2023/05/24(水)01:22
第7章 ライク ア エージェント 6
第7章 ライク ア エージェント 6
「キキョウ、諜報員にも師弟関係って有るの?」
「まさか?橋本氏が勝手にそう宣言しているだけです。姫」
「軍隊なら呼び方は様々だけど要するにスパイ養成所、ゲルニアなら訓練校、正式名称はゲルニア・トレーニングアカデミーだけど、そこを卒業するまでは教官に師事する事は出来る。だけど卒業後は仲間もライバルに成るので、エージェントとしての技術は自主努力の世界って訳さ」
確かにセキレイが言う通り世界で暗躍するエージェントだったら、一旦任務に就いてしまえばそれからは全てが自己責任だと言う事は、あたしにも容易に想像する事が出来た。
それ故に橋本は、キキョウのライバルに成らない表のジェファー要員に志願して彼女に弟子入りする積りなのか?
「私めが妙なお話をしてしまったばっかりに、玄関先で皆様に長居をさせてしまいました。お許し下さい。さあさあ、皆様、どうぞ奥の方にお入り下さい」
「ミサトお姉様、今日はディナーもご一緒出来ますよね!」
「ええ、皆もその積りで来たから」
「わあ、嬉しい!」
あたしは何時から、エリカにお姉様と呼ばれる様に成ったのか?
まあ、今回の作戦上はそう呼ばれる方が好都合だけど。
「ディナーまでは時間が有りますので、その間はお茶でもしましょうか?」
「爺やさん、お茶も良いんだけど今日はキャビアを持参して来ているの」
「おお、ミサト様、キャビアですか!それでしたらワインのルージュをお持ち致しましょう」
「爺やさんは察しが良いので助かるわ」
「ミサト様、お好みの銘柄とビンテージがございますか?屋敷のワイン保管室にストックが有れば良いのですが」
「遠慮しないのがあたしの取柄なので、マルゴーの1996年をお願いしても良いかしら?」
「96年で宜しいので?それはお易い御用ですが、マルゴーでしたら1961年も大量にストックされていますが・・・」
田宮のその言葉を聞いて、あたしの真横に座っていたキキョウの喉がゴクリと鳴るのがあたしにはハッキリと聞こえた。
「爺やさんとエリカちゃんもご承知の通り、あたしはご厚意には必ず甘える性格なので61年をお願いするわ」
「かしこまりました。エリカ嬢、マルゴーの1961年を5本と乾杯用にレオポルディーヌ・ソウメイの2015年を2本、皆様にご用意して下さい」
「わ~い、その本数だと私も飲めるね!」
「エリカちゃん、96年の方が飲み易いから96年も2本追加ね。良いよね、爺やさん」
今日、ここに来た最も大切なミッションはエリカを酔わせて仲間に引き摺り込む事だから、彼女の好みを予想してお酒をセレクトするのは当然だわ。
「勿論ですとも!今日はご主人様もお留守なので、私めも是非ご一緒させて下さい。それでは早速、私めがキャビアと有り合わせのオードブルを準備致します」
そう言うと田宮は厨房の方に、そしてエリカは別館のワイン保存室にそれぞれ消えて行った。
「ねえ、ディナーには橋本さんも呼ぼうよ」
「えっ?姫、何故、橋本氏を呼ぶんですか?」
「だって、橋本さんはキキョウに弟子入りしたいんでしょう?キキョウがここに来ている事を伝えたら、非番でも飛んで来ると思うの」
「それはそうかも知れませんが・・・」
キキョウは多少、不服そうな表情を見せた。
「でも、それは飽くまで表向きの話!いい?今日、ここに来た目的はエリカを酔わせて仲間にする事よ。その為には女同士で口説いた方が効果的なの」
「確かに!」
セキレイが相槌を打った。
「だから、ディナーが終わったら女子会と、野郎共、あっイヤ、男性陣と別れて飲むの。その時、セキレイだって爺やと二人切りだと息が詰まるでしょう?」
「そうだな。それは名案だ!同じ班のメンバーでさえ共通の任務の時にしか一緒に呑む事が無い位だから、俺は橋本氏と一緒に呑んだ事がない」
「そう言う事でしたら、私も姫のご命令に従います」
渋々だったかも知れないが、キキョウも納得した様だ。
「俺が橋本氏から、キキョウへの想いをしっかりと聞いて置いてやるよ」
「セキレイは余計な事はしない!」
「わ、分かったよ」
折り曲げたキキョウの右腕が、水平チョップでセキレイの頸動脈を狙っている事を察知してセキレイは口籠った。
「でも、弟子入りの話はキキョウも直接聞いた訳じゃ無いんでしょう?」
「ええ、そう言う噂が聞こえて来ているだけです」
「じゃあ、今夜、正式な告白が有るかもね?」
「姫まで、そんな事を!」
「告白は、弟子入り希望の宣言では無くて、愛の告白だったりしてな?」
「セキレイ、お前をこれから殺す事をわたしはここに告白する!」
「じょ、冗談だってばぁ!キキョウは直ぐムキに成るんだから!これじゃ命が幾つ有っても足りないよ」
セキレイは慌てて、キキョウの隣の席からあたしの隣の席の方に移った。
ただ、セキレイが言う様な愛の告白は無いにしても、何らかのアプローチはするだろうとあたしは予測した。
車の運転をしていた時の橋本があたしには極めて寡黙な性格に思えたので、一体、どんな口上でキキョウを口説くのかあたしはとても興味を持った。
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