんだい?ギルドの公用船か?」
「いいえ、今回は特別に高速艇の使用が許可されています」
 フィアの言葉にダクシュは耳を疑った。ギルド高速艇。工房の最新技術の粋を集めて建造された大陸で唯一の風力に頼らない船である。フルフルの電気袋でも特に強力な発電袋と呼ばれる部位を動力として組み込み、船体はカブレライトをはじめとした希少鉱石と上質なゲリョスのゴム皮とガノトトスの鱗を用いており多少の荒波にもビクともしない強度を誇る。ちなみにこの船の存在は公には存在しないことになっている極秘事項だ。実際にダクシュも見たことはない。そのドックがこのギルドナイツ本部の地下にあるという噂を聞いたくらいだ。フィアが先頭を歩き、ダクシュはそれについていった。ふたりはどんどん階段を下りていき、とうとう最下層まで降りてきた。ここは封印図書館のあるフロアでもある。するとフィアは躊躇することなく封印図書館の真紅い扉を開けて中に入っていった。ダクシュもそれに続く。封印図書館の中には書棚以外何もないはずだが、フィアは一番奥まった壁までいくと壁に触れて何かを探し始めた。するとすぐに
「あった」
 短く呟くとフィアは壁にあるギルドのエンブレムを押した。すると、
―ゴゴゴゴ…―
 目の前の壁が鈍い音を立てて横に動き、壁の先にさらに下りる階段が現れた。
「また下りるのね」
 少々うんざりしたようにダクシュが愚痴をもらすと
「もう少しですよ」
 そっけない返事をしてフィアは下りはじめた。それにダクシュもため息をひとつついて続く。しばらく下りると空気に湿気が多くなってきた。どうやら水路が近いらしい。階段を下りきるとそこはやはり水路で右に何やら影のようなものが見える。
「あれか?」
 ダクシュがそう呟くと向こうからろうそくの光が近づいてきた。持っているのはどうやら40代ほどの小太りの男のようだ。男は近づくと出し抜けに、
「あんたさんたちがコルドバードさんから話のあったナイツのおふたりだがね?」
「えぇ、許可証はここに」
 その問いにフィアは懐からさっと出した書類をその男に渡した。
「はい、たしかに承りましただ。しっかし往復でこいつを使わせるなんてよっぽどのことでもありましたかい?」
「なりそうだからあたしらが調べにいくんだよ」
 男ののんびりした口調にダクシュは少しいらつきながらそう言った。
「まぁまぁ、ダクシュさんそう急かさずに。さていきましょうか…え~と」
 そんなダクシュをなだめながら、フィアを男に声をかけようとしたが名前が分からず言葉が詰まってしまった。それに気づいた男が言いそびれたという風に名乗った。
「ぁ…あっしの名前はネモと申しますだ」
「そうですか。ではネモさん船を出してください」
「あいよ。そんじゃあ、おふたりさん、おらのノーチラスへ乗ってくだせぇ」
 そう言うと男は影の方へゆっくりと歩き出した。ふたりもそれに続く。船のタラップを上がり船内へ入ると見た目より広めのキャビンがあった。操舵席も含めた椅子の数は5つ。3人だとちょっと広いくらいだが5人だと息苦しいだろう。ネモは操舵席に座ると機器のチェックを始めた。ダクシュとフィアはその様子を見ながら手近な席に座って出航を待った。しばらくすると低い動作音が響き何かの動き出す音が幾重にも重なりだした。
「よっし、そいじゃあこれからジャンボ村まで出航!」
 威勢のいいネモの掛け声と共にノーチラスのスクリューが唸りを上げ船体を前に動かした。そのスピードは徐々に速さを増し水しぶきをあげながら水路を直進していく。船の中のフィアとダクシュを今まで味わったことのない圧力を感じながら足を踏ん張っていた。やがて水路を抜けるとドンドルマの運河に出てノーチラスはそのままジォ・クルーク海へ洋々と航跡をひきながら一路ジャンボ村へ向かった。


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