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志/源光

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ことわざ と 天の教え

2015.04.17
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【遮二無二】

「遮二」は一つのことに一生懸命になること、
「無二」は先のことを考えずに行うということから、
他のことを考えずに、ただ一つのことをがむしゃらに無我夢中ですること。

人生、ここ一番!! 遮二無二突進しなければならないのです。
私も、ここ一番突進します。 今でもそうです。
普段は、あっほ~~~~~~~~ですが。。(爆爆)



「何か」を始めることは簡単なことだと思うのですが、
その「何か」を継続させることが難しいと思うのです。


「何か」を始めさせて頂くと、
時には順調に、自分の思い通りに
ものごとが運ぶこともあれば、
時には逆調に、全く思い通りに
ものごとが運ばないこともあると思うのです。
時には、順調も逆調もなく、
ただ停滞してしまい、何をすれば良いかさえ
分からなくなってしまうこともあると思うのです。


順調な時は、驕り高ぶることなく、
謙虚な姿勢でその順調を味方に付けて、
過ごさせて頂けば良いと思うのです。


その一方で、逆調の時、停滞の時は、
どのように過ごさせて頂くか、が大切だと思うのです。


逆調の時や停滞の時は、
自分の思い通りにいかないが故に、
どうしても感情が乱れてしまい、
平常心や客観的視点を見失って
しまいがちだと思うのです。


そのような時は、
自分の目の前の思い通りにならないことばかりが気になってしまい、
本当に自分がしたいことである「何か」を自ら遠ざけてしまい、
果ては、本当の自分がしたい「何か」を忘れてしまう、
ということにもなりかねないと思うのです。


目の前の思い通りにならないことを
自分の思い通りにすることが、
当初の目的ではなかったと思うのです。


当初の目的は、
  「思い立ったが吉日」
で始めた時にこそ、
その原点があると思うのです。


逆調や停滞を迎えた時は、
原点に還らせて頂いたり、
初心を思い出させて頂き、
「何か」を始めた時の純粋な心をもって、
今の逆調や停滞を平常心をもって、
第三者の立場になって観させて頂くと良いと思うのです。


見方を変えさせて頂くと、
思い通りにならないことは、
  「それよりももっと良い方法がありますよ♪」
  「違う角度から見てみると良いですよ♪」
というお知らせでもあると思うのです。


しかしながら、
「自分の思い通りにしたい!」という執着から、
そのお知らせに気付くことができず、
逆調や停滞を長引かせてしまっている、
ということでもあると思うのです。


逆調であろうと、停滞していようと、
初心を思い出し、原点に還らせて頂けば、
自ずとその時の自分に出来ること、すべきことは
決まってくると思うのです。


その時の自分に出来ること、
その時の自分がすべきことを、
自分自身を、そして、
自分がさせて頂いていることを信じて、
真っ直ぐに、ただただ真っ直ぐに、
突き進ませて頂けば良いと思うのです。


突き進んでもいないにもかかわらず、
  「上手くいくかどうかわからない。。。」
  「失敗するかもしれない。。。」
などと、ああだこうだと言っているからこそ、
自ら逆調や停滞を招くのだと思うのです。


周りに何を言われようと、
自分が信じる道を突き進む。。。
前進あるのみ。。。
過去を省みず、今この瞬間を無心に生かさせて頂く。。。
自分が惹かれた「何か」に向かって。。。


それが自分の魂が喜ぶことであれば、
逆調であろうと、停滞であろうと、
苦になることはないと思うのです。


苦を感じているときは、
  「無心になっていない」
  「集中していない」
ことの証だと思うのです。


苦を苦とも感じないほどに、
自分が出来ること、自分がすべきことを、
無心に、集中してさせて頂いていれば、
少しづつでも「何か」に近づかせて頂くことができると思うのです。

--------

二兎追うもの一兎も得ず。。。
虻蜂取らず。。。


「あれも欲しい♪」
「これも欲しい♪」
「もっと欲しい♪」
「あれもしたい♪」
「これもしたい♪」
「もっとしたい♪」
「無くても困らないけど欲しい♪」
「しなくても困らないけどしたい♪」では、
本当は何が欲しいのか。。。
本当は何がしたいのか。。。
本当は何を必要としているのかさえ、
分からないと思うのです。


欲張りになってしまうと(欲に翻弄されてしまうと)、
自分が本当は何を望んでいるかさえ、
自分で分からなくなってしまうことがあると思うのです。


裏を返させて頂くと、
自分が本当に望んでいるものが分からなくなるほどに
あれもこれもと欲張るからこそ、
本当に望んでいるものに対する純粋な思い入れや、
望んでいるものを手中に収める為の努力や集中力が、
他の欲によって分散されてしまうと思うのです。


その結果、全ては中途半端に終わり、
何かを成し遂げることもないのだと思うのです。


そもそも、その時々の私たちにとって、
本当の「望み」「夢」「希望」「想い」などは、
沢山あるものではなく、突き詰めていけば、
「1つ」になると思うのです。


その1つの「望み」「夢」「希望」「想い」が叶うことによって、
派生的に生じるような「小さな望み、夢、希望、想い」は
多々あると思うのです。


それにもかかわらず、欲張りになって(欲に翻弄されて)、
あれもこれもと望みを沢山抱いてしまう時は、
その幾つも幾つもある「小さな望み」を、
さも「本当の望み」であると自ら思い込んだり、勘違いして、
ただただ多くを求め、多くを望んでいるに過ぎないと思うのです。


そのような思い込みや勘違いを生み出すような
欲に翻弄されてしまうことのないように、
自分が思い描いている幾つも幾つもある
「小さな望み、夢、希望、想い」の頂点にある
「本当の望み、夢、希望、想い」を
しっかりと見出させて頂きたいものですね。


そして、その「本当の望み、夢、希望、想い」を
叶える為に必要な努力は、地道にコツコツと
継続、集中させて頂きたいものですね。


それが「本当の望み、夢、希望、想い」であればあるほど、
その地道な努力は楽しいものなのだと思うのです。




「あなたが何かを、どうしても成し遂げたいのであれば、
 錐のように、ある一点に向かって集中すればよいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401140000/


「何かを成し遂げた人に共通する特性があります。
 それは、生まれ育ち、頭の善し悪しではなく、
 集中力があるかないか。。
 集中力散漫な人で、何かを成し遂げた人は皆無です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401170000/


「あれもこれもと欲張ると、すべて中途半端に終わってしまいます。
 本当にやりたい夢や思いに一点集中するべきです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501260000/


「心の底からやりたいと思わないなら、
 やめておいた方が無難です。
 失敗、後悔の予感です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201406160001/


「今、夢中になっているものがありますか?
 どうぞ何処までも探求して下さいね。
 それが貴方が真に求めているものなのですから。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310290000/


「人生を開くコツは、とにかくどこか一か所に突破口を開くことなのです。
 突破口のない問題はありません。むしろ無数にあるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501020000/


「信じる道を真っ直ぐに。。
 困難にぶち当たった時は、迂回してもいいのです。
 ただ、逃げ道に逃げ込むことだけは避けて下さい。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403080000/


「その道の先駆者と普通の人を分けるのは、
 何かに打ち込んだ量の差に他なりません。
 あなたは今も、懸命に真っ直ぐに清らかに、何かに邁進していますか?」
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311170000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311180000/


「どこに行こうとしているのかわからない。。
 だから現状から動けないのです。
 どこに行きたいのか。。何をしたいのか。。
 はっきりさせて、一点集中してください。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409230001/


「肩の力をふっと抜いて、全てを受け入れると、
 新たな世界が観えて来ますから、
 そこからスタートすると良い結果が生まれやすいのです。
 普段は、ぼっさ~~~としていても、
 ここ一番で頑張ればよいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201210240000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



道002.jpg






Last updated  2015.04.23 01:10:56
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2015.04.16

【綺麗な薔薇には棘がある。。】

いえいえ棘も薔薇のうち。。 
美しいものなのです。



薔薇さんの立場からすれば、
その美しさを守る為には、
時に棘も必要だと思うのです。


薔薇さんを見る立場からすれば、
棘によって、そう安易には近寄ることができない
もどかしさがあるからこそ美しさを感じる、
ということもあると思うのです。


モデルさんなどが、
ご自身の美しいスタイルを保つ為には、
人様に何と言われようと、
 「トレーニングをする」
 「食事に気を付ける」
 「人様に見られていることを意識する」
など、人それぞれ自分に必要な努力をする、
という名の棘を自分自身に持っていなければ、
美しいスタイルを保つことはできないと思うのです。


美しい心を育ませて頂く。。。
美しい心を保たせて頂く為には、
人様に何と言われようと、
 「良心に常に従って生かさせて頂く」
という、強い信念という名の棘を
自分自身に持っていなければ、
簡単に欲望や誘惑に落ちてしまうと思うのです。


薔薇さんが美しいのはもちろんのことですが、
棘があるからこそ、薔薇さんがより美しく感じる、
のだと思うのです。


それと同じように、
自分に必要な努力をする、という棘(プロセス)が、
美しいスタイルを作り、保ち、美しいエネルギーを
放つのだと思うのです。


「いつ何時も良心に従う!」という強い信念という棘(志)が、
美しい心を育み、保ち、自らを高めるだけでなく、
自らの美しい心をもって人様のお役に立つことや、
人様にお喜び頂けることをさせて頂くことが出来るのだと思うのです。


棘は自分を守る為のものでありながら、
自らを律する為のものでもあるのだと思うのです。


しかしながら、
その棘を自分以外の他者に向けることもあると思うのです。
 毒舌などで人様を攻撃する。。。
 他人に厳しく、自分に甘い。。。
 人様を様々な言動で傷つける。。。
 不平不満、愚痴、怒りを人様に八つ当たりする。。。
 被害妄想を抱いて、人様のせいにする。。。
などなど。。。
このような棘の使い方は、結局のところ、巡り巡って、
自分が他者にしたことが、そのまま自分に還ってくるのだと思うのです。


そのようなことにならないように、
自分の持つ棘は、自分を守る為。。。
自らを律する為。。。に活かさせて頂きたいものですね。




「人から笑われようとバカにされようと、
 自信を持って堂々としていればいいのです。
 あなたが堂々としていると、あなたをバカにして
 笑っていた人も恥ずかしくなって、
 むしろ尊敬の念を持ってあなたに接してきます。
 自分を卑下しているから、人にも軽視されるようになるのです。
 あなたの素晴らしさ。天は全てを知っていますよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312040002/


「自分自身という財産を持っている人。。。
 最終的に勝利者になる人です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201405020001/


「自分で選んだ道ならば、
 堂々と胸を張って生きていけばよいのです。
 他人にとやかく言われる筋合いではありません。
 ただ泣き言は止めなさい。見苦しい限りです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501010000/


「人生は有限です。
 ですから他人の気に入るような行動をするよりも、
 良心に忠実に、自分を尊敬し、
 自分が満足できるような行動をとるべきです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312060000/


「良心に恥じない自分であれば、
 思うままに生きればよいのです。
 そして他人の生き方に口を出す必要はありません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409280000/


「女性の心には、非常に完成された天使と悪魔が住んでいます。
 悪魔が心を支配すると手が付けられなくなります。
 しかし、生涯、天使のみが支配する魂もあります。。
 それは理解あるパートナーが傍にいる人。。
 愛する人は貴女には無くてはならない人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408090000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】








Last updated  2015.08.18 14:05:41
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2015.04.15

【飼い犬に手を噛まれる】

普段からかわいがっている愛犬に噛まれるということで、
日頃面倒をみたりかわいがっている人や部下などから、
思いがけない裏切りを受けることをこういいます。
しかし原因のない結果はありません。
飼い犬が手を噛むには噛むだけの理由はあるわけです。
犬目線では、飼い主に手を噛まれたのかも知れませんよ。



自分では気づいていなくても、
相手のことや相手の立場を考えない
自分勝手な自己基準によるものごとの見方や捉え方、
心のあり方などの利己心が高じて、知らず知らずの内に
人様に対して色々なことをしていることがあると思うのです。


それが、
人様にお喜び頂けることや、
人様にお楽しみ頂けることや、
人様のお役に立つことや、
人様の笑顔を生み出すようなことであれば、
とても素敵な良いことだと思うのですが、
時として、人様からの反発や反抗を招くようなことを
してしまっていることが思いのほか多いと思うのです。


人様の嫌がることをしてしまっていたり。。。
人様を傷つけてしまっていたり。。。
人様を苛立たせてしまっていたり。。。
人様に辛い思いをさせてしまっていたり。。。
人様を悲しませてしまっていたり。。。
人様に何かを押し付けてしまっていたり。。。
人様に何かを強要してしまっていたり。。。
人様に何かを要求してしまっていたり。。。
人様に何かを期待してしまっていたり。。。
人様の意見に耳を傾けなかったり。。。
人様を小馬鹿にしてしまっていたり。。。
人様を見下してしまっていたり。。。


自分で気づかない内に蒔いては育ててしまっている
人様からの反発・反抗の種さんと芽さんたち。。。
  (自分で分かっていながらそのような種さんを蒔いて
   芽さんを出させているとしたら、その育ち方は著しく早く、
   その育った様は著しく大きな大木(壁)となって、
   自分の目の前に立ちはだかると思うのです。)


相手が気付いていないとはいえ、
自分が相手に同じようなことをされた時、
自分は「嫌な思い」をすると思うのです。


そして、その「嫌な思い」が相手に対する
反発・反抗の種を生み、芽を育ててしまうと思うのです。


ということは、
人様に何かをお話させて頂いたり、
人様に何かをさせて頂くようなときは、
相手の立場になってものごとを見たり捉えたりさせて頂き、
自分がされて嬉しくないようなことはしないように
気を付けさせて頂くことが大切だと思うのです。


自分がされて嬉しくないようなことを人様にするが故に、
反発・反抗の種が生まれ、芽が育ち、
自分の人生の道を塞いでしまいかねないような
大木(壁)になってしまうことがあるのであれば、
その逆の、
自分がされて嬉しくなるようなことを考えて、
人様にさせて頂けば良いのだと思うのです。


そうすれば、人様の喜びや笑顔が
自分の人生の道の「幅」を大きく広げて下さり、
人様と助け合い、分け合い、支え合い、協力し合いながら、
その道を明るく、元気に、楽しく、笑って、
歩ませて頂くことができようになると思うのです♪




「一方的に理不尽な攻撃を受けている様に感じるかも知れませんが、
 人に辛くあたられるのは、自分も優しく接していないからかもしれません。
 まずは自分から親切にしてみましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312130004/


「人は理由なく反発も反抗もしないのです。
 納得いかないかも知れませんが、
 反抗の芽は、あなたが撒いたのです。
 小さな芽のうちに刈り取ることですよ。
 道を塞ぐ大木にならぬうちに。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312230003/


「あなたが扱われたいように、他人を扱いなさい。
 汝が隣人からされたくないことを隣人に行ってはならない。
 隣人を自分自身として見ることで、
 人は正しい基準を得ることが出来る。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107150001/


「人に優しく接することはとても大切です。
 自分の心が安らぐこと望むことを人にしてあげるのは良いことです。
 けれど、自分の理想や望みと、
 他人の理想や望みは、違うこともあるのです。
 家族ですら価値観は違うのですから、
 他人には、なおさら
 相手の立場に立った自然な行動を心掛けるのは当然です。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312110005/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312110006/

--------

「困難な情勢になって、
 はじめて誰が口先だけの人だったのか、
 誰が味方顔をしていたのか、
 そして誰が本当の心の友だったのかわかるものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409020000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】




仲良し家族-17.jpg






Last updated  2015.04.21 23:59:31
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2015.04.14

【一粒万倍】

わずかな元手から多くの利益が上がること。。。
でもありますが
わずかなものでも無駄にしてはいけない、
という戒めの方が重要です。
物を大切にしているから、
わずかな元手から多くの利益が上がるわけです。



一銭を笑う者は一銭に泣く。。。
塵も積もれば山。。。
継続は力。。。
雨垂れ石を穿つ。。。


ものの扱い方や場所の使い方は、
その方のお心そのものを表している、
といっても過言ではないと思うのです。


ものの有難みを知って、それを大切に扱う方は、
その有難みを知っているからこそ、
ものを無駄にすることなく、ものと上手に接し、
ものを上手に扱うことができるのだと思うのです。
それ故に、ものから愛されるのだと思うのです。


ものの有難みを知らず、それを大切にせず粗雑に扱う方は、
 「古いものなんか捨てて、新しいものを買えばいい」
 「まだ使えるけど、新しいものの方がいい」
などのように、ものに対する感謝が無かったり、
ものの立場になっていないと思うのです。
それ故に、自分がものに対してしてきた姿勢と同じような現象が、
因果応報で自分も経験させて頂くことになると思うのです。


様々な「もの」が溢れる今の世の中、
「もの」を大切にしないことが
とても多くなっていると思うのです。


随分前の私と娘の会話です。


志  「 お前はパパとママのこと大事? 」

娘  「 うん! 大事♪ 」

志  「 そうかぁ~。ありがとう♪
     じゃぁ~、パパとママのこと大切? 」

娘  「 うん! 大切♪ 」

志  「 そうかぁ~、ありがとう♪
      じゃぁ~、何で【もの】を大切にしないの? 」

娘  「 ? ? ? 」

志  「 パパとママからもらった【もの】は、
     パパとママの気持ちが入っている【もの】なんだよ。
     それを大切にしないっていうのは、
     パパとママを大切にしていないのと同じなんだよ。
     誰かから頂いた【もの】は、
     それを下さった方の気持ちが入ってるんだよ。
     だから、頂いた【もの】を大切にしないということは、
     それを下さった方とか、その方の心を大切に思っていない、
     のと同じなんだよ。
       (仮に気持ちが入っていない【もの】だったとしても、
        「もの」に罪はありませんから同じですね。。。)
     買ったものも同じ。
     なんでも同じなんだよ。
     それに、【もの】にも魂があるし、生きてるからね。
     お前が【もの】だったとしたら、
     誰かに可愛がってもらえなかったら嬉しくないだろ?」

娘  「 うん。」

志  「 放っぽり投げられたりしても嬉しくないだろ?」

娘  「 うん。 」

志  「 だから【もの】は大切にしなきゃ駄目なんだぞ。 」

娘  「 うん! わかった!」

志  「 あと、捨てるときは、【今までありがとう♪】って言ってから捨てるの。
     そうすると、【ありがとう♪】っていう気持ちが【もの】にも伝わって、
     きっと、【もの】も嬉しいから。
     お前が【もの】だったら、【今までありがとう♪】って言われたら嬉しいだろ?」

娘  「 うん。 」

志  「 それと同じだぞ。 」

娘  「 は~い♪ 」



私たちが生かさせて頂く為に、
世の中には、便利な「もの」が沢山あります。
その「もの」の立場になって、
ありがたく取扱わせて頂くことは、
とても大切なことだと思うのです。


「もの」の心の目は、
きっと私たちの心を見ていると思うのです。


だからこそ、
自分が扱われたいように
「もの」を取り扱わせて頂きたいものですね。


その「もの」が喜ぶように大切に扱わせて頂く。。。
そういう「もの」に対する姿勢や、
「もの」に対する優しさや感謝の心が、
より良い「もの」とのご縁や出逢いを、
今ある「もの」が結び付けて下さるのだと思うのです。







「大自然に触れ合いましょう。常に笑顔でありましょう。
 人に、動物に、植物に、物に優しくありましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201110040001/


「汝を愛してくれるものに最高のもてなしをせよ。
 それは家族であり、客であり、
 商品であり、自然であり、生物である。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201109020000/


「愛することによって失うものは何もないのです。
 もっと家族を、そして人を、動物を、植物を、
 自然を愛さなければなりません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201404150000/


「あなたが扱われたいように、他人を扱いなさい。
 汝が隣人からされたくないことを隣人に行ってはならない。
 隣人を自分自身として見ることで、
 人は正しい基準を得ることが出来る。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107150001/
  (「もの」も同じだと思うのです。)



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



一粒万倍01.jpg






Last updated  2015.04.16 05:32:52
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2015.04.13

【積善の家には必ず余慶あり】
 (せきぜんのいえにはかならずよけいあり)

善い行いを積み重ねていった家は、
その報いとして必ず子孫にまで幸福が訪れるということ。

確かにその通りになっています。
あなたも、自分のために、そして
子孫のために善行を積み重ねていきましょう。



善因善果。。。


これは何も自分一人のことではないと思うのです。


自分が善行を積ませて頂くことで、
善果となるようお取り計らい頂ける善因善果は、
自分にとって善果であるばかりか、
自分が善果によって良くなることによって、
自分と一緒に生活している家族にとっても善果であり、
家族も良くなるということでもあると思うのです。


家族や子孫が幸せに過ごすことができる。。。
それは、自分にとっても幸せなことだと思うのです。


「自分が良くなることが、家族全体の幸せにもなる♪
 だからこそ、自分の為にも、家族の為にも、
 血を分けていく未来の子孫の為にも、
 人様のお役に立つことをさせて頂こう♪
 人様にお喜び頂けることをさせて頂こう♪
 人様に優しく、親切にさせて頂こう♪
 見返りを求めることなく、下心を抱くことなく、
 良心に従ったことをさせて頂こう♪
 いつも正しい心で誠意をもって生きていこう♪」


という心持ちで過ごさせて頂けば良いと思うのです。
愛する家族や未来の子孫が幸せそうに笑顔で過ごしている様子は、
自分の喜びや笑顔の元にもなると思うのです。


例え、善行を積ませて頂いているにもかかわらず、
自分にその報いが無かったとしても、
自分の善行が、愛する家族や未来の子孫の
幸福に繋がる布石になるのであれば、
それは自分の喜びや安堵になると思うのです。


とはいえ、善果を得る為に善行をさせて頂こう♪
というような、見返りや下心のある見せ掛けばかりの善行や、
心無い表面的な善行では、善果は得られるものではないと思うのです。


善行は、それをさせて頂くときの「心構え」が大切だと思うのです。


美しい心、優しい心、温かい心、
豊かな心、大きな心、思い遣る心など、
人としてあるべき正しい心でさせて頂く行い。。。
それが善行だと思うのです。


自分では善行と思っていても、
私たちの心を見透かしている天から見れば、
その心構えが美しくなければ善行ではない、
ということになると思うのです。


だからこそ、まずは自分自身の心のあり方、心構えを
美しいものにさせて頂きたいものですね。

--------

善因善果があれば、
悪因悪果もあると思うのです。


自分がさせて頂いた善行が、
自分や家族、子孫に善果を齎すことを
善因善果というのであれば、
その逆も然りなのだと思うのです。


自分が犯してしまった悪行が、
自分や家族、子孫に悪果という業として、
引き継がれていくのだと思うのです。


自分が犯した悪行が、自分の業になることは、
極自然なことであり、自業自得だと思うのですが、
自分という存在が、家族の一員でもあることを考えると、
自分の犯した悪行から生じた業は、
自分だけが背負うのわけではなく、
家族や家系も連帯責任として背負っていく、
ということでもあると思うのです。


自分の犯した悪行が、
愛する家族や未来の子孫の重荷になる。。。
それは、愛する家族や未来の子孫にとって
辛く苦しいことだと思うのです。


辛く薬い思いをしている愛する家族や
未来の子孫を見なければならない自分。。。
愛する家族や未来の子孫が辛く苦しい思いをする
原因を作ってしまったのも自分。。。
それは、自分が業を背負う以上に辛く苦しく、
後悔してもしきれず、やりきれない思いに
苛まれ続けてしまうと思うのです。


そのようなことにならないように、
自分の為にも、愛する家族の為にも、
まだ見ぬ未来の子孫の為にも、
悪行を犯し続け、業を積み重ねてしまうことのないよう、
感情に左右されることなく、いつ何時も良心に従って
生かさせて頂きたいものですね。




「死なないで地上で、生きられる人は皆無です。
 人は、地上に命がある時だけ
 諸々の善行をなすことができるのですから、
 せっかくの機会を大いに活かして、帰還されますように。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201211090000/


「人間は、修行のために異郷に生まれて来たのです。
 生きることは心の故郷を異郷に実現させること。
 愛の心で生きること。。
 いつの日か心の故郷に、果たすべきことを果たして、
 喜びを胸に還ることです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408120000/


「人は、他に対し善を行っている時、
 自らに対して最善を行っているのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206140000/


「触れ合う人達に喜んで頂く時、
 その人の心は最高の高みに達しているのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201203300000/


「人様の利益を考えて、自分の時間を捧げれば、
 肝心なときには、必ず、天が味方してくれます。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204120000/


「今、地上に生ある人は全て同期生ですから、
 いがみ合い争うのではなく、手を取り合って生きなければなりません。
 自分たちの為、そして子孫の為に、平和で豊かな地上を
 創っていかねばなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204230000/


「子供達が大人になった時、幸せに暮らせるように、
 少しでも世の中を暮らしやすく平和にして行くのが
 大人達の勤めです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201203260000/


「人様の喜ぶ姿をイメージして無心に、奉仕して下さい。
 それが限りなく天に通じる生き方ですから。。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201209220000/


「汝は世の人々に伝えなければならない。
 本当に幸せになる人は、
 真実の奉仕の仕方を探し得た人であることを。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201111250000/


「今日、触れ合う人を喜ばせて
 今、現在に最善を尽くすこと。。。
 今日を心豊かに過ごせば、
 明日も明後日も。。。
 ずっとずっと幸せの花が咲き続けます。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501120000/ 


「人は心の美しさ。。。
 太陽が朝を連れて来るように、
 心美しい人は、今日も愛の光を連れて来るのです。
 あなたの喜ぶ姿が私の喜びです。
 人はこうして幸せになって行くのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201405050001/ 


「この世で苦しむ人は、全て利己を図った為である。
 この世を楽しめる人は、総て利他を望んだ為である。」(ビシュヌさんの分霊さん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201201280000/


「幸せになりたければ、人からされたいと思うことを、
 率先して自ら人にすればいいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201404260000/


「幸せというものは、一人では決して味わえないのです。
 幸せの連鎖。。無償の愛。。心と心を繋いでいきましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201405090000/


「他人のための行いにこそ価値があります。
 無償の愛。。それが人生の重要な秘訣のひとつです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201406020001/


「本当の愛は、もはや何一つ見返りを望まないところにあります。。
 本当の心の救いは、無償の奉仕の中にあります。。
 あなたの笑顔で私は救われるのです。」 (ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408280000/


「後味がいいなあ。。。良いことをしたご褒美です。
 後味が悪いなあ。。。良くないことをした報いです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407170001/


「大切なのは心構えです。心的態度です。
 天は、心でどう思ったか、どう考えたかを観ていますから、
 偽善や形だけの善行は、ほとんど評価しないのです。
 心的態度。。
 これが、その人の才能や努力、知識以上に重要な要素です。
 心を磨く。。
 これが全てに優先するのです。。
 幸運の鍵。。
 いつでも渡す準備はできています。
 あなたの心、純粋な心に期待して、待っています。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401050000/


「現在うまくいっているとしても、
 本当は間違った事をしていると、
 心の底で分かっているなら、すぐに止めることです。
 現在うまくいかないとしても、
 良心に恥ない正しい事をしていると
 心の底でわかっているなら、
 諦めず継続していきましょう。
 正しい努力だけが真の幸せを運んでくるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311210000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)


【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



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Last updated  2015.04.16 04:53:13
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2015.04.12
前回の続きです。

人格の高い方ほど人様と接する態度が謙虚、
  (裏を返せば、人格の低い小物ほど尊大に振舞う、ということ。)
という意味で捉えられますが、人格の高い低いを問わず、
  (自分のレベルに拘わるというのは、人様の目や人様の
   自分に対する評価などを気にしているなど、  
   自分のことしか考える余裕がないということの表れだと思うのです。)
驕り高ぶったりせず、卑屈になったりせず、
人様と自分を比較せず、人様からの評価を気にせず、
出逢いを頂いた全ての方々が、
自分を成長させて下さる有り難い存在と捉えさせて頂き、
そういう有り難い存在だからこそ、相手の方を受け入れ、
尊重させて頂くことによって、自然と謙虚さが身について、
自分らしい自分、ありのままの自分で、過させて頂くことが
できるようになってくるのだと思うのです。


自分の魂のレベルの位置を決めるのは、
自分でもなければ、人様でもなく、
私たちが日々、良心に素直に従って、
心清らかに生かさせて頂いているかどうかを、
愛の心でお見守り下さっている天だと思うのです。


そうであるとすれば、上とか下とか、
言葉だけの地位や名誉、権力、肩書きなどに
囚われる必要は全くないと思うのです。


上とか下とか言っている間は、
謙虚さが身についていないのだと思うのです。


謙虚さが身についていないからこそ、
「上だと優位、下だと劣位」と勝手に決めつけ、
劣位ではなく優位でありたいと思ってしまうが為に
上を目指してしまうのだと思うのです。


本当の上にいらっしゃる方は、
上であることを誇示したり、
自慢することもなければ、
何かを人様に押し付けたり、強要したり、
はたまた、人様を支配しようとしたり、
人様の自由を奪うようなこともなく、
ただただ魂の修正や成長の為に必要な知恵や
生きる為に必要な心のあり方や愛や光を
惜しげもなく与えつくし、何らの見返りをも
求めないような方々なのだと思うのです。


ということは、
上であることを誇示し、自慢したり、
何かを人様に押し付け、強要したり、
人様を支配し、人様の自由を奪うようなことをされる
地位や権力、名誉、財産にものを言わせるような方は、
この世のシステム上では「上」でも、
あの世的には「上」に該当しないのだと思うのです。


そもそも、自分がされて嬉しくないようなことを、
地位や権力を振り翳して平気でしてしまうような方は、
心にゆとりや豊かさ、優しさ、温かさ、愛の心がないからこそ、
地位や権力に執着し、同時に、自分のポストがいつ奪われるかもわからない、
誰かにいつ裏切られるとも分からないという不信や不安や恐怖に
顔を歪ませ、心苛まれながら、生きることになるのだと思うのです。


心にゆとりや豊かさ、優しさ、温かさ、愛の心がある方は、
自分がされて嬉しいことだからこそ、人様にもさせて頂きたい、
という感じで、人様と自分を重ね合わせて見ることができるからこそ、
人様の喜びを自分の心の喜びとして、明るく、元気に、楽しく、
笑って生かさせて頂くことが出来るのだと思うのです。


どちらの生き方を選択するかは自由意志を与えて頂いている
私たち次第だと思うのですが、何でも知っている天から授かった
「良心」を心の友とし、「良心」に素直に従って生かさせて頂くことによって、
人としてあるべき正しい心の道を歩み続けさせて頂くことが
出来るのだと思うのです。


なぜ「良心」を授けて頂いたのか。。。
それを自分が天の立場になって考えさせて頂けば、
自然と「良心」に従って生かさせて頂きたくなると思うのです。


そして、身の程知らずの高慢・傲慢な姿勢で
生かさせて頂くことに恥ずかしさを覚えると同時に、
格好をつけたり、体裁を取り繕うという自分の至らなさを
素直に認めさせて頂くことができることによって、
自分に与えて頂いた境遇を素直に受け入れさせて頂いたり、
聞く耳を持たせて頂こうという謙虚な姿勢の自分で、
自分らしく生かさせて頂くことができようになるのだと思うのです。




「知恵も智謀も、優れた人格には到底及びません。
 優れた人格者は、人がうらやむ大成功しても、
 決して、天狗さんにはならないものですよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201306110000/


「名誉も地位も権力も学歴も財力も収入も、肩書も
 地上の小さな世界でしか通用しない煙のようなものです。
 自分の才能をひけらかすことなく、笑顔を絶やさず
 周囲と同調してやっていける人こそ、立派な人です。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311130000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311140000/


「今が幸せで、うまくいっていればいるほど
 謙虚、誠実に生きていきましょう。
 人は、うまくできることにはすぐ得意になってしまいます。
 傲慢は、過信を呼びます。
 不注意の事故、社会からの非難、大損など大失敗のもとですよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312170007/


「自分の実力を知ることですよ。決して過信してはいけません。
 過去の失敗を活かして大きな人物になってくださいね。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201306090000/


「世の中で知られているようなことを、
 自分だけが知っていると思い込んで得意がる人もいます。
 人は、どこまでも謙虚に。。。上には上がいるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201501290000/ 


「自惚れは苦しみの源泉である。
 自惚れが消えたときから、人生の幸福な時期が始まる。
 自惚れに翻弄されている人間に、
 天恵が降りることはない。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201108100000/


「実れば実るほど、勉強すればするほど、
 自然に自分の至らなさに気づき謙虚になっていくのが人というものです。
 天から観れば、謙虚で無い人は、まだまだ修行の足らない、
 子供に過ぎないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201303020000/


「本当に優れた人は、笑顔を絶やさない、一見、どこのおじさん?おばさん?
 どこのお兄ちゃん?お嬢ちゃん?という感じで、
 違和感も威圧感も、存在感も全く無いものです。
 でも観る人が観ればわかります。これが人の世というものですね。 」 (ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201210310000/


「普段は、 存在さえも感じさせないほどの人になってくださいね。
 これこそが最上の人の境地なのですから。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310190000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310200000/


「熟達した人であっても、時には自分より経験の浅い人や年下の人、
 あるいは子供に、物事を教わることもあります。
 今日も、謙虚に誠実に生きていくことを心掛けましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201502230000/


「人間、みんな平等です。誰が偉いわけでもありません。。
 偉そうにしても、可笑しいばかり。。。
 レベルの低さに呆れます。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407190000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201407190001/


「人の魂のレベルの差は、上位と下位では雲泥の差がありますが、
 上位の人が偉いわけでもありません。
 威張るような人は低レベルの人です。
 心の世界は、この世の名誉や地位、権力、
 名声、学歴、収入、財産、年齢差などとは
 全く次元の違う、波長の乱れた地上とは違う
 高尚な真実の世界です。(一部抜粋)」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401100001/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401100002/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



実るほど頭を垂れる稲穂かな02.jpg






Last updated  2015.04.14 05:01:07
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【実るほど頭の下がる稲穂かな】
【実るほど頭を垂れる稲穂かな】

人格者ほど謙虚であるということです。
自慢ばかりしている人や横着な人、
威張っている人に人格者などいません。
そういう人は、ただの小者です。



様々な境遇や出逢いによって与えて頂き、
育まれた様々な知恵や
その知恵を働かせて智謀をめぐらせることは、
それが人としてあるべき正しい心である
「良心」に素直に従ったものであれば、
とても素晴らしいことだと思うのです。


「良心」に素直に従って、
知恵を正しく活かし、
智謀を正しくめぐらす。。。


与えて頂いた知恵や智謀は、
自分が生み出したものではなく、
与えて頂いた様々な境遇や出逢いから生まれた
様々な経験やご縁を通じて、
育まれてきたものであるが故に、
自分もまた人様のお役に立たせて頂く為、
人様にお喜び頂けることをさせて頂く為に、
その知恵や智謀を心正しく、
活かさせて頂くべきものなのだと思うのです。


それにもかかわらず、今の世の中は、
知恵や智謀を自分の地位や名誉、肩書きに置き換え、
権力を振るい、乱用する為、自分の都合の為だけに、
知恵を奸知(悪知恵)として悪用したり、(知恵出でて大偽あり)
知恵や智謀があることを誇らしげに自慢したり、
鼻を高くしたり、ひけらかして自己顕示をしたり、
上から目線で人様を見下し、人様を小馬鹿にするなど、
知恵や智謀を人としてあるべき正しい心で
活かしていないことがとても多いと思うのです。
それは「知恵の持ち腐れ」でしかないと思うのです。


折角、与えて頂いた知恵や智謀も、
育ませて頂いた知恵や智謀も、
「知恵の鏡」が曇ってしまっては、
それはもはや知恵ではなく、
浅知恵や奸知(悪知恵)であり、
「自分には知恵・智謀がある」と思っていても、
それは、勘違いや思い上がりでしか
なくなってしまうと思うのです。


知恵や智謀を自己都合の為、自己顕示を満たす為、
自慢の為、傲慢な自尊心を満たす為など、
利己の為にしか活かすことができず、
人様や社会という利他の為に活かすことができないということは、
その方のお心の器が、知恵や智謀を正しい心で
正しく活かさせて頂くことができるほどの
大きさがない。。。余裕がない。。。
それだけ心の器が小さいということの証でもあると思うのです。


お心の器が小さいということは、
それだけ人格(優れた人間性)が備わっていない、
ということでもあると思うのです。


そして、その方のお心の器の大きさよりも
知恵や智謀の方が大きく上回ってしまい、
知恵や智謀を持て余してしまっている、
ということでもあると思うのです。


裏を返させて頂くと、
知恵や智謀を人としてあるべき正しい心で、
正しく生かさせて頂くことが出来る方というのは、
知恵や智謀を利他(人様や社会)の為に活かすことができるような
心の豊かさ、ゆとり、優しさ、温かさ、愛、自由、勇気などをお持ちの
お心の器の大きい方、ということだと思うのです。


お心の器が大きいということは、
それだけ人格(優れた人間性)が備わっている、
ということでもあると思うのです。


そういう方は、知恵や智謀があることを
誇らしげに自慢することもなければ、
鼻を高くすることもなく、ひけらかすこともなく、
上から目線で人様を見下すこともなければ、
人様を小馬鹿にすることもないと思うのです。


お心の器が大きく優れた人格をお備えになられている方は、
天がさりげなく知恵や智謀をお授け下さったのと同じように、
そして、智慧や智謀をお授け下さった天に対する
恩返しをさせて頂くかのような心持ちや謙虚な姿勢で、
人様のお役に立たせて頂けるように、人様にお喜び頂き、
人様に笑顔が生まれるように、利他の為に、
さりげなく活かされるのだと思うのです。




世の中では、能力や価値などが他の方より
勝っていることを「優れる」と言いますが、
能力や価値云々の前に、
私たちは「心ある人」だと思うのです。


能力や価値を、人としてあるべき正しい心で、
正しく活かさせて頂くことができなければ、
能力や価値こそ優れていても、
心ある人としては優れていない、
ということでもあると思うのです。


「人として」、本当に優れていらっしゃる方というのは、
能力や価値こそ優れていても、自分のことしか
考える余裕しかないような、豊かさやゆとりのない
心の持ち主さんのことではなく、
人としてあるべき正しい心の道、良心(天法)の道を歩み、
利他の心を持ち、人様に対する思い遣りがあり、
人情に厚く、人様に「優しい」方こそ、「人として」
真に「優れて」いらっしゃるのだと思うのです。
そういうお方が、優れた人格者さんなのだと思うのです。




「能ある鷹は爪を隠す」
「大智(大賢)は愚の如し」
「深い川は静かに流れる」


裏を返させて頂けば、


「能なき鷹ほど爪を出す」
「大愚は智(賢)の如し」
「浅い川は荒々しく流れる」


人様を見るときは、裏を返した後を参考にしながら、
その人様の本質を見極めさせて頂きたいものですね♪


そして、
裏を返す前のような自分になれるよう
自分を育ませて頂きたいものですね♪



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)


 ことわざ と 天の教え -115-2 に続きます。



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



実るほど頭を垂れる稲穂かな01.jpg






Last updated  2015.04.14 04:58:48
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2015.04.11

【創業は易く守成は難し】

新しく事業を始めること(創業)は簡単であっても、
それを軌道にのせ、受け継ぎ、
堅実に守っていくこと(守成)は難しいということ。

創業は簡単です。。ただし一年以内に90%が倒産。。
10年後に残っているのは1%、これが実体です。 

私は裸一貫から、24歳で創業。。
実に39年にわたりオーナー社長ですが
これは奇跡に近いサクセスストーリーだと思います。
私は創業後、2年間無給で社員の二倍働いて、軌道に乗せました。
このくらいの覚悟と根性、そして
不運を笑い飛ばすくらいのユーモアの精神がなければ
創業などしてはいけません!!




様々な情報が錯綜する今の時代。。。
その情報の好いとこ取りをしたり、
情報を棚から牡丹餅的に有効利用して、
打ち上げ花火さんのように、
夜空を一瞬照らすかのような
瞬間的、一時期的な成功をされる方が
たくさんいらっしゃられると思うのです。
それはとても素晴らしいことだと思うのです。


既にある情報の好いとこ取りをして、
棚から牡丹餅的に有効活用するという
その手法はとても素晴らしいことだと思うのですが、
既にある情報(打ち上げ花火さん)を打ち上げるだけなら、
やるかやらないかの違いはあれど、誰にでもできて、
誰でも成功できることでもあると思うのです。


裏を返えさせて頂くと、自ら何かを生み出す努力や、
何かを探求することをしていないが故に、
情報が無ければ有効活用するアイディアも浮かばず、
何もできず、成功もしないということでもあると思うのです。


それ故に、ある時に情報を有効活用して成功を収めたとしても、
また別の情報を有効活用するアイディアが続かなければ、
又は、そのアイディアがお客様にお喜び頂けるものでなければ、
打ち上げ花火さんすら内が得ることができなかったり、
打ち上げ花火さんを打ち上げても不発に終わり、
成功も続かなくなってしまうと思うのです。

  (今のメディアさん、特にTVさんの情報は、
   ネットユーザーさんたちの間で広まった情報を、
   さも新しい情報であるかのようにして、
   そのまま利用しているものが多く、
   真新しいものが見当たらなかったり、
   信憑性に欠けたり、信頼を損なうものが多いが故に、
   TV離れが進むという結果に至っているのも
   それと同じようなものだと思うのです。) 


反対に、
打ち上げ花火さんそのものをお作りになられる方は、
どのようにすれば打ち上げ花火さんを
夜空に美しく咲かせることができるかを
 (どのようにすれば、お客様にお喜び頂けるか、
  お客様の笑顔を生み出すことができるかを)
自らお考えになられるのだと思うのです。


夜空に美しく咲く打ち上げ花火さんを作る為に、
緻密な計算をしながら、小さな火薬玉さんを
並べてみては思案し、納得いかなければ取り出して、
また計算をしては、並べての繰り返し。。。


試し打ちをしてみて、
上手くいかなかったり、納得がいかなければ、
上手くいくまで、納得がいくまで、
失敗を糧にして何度も思案し、
より良くなるように♪という終わりなき探究を続け、
その探求に見合う、又は、それ以上の努力を重ねるという、
地道で、地味で、コツコツとした作業(苦労)を、
ただただ自分を信じてひたすら繰り返す。。。


人様に馬鹿にされようと、批判されようと、
中傷されようと、けなされようと、
信念を持ってただただ繰り返す。。。


そのように繰り返すことができるのは、
夜空に自分が思い描く美しい花火を
咲かせたいという夢や希望があるから。。。
そして、それを見て頂いたお客様にお喜び頂いたり、
笑顔になって頂きたいと思うから。。。
などの純粋な理由があるのだと思うのです。


地道で、地味で、コツコツとした探究や努力の繰り返しは、
実際にそれに携わった方でなければわからないような、
血と汗と涙の滲むような苦労があると思うのです。


それを経験された方だからこそ見つけることができる、
苦労という過程の中に隠された大切なものがあるのだと思うのです。


それは、自分が満足するものを作り上げるまで諦めなかった、
ということそのものが、成功であることを知ることなのだと思うのです。


自分が満足するものを自ら作り上げる、築き上げる。。。


それは、自分に嘘をつくことなく、自分から逃げることなく、
自分を甘やかすことなく、自分自身と闘いながら、
良心に従って生きていくことだと思うのです。


自分が満足するものを作り上げることを続けていく限り、
それがこの世的な「社会的地位や名声」
という名の成功とかけ離れていたとしても、
自分にとっては「目的を成し遂げる」という
成功の継続になるのだと思うのです。


同時に、
良心に従って、「目的を成し遂げる」まで諦めることなく
誠実に、真面目に、探究と努力を続けるという生き方や仕事のあり方を
お認め下さった一部の方々の深い信用や信頼によっても、
生かさせて頂く為の成功を継続させて頂くことにもなるのだと思うのです。




「打ち上げ花火のような成功は誰でも出来ますが、
 汗と涙の中から大切なものを見つけ出した者でなければ、
 成功を継続させることは難しいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201402110000/ 


「何かを始めるのは簡単なのですが継続が難しいのです。
 その仕事につきものの単調で嫌な部分が苦にならないなら、
 その仕事は自分に向いているのですから、
 努力すれば道が拓けるのが当然なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201304250000/


「汝は、自分の魂の喜ぶ仕事を、根気良く続けなければならない。
 それは、僅かな報酬しか生まないこともある。
 それでも道は、真っ直ぐに続いていることを知れば、
 いつの日か報われるであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201109250000/


「その道の先駆者と普通の人を分けるのは、
 何かに打ち込んだ量の差に他なりません。
 あなたは今も、懸命に真っ直ぐに清らかに、
 何かに邁進していますか?」
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311170000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311180000/


「非凡なことを打ち上げる。
 これすなわち平凡な人。
 平凡なことをコツコツと続ける。
 これすなわち非凡な人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401240000/


「日々向上心があれば、単調な日常にも、
 単純作業にも飽きることがないのです。
 仕事・生活の中に、向上の道を探していきましょう。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403060000/


「汗と涙のなかから知恵を生みだしただけでは、まだまだの人です。
 笑顔で実践しなければなりません。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403100001/


「誰からも認められなくても、
 真面目、誠実、勤勉に、
 コツコツと責任を果たしていく人に
 天は、偶然を装った必然で、
 運命の転機である出逢いと、
 幸運の鍵を用意しています。。」(ラクシュミーさん)
http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201306100000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



お花さん風景さん126.jpg






Last updated  2015.04.14 04:39:14
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2015.04.10

【沢山の小さなものが一つの大きなものを作る】(オランダ)

人生は、小さな積み重ねが大きなものになっていくのです。



塵も積もれば山となる♪
継続は力なり♪
雨垂れ石を穿つ♪


私たちは、誰もが
  「一つ一つは小さくても、大きなものを作っている」
と思うのです。


私たちの身体は、
小さな小さな細胞さんたちが沢山集まって
自分の身体という大きな存在を生み出し、
「生きる」ことを維持しているのと思うのです。


それと同じように、私たちの小さな小さな思いも、
その思いが「生きる」ことができるように、
そして「活きる」ことができるように、
何らかの「行動」に起こし、
それを地道にコツコツと継続させて頂きながら、
生かさせて頂きたいものですね。


地道にコツコツと小さな努力を、
根気良く継続させて頂くことによって、
今まで変わることが無かったものや
変えることができなかったものに
変化を生み出すことができたり、
変化させることが出来たりすると思うのです。


もし、変化を生み出すことができなかったり、
何も変えることができなかったとしても、
次世代やそれ以降の世代で変わる為の布石になれば、
その地道に続けてきた根気強い小さな努力は報われると思うのです。


しかしながら、
小さな小さな「行動」さえも生み出さなければ、
「今」の変化が無いだけでなく、
「未来」の変化も生まれない、
つまり、何も変わらない、何も変えられない、
ということになってしまうと思うのです。


自分が何かをしようと思ったとき、
「こんな小さなことをしても仕方がない」
と思ってしまうことが良くあるものですが、
それは、自分がする「小さなこと」が
直ぐに何らかの「成果」や「結果」となって
現れて欲しいと期待しているからだと思うのです。


自分がさせて頂く「小さなこと」が、
直ぐに何らかの「成果」や「結果」に
ならないものであったとしても、
巡り巡って、みんなの為になるようなものの
布石となる可能性があるとしたら、
どんなに「小さなこと」でも
遣り甲斐があり、繰り返す価値はあると思うのです。


自分が思った
「こんな小さなことをしても仕方がない」
という思いが、未来の変化を止めてしまう可能性があるとしたら、
「こんな小さなことでも未来のお役に立たせて頂けるなら!」
という遣り甲斐が生まれてくると思うのです。


自分が思う
「こんな小さなことをしても仕方がない」は、
全体から見たら
「なければならない小さなこと」
でもあると思うのです。


その「なければならない小さなこと」を
目先のものごとの見方や捉え方、考え方で、
無駄にしてしまうことのないように、
「小さなこと」でも大切にしてかさせて頂きたいものですね。




「大きな事を成し遂げようと思うのならば、
 小さなことを偉大なやり方でやり続けることです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401300000/


「汝、小さな行動を積み重ねていけ。
 いつの日か大きなことを成し遂げるであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201111200000/


「人間のできることは、小さなことかも知れません。
 でも、小さな一歩を踏み出さない限り、
 次の二歩目、三歩目はなく、
 大いなる成長も改革もありえないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201305080000/


「一人で出来ることなんて、たかが知れていますね。
 でも一本の灯りも、何千、何万と集まれば、
 世界の闇も消せるはずです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201209180000/


「暗闇を暖かい光の世界に変えていきましょう。
 一人一人の心に一本の灯りを燈しましょう。
 小さな一本の灯りが何千、何万と集まれば、
 きっと世界の闇を消すことが出来るはずです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201204050000/


「非凡なことを打ち上げる。
 これすなわち平凡な人。
 平凡なことをコツコツと続ける。
 これすなわち非凡な人なのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201401240000/


「その道の先駆者と普通の人を分けるのは、
 何かに打ち込んだ量の差に他なりません。
 あなたは今も、懸命に真っ直ぐに清らかに、
 何かに邁進していますか?」
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311170000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311180000/


「汝は、自分の魂の喜ぶ仕事を、根気良く続けなければならない。
 それは、僅かな報酬しか生まないこともある。
 それでも道は、真っ直ぐに続いていることを知れば、
 いつの日か報われるであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201109250000/


「将来を思い煩う必要は無い。
 現在為すべきことを為せ。
 その他は神の考えることゆえに。。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107220000/


「少しでも可能性のある事に果敢に挑戦せよ。
 何も動かず、知恵も、汗も出さぬ者に手を貸す者はいない。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201109190000/


「困難を予期してはいけません。
 起こりもしないことに
 心を悩ます必要はありません。
 常に心に太陽を持ちなさい。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410160001/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)


【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



宇宙01.jpg


遺伝子.jpg


地球原子.jpg






Last updated  2015.04.11 04:19:03
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2015.04.09

【罠を仕掛ける者は、
 罠に落ちるであろう。】(ユダヤの教え)

罠は自分に仕掛けているのと同じ。。。
人を陥れる者は自らを陥れているわけです。



悪因悪果。。。
人を呪わば穴二つ。。。
人を謀れば人に謀らる。。。
策士は策に溺れる。。。


悪の種(行い)を蒔く。。。
例え、自分がそれを忘れてしまっていても、
巡り巡って、その悪い種が原因となって、
自分にも悪いことが起こる。。。


自分に起こる悪いことは、
自分の過去の行いに起因していることを知り、
自分がされて嫌なようなことは人様にもしてはならない、
ということを学ばせて頂く為に、悪因悪果という
因果応報があるのだと思うのです。


人様を罠に仕掛けるということは、
 「人様を罠に仕掛けることは、
  人としてあるべき正しい行いではない」
ということを分かっていながらすることだと思うのです。


ということは、
人様を罠に仕掛けようとするまでに、
様々な心の働きがあると思うのです。
そして、それを自分が一番良く分かっていると思うのです。


自分で自分に嘘をついている。。。
自分で自分を騙している。。。
人様を罠に仕掛けることは「良心に恥じる」行い。。。


良心に恥じる行いであることを分かっていても
それをするということは、自分で自分を貶めているばかりか、
良心に恥じる行いが業となり、自らその報いを受ける、
という因果応報(悪因悪果)になるだけだと思うのです。


それが正しくないこと、良心に恥じること、と
心の中で分かっていながらも、
それを受け入れてしまうのは、
どのような理由があったにせよ、
どのような結果を伴ったにせよ、
足るを知らない欲望や邪心に翻弄されて、
 「正しくないことをする」
 「良心に恥じることをする」
ことを自分で選択したことに
変わりはないと思うのです。


それ故に、
全ては欲や邪心に翻弄された自分の責任となり、
業を背負うという形で、自分の蒔いた種を
自分で刈り取ることになるのだと思うのです。


人様を騙せば、今度は自分が騙され、足をすくわれる立場に。。。
人様を傷つければ、今度は人様に傷つけられる立場に。。。
良心に背けば、業を背負うことに。。。


これらは悪因悪果という因果応報だと思うのです。


その反対もあると思うのです。


人様にお喜び頂けることをさせて頂けば、
人様がお喜び下さった様子を見て自分も嬉しくなるだけでなく、
巡り巡って自分が喜ぶようなことが与えられる。。。


人様に優しく接すれば、
自分が人様の優しさを必要としている時に
人様に優しくして頂ける。。。


純粋な心で人様を助ければ、
自分が助けを必要としている時に
人様に助けて頂ける。。。


どんなに辛く苦しくても、自分も人様も騙すことなく、
良心に素直に従って生かさせて頂いていれば、
魂の修正や成長をさせて頂くことができるだけでなく、
徳を積ませて頂いていることにもなると思うのです。。。


同じ因果応報を経験させて頂くのであれば、
良心に背くことによって生じる悪因悪果ではなく、
良心に従わせて頂くことによって生じる善因善果になるような
自分の魂が喜ぶ生き方をさせて頂きたいものですね。




「この世を生きてゆくには誠実の一語です。。
 誠実とは何をするにも真心を尽くす事、
 すなわちいつわらない事、あざむかない事です。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409190001/


「人間は、その人がどういう人生を歩んできたのか、
 苦しい経験を積んできたのかではなく、事が起きた際に、
 良心に従って正しく行動したかどうかで価値が決まるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201410160002/ 


「正しい心で誠意を尽くして生きていく。。
 今日も、ただそれだけでいいのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201409010000/


「つねに正義とともにあれ。
 もし正義の観念が汝のうちで薄れるようなことがあれば、
 汝はあらゆる危険におちいるであろう。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107250000/


「真心をもって人を助ければ、必ず自分も人から助けられるのです。
 嫌な思いを他人にさせれば、必ず自分も人から嫌な思いを返されるのです。」
「真心をもって人を助ければ、必ず自分も人から助けられるのです。
 人生のもっとも美しい行為への天からのご褒美ということです。」(ラクシュミーさん)
 1 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408100000/
 2 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201408100001/


「現在うまくいっているとしても
 本当は間違った事をしていると、
 心の底で分かっているなら、すぐに止めることです。
 現在うまくいかないとしても
 良心に恥ない正しい事をしていると
 心の底でわかっているなら、諦めず継続していきましょう。
 正しい努力だけが真の幸せを運んでくるのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201311210000/


「天は、全てを知っています。
 何を考えたか、心の中までも。。
 ですから心正しく生きなければ、
 この世を去る時に大後悔するのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201209140000/


「人が見ていようといまいと、
 正しき言動の出来る人でありましょう。
 天は全てを知っています。
 地上での勝ち負けは、大した問題ではないのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201310010000/


「すべてが、心の働きの現われです。
 強力な魔は、自我の盲信から生まれて、
 残忍なる魔は、思考の仕組から生まれるのです。
 それらを内から、良心に従って調伏するのが修行なのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201205120000/


「本当の穢れとは、心が穢れることです。
 いかなる時も心美しく生きなければなりません。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201205160000/


「人は、他に対し善を行っている時、
 自らに対して最善を行っているのです。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201206140000/
  (裏を返すと、「人は、他に対し悪を行っているとき、
   自らに対して最悪を行っているのです。」ということだと思うのです。)


「理不尽な仕打ちを受けて、人を憎んだり、
 復讐したくなるような時もありますが、
 決して復讐などしてはいけません。
 復讐は、更なる復讐を生んで、際限なく苦しみが続きます。
 自分で復讐などしなくても、そのような人は、心の修正を求められて、
 自然な形で自分の行いの報いを受けるものです。
 それが天法というものです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201312220006/


「あなたを陥れた人が、幸せそうに生きていたら、
 「あゝ神も仏もいないのだな。。」
 と思うのも無理もありません。
 しかしこれだけは言っておきましょう。
 まだ悪の報いが熟さないあいだは、悪人でも幸運に遭うことがある。
 しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遇うのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201403030001/


「理不尽はこの世的に通用しているように見えているだけですね。
 全ては、お天道様が知っていますから。。大丈夫ですよ。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201210300000/


「あなたが扱われたいように、他人を扱いなさい。
 汝が隣人からされたくないことを隣人に行ってはならない。
 隣人を自分自身として見ることで、
 人は正しい基準を得ることが出来る。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201107150001/


「常に誠実であれ。人が持つ最も高尚なる天分ゆえに。」(ビシュヌさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201108290000/


「優しい心で生きる時に聞こえる声は真実の声ですが、
 邪念を持った時に聞こえる声は、偽りの声です。」(女神経典)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201205030000/


「至誠、天に通ず。。。その通りです。
 ただ、地上には、至誠ということの意味が
 分からない人が多いのです。
 一人ひとりの心に、至誠の種火が宿ることを
 天は期待しているのです。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201211070000/


「正心誠意で生きることは、
 天の光を受けて生きていくということですから、
 笑顔でこちらに還ってこられるのです。。」(ラクシュミーさん)
 http://plaza.rakuten.co.jp/willmyself/diary/201210190000/



※「太字」の諺とその解説部分は、よびりん♪さんこと、
 市川善彦さんのFBから引用させて頂いております。
 (市川善彦さんのご許可を頂いております。)



【女神経典】

【ラクシュミーさんの言葉】



軌道.jpg


軌道02.jpg






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