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志/源光

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2016.12.14
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カテゴリ:カテゴリ未分類

「人生は、仕事も、遊びも、恋愛も、結婚も
 やみくもに進むのではなく、
 全体をとらえてから進むと、
 上手くいくことがほとんどです。」



お仕事は、自分のお仕事を必要として下さる方がいるからこそ、
お仕事になるものだと思うのです。


遊びは、自分が遊びたいと思う何かや、
その何かに関係するものを提供して下さる方がいるからこそ、
はたまた、一緒に遊んでくれる相手がいるからこそ、
遊ぶことができるものだと思うのです。


恋愛は、
「この人が好き♬」と思う相手がいる。。。
「あなたが好き♬」と思って下さる相手がいる。。。
お互いがお互いの特別の相手であり、
お互いに愛情を感じて、恋い慕うからこそ、
育まれるものだと思うのです。


結婚は、
「この人と結婚をしたい♬」
「この人と一緒に暮らしたい♬」
「この人といると心が安らぐ♬」
「この人と同じ方向を見て生きていきたい♬」
「何があってもこの人と生涯を添い遂げたい♬」
と思える相手や、そのように思って下さる相手がいるからこそ、
結ばれるものだと思うのです。


自分一人で生かさせて頂いているわけではない私たち。。。
お仕事も、遊びも、恋愛も、結婚も、
相手の存在があるからこそ成り立つものだと思うのです。


だからこそ、
お仕事も、遊びも、恋愛も、結婚も、
相手を思い遣る心を持たせて頂き、
相手の立場になり、相手のことを
考えさせて頂くことが大切だと思うのです。


 お仕事を下さる相手(お客様)にお喜び頂けるように、
 〇〇をしてみよう♬ 〇〇をさせて頂こう♬

 一緒に遊ぶ皆が楽しく過ごせるように、
 〇〇をしてみよう♬ 〇〇をさせて頂こう♬

 恋人が「〇〇が好きだ」と言っていたから、
 〇〇をして喜ばせよう♬ 喜んでくれるといいな♬


 妻(又は夫)が「〇〇が好きだ」と言っていたから、
 誕生日には〇〇をして喜ばせよう♬
 子どもが「◎◎が欲しい♬」と言っていたから、
 クリスマスには◎◎をプレゼントしよう♬


全体を捉えるとはそういうことだと思うのです。


相手の存在あっての自分のお仕事、遊び、恋愛、結婚だからこそ、
相手を思い遣り、相手にお喜び頂けること、
相手のお役に立つことは何かを考え、
その相手を思う「愛」を「形」に表していく。。。


その「愛」を「形」に表していく過程においては、
様々なことに思いを巡らせて想像をしたり、
「〇〇をしたら、◎◎になるかもしれない。。。」
などの様々な想定をしたり、
「◎◎をする為には、〇〇から始めよう。。。」
「〇〇が上手くいかなかったら、◎◎をしてみよう。。。」
などと計画を立てたりすると思うのです。


その結果、相手のお役に立つことができ、相手にお喜び頂けると、
自分も嬉しくなり、喜びで心が満たされると思うのです。


自分一人で生かさせて頂いているわけではない私たち。。。
相手を思い遣る心を持たせて頂き、
全体を冷静に、客観的に捉えさせて頂くからこそ、
相手にとっても、自分にとっても、良い結果が導かれるのだと思うのです。


反対に、
相手の存在あっての自分のお仕事、遊び、恋愛、結婚であるにもかかわらず、
相手を思い遣ることをせず、相手の立場にもならず、相手のことさえ考えず、
 自分さえ儲かればそれで良い。。。(相手が損をしようと関係ない)
 自分だけ楽しく遊べればそれで良い。。。(相手が楽しく遊べなかろうと関係ない)
 自分がしたい恋愛ができればそれで良い。。。(相手の気持ちはどうでも良い)
 自分の結婚観通りにすればそれで良い。。。(相手の結婚観はどうでも良い)
など、自分ではそのつもりがなくても、
自分のことしか考えていない、ということがあると思うのです。


表現を変えさせて頂くと、
自分の欲を手っ取り早く満たすことができればそれで良いという、
安易な発想の表れでもあると思うのです。


自分の欲を満たすことしか考えていないが故に、
視野が狭く、全体を見渡したり、見通すことがない。。。
ただただ漠然と自分の欲を満たそうと、安易な行動をする。。。


闇雲に進むとはそういうことだと思うのです。


何も考えず、何らの想定もせず、何らの計画も立てずに、
無暗に行動を起こす。。。無謀、無鉄砲だと思うのです。


何も考えていないが故に、何かが起こった時に、
何も対処できずに失敗してしまう。。。
何も想定していないが故に、何かが起こった時に、
何も対処できずに過ちを犯してしまう。。。
何も計画を立てていないが故に、何かが起こった時に、
何をどうすれば良いかが分からず、動揺してしまう。。。


そのようなことにならないように、
何ごとも、視野を大きく広げて、全体像を把握し、
冷静、かつ、客観的に捉えさせて頂きながら、
予め考えるべきは考え、
予め想定すべきは想定し、
予め立てるべき計画は立てさせて頂くことが大切だと思うのです。


視野を大きく広げ、全体像を把握することに努めさせて頂くことによって、
 自分一人で生かさせて頂いているわけではないこと。。。
 いつもどなた様かのお陰様で生かさせて頂いていること。。。
に自然と気付いていくと思うのです。


その気付きが深まれば深まるほど、
自分さえ良ければそれで良い、という利己心ではなく、
人様を思い遣る利他心をもって生かさせて頂くことこそ、
心ある人として大切な心のあり方、生き方であることを知り、
そのような心のあり方で生かさせて頂くことによって、
自分の心が喜びで満たされていくことを実感すると思うのです。


普段からそのような心のあり方で
生かさせて頂くことができるように
心がけて過ごさせて頂くことによって、
 しなくて良い失敗をしなくなる。。。
 しなくて良い過ちを犯さなくなる。。。
 しなくて良い動揺に苛まれなくなる。。。
だけでなく、
例え、不測の事態が生じても、過度に動揺することなく、
今すべきことを冷静に、かつ、客観的に判断し、
臨機応変に対処することができる自分を
育ませて頂くことができると思うのです。


お仕事も、遊びも、恋愛も、結婚も、
相手の存在あってこそ成り立つもの故に、
 自分勝手で我儘、自己中心的な言動をする。。。
 自分の価値観を相手に押し付ける。。。
という視野の狭い闇雲なことはせず、
 お互い様の心、相手を思い遣る心を持たせて頂く。。。
 相手の立場になって、ものごとを見たり考える。。。
など、自分を取り巻く全体を俯瞰させて頂くことによって、
ものごとが上手く運ぶようになるのだと思うのです。



源光


天から地.jpg


「最初の考えは単なる思い付きだから欠陥だらけ。
 二度目の考えは、自己中心的でダメ。。
 三度目の考えが、最善です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407190002/


「最善のものを求めて、最悪のものに備えるのです。
これが愛と勇気と希望を運んでくる生き方なのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201207160000/


「そのときは無駄のように思えるかもしれませんが、
 万一の備えというものは、日頃からしておかなければなりません。
 蟻の一穴から、物事は倒壊するのですから。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310210000/


「将来のための準備をしましょう。
 そして今を楽しむことです。
 このバランスがとても大切です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312170005/ 


「地上での失敗のほとんどは、
【勉強不足】に【準備不足】が重なったものです。
 出たとこ勝負というものは本来するべきではありません。
 機が熟していないからです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201303160000/


「理想や夢に走って
 基礎を創らず
 できることを未完のまま放り出し、
 理解もしていないことをやり始めてしまう人が多いのです。
 これは失敗して当然なのです。
 しっかりと基礎を創ってから始めれば
 半ば成功したも同然です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410130000/ 



地上から天.jpg






Last updated  2016.12.22 10:23:03
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2016.12.13
カテゴリ:カテゴリ未分類

「失敗してもその原因を追究したり、
 欠点を反省して改善していくことで、
 かえって成功に近づくことができます。」



失敗。。。


失敗を経験させて頂いた時は、
その失敗そのものにフォーカスしてしまい、
落胆したり、自暴自棄になってしまいがちですが、
それらを経験させて頂いているのは、
それなりの理由(原因)があるからだと思うのです。


それまでの自分の心のあり方や言動に、
 良心に背いていることがある。。。
 すべきことをしていないことがある。。。
 できることをしていないことがある。。。
 割愛すべきでないものを割愛している。。。
 ものごとの順番を大切にせず、気が急いている。。。
 先走り過ぎて、大切なものを見逃がしている。。。
など、
何らかの点において、人としてあるべき
正しい心のあり方に反していることがあるのだと思うのです。


そのことに自ら気付くことができるように、
そして、素直に反省・改善することができるように、
失敗という機会を与えて頂いているのだと思うのです。


失敗をした時は、
失敗を生じさせたその原因や、
その原因の元になっている
自分の心のあり方や言動にこそ
目を向けるべき時なのだと思うのです。


見方を返させて頂くと、失敗という経験は、
正すべきを正させて頂くことができる貴重なチャンス。。。
というでもあると思うのです。


失敗などの突発的なことが生じないと、
自分のことを冷静に、かつ、客観的に
顧みたりすることがない私たち故に、
突発的な境遇を与えて頂くことによって、
それまでの自分の心のあり方や言動に、
  おかしな点はなかったか。。。
  手抜きをしなかったか。。。
  順番を大切にしていたか。。。
  大切なことを省略しなかったか。。。
  驕れていなかったか。。。
  謙虚であったか。。。
  自分から逃げなかったか。。。
  自分に嘘を付いていないか。。。
  自分を騙していないか。。。
  自分を演じていないか。。。
  諦めなかったか。。。
  すべきことをしたか。。。
  できることはしたか。。。
  誠実であったか。。。
  良心に背いていなかったか。。。
などを自らに問い質し、素直に反省させて頂き、
正すべきを正させて頂くことができるのだと思うのです。


とはいえ、
 「これが失敗の原因だ。。。」
 「これが反省すべき点だ。。。」
と自分なりに答えを出してみても、
不完全で至らない点の多い私たちの答え故に、
必ずしも、それが失敗の理由(原因)に
なっているとは限らないと思うのです。


裏を変えさせて頂くと、
簡単に気付けるような原因であれば、
失敗する前に気付けると思うのです。


問題なのは、
 「これが失敗の原因だ。。。」
 「これが反省すべき点だ。。。」
と原因や反省点を見つけ出したことに自己満足してしまい、
原因を追究しなかったり、反省すべきを正しく反省しないなど、
安易に考えているその心のあり方が失敗を生み出していることに
気付いていないことだと思うのです。

 (それ故に、原因が追究されていない失敗や、
  反省すべきが正されていないその心のあり方が、
  更なる失敗を呼び込むことになるのだと思うのです。) 


不完全で至らない点が多いが故に、
修行をさせて頂いている私たちだからこそ、
日頃から、自分の心のあり方や言動が、
良心に従っているか否かを、自分で観察し、
顧みさせて頂くことが大切なのだと思うのです。


日頃から自分を観察し、自分を顧みさせて頂く。。。


そういう習慣を正しく身に付けさせて頂くことによって、
  手抜きをしなくなり。。。
  順番を大切にするようになり。。。
  大切なことを省略しないようになり。。。
  驕れることが少なくなり。。。
  謙虚であることが多くなり。。。
  自分と向き合うようになり。。。
  自分に素直になったり。。。
  自分を尊重したり。。。
  自分を信じたり。。。
  自分らしくなったり。。。
  自分の信じる道を歩むようになったり。。。
  すべきことは、後回しにせず、その時にしたり。。。
  できることは、後回しにせず、その時にしたり。。。
  誠実で真面目に過ごすようになったり。。。
  良心に従って過ごすようになったり。。。
と、より良い人生を過ごさせて頂くことが、
できるようになるのだと思うのです。


それもこれも、
失敗という突発的に与えて頂いた境遇があってこそ、
なのだと思うのです。


意味も無く失敗を経験させて頂いている、
ということはないと思うのです。


何らかの意味があって与えて頂いている失敗だからこそ、
その失敗をどのように受け止め、
その失敗とどのように向き合い、
その失敗をどのように活かさせて頂くのか。。。
が大切なのだと思うのです。


それは私たちの心のあり方次第だと思うのですが、
その心のあり方次第で、「失敗は成功のもと」になって、
成功を手中に収めさせて頂くことができ たり、
より良い人生を過ごさせて頂けるようになることもあれば、
「失敗が更なる失敗を呼び込む」こともあると思うのです。


この世的には、
 辛さ、苦しさ、悲しさを齎す失敗。。。
 不平不満、怒り等を感じてしまう失敗。。。
であったとしても、
人知の及ばない深遠なる天のお取り計らいは、
私たちにとって、大きなチャンスになっている、
ということを忘れてはいけないのだと思うのです。


不完全で至らない点の多い私たちが
失敗をするのは極自然なことだと思うのです。


失敗したその時に、
失敗を反省せずに、失敗したままにする。。。
なぜ失敗したのか、その原因を考えない。。。
その心のあり方や生き様こそ【本当の失敗】であり、
【失敗】を生み出す大きな原因なのだと思うのです。


失敗したその時に、
 失敗をそのままにせず、素直に反省して、正そうとする。。。
 同じことを繰り返さないよう原因を追究する。。。
など、失敗という経験を糧にして、より良くしようと、
努力、探究するからこそ、成功を引き寄せ、呼び込むことになり、
未来が拓けてくるのだと思うのです。



欠点。。。


不完全で至らない点が多いが故に、
修行をさせて頂いている私たち。。。
それは、欠点のない人間はいない。。。
ということでもあると思うのです。


自分の欠点を自ら素直に認め、
欠点が欠点である理由を正しく知り、
それを克服させて頂く。。。


その結果、当初は欠点であったものが、
長所としてその姿を変えていくのだと思うのです。


時に、不完全で至らない点、
欠点のある人間であるにもかかわらず、
「欠点は長所。。。」
と仰る方がいると思うのです。


自らの欠点を素直に反省し、
良心に従って修正された方にとっては、
修正された時点で初めて「欠点は長所」になると思うのですが、
自らの欠点を認めず、反省もせず、正そうともしない方が
「欠点は長所」と仰られても、自らの欠点を認めない、
反省しない、正さない、というその心のあり方、言動、生き様こそ、
その方の大きな「欠点」だと思うのです。
それを自ら露呈しているに気付けないからこそ、
「欠点は長所。。。」という自分に都合の良い
主張をしてしまうのだと思うので す。


それ故に、欠点は欠点のまま。。。


何ら改善されないどころか、
欠点を認めないことに意固地になっているが故に、
かえって自ら欠点を強調し、欠点を増やしてしまっている、
ことにもなりかねないと思うのです。


それが長所であろうと、短所であろうと、欠点であろうと、
自分を知ることに努めさせて頂き、
どんな自分をも素直に受け留め、認め、
反省すべきは、良心に従って素直に反省させて頂き、
正すべきを良心に従って正させて頂く。。。


それが長所をより長所たらしめ、
短所を克服させ、欠点を長所にさせる
心のあり方なのだと思うのです。


魂の修正や成長をさせて頂くことを目的、目標として
地上という修行の場で生かさせて頂いている私たちにとって、
 自分の欠点を知ることができないまま。。。
 自分の欠点を知ろうともしないまま。。。
 自分の欠点を正すことができないまま。。。
 自分の欠点を知っても、それを反省し、正そうとしないまま。。。
天に帰還することになってしまっては、
大後悔することになってしまうと思うのです。


後悔先に立たず。。。
大後悔しても時すでに遅し。。。
ということになってしまわないように、
ありのままの自分自身と向き合い、
自分の欠点や至らない点と向き合い、
それらを良心に従って素直に反省させて頂き、
心正しく修正させて頂く。。。


そのようにして成長させて頂いたとき、
私たちの心は生まれ変わっていると思うのです。


心の生まれ変わりと共に、
今生という人生の新たなスタート地点に立った、
ということでもあると思うのです。


魂の修正や成長を目的として、
地上で修行をさせて頂いている私たちにとって、
心が生まれ変わることや、
人生の新たなスタート地点に立つことは、
大成功なのだと思うのです。



失敗も欠点も、素直に認め、受け入れ、向き合い、
反省すべきを素直に、正しく反省させて頂き、
改善すべきを正しく改善させて頂くことによって、
成功に繋がることに変わりはないと思うのです。


ただその失敗や欠点を、
成功への道標にすることができるか。。。
それとも、
更なる失敗や欠点を膨らませる道標にするのか。。。
は私たちの心のあり方次第なのだと思うのです。



源光


失敗は成功のもと04.jpg


「過去を振り返りましょう。
 後悔するためではありませんよ。
 これからくよくよしないためです。
 「あのときはなんてばかなことをしたんだ」と思い出しましょう。
 そして「あのときはこうすればよかったんだ」という解決策を考えましょう。
 よりよい言葉、よりよい行動、よりよい考え方を、自分で発見するのです。
 次からそれを具体的に実行しましょう。
 頭の中だけで思うのではなく、必ず実行することが大切です。
 こうして以前、失敗したことも、成功するようになります。
 全てが好転してい きます。
 欠点が長所となって輝き、理想的な人間へと修正されて
 素晴らしい人生となって行くのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312270000/


「あなたが自分の最大の欠点を修正できるならば
 そこから、あなたの本来の人生が始まります。
 それまでは助走期間に過ぎない人生です。
 助走のみで還って来た人は、
 一人の例外なく後悔の念にとらわれます。。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501060000/


「挫折、失敗、事故の原因は、
 挫折、失敗、事故そのものよりも興味深いのです。
 それを招いた原因を掘り下げてみましょう。
 これからの人生を実り多いものにするために。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201406240000/ 


「原因のない結果はありません。原因を探求し続ける力が、
 人を発見者にも偉人にも成功者にも覚者にもするのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201405040000/


「身の回りで起こる、どんな良い事も悪い事も、
 自分に無縁なものはありません。
 全てに原因があるのですから、
 今から善因の種を撒いて生きていけばよいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312200000/


「過去の体験を「宝物」にするも、「ごみ」にするも
 自分自身の「心」次第ですね。
 みんな悩んで大きくなっていくのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201209170000/


「あなたの現在は、あなたの過去の総決算。
 現在の自分を真剣に、反省してまだ欠点があるというならば、
 それはこれからの人生において、学ばなければならない
 宿題が残っていることを示すのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201303170000/


「事を行った結果の失敗は
 成功の種となって、後で花開きます。
 事を行わなかったことは、
 後悔の種となって、後々まで無念の尾を引きます。」(ラクシュミーさん)
http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501070000/


「人生とは試行錯誤の過程である。
 なんらの過ちもおかさない人は、何もしない人である。
 汝は、失敗と挫折から学まねばならない。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107260000/


「人生は、ぶっつけ本番のリハーサル無し。。
 これで失敗するなというのが間違いです。
 失敗しない人間は皆無。
 あなただけが失敗したのではありません。
 大損したのでもありません!!
 人は失敗から学ぶ動物です。
 「あの時ああすればよかった。。」
 そうです。ああすればよかったのです。
 しっかり学び取って次に活かせば良いのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201402100000/


「人間は努力する限り失敗したり過ちを犯すのです。
 しかし失敗から学び、過ちを修正して夢を叶えることもできます。
 失敗なんかしたくないし、過ちも犯したくなければ、
 努力しないでノンビリしていればいいわけです。
 ただし夢が叶うことは決してありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201406170001/


「誰でも間違いを犯します。
 なんでこんな間違いをしてしまったのか!!
 と悩み苦しむ人も多いのですが、
 消しゴムを持っている人は、サッサと消してしまいます。
 消しゴムは、それぞれ。。。
 あなたも事前にお気に入りの消しゴムを
 用意しておけばいいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201411290001/


「人生は、三歩進んで二歩下がる。。
 このくらいが一番いいのです。確実に前進しています。
 寄り道をしたり、振り出しに戻ったり、失敗したりするのは、
 決して無駄ではありません。
 成長していくには、そういったことがとても大切です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311220000/


「人生で遭遇するすべての出来事には意味があるのです。
 生きていくこととは、その意味を理解することに他なりません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407010000/



失敗は成功のもと01.jpg


失敗は成功のもと02.jpg






Last updated  2016.12.21 15:50:24
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2016.12.12
カテゴリ:カテゴリ未分類

「混沌や絶望、無意味な破壊、災害は、
 人々が思いやりを忘れ、
 自己中心的に生きるようになったがゆえに
 頻繁に発生するようになってしまったのです。
 あなたの喜ぶ姿が私の喜びです。
 こうして人も社会も平和に豊かになっていくのです。」



自分一人で生かさせて頂いているわけではない私たち。。。
だからこそ、お互い様の心で、お互いを思い遣り、
助け合い、支え合い、分け合い、与え合い、協力し合い、愛し合って
生かさせて頂くことが大切だと思うのです。


それにもかかわらず、
 自分さえ良ければそれで良い。。。
 人様のことなどどうでも良い。。。
 自分が得をする為には、自分が損をしない為には、
 他者を騙し、欺き、偽り、裏切り、傷つけ、苦しめる。。。
 地球さんや大自然のお陰様で生かさせて頂いているにもかかわらず、
 環境を汚染し、自然を破壊するなど、地球さんを傷つけ、苦しめる。。。
そのような自分勝手で我儘な思考をしたり、我が物顔の言動をする。


天からすれば、
魂の修正や成長をさせて頂く為に、
地上という修行の場に生まれる機会を与えて頂いている私たちが、
そのような心のあり方、生き方をしていては、
 「魂の修正どころか、修正すべき点を増やし続け、
  人としての心、光、愛を失っていくばかり。。。
  このまま我が物顔で好き放題、やりたい放題にさせれば、
  修行の場である地球さんが滅んでしまいかねない。。。
  地上に生きる人々は、魂の修正が必要な存在。。。
  いわば、魂の病を持つ患者のようなもの。。。
  魂の病を自ら治癒できるように良心を授けたにもかかわらず、
  その良心の声に耳を傾けないばかりか、良心に背く始末。。。
  結果、魂の病を増幅させ、その病で自然や地球さんを汚染、破壊し、
  傷つけ、苦しめているにもかかわらず、
  自分には関係ないという無関心な姿勢。。。
  魂の病を良心に従って治癒してもらいたいと願い優しく見守ってきたが、
  自らの意思で良心に従い、反省すべきを反省し、
  正すべきを正そうとしないのであれば、
  もはや修行にはなっていない。。。好転の兆しもない。。。
  放置し、悪化の一途を辿るのであれば、荒療治をせざるを得ない。。。」
などのようにお思いになられると思うのです。


魂の病の荒治療。。。
それが天変地異なのだと思うのです。


天変地異の恐怖や不安に苛まれ、辛苦し、悲しみに暮れ、
自分の目から雨を降らせなければ(涙しなければ)、
自分の心の過ちに気づかせて頂くことができない、
 (気付かせて頂くことによって、地固まる。。。)
などということのないように、
 自分一人で生かさせて頂いているわけではない私たち。。。
 心ある人間同士である私たち。。。
は、日頃から、お互いを思い遣る心をもって、
生かさせて頂くことが大切だと思うのです。
周囲との調和や協調を大切にしながら
生かさせて頂くことが大切だと思うのです。


そして、
私たちは全てを与えて頂いていることを
決して忘れてはいけないと思うのです。
全てを与えて頂いている私たちは、
「生きている」のではなく、
「生かさせて頂いている」ということに
気付かせて頂き、心から感謝させて頂くべきだと思うのです。


私たちにとって天変地異と感じることは、
地球さん等の自然界にとっては、
破壊された調和を整え、癒し、元に戻す為、
 (人類によって破壊された調和を整える為)
自然が自ら生みだしている現象。。。
と捉えることができると思うのです。


それは、私たちが危険を察知した時に、
咄嗟に身体が動く自己防衛本能や、
感染したウィルスから身体を守ろうと、
白血球などが活躍して下さるのと同じようなもので、
それが私たちの身体か、地球さん本体か、
の違いがあるだけだと思うのです。


地球さん等の自然界の調和を
破壊するようなことをしてきているのは、
何を隠そう私たち人間だと思うのです。。。


それ故に、天変地異が生じる原因になっているのは、
私たち人間の利己的な心のあり方や、
その心のあり方が齎す様々な行いにある、
ということになると思うのです。


「天変地異が起きたから、協力し合いましょう。」
「天変地異が起きるかもしれないから、助け合いましょう。」
という「天変地異」を理由にするのではなく、
日頃から、「心ある人間同士」として、
お互いを思い遣る心を持たせて頂き、
助け合い、支え合い、分け合い、与え合い、
協力し合い、愛し合って、生かさせて頂きたいものですね。


助け合い、支え合い、分け合い、与え合い、
協力し合い、愛し合って生かさせて頂くことは、
 「人様のお役に立たせて頂きたい♬」
 「人様にお喜び頂けることをしたい♬」
という思いの表れに他ならないと思うのです。


それ故に、私たち一人一人が、
そのような心のあり方で生かさせて頂くと、
修行の場である地球さんは、修行の場でありながら、
平和で穏やかな心のオアシスにも、天国にも、
極楽にもなるのだと思うのです。


地上という修行の場に天変地異を生じさせて地獄にするも、
お互いを思い遣る心をもって天国や極楽にするも、
それは私たち一人一人の心のあり方次第。。。
どちらを選択するかは自分次第。。。
ということなのだと思うのです。



源光


天国のような風景.jpg


「人は、もっと同期の地球人として、
 助け合う術を学ばなければなりません。
 さもなくば天変地異が収まる事はないでしょう。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206020000/


「空を見て変ったことが現れたら、
 地に変化ありということです。
 注意しなければなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206190000/


「着る、食べる、飲む、寝る、これこそ生きる原点。。幸せの原点です。
 太古の昔から人類がしてきたことです。
 家族で仲良く生きるために、狩に行き、海で魚貝を獲り、土器を作り。。
 家族で働いたわけです。
 横穴式住居や、竪穴式住居で、ファイヤーを囲んで、
 獲物に貪りついて家族で楽しくワイワイやっていましたね。。
 これが幸せというものです。
 文明社会に慣れ切って、他人との比較ばかりして、
 不平不満ばかり並べて、愚痴ばっかり言って、
 原点を忘れてしまいましたか?」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201402110001/


「地上にあるものは、こちらから観ると古いものばかりですが、
 古いものの中にも新しいものがあります。
 人の心は縄文時代の人の方が現代人よりも
 遥かに、優れていたのです。。」(ラクシュミーさん)
「人の心は石器時代の昔よりも退化したのかも知れません。
 日本の縄文時代、人は、貧富の差は無く、
 互いに助け合い励ましあって生きていたものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201211050000/


「正義はひとつならば、あなた方はなぜ戦うのですか?
 矛盾にもほどがあるのです。
 好きなようにして共倒れになってもいいのですが、
 ノアの箱舟で一気にカタをつけても一向に構わないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201601130000/


「人類が激変するに連れて、地球にも変動が起こります。
 平和で明るい未来を構築しなければなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204270000/


「地球は、子孫に伝えていく地球ですから、
 欲しいままに、地球を扱ってはなりません。
 国や社会も同じことです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206280000/


「環境に優しい人、環境に負荷をかけない人。。。
 自然を愛する人でありましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410040000/


「ひとり一人の魂は、本質において宇宙の魂以外の何ものでもない。
 人間はお互いに、頭、腕、胴、足となって補い合わなければならない。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107170000/


「人生は競争ではなく協調で切り開くのです。
 偶然を装った必然で知り合った人と協調して、
 互いに幸せを作り上げていくのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407080001/


「何でも出来る人はいません。天界でもそうなのです。
 それぞれの特技を活かして、協力し、助け合い、励ましあって、
 暮らしやすい平和な世界を創造するところに
 最高の喜びがあるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201305220000/


「有史以来、地上に完璧な人が生まれたことはありません。
 みんな、みんな不完全。
 だからこそ助け合って生きるのは当然ですね。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201210150000/


「今、地上に生ある人は全て同期生ですから、
 いがみ合い争うのではなく、手を取り合って生きなければなりません。
 自分たちの為、そして子孫の為に、平和で豊かな地上を
 創っていかねばなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204230000/


「子供達が大人になった時、幸せに暮らせるように、
 少しでも世の中を暮らしやすく平和にして行くのが
 大人達の勤めです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201203260000/



天国のような風景03.jpg






Last updated  2016.12.18 10:15:14
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2016.12.11
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「見たり、聞いたり、試したり。。。
 この内、最も大切なのは 、【試したり】です。
 見たり、聞いたり、【忘れたり】。。。
 これが何も進歩しない人の
 人生勉強のパターンです。」



色々なものを見ることや、
色々なことに耳を傾け、聞くことは、
見聞を広げること故に、
とても素晴らしいことだと思うのです。


しかしながら、
同じ「見る」「聞く」でも、
 見て、興味を抱いて、自分で探究したり。。。
 聞いて、疑問を抱いて、自分で調べたり。。。
するのと、
 ただ見ただけ。。。
 ただ聞いただけ。。。
では大きな違いだと思うのです。



例えば、
 「〇〇をするには、(〇〇ができるようになるには)
  ◎◎という本に書かれていることが素晴らしい。」
という興味のある記事を見たり、聞いたりしたとします。


ある方は、その見たり、聞いたりした本を
 「ふぅ~ん、そうなんだぁ~。。。」
として、興味があるにもかかわらず、
その書籍名や著者名のメモも取らず、
本も手にせず終わりにしてしまう。。。


それでは、せっかく得た興味のある情報(書籍名、著者名など)も、
さっさと忘れてしまうと思うのです。


「忘れる」ということは、折角与えて頂いたチャンスを活かせず、
無駄にしてしまう、ということでもあると思うのです。

 (与えて頂いたチャンスを、チャンスと気付けないが故に、
  そのチャンスを無駄にしてしまうような言動をしてしまう。。。
  そういうことでもあると思うのです。)


知らず知らずの内に、それが習慣になってしまうと、
同じことを何度も何度も繰り返してしまうことになり、
何も進歩しない。。。前進しない。。。という
変化のない結果を自ら齎し続けてしまうことになると思うのです。


与えて頂いたチャンスを無駄にしてしまうことのないように、
見たり、聞いたりしたものが、自分の興味のあることや、
「!!!」と感じたこと、「???」と感じたことは、
メモを取るなどの初動に起こさせて頂き、
その初動を次なる実践や試行に繋げさせて頂きたいものですね。



別のある方は、その見たり、聞いたりした本を
 「読んでみたいなぁ~♬」
として、興味があるその本の書籍名や著者名のメモも取り、
早速、本を手にして読む。。。


本を手にして読む。。。という実践、試行についても、
大きく2つのパターンに別れると思うのです。


1つのパターンは、
本を読んだこと。。。
本の内容が頭に入ったこと。。。
に自己満足し、
 「もう分かった。」
 「いつでも出来る。」
と思い込み、何らかの実践や試行などの
行動を起こさないパターン。。。


本を読むという実践や試行をしていても、
本から得た知識を実践・試行しなければ、
その知識を本当の意味で知ったことにはならないが故に、
時間の経過と共に、次第に本の内容を忘れてしまったり、
自分の思い込みによって、その解釈が変わってしまったり、
ということになってしまうと思うのです。


それでは、本を手にせずに終わりにして、
「忘れる」ケースと同じになってしまうと思うのです。


そのようなことにならないようにする為には、
見たり、聞いたり、読んだりしたことで過信することなく、
更なる実践や試行に繋げさせて頂くことが大切なのだと思うのです。



もう1つのパターンは、
本で読んだことを、実際に実践してみる。。。試行してみる。。。
など、何らかの行動を起こすパターン。。。


実際に実践し、試行するという
経験・体験を積ませて頂くことによって、
身体で覚えることができたり、
記憶に刻まれていくと思うのです。



ダイエットの仕方を見ただけでは、
自分のダイエットにはならないと思うのです。


ダイエットの仕方を聞いただけでは、
自分のダイエットにはならないと思うのです。


ダイエットに関する本を読んだだけでは、
自分のダイエットにはならないと思うのです。


見たり、聞いたり、読んだりしたことの中から、
自分に合った方法や自分にも出来る方法を見つけ、
それを実践・試行をさせて頂くからこそ、
ダイエットに繋がるのだと思うのです。



お掃除の仕方を見ただけでは、
自分の周りは整理整頓されないと思うのです。


お掃除の仕方を聞いただけでは、
自分の周りは整理整頓されないと思うのです。


お掃除に関する本を読んだだけでは、
自分の周りは整理整頓されないと思うのです。


どんなにか見たり、聞いたり、読んでみても、
実際に自分で整理整頓するという実践・試行をしなければ、
決して綺麗に片付くことはないと思うのです。



健康法を見ただけでは、
自分は健康にならないと思うのです。


健康法を聞いただけでは、
自分は健康にならないと思うのです。


健康法に関する本を読んだだけでは、
自分は健康にならないと思うのです。


不健康になった自分の生活スタイルや
食生活を反省し、見直させて頂く。。。
そして、見たり、聞いたり、読んだりしたことの中から、
自分に合った健康法や自分にできる健康法を見つけ、
それを自ら実践・試行をさせて頂くからこそ、
自分の健康に繋がるのだと思うのです。



自ら起こした実践・試行という経験・体験は、
何かを大きく進歩、前進させるだけでなく、
新たな見たり、聞いたり、実践したり、試行したり、
という更なる進歩・前進への道を拓くのだと思うのです。


見たり、聞いたり、読んだりしたことは、
自ら何らかの行動を起こさせて頂き、
実践し、試行させて頂くことを通じて、
身体と心に刻まれて初めて、
自分のものにすることができるのだと思うのです。


だからこそ、
「忘れる」ことを、実践・試行するのではなく、
「実践・試行する」ことを、実践・試行させて頂きたいものですね。



源光


やるかやらないか.jpg


「あなたの人生のすべての出来事には意味があり、
 生きていくこととは、その意味を理解することです。
 理解が及ばないと不本意な人生に。。
 理解が及べば潤沢で楽しい人生となっていくのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408290000/


「人生とは試行錯誤の過程である。
 なんらの過ちもおかさない人は、何もしない人である。
 汝は、失敗と挫折から学まねばならない。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107260000/


「聴くことを多く。。
 話すことを少なく。。
 実行に力を注ぐのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407180001/


「知識は、経験を超えるものではないのです。
 人生経験の深さは何物にも代え難いものです。」(ラクシュミーさん)
「あなたには自分でも気付かない
 無限の可能性があります。
 視野を広げて、さらに大きな体験をしてください。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201612050000/


「汗と涙のなかから知恵を生みだしただけでは、まだまだの人です。
 笑顔で実践しなければなりません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403100001/


「人間の美徳はすべてその実践と経験によって身に付けるものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409110003/


「他人から何度聞いたところで、
 実際に自分の目で見る等
 体験して事実を知るという方法には及ばないのです。
 人生経験の豊富な人は人生大学の教授。。。
 今世、得難い学習を積み重ねた人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201502260000/


「人生の目的は行動です。
 法則でも、思想でもありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201610020000/


「あなたの人生は、
 あなたの思い描いた通りになるのですが、
 行動を伴わない想像力は、
 何の意味も持たないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201601050000/


「人生とは日々の実験である。
 実験を恐れる者に進歩は無い。
 天は汝の実験が世の役に立つものであれば
 手を貸すであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201201180000/


「知恵と愛という大切な安全ではなく、
 安全という錯覚を求めている人がほとんどです。
 これでは真の進歩はありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310090000/


「百の理屈は一の行動に劣るのです。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410180000/


「価値を生み出すものは行動である。
 汝はまず動かねばならぬ。」(ビシュヌさん)
「事を行なう時に、いつから始めようかなどと考えている時は、
 すでに遅れをとっているのです。」(ラクシュミーさん) 
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201111070000/



やるかやらないか2.jpg






Last updated  2016.12.15 10:33:19
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2016.12.10
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「自分が幸福であることを知らない。
 それを不幸というのです。」



「幸せ」は、何かがたくさんあるから幸せ、
というものではないと思うのです。


「幸せ」は、追いかけるようなものでもないと思うのです。


今の自分が置かれている環境や状況の中に、
「幸せ」を見出させて頂くことができる。。。
小さなことにも大きな「幸せ」を感じることができる。。。


そういう豊かでゆとりのある大きな心があること。。。
そしてそのような心で生かさせて頂けることが
「幸せ」なのだと思うのです。



私たちは、魂の修正や成長をさせて頂く為に、
地上という修行の場に生を与えて頂き、
「生かさせて頂いている存在」だと思うのですが、
「生かさせて頂いている」ことそのものが、
既に「幸せ」なことだと思うのです。


それにもかかわらず、
その「幸せ」から目を背けたり、
その「幸せ」を忘れたり、
その「幸せ」に気付くことができずに、
不平不満、愚痴、怒り、嫉妬などを生み出し、
「自分は不幸だ」
と思い込んでしまうことがある私たち。。。


それは「不幸」なのではなく、
「幸せ」から目を背け、忘れ、気付けないことを理由に、
不平不満、愚痴、怒り、嫉妬を生み出すような心のあり方が、
「自分を不幸」にさせているだけだと思うのです。


「不幸」と感じることがあるのであれば、
「幸せ」を見つける努力をさせて頂けば良いと思うのです。


「幸せになりたい。。。」と言いながら、
「自分は不幸だ」という不幸自慢ばかり。。。
それでは「幸せ」になりようがないどころか、
自ら「幸せ」を拒み、遠ざけているようなものだと思うのです。

 (表現を変えさせて頂くと、不幸であることが幸せ。。。
  劇のヒロインやヒーローであることが幸せ。。。
  ということでもあると思うのです。)



不平不満や愚痴を言う前に、
恵まれていることに目を向けて、
感謝させて頂くことが大切だと思うのです。


怒りや嫉妬を生み出す前に、
自分と他者を比べることを止め、
「自分らしく」生かさせて頂けば良いと思うのです。


自分が恵まれている(幸せである)ことが、
分からないこと。。。気付けないこと。。。
それが「不幸」なのだと思うのです。


裏を変えさせて頂くと、
自分が如何に恵まれているか(幸せであるか)を感じ、
日々、それに感謝させて頂きながら生かさせて頂けることこそ、
「幸せ」なのだと思うのです。


意味も無く自分と他者を比べ、
「自分らしく」生きることを自ら拒否していること。。。
それが「不幸」なのだと思うのです。


裏を変えさせて頂くと、
他者の目を気にせず、自分を信じ、
「自分らしく」生かさせて頂くことこそ、
「幸せ」なことなのだと思うのです。



「幸せ」は、決して隠されているものではなく、
前もって、そこここに散りばめられているのだと思うのです。


私たちは、誕生したその時から「幸せ」という環境の中で、
生かさせて頂いているということだと思うのです。


その「幸せ」という環境の中にいるにもかかわらず、
「不幸」を感じるということは、その「不幸」は、
自らが(私たちが)生み出している、ということなのだと思うのです


そこここに散りばめられている
「幸せ」を如何に多く見つけ出させて頂くか。。。
「幸せ」を見つけることができる心を育ませて頂くか。。。


「幸せ」は、自分の心のあり方1つで、
大きく変わるものだと思うのです。


それまで「幸せ」を感じることができなかった境遇についても、
心のあり方などがほんの少し変わるだけで、
「幸せ」を感じることができるようになったりするものだと思うのです。


朝、当たり前のように目覚めることができたこと。。。
日々、当たり前のように生かさせて頂いていること。。。
実は、とても「幸せ」なことだと思うのです。


家族がいる幸せ。。。
元気で健康に過ごせる幸せ。。。
挨拶する相手がいる幸せ。。。
お話をする相手がいる幸せ。。。
一緒に食事をする相手がいる幸せ。。。
共に仕事をする相手がいる幸せ。。。
一緒に生活する相手がいる幸せ。。。
一緒に遊ぶ相手がいる幸せ。。。
共に喜び、共に悲しむ相手がいる幸せ。。。
病を通じて健康の大切さを教えて頂く幸せ。。。
晴天や夜空を見上げて美しいと感じる幸せ。。。
道端に咲く小さなお花さんを観て幸せを感じる幸せ。。。
鳥さんのさえずりや、虫さんの音を聞いて感じる幸せ。。。
深呼吸をした時の空気の美味しさに幸せを感じる幸せ。。。
などなど


日々、それが当たり前になってしまっているからこそ、
その当たり前が如何に幸せなことかに気づけなくなってしまっている、
ということがたくさんあると思うのです。
 (もしかしたら、殆どのことがそうかもしれません。。。)


日々、当たり前になっている1つ1つのことも、
実は、1つ1つの「幸せ」なのだと思うのです。


日々、「当たり前」になっていることの中にも、
それが「当たり前」でなくなった時に感じるであろう、
「当たり前」であったことの「幸せ」が沢山あると思うのです。


「幸せ」は、いつも自分の身近にたくさんある。。。
そういうことだと思うのです。


そういう身近なところに沢山ある「幸せ」を
見い出させて頂くことができるような
大きな心、豊かな心を育ませて頂きたいものですね。



「幸せ」は、自分が感じるもの故に、
自分の心の中にあるものだと思うのです。


その自分の心の中にある「幸せ」を
自分で見出させて頂くことができたとき、
「本当の幸せ」という計り知れない大きな愛で包まれ、
心が満たされ、 「生かさせて頂いている」ことに
喜びや幸せを感じるのだと思うのです。


自分が自分であれること。。。
自分が一人ぼっちではなく、
「全て=1つ(宇宙即我)」であること。。。


心の安らぎや幸せを自分の内にある
宇宙に見い出させて頂きたいものですね。


私たちは、
 「幸せになる為に、この世に生まれてきている。。。」
そのことを忘れてはならないと思うのです。

----

「真の幸せ」。。。


それは、私たちがこの世的なものごとの見方で、
日頃考えているような「幸せ」とは異なると思うのです。


魂の修正や成長をさせて頂くことを目的として、
その修行の場であるこの世に生まれる機会を
与えて頂いている私たちにとっての「幸せ」は、
魂の修正や成長をさせて頂くことこそ、
「幸せ」なのだと思うのです。


その「幸せ(魂の修正や成長)」は、
人様のお役に立つことをさせて頂いたり、
人様にお喜び頂けることをさせて頂くことを通じて、
実現させて頂くことができるのだと思うのです。


人様のお役に立つことや、
人様にお喜び頂けることをさせて頂く、
といっても、そこに下心があったり、
何らかの見返りを求めているような
良心に背いているような心や、
自分さえ良ければそれで良い、という
利己心が見え隠れしていては、
魂の修正や成長という「真の幸せ」を
感じることはできないと思うのです。 


しかしながら、この世的なものごとの見方で、
日頃考えているような「幸せ」を享受することは
できると思うのです。


人様のお役に立つことや、
人様にお喜び頂けることが、
表面的な見せ掛けであり、
その実態は、人様の心を弄び、
人様を騙すことから得ている
この世的な「幸せ」。。。


それはこの世だけで通じる「見せ掛けの幸せ」であり、
それを「幸せ」と感じているのは、欲に翻弄され、
欲に支配され、過剰な欲によって穢れてしまった
私たちの悪しき心なのだと思うのですが、それは、
私たちの魂が喜ぶ「真の幸せ」ではないと思うのです。


私たちの魂が喜ぶ「真の幸せ」は、
私たちの心の中に潜む悪しき心、穢れた心や、
それらによって自ら生み出してしまった業を、
良心に従って生かさせて頂きながら、
反省すべきを素直に反省させて頂くことを通じて、
自分の心を磨かせて頂くことにあると思うのです。


そのように生かさせて頂くことによって、
心が磨かれ、美しい心、良い心が育まれ、
「真の幸せ」を感じることができるようになるのだと思うのです。


だからこそ、天から授かった
「何が正しいかその全てを知っている良心」に、
いつも素直に従って生かさせて頂きたいものですね。



源光


お花さん風景さん305.jpg


「自分は生きているのではなく、
「生かされている」という事実に気づきましょう。
 本当の幸せは、あなたの心の中にあるのです。
 幸せを追いかける人はいつまでも幸せになれず、
 今、呼吸をしている幸せに気づく人が、
 本当に幸せになれるのです。
 まずは、生かされていることに感謝しましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401020002/


「人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、
 生きているということを実感することもできないのです。
 生きている。。。ただそれだけで幸せなのです。
 足ることを知って今日も朗らかに生きていきましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201509150000/


「幸せが見つからないという人は、
 見つけようとする努力を怠っている人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201510160000/


「幸せは足下に生える雑草や朝日にきらめく花の露と同様、
 無数にあるのです。今日も思い煩うこともなし。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409210000/ 


「花は咲く場所を選びません。。
 あなたの歩む道にも咲いています。
 路肩に咲いている名も無い花に語りかけて下さい。
 生きる意味を教えてくれることでしょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403070000/


「誰も見る人もいないのに美しく咲く花。。。
 人もそうありたいものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201603060000/


「人は足下に転がっている幸運は見過ごして、
 手の届かないようなものばかり追い求めるものです。
 幸運はあなたの足下に今もあります。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201507170000/


「不幸になっていく人は、自分の喜びばかりを考えているのです。
 人を喜ばせることを考えて生きていきましょう。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201207180000/


「不安、不自由、不足や不満の種は尽きませんが、
 恵まれていることは忘れていませんか?
 心が不安や不満でいっぱいになったら、
 不平不満、不安,不自由から心を放して、
 恵まれていることに感謝しましょう。
 そうすれば、あなたを悩ませている問題は、
 霧がはれるように少しずつ消えていきます。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312210001/


「人は遠くへばかり行こうとするのです。
 ただ幸福の迎え方を学べばよいのです。。
 幸福はいつも目の前にあり、逃げることはないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408140001/


「幸せも不幸も自分が招き入れたものです。
 勝手に来たのではありません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204060000/


「小さな幸福を見つけたら、それをみんなに教えてあげましょう。
 そうしたら、もう少し大きな幸福が見つかります。
 同じことを繰り返すことですよ。
 あなたと家族は最高の幸福に包まれることでしょう。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201203040000/


「自分自身を幸福だと思わない人は、
 決して幸福になれないのです。
 つまり自分は幸運だと思って生きればよいのです。
 しかし人から見ると、
 「なんで苦労ばかりしているあの人が幸運なんだろう??」
 と不思議に思われるはずです。。
 しかし数年経てば。。その結果は歴然です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408060001/


「もしあなたが、不運な状態にあるのなら、
 それはあなたがそうなるように仕向けた結果です。
 あなたが幸運に恵まれているのなら、
 それもあなたがそうなるように仕向けた結果です。
 天は、全てを知っていますから、
 自らを律して、良心に恥じない自分であり続けましょう。
 開運の鍵はあなたの目の前にあります。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201305020000/


「幸せの基準が他人に尊敬されたり、認められたり、
 地位や収入を求めたり、異性にもてたり、
 快楽を求めたりするところにある人は、
 たとえそれが手に入っても心の底から幸せを味わうことはできません。。
 幸せの基準は、もっと自分の魂が喜ぶ、
 心豊かなところにもちましょう。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407230001/


「愚者の楽園は、快楽に溢れ魅力的ですが、
 誘われても決して入り込んではいけません。
 本当の楽園は、身を律した世界の中にあるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201601170000/


「偽物の幸福は快楽を与え、醜悪と高慢を供えますが、
 本物の幸福は歓喜を与えて、智慧と慈悲を具えるのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206110000/


「不平不満ばかり言う人や、人のあら探しが好きな人と一緒にいると、
 自分もそういうレベルの人になって、望みもしない不幸を背負うことになりますから、
 こういう人とは距離を置くことですよ。
 幸福そうな顔をした人や、成長し人生を楽しむことに
 関心を抱いている人に囲まれているようにすれば、
 自然に幸せと、生き甲斐が手に入るのです。
 幸せと、生き甲斐を手に入れた人は、不平不満ばかり言う人、人のあら探しが好きな人に
 自分の経験から獲得した、「幸せになる法則」を話してあげてください。
 自分が出来て初めて人の心を救うことが出来るのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201402270000/



輪廻転生6.jpg


あなたの幸せを願っています♪.jpg






Last updated  2016.12.14 10:17:40
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2016.12.09
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「過去の記憶は
 現在の自分に喜びを与えるときにのみ、
 思い出せばよいのです。
 その他は全部、封印してしまうことですよ。
 使うときが来る日まで。」

「過去の記憶が喜びを与えるときにのみ、
 過去について思いを馳せてください。
 反省の済んだ過去をぶり返さなくていいのです。」



過去の記憶。。。
 嬉しかったこと。。。
 楽しかったこと。。。
 幸せだったこと。。。
 感動したこと。。。
 苦しかったこと。。。
 辛かったこと。。。
 悲しかったこと。。。
 後悔したこと。。。
など色々あると思うのです。


過去の記憶は、
「今」の自分の心のあり方や感情によって、
その取り扱われ方が大きく変わると思うのです。

----

嬉しかったこと。。。
楽しかったこと。。。
幸せだったこと。。。
感動したこと。。。を思い出し、
それを「今」を明るく、元気に、笑顔で
生かさせて頂く為の原動力にして、
「今」を前向き、積極的、肯定的、楽観的に
生かさせて頂くことはとても素敵だと思うのです。


「今」の自分が嬉しくなったり、楽しくなったり、
幸せになったりするような過去の記憶を思い出すことは、
「今」の自分を明るく元気に、笑顔にさせるばかりではなく、
心を若く保たせて頂くことにもなると思うのです。


「今」や「未来」の自分を
明るく、元気に、笑顔にさせるような思い出は、
どんどん思い出させて頂いて、
「今」や「未来」が笑顔一杯で楽しく、幸せになるように
過ごさせて頂けば良いと思うのです。

----

苦しかったこと。。。
辛かったこと。。。
悲しかったこと。。。
後悔したこと。。。を思い出し、
それにフォーカスしてしまうと、
今を生かさせて頂く為のエネルギーを、
過去の思い出に吸い取られてしまい、
「今」を暗く、陰鬱に、顔を俯けさせ、
「今」を後向き、消極的、否定的、悲観的に
過ごすようになってしまうと思うのです。


「今」の自分が苦しくなったり、辛くなったり、
悲しくなったりするような過去の記憶を思い出すことは、
「今」の自分を苦しめ、辛い思いをさせ、悲しませるばかりではなく、
心の老いを齎すことにもなると思うのです。


過去のことは過去のこと。。。


「今」や「未来」の自分を
暗く、陰鬱に、顔を俯けさせるような思い出は、
わざわざ思い出す必要はないと思うのです。


「過去」の辛く苦しい思い出を、
「今」の自分の心の中で再燃させることは、
「過去」の辛く苦しい思い出に、
「今」再燃させた辛く苦しい思いを
上塗りするようなものだと思うのです。

 (もともとは「1」だった辛く苦しい思い出を、
  思い出しては、暗く、陰鬱に、顔を俯ける度に
  「2」や「3」と、幾重にも積んでしまう、
  ということになると思うのです。)
 

更には、
与えて頂いたばかりの真っ新な「今」というキャンバスや、
これから与えて頂くであろう真っ新な「未来」というキャンバスをも、
「過去」の辛く苦しい思い出で塗り潰してしまう、
ということになると思うのです。


「過去」の経験や思い出がどのようなものであろうと、
「今」や「未来」という真っ新なキャンバスを、
「過去」の辛く苦しい思い出で塗り潰す必要はないと思うのです。


裏を変えさせて頂くと、
「過去」の辛く苦しい思い出を真っ新にして、(リセットして)
笑顔一杯の素晴らしい思い出を育ませて頂けるような
新しい人生を自ら描かせて頂く為に、
真っ新なキャンバスを与え続けて頂いている、
ということでもあると思うのです。

----

時に、
「過去」の自分と「今」の自分を比較することがあると思うのです。


「過去に比べると、今の方がずっと幸せ♬」
という方もいれば。。。


「今よりも、過去の方がずっと幸せだった。。。
 どうしてこんな風になったんだろう。。。」
という方も。。。


両者共、過去の記憶は色々あると思うのです。


過去の記憶も、今も、自分の心のあり方次第で、
大きく変わると思うのです。


「過去」がどのような「過去」であろうと、
その「過去」のお陰様あっての
「今」の自分であることに違いはないと思うのです。


それ故に、どのような過去の記憶をも
自分の人生というキャンバスを描く大切な思い出。。。
と受け留めることができるような大きく豊かな心を育ませて頂くと、
どのような過去の記憶も「宝物」になると思うのです。


自分の過去を「宝物」にしているからこそ、
「今」が「過去」より幸せなのだと思うのです。


反対に、
自分の人生というキャンバスに描かれた過去の記憶の内、
自分に都合の良いものだけを「宝物」とし、
自分に不都合なものは「ごみ」としてしまうことがあると思うのです。


どのような過去の記憶をも、「今」の自分を形作っている
一部であるにもかかわらず、それを「ごみ」としてしまうということは、
自分の一部を「ごみ」と言っているようなものだと思うのです。


自分の過去のみならず、自分自身をも「ごみ」にしているからこそ、
「今」が「過去」よりも不幸なのだと思うのです。


「今」と「過去」の自分を比べて、
自分自身を「ごみ」にしてしまうような過去の記憶は、
わざわざ思い出す必要はないと思うのです。


「今」と「過去」の自分を比べてしまうのは、
「今」の自分が満たされていないからだと思うのです。


「今」が満たされている人は、
「過去」よりも「未来」に思いを馳せると思うのです。

----

時の流れが、
辛く苦しい過去の記憶を洗い流してくれる。。。
辛く苦しい過去の見方を変えてくれる。。。
そういうことがあると思うのです。


辛く苦しい過去の記憶の元になった
辛く苦しい過去の経験が、時が流れた今になって、

 「あの経験があったからこそ、
  今の自分があるんだなぁ。。。

  あの時は、辛く苦しかったけど、
  それが自分の人生の大きな糧に
  なっていたんだなぁ。。。

  辛く苦しいことだったから、
  思い出す度にもっともっと辛く苦しくなった。。。
  だから思い出すことも止めた。。。

  でも、あの辛く苦しい経験のお陰様と
  思えるようになった今は、
  思い出しても辛くも苦しくもない。。。

  今になって見れば、あの時の自分に、
  なぜあのような経験が必要だったのかが、
  何となく分かるような気がする。。。

  あの経験を与えて頂いたことは、
  本当はとても有り難いことだったんだなぁ。。。

  随分長い時間がかかってしまったけど、
  辛く苦しい思い出が、良い思い出になるよう、
  時が解決してくれたこと、そしてあの経験に、
  今は心から感謝しています。」

という感じで、辛く苦しい過去の記憶をも、
自分の人生を構成する良き思い出の1つ、
として受け入れることができるような時が
訪れることもあると思うのです。


時が解決してくれるであろう辛く苦しい記憶は、
その時が来るまでは、わざわざ思い出すようなことはせず、
そっと記憶の片隅にしまって封印させて頂けば良いと思うのです。


封印したつもりでも、始めの内は、
直ぐに思い出してしまうこともあると思うのです。


そのような時は、
それを思い出すことができないくらいに、、
それを考えることができないくらいに、
他のことに打ち込ませて頂けば良いと思うのです。


そして、
次から次へとやってくる「今」や「未来」という真っ新なキャンバスを、
如何に、前向きに、積極的に、肯定的に、楽観的に描くか。。。
明るく、元気に、笑顔で、楽しく生かさせて頂くか。。。に、
自分の想念や思考、エネルギーを注がせて頂きながら、
「今」この瞬間を生かさせて頂きたいものですね。



源光


星の動き1.jpg


「明日を生き抜くために必要なものだけを残して、
 あらゆる過去を清算してください。
 未来は、あなたの思いのままです。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201405030000/ 


「過去は過ぎ去った時間です。
 未来には無限の可能性があります。
 未来を開くのは自分です。
 それを知っているつもりでも、過去にとらわれ、
 未来を限定して考えている人も多いのです。」(ラクシュミーさん)
  http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311230000/


「生きていれば、どうにもならないことにも遭遇する。
 汝は、それを解決しようと考えるよりも、
 忘れ去ることが幸福に繋がる。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201201070000/


「過去の体験を「宝物」にするも、「ごみ」にするも
 自分自身の「心」次第ですね。
 みんな悩んで大きくなっていくのです。」 (ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201209170000/


「過ぎ去った過去にとらわれず、現在をいかによくするか。
 今を生きることです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501160000/


「あなたが過去の間違いを悔いてばかりいたり、
 未来のことを心配ばかりしていると、
 この二つは合体して、あなたから活力、洞察力、健康、
 そして心の平安を奪うウイルスに変身してしまうのです。
 過去は過去。。。過ぎ去ったことです。
 未来は、あなたが笑顔を忘れない限り、
 絶対に今よりも良くなるのですから、心配しなくていいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201412220000/


「失業、失恋、いじめや哀しみ、辛かったことなど
 過去を振り返る作業はやめて、
 これからの行動に対してエネルギーを注ぎましょう。
 過去に束縛されていると、
 また別れや哀しみと出逢い、辛い経験を繰り返すからです。
 未来には幸せの出逢いが待っているのですから、
 過去を忘れて明るく笑顔で過ごすことですよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401080002/


「遭遇した苦難の最もよい面に目を向ける習慣を身に付けましょう。
 実は、失敗のようで成功。。苦難のようで、長い目でみるとラッキー。。
 世の中の仕組みはこういうことなのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409210001/


「辛く悲しい時には、無理に紛らそうとせず、
 自然に気持が落ち着くまで、思い切り悲しんだ方がいいのです。
 あなたよりもっと辛く悲しい時代を乗り越えて、
 今を明るく元気に生きている人もいますよ。
 思い切り悲しんだ後に、あなたも大いなる光に到達してくださいね。
 真実の光に。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312020000/ 


「大いなる喜びに、大いなる悲しみが先立つのですから、
 どんなに辛くとも、大いなる悲しみを乗り越えなければなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206150000/


「禍福は、コインの裏表ですよ。
 苦難が大きければ大きいほど、大きな幸せが隠れているのですから、
 哀しまないことです。笑顔でコインをひっくり返しましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310110000/


「苦しみを恐れると、恐れた分だけ、苦しみが増えるのです。
 悲しみを恐れると、恐れた分だけ、哀しみが増えるのです。
 消えていくものを恐れる必要はありません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201207150000/


「逆境の時に前向きな言葉を話す。
 辛く悲しい時に笑うことは難しいのですが、それでもそうしなければなりません。
 笑よく業を制す。からです。」(女神経典)
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不思議な時計.jpg







Last updated  2016.12.13 10:36:25
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2016.12.08
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「生きていく上で最も大切なこと。。。
 それは自分は恥をかいても、
 人生で触れ合う誰にも
 恥ずかしい思いをさせないことです。」



【恥ずかしい思いをさせられた立場にある時】


他者によって、
自分が恥ずかしい思いをさせられる。。。
とても嫌なことだと思うのです。


嫌な感情と同時に、
自分に恥ずかしい思いをさせたその他者について、
 「こういう人と友人・知人と思われることこそ恥ずかしい。。。
  この人とは距離を置いて、疎遠になろう。。。」
 「この人は、信用・信頼できない。。。許せない。。。
  しかし、怒る価値もない。。。絶交しよう。。。」
などのように感じてしまうと思うのです。


時に、
 「恥ずかしい思いをさせられたから、
  恥ずかしい思いをさせてやる!」
などと思い、仕返しをしたくなることもあるものですが、
自分がされて嫌だったことは、
例え、仕返しであったとしても、
しない方が良いと思うのです。


なぜなら、因果応報の法則が働くからです。


自分が嫌がることをされたから、
人様が嫌がることをする。。。
人様が嫌がることをすれば、
自分が嫌がることをされることに。。。


いたちごっこの様なこの因果応報から解放される為には、
例え、自分が嫌がることをされたとしても、
否、自分が嫌がるようなことをされたからこそ、
人様の気持ちを良く考えて、
人様が嫌がるようなことはしない、
ようにさせて頂くことにあると思うのです。


自分がされて嫌だったことは、
それを教訓にして、人様にはしない。。。


自分がされて嬉しかったことは、
相手に押し付けたり、無理強いすることなく、
ただただお喜び頂けたらという気持ちで、
人様にもさせて頂く。。。


人様と接するときは、そういう心持ちを
大切にさせて頂きたいものですね。

----

【恥ずかしい思いをさせた立場にある時】


例え、
悪気がなかったとしても、
冗談のつもりであったとしても、
その相手が、
 「恥ずかしい思いをした」
と感じてしまったのであれば、

人様に恥ずかしい思いをさせた、
ことに違いはないと思うのです。


その代償は大きいと思うのです。
 相手の信用、信頼を失う。。。
 他者の信用、信頼を失う。。。
 相手にされず、疎遠になる。。。
 人脈を失う。。。
 相手からの怒りや恨みを買う。。。
 復讐、報復、仕返しをされる。。。
など色々あると思うのです。

 (Bさんに恥ずかしい思いをさせているAさん。。。
  その様子を見ていた第三者は、
  「Aさんは、人様に恥をかかせる人なんだなぁ。。。
  かかわると、自分も恥をかかされるかもしれない。。。
   Aさんには自分のことを話すのは止めよう。。。
   自分の友人知人にも迷惑が及ぶかもしれないから、
   Aさんに人様のことを聞かれても何も言わないようにしよう。」
  などのように思い、Aさんを敬遠してしまうと思うのです。)


その相手が、
気心知れた人様であろうと、誰であろうと、
 話題にされたくないこと。。。
 触れられたくないこと。。。
 他人に話されたくないこと。。。
 公にされたくないこと。。。
が多かれ少なかれあると思うのです。
 (自分にもそういうことがあると思うのです。)


そのようなことを、本人を目の前にして、
第三者、他者の前で話題にし、触れてしまえば、
その場で恥ずかしい思いをさせることに。。。


そのようなことを、本人のいないところで、
第三者、他者に話し、公にすれば、
その話が巡り巡って、いつか本人の耳に入り、
恥ずかしい思いをさせ、傷つき、苦しませることに。。。


「人様に恥ずかしい思いをさせる」とは、そういう
人様の立場になって考えることができない
「人様を思い遣る心の欠如」にあると思うのです。


人様に恥ずかしい思いをさせることは、
人様に恥ずかしい思いをさせてしまう自分を
自ら露呈しているが故に、結局のところ、その代償を背負うと共に
自分が恥ずかしい思いをすることになると思うのです。



親しき仲にも礼儀あり。。。


親しき仲だからこそ、礼儀を大切に。。。
ということだと思うのですが、
相手が親しき仲であろうとなかろうと、
心ある人間同士故に、礼儀礼節を弁え、
相手を思い遣る心をもって接するよう
心掛けさせて頂くことが大切だと思うのです。


どんなにか心掛けさせて頂いていても、
一人一人の価値観や尺度が異なるが故に、
時には、人様に恥ずかしい思いをさせてしまったり、
人様を傷つけ、苦しめてしまうこともあるものだと思うのです。


そのような不完全な私たちだからこそ、
 人様に恥ずかしい思いをさせることのないように。。。
 人様を傷つけ、苦しめてしまうことのないように。。。
相手を思い遣る愛ある心を育み、礼儀礼節を弁えさせて頂き、
自分に恥じることのないように生かさせて頂きたいものですね。



源光


心に愛03.png


「最も優れた人脈を持っている人は、
 誰にも恥ずかしい思いをさせない人です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408170001/


「言葉で人を教導するものは、自身もその様に行動せねばならぬ。
 自分が出来ないことを、人に教えてはならない。
 恥を晒してこそ人は、救われる。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201109260000/


「自分の言動に責任を持つことです。
 その責任の下に、本当の幸せと喜びが
 横たわっているのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201502100000/


「世間や社会にではなく、良心に従って
 自分に恥ずかしくないように生きることです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201412160001/


「言葉には魂が宿っています。心して話しましょう。
 愛も勇気も希望も夢も、全て言葉の中に宿っているのですから、
 美しい言葉を話すことですよ。。
 邪悪な言葉を慎むことです。邪悪な言葉は不幸を呼ぶのです。
 鳥や虫たちの歌声がいつも同じ調子にしか聞こえてこないというのは、
 無頓着な人間の粗雑な耳だけです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201305140001/


「言葉が堕落するので、精神が混沌とするのです。
 まず、妬み、嫉み、恨み、ツラミ、足ることを知らない欲望、
 怒りから発する、汚い罵り言葉を改め、
 綺麗な思いやり言葉を話すことから始めるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407090001/ 


「天は人間に言葉を与えました。
 言葉は、触れ合う人を喜ばせることも、
 生きる勇気を与えることも、できますが、
 辛い思いをさせることも、哀しませることもできます。
 誤解されそうなことは、先に話しておきましょう。
 言う必要もなく、相手を不快にさせるだけの事なら、
 黙っていましょう。
 人の悩みに耳を傾けましょう。。
 どのような人とも心と心で言葉を通じ合わせましょう。
 辛い時も哀しい時も、愛の人でありましょう。
 心温まる言葉を話す人でありましょう。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311040000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311050000/


「人間の発する言葉は、そのまま心が表れます。。
 相手が平和と幸せのうちに聞けるよう言葉を選び、
 話さなければならないのです。
 人の心を掴む人は、美しい言葉を話すものなのです。
 しかし、人を騙すための、口当たりの良い言葉は、劇薬です。
 善を装った悪の砲門は断固、粉砕しなければなりません。
 間違った思想家、政治家ほど演説が上手なものなのです。
 良心に恥じない「百発百中の砲一門」になりましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201301160000/


「人が発する言葉にはそのまま心が表れます。
 相手が、平和と幸せのうちに聞けるよう言葉を選び、
 話さなければなりません。 
 重大なことを話す時は、相手と自分を、第三者の目で観て
 十分に言葉を選び、何度も練習してから話すようにしましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201402180000/


「人から笑われようとバカにされようと、
 自信を持って堂々としていればいいのです。
 あなたが堂々としていると、あなたをバカにして
 笑っていた人も恥ずかしくなって、
 むしろ尊敬の念を持ってあなたに接してきます。
 自分を卑下しているから、人にも軽視されるようになるのです。
 あなたの素晴らしさ。天は全てを知っていますよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312040002/


「自分で選んだ道ならば、
 堂々と胸を張って生きていけばよいのです。
 他人にとやかく言われる筋合いではありません。
 ただ泣き言は止めなさい。見苦しい限りです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501010000/



見守る1.jpg






Last updated  2016.12.13 10:37:21
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2016.12.07
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「人生に必要なのは、
 素晴らしい思い出と精神的な豊かさ。。。
 それ以外は、おまけのようなものです。」

「人生の宝物は、素晴らしい思い出と
 精神的な豊かさと健康です。
 お金や財産、名声、権力ではありません。」



私たちは「幸せ」になる為に
生まれる機会を与えて頂いているのだと思うのです。


「幸せ」になる為には、
どうすれば良いのか。。。
何をすれば良いのか。。。


私たちの本質である魂にとっての「幸せ」は、
地上という修行の場において魂を磨かせて頂き、
心を美しくさせて頂くことにあると思うのです。


もともと心が美しければ、
修行の必要もないのかもしれませんが、
不完全で至らない点のある私たちは、
自ら犯した過ちや間違いを反省し、
修正させて頂く必要があると思うのです。


自分一人で生かさせて頂いているわけではない私たち故に、
自ら犯した過ちや間違いは、自分では気づいていなくても、
他者を傷つけたり、苦しめたり、悩ませたりしてしまっていることが
多々あると思うのです。


その他者の気持ちを知る為に、因果応報の法則で、
自分が 他者にしたことを、他者に自分がされることを通じて、
反省心を養い、素直に反省させて頂く。。。
他者のお役に立つことをさせて頂き、修正させて頂く。。。
ことが必要にになるのだと思うのです。


それ故に、
辛く苦しい試練や苦難を経験させて頂くことがあると思うのです。


その時に、
「なぜ自分ばかりがこんな目に合うんだ!」
と不平不満、愚痴を言い、怒りや嫉妬心を生み、
被害妄想を抱くなど、感情に左右されながら生き続けてしまうと、
折角与えて頂いた「幸せ」になる為の人生は、
不平不満、愚痴、怒りだらけの辛く苦しい不満足な思い出と、
被害妄想を頂くような視野が狭く、小さく、乏しい精神性、
更に、自らのその心のあり方が招く心身の不健康など、
不本意な結果を「自ら」生み出してしまうと思うのです。


反対に、
 「自分に与えて頂いている試練や苦難は、
  自分の反省すべき点を見つける為。。。
  反省すべきを素直に反省させて頂く為。。。
  過去の過ちや間違いを正させて頂く為。。。
  心を磨いて成長させて頂く為。。。
  全て自分の為に与えて頂いているんだ!
  だから、試練や苦難から逃げずに向かい合って、
  試練や感謝を与えて頂いていることに感謝させて頂こう。
  そして、乗り越えて行こう!」
という感じで、
 不平不満、愚痴を言わない。。。
 怒りや嫉妬心を生まない。。。
 被害妄想 を抱かない。。。
 自分を欺かず、騙さず、偽らず、裏切らない。。。
 感情的になっても、直ぐに冷静さを取り戻せるような平常心を養う。。。
 試練や苦難に左右されず、それらが生じている理由を
 俯瞰できるような客観性を養う。。。
 自分を信じ、誠実に、真面目に、良心に従って生かさせて頂く。。。
からこそ、試練や苦難を乗り越えさせて頂くことができるのだと思うのです。


試練や苦難を乗り越えさせて頂くことができたからこそ、
 「あの試練や苦難があったからこそ、今の自分があるんだ。。。
  その試練や苦難があったからこそ、人様の立場になって、
  人様を思い遣ることの大切さを学ばせて頂いた。。。
  人様のお役に立つことや、人様を喜ば せることが、
  自分の心を満たし、自分を幸せにするということを知った。。。
  あの時は、辛く苦しかったけど、良心に従って、
  頑張って乗り越えようと努力してきて良かった。。。
  今になって見れば、掛け替えのない素晴らしい思い出だ。。。
  この試練や苦難無くして、今生の人生は語れない。。。
  広く大きな視野でものごとを見ることができる
  精神的豊かさを得ることができたお陰様で、
  感情に左右されず、些細なことが気にならなくなった分、
  今を生かさせて頂いていることが楽しくなった。。。
  いつも心穏やかに過ごすことができ、身体を、そして自分を
  大切にするようになって、心身が健康になった。。。」
などのように素直に思うことができるのだと思うのです。



お金さんや財産が沢山あれば、
多くのことができると思うのですが、
お金さんや財産で素晴らしい思い出や精神的豊かさ、
心身の健康を買うことはできないと思うのです。

 (名声も権力も同じだと思うのです。
  それが「かたちあるもの」であろうと、「かたちなきもの」であろうと、
  地上だけで通じるようなものは全て同じだと思うのです。)


むしろ、お金さんや財産が沢山あることで、
 それらに執着し、生きる目的がそれらになってしまう。。。
 それらを失ったり、誰かに狙われているのではないか、
 などと不安や心配に苛まれてしまう。。。
 お金さんや財産以外は信用できなくなってしまう。。。
ということがあると思うのです。


お金さんや財産に振り回されてしまっては、
どんなにかお金さんや財産があっても、
生きていることに喜びや幸せを感じられなく
なってしまうと思うのです。


それでは、素晴らしい思い出も育めず、
精神的豊かさどころか、精神を病んで、
心身が不健康になってしまうと思うのです。


反対 に、
お金さんが少なく、できることが少なくても、
「今を生かさせて頂いていること」に
喜びや幸せを感じる精神的豊かさを育ませて頂けば、
例え、平凡な毎日であったとしても、
その平凡さが素晴らしい思い出になり、
健康な精神状態、身体で日々を過ごさせて頂けることで、
心が満たされ、人生を謳歌させて頂くことができると思うのです。



そもそも、私たちが地上に生まれる時は、
肉体という乗り物だけを与えて頂いて、
何も纏わず、何も持たずに生まれて来ていることを考えれば、
天に帰還するときも同じようになるのが極自然だと思うのです。


お金さんや財産、名声、権力等の地上的なものは当然のこと、
肉体さえも持ちかえることができない死。。。


何も纏わず、何も持たず。。。
私たちの本質の姿である魂(心)だけが、
天に帰還させて頂く。。。


人生において大切なのは、お金さんや財産、名声、権力、
地位、肩書き、名誉などをどれだけ手中に収め、
どれだけ多く残すことができるかなどの「結果」にあるのではなく、
誕生から死に至るまでの人生の「過程」を、
どのような心のあり方で、どのように生きたか、にあると思うのです。


私たちの魂(心)が天に帰還させて頂くときに
持ち還らせて頂くことができるのは、
地上において与えて頂いた様々な経験と、
その経験から得られた学び、気付き、
そして、その経験に対して抱いた思い出など、
心に刻むことができるものだけだと思うのです。


素晴らしい思い出を心に刻ませて頂いて、
天に帰還させて頂きたいと思うのであれば、
修行の場である地上における人生を
豊かなものにできるように、
「生かさせて頂いていること」に心から感謝させて頂く心。。。
「生かさせて頂いていること」に喜びや幸せを感じる心。。。
を育ませて頂くことが大切だと思うのです。


そう いう心を育まれて頂けば、育ませて頂くほど、
 素晴らしい思い出がどんどん築かれる。。。
 精神的な豊かさが大きく広がる。。。
 心身の健康を維持できる。。。
のだと思うのです。


裏を変えさせて頂くと、
そういう心が育まれていなければ、
 素晴らしい思い出が築けない。。。
 精神的な豊かさを得られない。。。
 心身が不健康になる。。。
ということだと思うのです。


もし、今の自分が、
 素晴らしい思い出が築けない。。。
 精神的な豊かさを得られない。。。
 心身が不健康。。。
なのであれば、
「生かさせて頂いていること」に心から感謝させて頂く心。。。
「生かさせて頂いていること」に喜びや幸せを感じる心。。。
を育ませて頂けるよう、心を磨かせて頂けば、
 素晴らしい思い出がどんどん築かれる。。。
 精神的な豊かさが大きく広がる。。。
 心身の健康を維持できる。。。
自分になっていくのだと思うのです。


それは、いつ始めても遅い。。。
ということはないと思うのです。
自分の心のあり方の問題故に、
始めたその瞬間から、着々と
 素晴らしい思い出がどんどん築かれる。。。
 精神的な豊かさが大きく広がる。。。
 心身の健康を維持できる。。。
自分になっていくのだと思うのです。



源光


幸福感03.jpg


父と子.jpg


母と子.jpg


「名誉も、地位も、名声も、権力も、学歴も、
 収入、財産の多寡も、肉体も全てはこの世だけの預かり物。。。
 この世を去る時に全ては煙となって消滅します。
 持って還れるものは心だけです。
 心を磨くこと。。
 今世、もっとも大切な、あなたの修行です。
 この世に出た時よりも美しい心で還ってくること。
 それがあなたの最大の目標です。
 成功やお金儲けではありません。
 太古の昔、人に貧富の差は無く、
 お金すら存在せず、人は助け合い、
 いたわりあって生きていたのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201603170000/


「人間は、修行のために異郷に生まれて来たのです。
 生きることは心の故郷を異郷に実現させること。
 愛の心で生きること。。
 いつの日か心の故郷に、果たすべきことを果たして、
 喜びを胸に還ることです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408120000/ 


「生まれる前に決めていた自分のコースを
 自分のペースで歩むのが、最高の幸せの道なのですが、
 なぜか、人のコースが良いように見えたり、
 人のペースが早い様に見えて焦るのが人間です。
 人は人。。我は我。。コースはみんな違います。
 本来のコースを外れた人生を送って、
 名誉や地位や権力を手に入れたり、
 学歴や肩書、財産などがあっても一つも面白くない人生を
 歩んでいる人もいるのが世の中というものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312220000/


「自分は生きているのではなく、
 「生かされている」という事実に気づきましょう。
 本当の幸せは、あなたの心の中にあるのです。
 幸せを追いかける人はいつまでも幸せになれず、
 今、呼吸をしている幸せに気づく人が、
 本当に幸せになれるのです。
 まずは、生かされていることに感謝しましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401020002/


「人間として一番大切なのは、頭の良し悪しではなく、心の良し悪しです。
 幸せになるのも頭の良し悪しではなく、心の良し悪しです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201404100000/


「一生を終えて後に残るのは、
 あなたが集めたものではなくて、
 あなたが与えたものなのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201505190000/ 


「要は心が満たされればいいのです。
 収入や名誉や地位や名声、財産など、どうでもいいことです。
 現状がどうであれ、心が虚しいのであれば、
 大言壮語していてもやはり虚しい人生です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201412120000/


「幸せとは、よく笑い、楽しむこと。。
 それ以外は、おまけのようなものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312110001/


「人間として一番大切なのは、頭の良し悪しではなく、心の良し悪しです。
 幸せになるのも頭の良し悪しではなく、心の良し悪しです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201404100000/


「豊かさには、三等あります。。
 家の富、身の富、心の富の三等です。
 心の富が一等である事は言うまでもありません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204170000/


「この世の富貴は完全な幻です。。
 真実の富貴は天にあります。。
 心美しき人は心の大富豪。。
 降ろそうと思えば自在に富貴を降ろせます。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408050001/


「幸せの基準が他人に尊敬されたり、認められたり、
 地位や収入を求めたり、異性にもてたり、
 快楽を求めたりするところにある人は、
 たとえそれが手に入っても心の底から幸せを味わうことはできません。。
 幸せの基準は、もっと自分の魂が喜ぶ、心豊かなところにもちましょう。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407230001/


「今この瞬間のあなたの想い、そして生き方が、
 あなたの明日を形成していくのです。
 人生の紆余曲折、悟り間違いがなかったと
 断言できる人生を送った人は皆無ですが、
 この世を去る、その時。。
 「あゝいい人生だった。。思い残すことは無い。。」
 と思えるならば、それは最高の人生だったのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501240000/


「平凡な人生が、最高の人生です。
 虚飾や栄光、贅沢から遠く離れたとことにのみ、
 真実があります。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201610140000/


「心満ち足らぬ人は、分不相応な品や贅沢品を持ちたがるのです。
 心満ちた時、人は物に執着しなくなります。
 ですから、物に執着しないようにすれば、
 心満ち足りるわけです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201603010000/


「愛するもの、輝くものを持っている人は、
 心から幸せを感じて生きています。
 物質的高価な物や、名誉や地位や財産、肩書きなど
 他人がよいと思うものを持っているから幸せなのではありません。。
 あなたは愛するもの、輝くものを持っていますか?
 まだ手に入れていない人もいますが、
 それは、あなたの手の届くところに今もあります。。
 そっと手を差し伸べてください。。そして愛おしんでください。。
 あなたのために咲いた一輪の花を。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312050004/



心の大富豪.jpg






Last updated  2016.12.11 11:53:25
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2016.12.06
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「多くの人は、問題を回避するために
 より多くの時間とエネルギーを費やしているのです。
 解決するためにエネルギーは使うようにしてください。」



問題は、
自分の魂の修正や成長に繋がる必要なことだからこそ、
与えて頂いているものだと思うのです。


ただ無暗矢鱈と与えて頂いているものではなく、
天の無償の愛による偶然を装った必然で、
 その人にとって必要な問題を。。。
 その人にとって適切な時期に。。。
 その人にとって相応しい形で。。。
与えて頂いているのだと思うのです。


私たちの魂の修正や成長の為に与えて頂いている問題。。。
それはその問題を解決させて頂く為に与えて頂いているもので、
決して、回避する為に与えて頂いているものではないと思うのです。


それにもかかわらず、私たちは
自分勝手な自分基準のものごとの見方で、
 都合が良くないこと。。。
 やりたくないこと。。。
 したくないこと。。。
 目を背けたいこと。。。
などと感じたことについては、
何とかしてその問題を回避しよう。。。逃げよう。。。として弁解したり、
問題を無かったことにしよう。。。気付かなかったことにしよう。。。
などという思いを抱いてしまうことがあると思うのです。


時に、その抱いた思い通りに、
 回避することができた。。。
 逃げる事ができた。。。
 無かったことにすることができた。。。
 気づかなかったことにすることができた。。。
ということもあると思うのです。


しかしながら、
その問題を与えて頂いている理由は、
自分の魂の修正や成長の為。。。


裏を変えさせて頂くと、
自分の魂の修正や成長の為に、
解決しなければならない必要な問題。。。


その問題を解決しない限り、
魂の修正や成長に繋がらない。。。


その時こそは、
 問題を回避することができた!
 問題から逃げる事ができた!
と思っていても、
その問題は、
 解決しなければならない問題。。。
 乗り越えなければならない問題。。。
故に、
自ら解決し、乗り越えなければ、
何度でも同じような問題を与えて頂く、
ということになるだけなのだと思うのです。


つまり、与えて頂いている問題は、
決して逃げ切れるものではない、
のだと思うのです。


回避することができた!
逃げる事ができた!
と喜んでいても、それは単なるぬか喜びに過ぎず、
逃げ切れるものではないものから回避する為、逃げる為に、
更なる苦悩や苦労をすることになる。。。
その苦悩や苦労が無駄であることに気付くまで続く。。。
そういうことだと思うのです。



同じ労力であれば、
問題を回避する為に無駄に浪費するのではなく、
問題を解決する為に無駄なく活かした方が、
効率的で、前進すると思うのです。


決して逃げ切ることができない問題から
逃げる為、回避する為に労力を費やしても、
決して逃げ切れいないが故に、
無駄な労力を増やし続けるだけだと思うのです。


問題から目を背け、問題を回避、
問題から逃げる為に労力を浪費することは、
自分自身を貶めながら、魂の修正すべき点を増やす、
ということになると思うのです。


決して逃げ切ることができない問題なのであれば、
逃げずにその問題と向き合う。。。
そして、問題を解決する為に労力を活かす。。。


例え、直ぐに解決できなかったとしても、諦めることなく、
解決しようという前向き、積極的、肯定的な姿勢が、
問題解決への道を前進させていると思うのです。


そのような姿勢で問題を解決することができた時は、
その解決の為に活かし続けた労力を超える喜びに包まれるだけでなく、
自ら解決したという「経験」と「自信」という
エネルギーが自分を包むと思うのです。


その「自信」というエネルギーは、
新たな問題を解決する為の
原動力にもなっていくのだと思うのです。


問題と向き合い、問題を解決する為に労力を活かすことは、
自分自身を向上させながら、魂の修正や成長を促す、
ということなのだと思うのです。



問題を与えて頂いた時は「0」。。。
労力「1」をどのように使うか。。。
問題を回避する為に労力を浪費すれば「-1」に。。。
問題を解決する為に労力を活かせば「+1」に。。。


同じ労力「1」の使い方でも、その使い方が異なると、
その結果「2」の差を生み出していると思うのです。


それを繰り返していけば、
その差はどんどん大きくなってしまうと思うのです。


魂の修正や成長をさせて頂く為に、
地上という修行の場で生かさせて頂いている私たち。。。


修行の場で与えて頂いている問題は、
私たちの魂の修行の為に必要な問題故に、
回避するのではなく、解決することに
意識を向けさせて頂きたいものですね。


そうしなければ、
労力を無駄にしてしまうだけでなく、
人生そのものを無駄にしてしまいかねないと思うのです。


人生を有意義にさせて頂く為には、
問題を与えて頂けることに感謝させて頂き、
与えて頂いた問題と向き合い、
問題を解決する為の努力を楽しませて頂くくらいの
気持ちで過ごさせて頂くことが大切なのだと思うのです。


問題という扉を開ける(解決させる)鍵は、
その問題に対する自分の心のあり方に
あるのだと思うのです。



源光


幸運の鍵02.jpg


「苦しみや哀しみは、逃げたりせず、
 同化することで和らぎ、
 師とすることで、
 真実の世界、輝く世界への道が
 眼前に開けるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201608120000/


「人生は、ハプニングが起きたときに
 面白さが出るか、投げ出すか、自暴自棄になるかで
 全く違う結果になるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201605160000/


「同じ現象でも
 挑めばチャンス。。。
 逃げればピンチ。。。
 ただそれだけのことです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201505300000/


「過去を振り返りましょう。
 後悔するためではありませんよ。
 これからくよくよしないためです。
 「あのときはなんてばかなことをしたんだ」と思い出しましょう。
 そして「あのときはこうすればよかったんだ」という解決策を考えましょう。
 よりよい言葉、よりよい行動、よりよい考え方を、自分で発見するのです。
 次からそれを具体的に実行しましょう。
 頭の中だけで思うのではなく、必ず実行することが大切です。
 こうして以前、失敗したことも、成功するようになります。
 全てが好転していきます。
 欠点が長所となって輝き、理想的な人間へと修正されて
 素晴らしい人生となって行くのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312270000/


「世の中の役にたたないことを
 いくら努力しても意味がありません。
 ただ努力だけという人は、
 エネルギーを無駄にしているにすぎないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201412210000/


「一生懸命やりますとか、頑張りますでは、
 何をやってもうまくいかないのです。
 この仕事や勉強は何のためにしているのか。
 この仕事は、勉強はどういう結果に結びつくのか。
 それを考えながら、具体的に行動しなければいけないのです。」(ラクシュミーさん)
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「苦難に直面したら嫌々耐えるのではなく、
 現状を受け入れて、前向きに耐えるのです。
 人は誰でも、逆転のエネルギーが内在しているのですが、
 これを使わずに嘆いてばかり。。。
 もったいないことですよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312240000/



光が差し込む扉.jpg






Last updated  2016.12.09 13:39:55
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2016.12.05
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「真実は体験するもので、
 教わるものではないのです。」

「知識は、経験を超えるものではないのです。
 人生経験の深さは何物にも代え難いものです。」

「まだ見ぬ世界。。。
 人が生涯に知り得ることはほんのわずか。。。
 百聞は一見にしかず。。。
 まずは見ることから始めてください。」

「あなたには自分でも気付かない
 無限の可能性があります。
 視野を広げて、さらに大きな体験をしてください。」



人様から何かを教えて頂けることは、
とても有り難いことだと思うのです。


教えて頂いた側は、
教えて頂いたことについて、
 「自分は良く知っている。」
などと思い込んでしまうものですが、
それはただ耳で聞いたことを【覚えている】だけで、
その教えて頂いたことそのもの、
つまりその「真実」を【知っている】、
ということにはならないと思うのです。


教えて頂いた何かの真実を知る為には、
その何かを自ら体験させて頂く為の、
何らかの行動を起こさなければならないと思うのです。


自ら行動に起こし、自ら体験させて頂く。
それは、その「何か」に心身が直接触れること、
でもあると思うのです。


自分で「何か」を体験させて頂くと、
 「教えて頂いたことは、こういうことだったのか。」
 「教えて下さった人は、〇〇と仰られていたけど、
  自分は、◎◎のように感じるなぁ~。」
 「教えて頂いた通りだったなぁ。
  でも、実際に自分の目で見たり、肌で触れてみると、
  教わった時の想像をはるかに超えていたし、
  教わったこと以上に色々感じるものがあるなぁ~。」
 「教わった時も、興味深いことだったから感動したけど、
  (教わった時は、特に興味もなかったけど、)
  自分で体験すると、何倍も心に響くものがあるなぁ~。」
などと感じることがあると思うのです。


自分で体験させて頂くと、ただ教わるときよりも
何倍も得られるものが多いと思うのです。


教わることは、教えて下さる方が感じたことや、
教えて下さる方の主観、考え方なども添えられているものですが、
必ずしも、それらが自分の感じることや主観、考え方と
一致するとは限らないと思うのです。


だからこそ、
教えて頂いたことは鵜呑みにせず、
単なる「序章」的に捉えさせて頂き、
 「序章よりも先を知りたい!」
 「序章の中身をもっと知りたい!」
と感じた時は、自ら行動を起こさせて頂き、
自分の心身で体験させて頂くことが大切だと思うのです。


自分で体験させて頂くことを通じて、
 自分の心で何かを感じる。。。
 自分の肌で何かを感じる。。。
 自分の心の中で何かが躍る。。。
 感動を覚える。。。
ことこそ、その「何か」の
 真実を知る。。。
 真実に触れる。。。
ということなのだと思うのです。


百聞は一見に如かず。
聞いた千遍より見た一遍。
論より証拠。


と同じで、
同じことを何十回、何百回も教わるよりも、
自分の目や肌で一回体験させて頂いた方が確かで、
自分の感性で自分だけが感じられることも
多々あると思うのです。



体験は、学校の授業や教科書、様々な書籍などでは
決して得られるものではないと思うのです。


学校の授業や教科書、書籍などを通じて学ぶことも
とても素敵なことだと思うのですが、
自分で体験することに勝るものではないと思うのです。

 (経験を伴わずに、知識や理論ばかりで先走り、
 「知ったつもり」「分かったつもり」になるのは、
  ただの頭でっかちでしかないと思うのです。)


体験こそ、人生の宝物だと思うのです。


ただ、その体験を「宝物」とするか、「ごみ」としてしまうかは、
私たちの心のあり方次第なのだと思うのです。


折角、体験させて頂いたことは、
自分の人生の一部故に、「宝物」として
その後の自分の人生に活かさせて頂きたいものですね。


良くも良くなくも、
自らの体験は、自分の心に刻まれ、
今生の記憶として持ちかえらせて頂くことが
できるものなのだと思うのです。


消極的になって、
体験することから自分を遠ざけてしまうと、
「後悔」が心に刻まれてしまうと思うのです。


そのようなことになって、
自分で自分を苦しめることのないように、
 本当にやりたいこと。。。
 興味のあること。。。 
 探究したいこと。。。
 頑張りたいこと。。。
などは、良心に従って、
他者に迷惑をかけないように気を付けながら、
積極的に体験させて頂いた方が良いと思うのです。


体験そのものに大小はないと思うのです。
 (もし、体験そのものに大小があるとすれば、
  それは各々の価値基準に当てはめているに
  過ぎないと思うのです。) 


あるのは、
体験するか。。。しないか。。。
体験する為の行動を起こすか。。。起こさないか。。。
だと思うのです。


この差は、
心に刻まれるものが多いか、少ないか。。。
になると思うのです。


そもそも、
魂の修正や成長をさせて頂く為に、
地上という修行の場を与えて頂いている私たち。。。


裏を変えさせて頂くと、
地上でしか修行という「体験」ができない、
ということでもあると思うのです。


全てを「体験」したくても、
決して「体験し尽くす」ことができない。。。
されど、無限の可能性を秘めている。。。
それが「体験」だと思うのです。


地上でしかできない「体験」だからこそ、
「体験」させて頂く為の行動を積極的に
起こさせて頂きたいものですね。


「後悔」という体験を心に刻む頻度が、
少しでも少なくなるように。。。



源光


お花さん風景さん426.jpg


「他人から何度聞いたところで、
 実際に自分の目で見る等
 体験して事実を知るという方法には及ばないのです。
 人生経験の豊富な人は人生大学の教授。。。
 今世、得難い学習を積み重ねた人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201502260000/


「人生の目的は行動です。
 法則でも、思想でもありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201610020000/


「あなたの人生は、
 あなたの思い描いた通りになるのですが、
 行動を伴わない想像力は、
 何の意味も持たないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201601050000/


「人生とは日々の実験である。
 実験を恐れる者に進歩は無い。
 天は汝の実験が世の役に立つものであれば
 手を貸すであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201201180000/


「知恵と愛という大切な安全ではなく、
 安全という錯覚を求めている人がほとんどです。
 これでは真の進歩はありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310090000/


「百の理屈は一の行動に劣るのです。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410180000/


「価値を生み出すものは行動である。
 汝はまず動かねばならぬ。」(ビシュヌさん)
「事を行なう時に、いつから始めようかなどと考えている時は、
 すでに遅れをとっているのです。」(ラクシュミーさん) 
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201111070000/


「人間のできることは、小さなことかも知れません。
 でも、小さな一歩を踏み出さない限り、次の二歩目、三歩目はなく、
 大いなる成長も改革もありえないのです。」(ラクシュミーさん)
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「逆境が人を育てます。
 真に知的な人は、他の人が知識として有しているだけのことを、
 身体で体得しているのです。
 日々使える知識。。。。。これが活きた学問です。」(ラクシュミーさん)
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「汗と涙のなかから知恵を生みだしただけでは、まだまだの人です。
 笑顔で実践しなければなりません。」(ラクシュミーさん)
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「人間の美徳はすべてその実践と経験によって身に付けるものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409110003/


「知恵と愛という大切な安全ではなく、
 安全という錯覚を求めている人がほとんどです。
 これでは真の進歩はありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310090000/


「聴くことを多く。。
 話すことを少なく。。
 実行に力を注ぐのです。」(ラクシュミーさん)
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「人間が、目で見て感じることができるものは、真実の10%程度に過ぎません。。
 氷山と同じでものごとの90%は、水面下に。。
 経験を積み、試練を乗り越え、愛の心を知るならば、
 縄文時代に生きた人々の心のレベルに戻って、心眼が開き、
 ものごとの真実を観ることができるようになります。」(ラクシュミーさん)
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自分の時間01.jpg






Last updated  2016.12.08 09:47:36
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